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27/39

27/39 【園鶴義を訪ねる】

「今日も連絡はなし、か」


 時刻は朝。

 殺風景な自室で目を覚まして早々、俺はスマホに露希からのメッセージがあるかどうかを確認する。


 旭賀さんには訊きたいことがある。

 露希の身に起きた異変。永遠の原理原則に反して元に戻った彼女の、あの髪色ことだ。


 あの現象は、露希の体に霊力が蓄積していることと関係があるのだろうか。


 それともう一つ。


「露希自身についても訊かなくちゃな」


 俺の記憶には二人の露希が存在している。

 生前のかあさんや幼い俺と仲良く写真に写る露希。

 その一方で、かあさんの死後「はじめまして」と事故現場に現れた露希。


 あの写真が示す記憶の矛盾を、俺はいまだに無視できずにいた。


「…………、くそっ!」


 考えれば考えるほど思考は混濁して埒が明かない。


 ならば一刻も早く旭賀さんのところへ事情を訊きに伺いたいのだが、露希からの連絡がないうちはそうもいかない。


「容態、まだ良くならないのか……?」


 やがて朝食を済ませ、痺れを切らして俺の方からも会えるよう催促のメッセージを送ったものの、『ゴメン! ジさまはまだあんまし起き上がれないっぽい!』と返信が来たのが数日前だ。


 このままだと今日も進展ゼロのパターンになるな、と天井を仰ぐ。


「露希の異変について今すぐにわからないのは仕方ないとしても……長いこと打つ手なしっていうのは焦れるな」


 仮に。

 仮に、旭賀さんと面会できないにしても。


「他にいないのか? 露希の異変について、なにか知っていそうな人は?」


 誰もいない天井に向かって疑問を投げる。


「露希についてでなくてもいい。たとえば、かあさんのメールのロックが解ければ、少なくとも永遠崩しの方は進展するはず。そして、かあさんのメールの存在を知っているかもしれない人物が……もうひとりいるよな?」


 かあさんのメールを受信する俺と、本当の送り主だった旭賀さんの他にも、かあさんのメールを受け取っていた可能性のある人物が、ひとりいる。


「あいつの身辺を調べれば新しい手がかりが掴めそうなものだけど」


 たしかに思い当たる人物はいた。

 しかし残念ながら、俺にはそいつに近づく手段がない。


 手詰まりを感じた折だった。スマホからの通知音が福音さながらに響いたのは。


********************************


「このアパートがそうなのか?」


 ニ〇三の部屋番号を掲げる、いたって普通の玄関ドア。

 それを目の前にして、俺は肩透かし感を隠せなかった。


「言っとくけどわたしが住所間違えてるとか、そんなんじゃないからね」


 女刑事の言うように、決して和風とはいえない表札をみると、ハッキリ『園鶴義』と記されてある。


「疑うわけじゃないさ。ただ……」


 武士か侍、あるいは忍者然とした時代錯誤な言葉を使う園鶴義のイメージとはあまりにもかけ離れているのだ。


「俺はてっきり、あいつの家は武家屋敷だとばかり思ってた」

「武家屋敷って、キミねぇ。そんな滅多なことないよ。中を見ればわかると思うけど、アレは現実がしんど過ぎて突然変異しちゃったタイプじゃないかな」


 現実がしんどい。女刑事のその言葉で、俺は霊峰で交戦した園鶴義がいかにもサラリーマンな風体だったのを思い出す。


「しがないサラリーマンだったはずの園鶴義が、刀を手に斬りかかるようになった。彼にそうさせるだけのなにかが、ここに残されているかもしれないのか……うん、手がかりになるかもな」


 園鶴義が俺たちを襲った理由に、永遠が関わっているのは明白だ。

 現状、永遠崩しの手がかりがあまりにも不足している。

 なればこそ、情報は少しでも揃えておきたい。


 女刑事がドアノブを引くと、玄関は当たり前に開く。

 鍵をかけるはずの世帯主はもうこの世にいないのだから当然、開く。


「あがらせてもらう……お邪魔します」


 警戒心と恐れ多さを一抱えにして部屋にあがる。


 いや、部屋にあがるどころではない。

 これは言わば家宅捜索なのだ。


 奥へ進んで行く女刑事の背を追った。


「刑事さんが連絡をくれて助かった」

「んー? わたしがキミを呼んだのは園鶴義のメモに妙な記述があったからで、ようするに参考人として呼びつけたわけで。お礼を言われるようなことじゃあないよ」

「それでもいいんだ。個人的な調べ物がちょうど八方塞がりだったから、園鶴義の身辺を探れる機会は俺としても都合がいい」


 かあさんのメールの、ロックの外し方。あるいは霊峰の一件以降、露希の身に起きた異変。

 それらは永遠社会を右にも左にも動かす可能性がある。重要な取っ掛かりになるだろう。俺はすでに、そう直感していた。


朝望(あさもち)閃司(せんじ)、取り調べのときより吹っ切れたんじゃない?」

「えっと、そうかな?」


 永遠を崩す、なんてみだりに言うことでもないのでとぼけるが、俺は自分の気持ちが晴れていることは自覚していた。


 永遠崩しのために出来ることがある。その事実が俺の気持ちを前に向かせる。

 そういった俺の心の機微を、女刑事は見抜いているのかもしれない。さすがは刑事。プロの洞察力。


「吹っ切れたね。しかも、なんか急にタメ口だしさ」

「それは刑事さんがフランクだからだね」

「ふぅん。わたしのせいにするんだ?」


 怖い大人の笑顔からは視線をそらし、意識を前方へと戻す。

 飾り気のない廊下を抜けた先は、リビングに続いていた。

 リビングに一歩踏み込む。

 その寸前で、俺は顔をしかめた。


「うっ……これは!」


 リビングに差し掛かって嫌でも目に付くのは、やたらに散乱したメモ書き。


 本来は仕事で使っていたのか、なにやら殴り書きされたコピー用紙が床に落とされ壁に貼られ足の踏み場がほぼなく、とにかく視線の先すべてにメモがあった。


 ひどい場合だと無造作にはがした壁紙の裏地や、むき出しとなった壁にガリガリとボールペンの黒が走っている。


 無味な廊下から一変、ドア一枚隔てたリビングは狂気の様相を示していた。


「これは……地図か? 盆地の街の」


 散らばったメモ書きはすべて地図だった。


 ところどころにバツ印が付いていたりするものの、それ以外は同じ図、同じ土地を示している。


「やっぱりキミもそう思うんだ。この気味悪いくらい大量のメモが地図だって」

「見覚えのある形をしてるからね」


 一枚いちまいが手書き、線の一本いっぽんは殴り書きなのに、地図としては精巧だった。どのメモ書きも、まるでコピーしたように線のシルエットが一致している。


 不気味なほど大量の地図。そのどれもが正確。およそ人間業で作られたものではないと、一目で判別がつく。


「手書きなのに、機会に通したみたいな正確さだ。それにインクから霊力……いや、霊力未満かな。残りかすみたいに微細だけど、霊力を感じる」

「はぁ、れいりょく……?」


 これを書いた人物は、その身に霊力を宿していたのだろう。しかし、あまり制御に慣れていないらしい。


 霊力を込めて記したというより、夢中で書くあまり霊力が溢れてしまったようにみえる。

 これを書いた園鶴義は、まだ霊力の扱いに慣れてなかったらしい。


「あの園鶴義がここまで必死で書いた地図か。一体なんの……」


 なんのために、と言いかけたとき、女刑事が言葉を継いだ。


「園鶴義って、宝探しでもしてたのかねぇ?」

「宝探し……? それって、どういう……」

「バツ印が気になっちゃってね。何か探してたんかなーって」


 バツ印のついた図を眺めて宝の地図を連想するのもわからなくはないが、俺は宝探しには興味ない。


 もっとも宝とやらが、持ち去るべき“根源”なら話は別だけど。


「でね、わたしみつけた。バツじゃなくてマルがついた地図」

「ふぅん。宝のありかとか?」

「ふぅんって……キミにも大いに関係あるよ」


 ここからが本題、とでも言いだしそうだった。

 女刑事が指でつまみ上げたその地図には、たしかに赤いマル印が記されている。


「わたしの言いたいこと、わかる? このマルの場所は」

「! そのマル印、霊峰か」


 目の前のマル印と霊峰に現れた園鶴義の姿がピタリと重なった。


 園鶴義が永遠を望んでいたのは言動から明らかであり、俺や露希に襲いかかって来たあの一件も偶然なんかではない。


 俺たちにかあさんのメールがあったように、園鶴義も何らかの手段で根源の所在を特定し、霊峰を睨んだのだろう。


「んーそ。だから、関連ありそうな参考人さんをあらためて呼び出したとさ。理解できた? ……あ、ちょっと!」


 急に殺戮を仕掛けられたあの日、事情を知らない俺たちは事が運ぶままに交戦するしかなかった。


 そんな情報不足の俺を、確信めいたマル印が導く。


 園鶴義のことも、永遠崩しの方法も、盆地の街を取り巻くすべてのバックボーンが透けて見える感覚があった。


「やっぱり、園鶴義は永遠の守り方を知ってる風だった。ってことはその逆、永遠の崩し方も知ってるはずだ……!」


 俺はメモの束が踏みつけになるのも構わず園鶴義の寝室に向かう。


 ベタだが、日記でもあれば俺の欲しい情報も手に入るんじゃなかろうか。


「ちょい、あんまし荒らさないでよ! わたしはわたしで探す物があるんだから!」


 俺は女刑事の注意をスルーし、左腰の風呂敷を解く。

 取り出した水晶を目の高さに掲げ、宣言。


「霊力行使・【失せ物探し】――――探すのは、園鶴義の日記」

「もー、雑に歩いてくれちゃって。うっかり紙の下の大事な遺品とか踏み抜いたら承知しな……い?」


 あとから部屋に入って来た女刑事が目を丸くする。


「なにそれ。まさか超能力とか?」


 俺の返事を待つより先、女刑事は興味津々で水晶を覗き込こむ。

 水晶の内側に光景が広がった。

 園鶴義の物らしい、パソコンの像が浮かびあがった。


 寝室を見回せばベッド、ベランダへのサッシ、デスク……そしてデスクの上に、水晶に映った物と同じパソコンが放置されている。


「日記は……この中か」

「超能力で探し当てた、ってこと?」

「パスワードがかかってる。……あんな侍にもパスワードなんて概念があったのか」

「……令和の時代に本物のお侍さんがいるわけないでしょうに」


 超能力の存在は簡単に信じたくせに、というツッコミは飲み込んだ。


「でも、これじゃあ打つ手なしかなー。なんとしても中身調べたいってときは、法的な手続きを取って企業に解除要請を出すんだけど、取り合ってくれないだろうね。永遠のおかげで労働って時代じゃなくなったし」

「もう一度だ、【失せ物探し】。対象はパソコンのパスワード」

「え」


 俺の呼びかけにたいして、水晶は即座にパスワードの在りかを示した。


 信じられないという顔で再度、女刑事は水晶を覗く。

 その内側に、オフィスに貼られているような付箋が映り込んだ。ボールペンの文字で『B2021D1215』の英数列がメモされている。


「はぇー本当にみつけちゃったじゃん。超能力者すごすぎ……?」

「まぁ、あまり胸を張れる使い方じゃないのは自覚してるよ。乱用したことはないし、これからするつもりもないけど……まさか逮捕するとか言わないよな?」

「どうしようかなぁ。いかんせん前例がないから」


 パスワードを入力すると、すぐにホーム画面が点く。

 日記か永遠についての情報がまとまったテキストデータなんかがあるといい。


「【失せ物探し】。対象は……うーん、そうだな。『永遠』ってワードがついたファイルを……」

「そこはフツーのデータ検索でよくない?」


 危うく倫理観を問われそうになるが、すでに俺の意識は探し当てたデータに向いていた。


「よし。データを開くぞ」









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