28/39 【園鶴義の予知夢】
園鶴義には誇れるものがなかった。
いっぱしのサラリーマンとして業務と休暇を繰り返す生活には、誇りどころか僅かな日常の変化もない。
仕事に追われるあまり、そういった日々を変えようと発起する余裕もなかった。
一般的な生活水準を得ながらも無力感に苛まれる。彼の人生はこれから先もそんなふうに続いていくと思われた。
誇れるものがない人生だとしても、生きるに足る理由があった。
「ほう。身籠ったか、我が妹よ」
電話越しに吉報を聞いた。
愛しき妹の声を久々に聞く歓喜も相まって、報せは胸を打つには十分だった。
家族が増える。園鶴義の生きる理由が、一つ増えた瞬間である。
のちに妹の腹にいるのが双子だと発覚して、生きる理由はさらに増えた。
「めでたいものよな。膨れていく御前の腹をみていると、格別な尊さが込み上げる」
「おりょ? わざわざ家まで来たと思ったら、お兄ってばあたしよりお腹目当て? 触ってみる?」
妹が笑っている。
その様子をみれただけでも、今日まで生きた甲斐がある。
空にも達する子宝の喜びは、言うまでもなく人生最高の瞬間であった。
いずれ来たる出産に立ち会うことを思うと、自らの誇りなどそもそも不要と思えた。
妹が笑っている。
それだけでよかったというのに。
世界に永遠が訪れたと同時、彼奴――――刀の霊が俺の前に現れた。
彼奴は俺に、幾夜ごとに予知夢を視せつける。
それは妹の出産の夢だった。
予知夢のなかで行われる出産は、決まって死産と相なった。
産みの苦しみも忘れてしまったように茫然自失する妹。
赤ん坊が世を去った現実を直視できず、一向に焦点の合わない双眸。
悲痛、などという言葉では生温い。
この予知夢のことを、己は生涯忘れる事ができないだろう。
夢の中だというには鮮明過ぎるほど、妹の様相は痛ましかった。
そして、己が夢から醒めるたび、刀の霊は云った。
『アナタが視たのは、遠くない未来の出来事だよ。この世界から永遠が去れば、きっと起こる出来事。あなたの妹のため――――どうするべきか、わかるよね?』
そう云いながら、彼奴は刀を寄越してくる。
それこそが不可思議な力……霊力を宿した刀であり。
我が妹を、悲惨な未来から守るための刀だった。
刀の霊はその後、守護神さながらに永遠社会の原理原則を説いていった。
遷移のかいくぐり方、永遠の守り方といった具体的な話を流し込まれ、まるで案件の引継ぎだなどと頭の冷静な部分で感じていた。
だが、一番大事なのは其処じゃあない。
――――どうするべきか、わかるよね?
どうするべきかだと?
決まり切っている。
「………………さや子」
妹に涙を流させないためなら、霊力の刀だろうと永遠云々だろうと利用してみせよう。
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女刑事の視線を受けながら、園鶴義のパソコン内データを次々に開く。
そうして俺はついに手がかりらしき記述をみつけた。
「刀の霊は永遠の守護神、か……」
「守護神って、まさかぁ……この怪文書がどうかした?」
女刑事がディスプレイから視線を切る。内容を汲み取るのを諦めたようだ。
「俺が今まで全く知らなかったことが、ここには記されている。あの恐ろしい熱波を放つ刀も、元をたどれば刀の霊とやらが園鶴義に渡していたんだな。それに……」
永遠崩しのために当面どう動くべきか、その筋道を立てるに十分な情報が、このデータ内に揃っていた。
「永遠の守護神たる刀の霊とやらは、永遠についてのすべてを知っているとみていい。その刀の霊が園鶴義に色々とレクチャーした。つまるところ、俺の知りたいことはぜんぶ園鶴義に直接聞けばいいらしい」
「直接って、キミねぇ。園鶴義はもう死んだ。冗談にしてもよくないと思うな」
女刑事の諌めを聞くも、俺の考えにはさらに先があった。
「ここをみて。園鶴義は刀の霊から遷移のかいくぐり方を教わっている」
「遷移ってあれよね。ちょうど一週間が経とうってタイミングで、世界ともどもループしちゃう現象。あれをかいくぐったからって、一体なんになるの?」
「決まってる。園鶴義の人身事故をなかったことにするんだ」
肝心の遷移をかいくぐる方法自体は、このデータ内には書かれていない。
それでも俺はどこにいるとも知れない刀の霊を頼るより、園鶴義を救い出せる確率のほうが高いと踏んだ。
「俺は一度だけだけど、自力で遷移をかいくぐり抜けたことがある。どうにか方法を再現して深夜0時に起こる遷移をやり過ごせば、事故発生まで約一時間の余裕ができる。事故を未然に防ぐための十分な時間を確保できるんだ」
記述内容から察するに、このデータ自体も永遠が訪れたあとに保存されたものだし、加えてずらっと並んでいるデータの作成日時をみると11月23日から11月29日、すなわち永遠の期間に作成されたデータが大量に存在していた。
作成日時を指差しながら続ける。
「俺のスマホにある幼馴染とのメッセージ履歴とかもそうだけど、普通の電子データは遷移が来ればそもそも無かったことになる。でも、園鶴義のパソコン内や手書きの地図はいまなお残り続けた。これだけ大量の物々が存続してるってことは、園鶴義はそれだけ日常的に遷移をかいくぐってのけたんだ。遷移のかいくぐりは、きっと再現性の高い方法で可能なんだろう――――俺にもできる」
園鶴義はかならず救える。
救えば、刀の霊から教わったという永遠の崩し方を訊き出す機会を作れるはず。
「SFじみた話は難しくて恐縮なんだけどさ、いっこ確認いい?」
そもそもさ、と女刑事が切り出した。
「君は永遠を崩したい、つまり私と同じで永遠が終わってほしいと思ってる派。だよね?」
「ああ。俺にも、俺の幼馴染のためにも」
旭賀さんの死を乗り越えた先の未来を、露希に生きてほしい。この女刑事には、そこまで打ち明けてもいいような気がした。
「でもさ。園鶴義って永遠守りたい派だったんでしょう? たとえキミが彼を事故から救って命の恩人になれたとしても、永遠崩したい派のキミに協力的とは限らないんじゃないの?」
女刑事の疑問はもっともだった。園鶴義に殺されかけた俺が何の準備もなしにのこのこ会いに行ったところで、再び殺されかけるだけだろう。
なので園鶴義には、妹を救うための代替策を示さなくては。
「それについても、やりようがある。このデータにもあるように、あくまでも園鶴義は妹を守りたいだけなんだから」
そう遠くない未来に、彼の妹が直面するであろう死産の現実。
それを永遠などという大げさな手段を取ることなく回避できると知れば、園鶴義は永遠を放棄してくれるかもしれない。
まだ園鶴義の部屋でやることがあるらしい女刑事を残して、俺は部屋をあとにした。




