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29/39 【遷移をかいくぐる】

 俺は居酒屋で早めの昼食を済ませた。

 以前露希と口論になったあの居酒屋だ。どうやらこの店、永遠のご時世だというのにいつでも営業しているらしい。

 この店の常連なのだろうか、店内を見回すと、俺に絡み酒を仕掛けてきた妊婦が今日もいる。


 きっちり会計を終わらせた俺は、その足で霊峰に向かう。


 今夜また、毎度おなじみの遷移が起こる。


「遷移をかいくぐり、園鶴義の死を回避させる。そして訊き出す。永遠の崩し方を」


 無人のコンビニで夜食を調達し、覆面パトカーに乗り込む。


「上司はともかく、キミみたいな高校生の足として使われるなんて。驚きだよ」

「助かる。交通機関は今日もほとんど動いてないみたいだし」

「やれやれ、こんな態度だ。ま、どうせわたしも霊峰には捜査が行くし、いっか」


 いつも乗せてあげられるわけじゃないからねと釘を刺されてしまったが、覆面パトカーはそのまま俺を乗せて発進してくれる。


「そういえば、キミの住所と霊峰じゃあかなり距離があるよね。前にも霊峰に向かったはずだけど、どうやってたどり着いたの?」

「ああ、それなら……」


 それを訊かれると答えに詰まる。……バイクの無免許運転を知られるわけにはいかなかった。


「電車バスは動いてないしさぁ?」

「そこはあれですよ。刑事さんを唸らせた超能力でちょちょいと、ですよ」

「急に敬語。怪しいわー」


 誤魔化すうち、覆面パトカーは霊峰の斜面に設けられた駐車場に到着する。


 斜面下側を見下ろすと、盆地の街の都市部が伸びていた。見渡すほど広大で遠巻きな街並みは、下界と称するにふさわしい。


 景色を眺める俺の背後には、霊峰をはじめとした山々が連なってそびえている。


 山々の中でも一番近くに迫っているのが、霊峰。


「じゃ、わたしが手伝えるのはここまで。平気よね?」


 覆面パトカーに寄りかかる女刑事が今更ながらに確認してくる。


「ありがとう。どちらにしろ車じゃあ山頂までいけないし、ここからは歩いていくさ」


 女刑事と別れた数時間後、俺は問題なく霊峰を登り切る。

 時刻は、大気中の霊力がもっとも高まる黄昏時。

 かつて“根源”を出現させた木板の祠が俺を出迎えた。もぬけの殻となった祠に夕陽の陰が落ち、寂れ具合が色濃く見て取れた。


「遷移まではあと六、七時間ってところか」


 遷移はいつも日付が変わるタイミングに起こる。


 左腰に括った水晶の重みと右肩に背負った刀の感触を確かめ、俺はその時を待った。


「この二つが頼みの綱だ……頼むぞ」


 刀というわりには軽すぎる。

 その軽い感触を、俺はずっと頼りなく思っていた。


「園鶴義はガラスだと勘違いしたみたいだけど、そうじゃない」


 あの日は暗くて判別できなかったが、日を改めて鞘から引き抜くと、ずいぶん納得させられたのを思い出す。


 抜き身の刃を夕焼けにかざすと、水晶製の刀身がとても鮮やかに透き通る。

 蓋を開けてみれば、武器としてこれ以上なく俺にうってつけのものに思えた。


 よくよく霊力を通すし、特別鍛えていない俺でも振るえる。


「武器って言われても、荒事なんかごめんだ。でも……」


 でも、“根源”が刀の形を取るのには理由があるに違いない。

 あまり考えたくはないが、武器を手に取らなければならない局面が、俺にも訪れるのではないか。


 それが今現在の直感だった。

 外れたためしがない直感を抱えながら、俺は遷移の時を待つ。


 やがてあたりは夜になった。

 明星が浮き月が昇り、しかしすぐに雲が立ち込める。

 永遠最終日の天気はいつもこうなのだ。


「湖のときはひどかった。あの曇り空の下でずぶ濡れじゃあ、凍えるに決まってる」


 またしばらく経ってから空を仰ぐと、隠れていたはずの月が顔を出し始める。

 夜が更けるにつれて雲は立ち消えた。

 永遠社会ではそうと決まっている。

 空を見るだけでも、大体の時刻は把握できた。


「! 来たか……っ!」


 遷移の到来に大気がビリビリと震撼する。

 宙を漂っていた霊力が重みを増し、俺の膝を地に縛り付ける。

 その重感には、有無を言わさぬ強制性が宿っていた。


「くっ!? これじゃあまるで、遷移が永遠を崩させまいと抵抗してるみたいだ……!?」


 体勢を立て直し、俺は水晶を左手に身構える。

 夜の闇の中でも、霊力を帯びた遷移の波なら“視”ることができた。

 遷移の波はもう、視える範囲まで迫っていた。


「……、真っ向勝負するつもりであらためて向き合うと、けっこう圧があるな」


 人と世界を(かどわ)かし、七日前に攫う霊力の波。それが遷移の正体だ。

 遷移の実体をようやく目の当たりにできた。


「お前が俺たちの時間を閉じ込めていたんだな。覚悟しろよ」


 遷移の波は幾重(いくえ)にも折り重なって襲いかかってきた。

 以前この波をかいくぐったときは、水晶に取り込んだ膨大な霊力を引き出すことで退けた。

 園鶴義から掠め取った霊力がない今回は、そうもいかないだろう。


「だとしても、やれることをやるさ……水晶よ!」


 体の底から湧くありったけの霊力を水晶に流し込む。

 荒々しく注がれた霊力が、青白く力強い光を放つ!


「よし、このまま……はっ!?」


 遷移の波の勢いを削ぐことはできたがしかし、あの日にやってみせた、遷移の波を一掃するほどの力には遠く及ばない。


「遅くはなったけど、やっぱり一筋縄ではいかないか……!」


 四方八方からくる波状攻撃を睨み据え、右肩の刀に手を回す。


「だけど十分。止まって視える……はぁっ!」


 落雷のような気合いを迸らせ、水晶の刀を抜き放つ。

 基礎も型もない力任せな横薙ぎで、一番手近な波を迎え撃った。


「ぐぉっ、刀が、重たい……っ」


 粘土でもかき混ぜているかのような重たさが右手にのしかかる。


「くっ……っそぉっ!」


 さらに力を込めた瞬間だった。

 水晶製の刀身が、辺りに輝きを散らす。

 左手に掲げる水晶と同種の、まばゆく青白い光。


「あいつが、園鶴義がしていたようにやれば……!」


 刀に霊力が宿った瞬間、せめぎ合っていた遷移の波はいとも容易くちぎれて霧散した。


「これなら――――いけるだろ!」


 喜んでばかりもいられない、すぐに第二の波が躍りかかる。


「文字通りの付け焼き刃だけど……くらえ!」


 狙って振れば斬れる。

 霊力を込めれば応えてくれる。

 そう確信してからは、刀を振るう手に迷いはなかった。


「せぇあぁぁああッ!」


 自ずと闘志が噴出。俺の意思に呼応して、刀に込めた霊力はさらなる変化を遂げる。


 刀が蒼く燃え上がった。

 蒼い炎を(まと)った刀を、そのまま振り抜く。

 彼方まで燃やし斬り裂く。蒼き熱波が直線上の波を凪ぐ。

 周囲の木々や砂を通り過ぎ、遷移の波のみを()くその攻撃は、かつて園鶴義が繰り出した熱波を彷彿とさせる。


 四方から来るなら四回、八方から迫るなら八回刀を振るい、遷移の夜闇を蒼く燃やした。


 遷移の波はときに上から降り注ぎ、ときに地中から奇襲を仕掛けてくる。


「霊力行使――――【予測】!」


 こちらの意表を突こうと、波はさまざまな角度から襲い来る。

 そのいずれの波よりも、水晶の【予測】が上回った。


「斬るっ!」


 どこからこようと死角はない、ただ近くの波から順に斬り伏せればいい。


 反応するままに刀を振る、それだけで事は終わった。

 刀身はまさに閃光。やがてその光が残像となって消える頃になると、遷移の波は完全に収まった。


 大気中の霊力の震えもピタリと消え、あたりには月夜にふさわしい静寂が渡る。


 水晶を左手に抱え、水晶の刀を右手に携え、さんざん刀を振り回した。

 その甲斐あって俺の中で、「左の水晶で対応し、右の刀で屠る」というスタイルが確立されつつあった。もう活かす機会が訪れないことを祈る。


「はぁっ、はあ…………っ、」


 慣れない運動をし過ぎた。しかも霊力を行使しながらだ。

 これまでの人生で荒事とは無縁だったのだから、へとへとになるのも無理はない。


「はぁ……はぁ……でも、まだだ……」


 へばってばかりもいられない。こうしている間にも、園鶴義に事故の運命が近づいている。


「ここまでして救えませんでした、じゃあギャグにしても斬新すぎるからな……霊力行使・【失せ物探し】」


 対象はもちろん園鶴義。


 【失せ物探し】では、死んだ者はみつけ出せない。もし試しても、ただの“真っ黒”がみえるだけだ。


 園鶴義が死亡していた昨日までなら、水晶は真っ黒になっただろうが、今はもう違うはずである。


 【失せ物探し】を行使する水晶の内側に、はたして像が結ばれるのか。


「遷移のくぐり抜け……成功、したよな?」


 背の高い木々。

 どこまでも広がる暗闇。

 はたしてその中心に、尋常ではない足運びで獣道を突き進む園鶴義の姿があった。


「っし、成功だ。けど、これは……」


 彼は遷移の波に抗った自分と同等かそれ以上に必死の形相で走っている。にもかかわらず息一つ乱れていないうえ、両の眼が殺気で血走っていた。


 そう、このときの園鶴義といえば、永遠崩しに訪れた俺を仕留めようと躍起になっていたのだ。


「なるほど。どうあっても俺を殺そうとする園鶴義を相手に、情報を吐かせなくちゃならないわけか」


 困難を極める、とはこういうときのための言葉なんだろうな。女刑事も懸念していたし、俺とて殺されかけたことを忘れていたわけじゃない。


 園鶴義を目指して獣道を下りながら、水晶の内側の光景をみやる――――この殺気に満ちた眼は、そう易々とは忘れられるものじゃない。


 再び相まみえることへの拭い難い恐怖を抑え、決して足を止めない。


「永遠崩しに必要なことなら、やってやるさ」


 口ではそう言いつつも疲労からか、それとも恐怖からか斜面を下りる足が震えた。


 次の瞬間、震えはふらつきに変わった。


「っ、あぶな――――」


 体内に予期せぬ霊力の流れが生じている。

 滑りやすい獣道の真っただ中で、自分の意思ではない突発的な霊力行使が発現されようとしていた。


 あわや倒れ込む寸前、それは走馬灯のように視界を覆う。


 いきり昂る園鶴義と、その前に立ちふさがる俺。

 走馬灯のなかの俺は、聞く耳を持たない園鶴義にたいして何か説得をするような様子である。


「これは一体……?」


 次の瞬間、突如近づいて来た車の真っ白なヘッドランプに包まれ、園鶴義の姿がみえなくなる。

 走馬灯の中にいる俺が、眩しさに目を潜める素振りをした。

 再び視界を取り戻したときには、大爆発を起こした車がツーリングコースを火の海に変えている。


 園鶴義はそのまま爆炎の巻き添えとなっだ。

 そこまで“視”て気づく。これは紛れもなく――――。


「【未来視】か……まずい!」


 このまま何もできなければ、園鶴義はまた死の結末を辿ることになる。


 俺の脳裏に「歴史の修正力」という言葉が湧いて出た。

 過去を改変したところで結局、修正力と呼ばれるみえざる手によって、改変は行われなかったことになってしまう。そんな概念があるらしい。


 ……まったくもって、途方もないものを相手にしている。

 だとしても、屈するわけにはいかない。


「――――霊力行使・【失せ物探し】!」


 立ち止まれば園鶴義は助からない。

 なら俺が取るべき行動は一つのみだ。




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