23/39 【かあさんの事故】
容姿も口調もさっぱりとしたふうな三十代くらいの女の刑事が、あっけらかんと結論づける。
「ふーん、そっか。じゃ、キミはあくまで被害者側ってコトか」
人気の無い庁舎の取調室で目を覚ますや、事故現場にいた俺への事情聴取が始まったのが約三十分前。
「目撃証言を整理するよ。間違ってるとこあったら教えてね、えーまずは……」
霊峰での事故で俺が生き延びたのは奇跡だった。
猛スピードの車が突っ込んで来た際、スーツ侍がクッションとなり、衝突の威力を削ぐ。
近くのガードレールへ二人して跳ね飛ばされた結果、スーツ侍の生身が俺を衝撃から守る形になった。
だから俺は五体満足で、代わりにスーツ侍、園鶴義は事故の犠牲になった。炎上した車の運転手については、その後どうなったかはわからない――――と、俺はみたまんまを伝えた。
「――――というわけで、キミはまさに九死に一生を得た、ね。ま、わたしがみた現場の状況とキミの証言、双方に決定的な齟齬や矛盾は見受けられないから噓じゃないと思いたい。け、ど……」
女刑事が目を細める。人を見透かそうとする目だ。居心地の悪さから、俺は言葉を足した。
「……あの車が視界に入ったときは気が動転してたし、ぶつかってからは意識も朦朧としてたから……正確じゃないかもしれない。でも少なくとも、事故を起こしたのは俺じゃないです」
「そーれーは、わかる。キミは気を失ってたから知らないだろうけど、運転席から焼死遺体がみつかったの。きっと運転席ドアが衝撃でひん曲がった結果、逃げ出せなくなっちゃったんだろうね。運転手はそいつで間違いないよ。そこに関してはキミを疑わない。け、ど……」
早く終わらないだろうか。そう頭の中で呟くが、女刑事の視線はまだまだ用心深く、うんざりするほど疑り深い。
「キミ、犯人じゃないってわりには顔面蒼白だよね。諸々バレて自供する一秒前の被疑者、みたいなカオをしてるのがどうも気になる」
まだ何か隠してるでしょとでも言いたげな女刑事の眼差しを、俺は警戒と疲労のこもった目つきで押し返す。
「怒んないから言ってみ? ほんとはキミが実質的な主犯格だったりしない? たとえば、キミ自身が運転せずとも事故は起こせる。計画的犯行ってやつ。それにさぁ――」
女刑事の言葉の端々には、核心を突く直前の緊張が含まれていた。
「――似たような事故、九年前にも起こってるよね。キミの身の回りで」
「っ、かあさん……母の事故は関係ないです」
「…………。だと思いたいけど、いちおう。どうもキミは交通事故に縁があるみたいだか、、そこんとこあんま無視できないんだよね、個人的には」
「どう思ってもらってもいいですけど、偶然ですよ。かあさんの事故と今回の事故を結びつけるものは何もない」
黙っていても良い事はない。かといって偶然だとい主張する以外に出来ることもなかった。
「似たような事故でキミのお母さまが亡くなって、今度はキミ自身が死にそうになったんだよ? そこには作為的なものがあると感じる。これって、わたしが刑事ドラマの観すぎなだけかな?」
「誰かの差し金だって言いたいんですか? だとしても俺には何もわかりません」
「そっか……はい、終わり。ヤなこと聞いてごめんね。釈放ね」
……結局、俺はただの被害者という結論でこの場は収まった――――いつも通りの流れだ。
「ちょっとまっててね。キミからの押収品、返さないと」
押収品とは霊峰で手に入れた刀のことだ。女刑事は緊張を解いて席を立ち、あの刀を取りに取調室から出ていく。
女刑事はなぜあんなにも長々と取り調べをするのか、それが不可解でならなかった。
「ここから俺はどうしたものか……」
園鶴義との決着から、もう五回も永遠を経ている。
それだけの時間を過ごしていながら、このところ永遠崩しに進展はない。
むしろ永遠を崩す気も失せていた。あれだけ躍起になって、露希を巻き込んでまで動き回ったのに、我ながらあっけない挫折だ。
理由ははっきりしている。
「…………園、鶴義か」
取り調べ中、事故発生は偶然だと言って突き通した。
でも実際は違う。俺が事故を引き起こしたようなものだ。
「プロだな、あの刑事さん。霊力もなしに的確な読みをするよ、ほんとうに」
これまでの人生で、俺はすでに七回、殺人を犯した。
一度目は九年前にかあさんを。
二度目は園鶴義。残りの五回も園鶴義だ。
霊峰で初めて園鶴義と戦ったとき、俺は崖下の湖に落水することで戦闘を離脱した。
【予測】に従ったつもりだったけど、思えばあのときから【未来視】が勝手に行使されてたんだ。
「それもそうだ。【予測】ができるのは他者の動きや事象の予測だけ。自分の逃走ルートを予測なんて都合の良い事、最初から出来るわけなかったんだ」
繰り返しになるが自分自身の行動に関して【予測】があてにならないのは、ダーツの検証が証明した通りだった。
俺は人を死なせたことなんて知りもせずに舞い上がり、意気揚々と“根源”に辿り着いてまた一つ永遠を崩した。
「なにが永遠崩しだっ。人を殺して得る未来なんて……くそったれだ」
取り返しがつかなくなったのはその後だ。
“根源”を持ち去ったあと、俺は園鶴義を事故に遭わせた。
この時点で【未来視】の暴発に気づいていれば、遷移を経て蘇った園鶴義を再び死なせることもなかっただろう。
「これがただの事故だったならやり直しが効く。でも園鶴義の場合は――――」
「おまたせ朝望閃司。はいコレ、キミが気絶してる間に押収したやつ」
あわや自供を聞かれかねないタイミングで女刑事が入室する。いや、むしろこのさっぱりとした、遺恨の残さない人柄の彼女になら打ち明けたかった。
女刑事の手には刀が握られている。俺が霊峰から持ち去ったものだ。
「でも、あんまし見せびらかさないほうがいいよ。めちゃめちゃ銃刀法違反にみえるし。きっと地域課はこぞって職質ふっかける」
冗談まじりの忠告を聞くのも五回目だった。
取り調べ時に嫌疑を向けたことなどすっかり忘れた様子で刀を手渡してくる。
「娑婆まで送るよ、朝望閃司」
「はぁ……シャバ、ですか」
案内されるがまま廊下を行く。やはり庁舎には俺たち以外に人の気配はなかった。
女刑事の背中を眺めながら、彼女のあとをついていく。
「あの、刑事さん。ずっと訊きたい事があったんですけど」
ずいぶんと久しぶりに自分の声を聴いたと、思わず錯覚する。
【未来視】で園鶴義の未来を奪った俺に、それを訊く余裕はなかった。けど、今回の永遠では自分から口を開けるまでに気持ちが回復している。
「なんでかあさんの交通事故を知ってたんですか。刑事だからって、九年前の事案をパッと思い出せるものでもないですよね」
「それはね、あの交通事故が未解決だからだよ」
「未解決?」
「そ。ようするに」
犯人が捕まってないの、と女刑事は言葉を継ぐ。
「未解決事件ってさ、いっぱいあんの。具体的に何件あるかは捜査官として恥ずかしいから言わせないでほしいんだけど、めっちゃある。わたしはそういう迷宮入り事案を解決まで持っていきたいんだよね」
物音一つない庁舎内だからか、彼女の語りが鮮明に届く。
「かあさんの事故って、犯人捕まってなかったんですね」
「不甲斐なくて申し訳ないね。必ず検挙してみせると誓うから」
……誓うとまで言ってくれているのに、俺は言葉を返せなかった。
今この瞬間に、事故の原因は自分の【未来視】なのだと説明しても、彼女が納得するとは思えない。
「永遠社会なら時間はいくらでもある。すべての未解決事件において犯人検挙の手筈を整えて、裁判に進ませる。そうするだけの猶予は、文字通り永遠にある」
この刑事の目標は本物だろう。
人ひとりいなくなった庁舎に彼女だけが出勤している。その現状が証拠だ。
「ちなみになんですけど」
庁舎の出入口にたどり着くまで黙っていた俺は、ようやく口を開く。
「永遠のままじゃ捕まえても意味ないんじゃないですか?」
いくら捕まえたところで、遷移が来れば誰もが脱獄できてしまうのでは。
「ん? ああ、そうだよ。さっきも言ったけど、永遠の間は手筈を整えるだけ。そこから先は、ほら……永遠が、終わった後から……ね?」
「? なんです?」
どうしたのだろうか。女刑事の声が尻すぼんでいく。
「わたしは本気だよ。笑いたいヤツは笑わせとけばいいの」
「え、何がですか?」
「だから、永遠が終わったあとに一斉検挙、だなんて。キミもあり得ないって思ってるんじゃない? 永遠が終わるはずが――」
なんだ、そんなことか。
永遠は終わらないから永遠なのだ。それが永遠社会なのだと、露希でも理解してる常識だ。
「崩れますよ。永遠なんて――――近いうちにも破綻する」
永遠はかならず崩す。
だけど、今はまだダメだ。
女刑事と別れて庁舎をあとにした。
ふらふらと帰路をたどる間、俺は園鶴義の死を考えていた。
永遠社会で死亡者が出たとしても、遷移を経ればその人は蘇る。
しかし園鶴義は例外だ。
俺が遷移から目を覚ました時点で、園鶴義はもう手遅れなのだ。
俺が取調室でに居たということは、すでに園鶴義は事故後である。
俺が永遠に手を加えたせいで、園鶴義は帰らぬ人となった。
やり直すために気合で目を覚まそうとしたが、遷移から覚醒する時刻はいつも一定で変えようがないのが、永遠の原理原則の一つだ。
人を死なせて得る未来に価値があるのか。
人の未来を奪った俺に、来るべき未来などあるものか。
永遠を崩すために霊力を扱う俺自身の気持ちが過去を向いていては、きっと永遠崩しは成立しない。
「もう少し時間が必要だ。完全に立ち直れるだけの時間がほしい……」
皮肉なことだが、今が永遠である以上、休息の時間はいくらでもあった。
「……こんなときはあそこに行くか」
こんな永遠のまっただなかじゃあ、どうせ交通機関はどこもストップしているだろう。
俺は庁舎から徒歩で九年前の事故現場に向かう。
かあさんが帰らぬ人となった、あの現場に。




