22/39 【過ちを犯す刀士:決着】
俺が描ける勝ちの図はもはやひとつしか残されていない。
バイクを見つけ全速で霊峰を脱出する、それ以外になかった。
「はっ、はっ、……ぜはぁっ、あいつ、これだけ走り回って息一つ荒げてないとか……マジか」
スーツ侍のフィジカル相手に、肉体的に発展途上の高校生たる俺が取っ組み合いで勝てるはずもない。
しかしお互いに霊力が底を尽きている以上、追いつかれれば原始的な武力での戦いに発展するのは必至だ。それだけは何としても避けねばなるまい。
「“根源”の刀を顕現させるために霊峰全体の霊力を使い果たしたせいで、周囲の霊力で賄うこともできない……くそっ。大気中の霊力が枯渇して困るなんて誰が想像できるっていうんだ」
霊力がないせいで【失せ物探し】によるバイクの捜索は不可能。
だからスーツ侍の凶刃を直感で回避しつつ、周囲を見渡し自力でバイクを探し当てるしかない。
霊力がないせいで【予測】に頼った回避行動も不可能。
だから周囲を見渡しバイクを探しつつ、スーツ侍の凶刃を自力でかいくぐり逃走するしかない。
「去ねぃ、不穏分子の童よ!」
霊力行使なしでこの場を切り抜けるのは、いくらなんでも無茶すぎる。
「っ、こうなったら一瞬でもいい、【予測】でやり過ごして、また崖下の池に飛び込ん……ぐっ!?」
無理に【予測】を行使したのが災いした。
「……なんだ、この気持ち悪い感覚は……っ」
視神経がぐるぐると強張り、俺は急激な眩暈に襲われる。
上体がふらついて隙ができる。体勢を整える間もなく、容赦ない凶刃が振り下ろされるだろう。
「やっぱり無茶なのか……俺には……」
目の奥に渦巻く苦しい違和感に耐えられず、瞼を固く閉じてしまった。
一秒先の死を予感したと同時、瞼の裏に光景が走る。
「これは【予測】か、いまさら何だってんだ……」
手遅れだとばかり思っていた。
光景は最適な逃走ルートあるいは、凶刃を回避する一手を伝えてくるものだと、そう思い込んでいた。
何を視せられたってふらつく体では躱しようがないじゃないか。
だから思いもよらなかった。露ほどの霊力も感じられない中で。
突発的に発動した霊力行使が、瞼の裏に視せた光景の中で。
さっき手に入れたばかりの刀で、スーツ侍と鍔迫り合いを交わす自分の姿があった。
今までにない選択肢に賭けてみる。
「ぐ、童ぁ……!」
左腰に納めていた刀を抜き身にし、首を守る格好で受け太刀する。
「うおぁっ! わかってたことだけど、なんて膂力だ……っ」
スーツ侍の凶刃にこちらの刃をかち合わせる。細い刀身からは想像だにしない重さが腕にのしかかる。
刀を持つ腕が痛い。骨まで痺れるほどに痛むのだ。
たった一度、正面から刃を受け止めただけで、スーツ侍との筋肉量の差が判ってしまった。
「破れかぶれもいい処だ。憤ッ!」
たとえ両腕を使って応戦しても、スーツ侍がこの剛力ではやはり純粋な腕っぷしで押し潰されてしまう。
俺は目を閉じて、瞼の裏の光景に集中する。
「こればかりは、破れかぶれとは言わせない……!」
瞼の裏で【予測】を視ようとすればするほど、視神経の強張りが強くなる。
【予測】は相変わらず俺と侍の鍔迫り合いを示し続けた。
「暗くてよくわからない、鍔迫り合いを仕掛けるべき場所はどこだ!? 暗いということは、時刻は今とそう変わらないはず……」
「喝ッ!」
瞼の外の、現実のスーツ侍が刃を横一文字に薙ぎ迫る。
俺は片目だけで状況を確認しつつ腰を入れ、刀で防御の構えを取る。
「――――くるっ」
ガキンッ。金属と黒板を擦るような不快な残響を残しつつ、冷や汗を自覚しながらも受け太刀に成功した。
片目のまま、再び瞼の裏に意識を向けた。
「カーブのきついツーリングコース……ってことだけはわかる。でも、そんなの無数にあるだろ……もっと決定的な特徴がないとっ」
「ヘハハハハ、御茶御茶と譫言を。目の前の現実を見るがいい」
ぐん、とスーツ侍の両腕が持ち上がる。
と同時に俺の両腕も持ち上がった。
刀を握っていた両腕がスーツ侍の動きに引きつけられる。
俺は刀を握ったまま前へつんのめる。
「なにかと思えば、硝子だな。とんだ鈍刀だ」
「な!? そんな……」
先ほどの不快音はただ刃を打ち合った音ではない。俺の方の刀が割れた破砕音だったのか。
ガラス製と思しき刃の付け根部分に、スーツ侍の刀が食い込んでしまっている。
「このまま根元からポッキリと逝かせてやろう……ヘハハハハハーーーーーーーーッ!!!!」
刀の脆弱な部分を前面にしながら、鍔迫り合いに持ち込まれる。
腕力で押され、手にした武器の強靭さでもかなわない。
ここで終わらせるという、スーツ侍の紛れもない殺意を両目いっぱいに捉えて俺は確信した。
「たしかに、ひとまずはここで終わりらしい……俺の霊力行使がそういってる」
スーツ侍の背中、その向こう側には、カーブのきついツーリングコースが続いていた。
目の前の状況と、瞼の裏にある背景が見事に一致している。
「この戦況は、あくまでも俺の【予測】どおりなんだよ……!」
勝負はここから。
露ほどの霊力も感じない中、なぜ突然、霊力行使が出来たのかはわからない。
手にしたガラスの刀の権能?
水晶と刀がそろったから?
正確なところはわからない。
勝負はここから。
推測はすべてが終わってからでも間に合う。
「終わらせる……!」
「させぬ……っ、応々々々々々ーーーーーッ!」
そう腹を決めた直後のことだった。
きついカーブでタイヤを滑らせるドリフト走行のスキール音。
ハンドリングに夢中で前方不注意か、俺たち二人など意に介さず加速するエンジン音。
スーツ侍の背後から猛スピードの車が迫る、迫る。
殺気のままに叫ぶスーツ侍には気づきようがない、走り屋のマシンが迫る迫る迫る、まずい――――。
「! 何奴――――」
「とまってくれ、っ……!」
言葉を発する余裕もないまま、圧倒的な重量と速度が俺たちを襲う。
唐突な衝突事故を前にして、事態を上手く飲み込めないでいた。
一度目の衝撃の直後、俺はスーツ侍もろとも跳ね上げられ、浮遊感に包まれ、視界がかき混ざる。
浮いた全身をガードレールに強かに打ちつけ、俺はそのまま地に伏した。そのとき、地面に投げ出された自分の顔や手が何かで濡れた気がする。
はっきりと目にしなかったが、おそらくは――――血だ。
自分の血なのかスーツ侍の血なのか判別もつかない、惨状ともいうべき現場だった。
思うように手足が動かない。衝撃で脳をひどくを揺すられたようだ。
起き上がる力が湧かないのだ。せめて状況を掴もうとするが、できる事といえば炎上する車を眺めるくらいしかなかった。
眼球が下から上へ、意思に関係なくぐるぐると動く。視界全体が揺さぶられた。
意識を手放してしまいそうなほどに、体のダメージが深刻だった。
【予測】を映していたはずの瞼の裏はすで真っ暗だ。スーツ侍が絶命し彼の未来がなくなったことで、【予測】も映らなくなってしまった。
(いや、ほんとうは【予測】ですらないのかもしれない。死の直前の光景を映して、死んだら真っ黒になる。これって……)
俺が行使してたのは【予測】ではなく【未来視】だったのか。
霊力が底を尽きた中で都合よく覚醒したと思ったら、ただの暴発だったわけだ。
自分の過ちに今さら気付いたとて、もう遅かった。
(この、音は…………)
燃える車、交通事故。
パトカーのサイレン。
死傷者一名。
血の匂い。
【未来視】。
どれもこれも九年前といっしょだった。
かあさんが死んだのも、俺の【未来視】が原因で……。
(ああ、これだから。【未来視】だけはロクなものじゃないんだ)
パトカーのサイレンが近づくにつれ、俺の意識は遠のく。
九年前と同じ過ちを犯した。絶対に繰り返したくなかったのに――――。




