21/39 【二つ目の根源】
「これは砂時計か?」
祠の木戸を引き開けてまず視界に入ったのは、抱えるほど巨大な砂時計だった。
「昼間に確認したときは空っぽだったはず。水晶に集めた霊力がそうさせたのか」
砂時計はそれ自体が淡く青白く発光しており、日時計島同様、霊力溜まり由来の存在だとわかる。
「砂時計にしては変な格好だな。それに、これが“根源”……?」
砂時計と聞いて大多数の人が想像するのは、直立して砂を落とす姿ではないだろうか。
それも当然だろう。上から下へと砂を落とさないことには、時間を計りようがないのだから。
砂を落としきらないうちにうっかり倒してしまおうものなら砂の流れは止まり、せっかく測定していたはずの時間も狂ってしまう。
しかしあろうことか、祠に設えてあるのは横たえられた砂時計だった。
さっそく持ち去ろうと手を伸ばしたとき、砂時計の霊力が活性化する。血が巡り出すような発光現象。
「! なんだ? まだ何か起こるのか……?」
いくつもの光の粒が束ねられて一本の棒状に形を成す。
しなやかに長く、一振りすれば如何なる障害も薙ぎ払えるのではないか。シルエットを現しただけで、そう感じさせるほどの鋭さと畏怖が込み上げる。
唾を飲み下しながら、それが完全な姿で顕現するのを待った。そしてついに。
「刀――――もしかして、あいつが振るっていたのと同じものだったりするか……?」
祠の形が妙な横長をしていた理由は、やはりこれだ。
この祠は刀を安置するためのものに違いなかった。
水晶内の霊力をありったけ祀った結果、刀の形をとって“それ”は俺の前に現れた――――これが永遠の“根源”か。
横向きの砂時計は台座に過ぎなかった。
「見つけた。これを持ち去れば、また一つ永遠を退けられる……そうだろ?」
砂時計を刀掛けにして鎮座する刀を、手に取る。
ついに手に入れた。
永遠を崩すための“根源”、二つ目だ。
感触をたしかめるように柄を握り込む。
「……なんか、こう言っちゃあなんだけど、刀というには軽すぎるような気が……?」
本物の刀を握ったことがないので確実なことはわからない。しかし刀身に鋼が使われているからには、この刀ももっと重たくて然るべきじゃないのだろうか。
得も言われぬ手応えの無さは、しかし新たに発生した問題によってどこかへ消え去った。
「! ……体から痛みが引いた。湿っていた服も乾いている? ……そうか、これは」
熱波を浴びて内外問わず火傷まみれだったはずの体に、焼け付き感が無い。
おまけに崖上から着水した際の水濡れがも消え去った。十一月の寒さは堪えるので、ありがたい話である。
「遷移が俺の体を元に戻したのか。ただそれなら、何で俺は自分の部屋に還されていないんだ……?」
遷移の対象に例外はない。
遷移が来たなら、俺だって11月23日の朝頃に戻されるはずである。
傷が消えたのはわかる。服が乾いたのも理解できる。それが11月23日時点の、戻るべき状態なのだから。
しかしそれなら、露希が虚空に消えたのと同じように俺自身も自室のベッドに寝かされているはずなのだ。
「もしかして、この刀を手に入れた事と何か関係があるのか」
いや、もしかしなくてもきっとそうなのだろう。
先ほど遷移が訪れたとき、水晶が霊力の光を発し始めたのを思い出す。あのときの水晶の働きが、遷移の到来を遅らせていたのだろう。霊力に干渉できない露希はモチロン、遷移に攫われる。
そして刀を手に入れたことで、俺自身が遷移を克服した……?
何がともあれ、だ。
俺は、確実に、永遠社会に亀裂を入れている。
「よし。みたことかっ」
ズボンのポケットに手を突っ込む。水没したはずのスマホも、遷移の影響で元通りになっていた。
旭賀さんの言葉通りなら、かあさんのメールが新しいものに更新されているはずだ。
「あった。さぁ次の“根源”はどこに――――」
世相占いが仕込まれた予約送信のメールは、永遠の破綻度に応じて異なるヒントを伝えてくれる。
霊力を電子の世界にまで及ばせ、九年越しに霊力を行使させる。あらためてすごすぎる業だ。
メールの内容は今までと同じだ。鏡の画像、その鏡面に休火山が映り込んでいた。
「さて、行くか。未来まで人生を生き抜いて、起こった出来事をかあさんに聞かせてやろう」
願わくば、俺の未来が露希と同じものならいい。
あいつと一緒でなきゃ未来に行く甲斐がない。
それはあくまで、以前の俺の勝手な望みだった。
『ジさまがいない未来なんてろくでもない』
露希の必死の言葉だった。
それを聞いた今、自分の望みよりもっと大切な思いが芽生える。
旭賀さんの死を悼み悲しみ、その痛みすら越えた先に何十年と未来が続く。
その何十年は、なにもネガティブなことばかりじゃないはず。悲しみすら過去に変えてしまう圧倒的な時間が待っていると、どうか気づいてほしい。
風呂敷で右腰に水晶を括り付け、左腰のベルトに刀を差し込んで帯刀し、登山道を下る。
いつもなら廊下で寝ようが野外で野垂れようが遷移で自室へ戻されるのだが、今日ばかりは自分の足で帰路につかねばなるまい。
行きより腰に荷物が増えた状態で、山道の不規則な足場を下りていく。
「やっぱ軽すぎるよな。この刀……刃は鋼じゃないのか?」
ありったけの霊力を注いで顕現した刀がよもやおもちゃの木刀ということもないだろうが、さすがに不安になった。
たしかめるべく鯉口を切り、鞘から刀身を抜いてみる。
しかし鋼かプラスチックか、辺りが暗くて材質がわからない。
「スマホのライトは……やめておくか。あいつに見つかりかねない」
霊力が底を尽きた今なら逆探知を受けることはないだろうが、万が一スーツ侍が近くをうろついていた場合、ライトの光で気取られる可能性はある。
【失せ物探し】でスーツ侍の位置を割り出す霊力も残っていない。
そのため、なるべく気配を抑えつつ鉢合わせないことを祈って下山するしかない。
「というか気づいてしまったんだが、俺はここからどうやって帰ればいいんだ……?」
霊峰までバイクでやって来たのだから、当然、帰りもバイクを使って帰るつもりでいた。
しかしスーツ侍との逃走劇に夢中だった俺に、ツーリングコースのどのあたりでバイクを乗り捨てたかなど覚えておく余裕はなかった。
万が一みつけられたとして、大破している可能性もある。そんなことになっていてほしくはないが。
「【失せ物探し】で探すわけにもいかないし、歩いて帰るかな……はぁ。仕方ないとはいえ正直ちょっとしんどいな」
「――――斯様な心配は無用である。不穏分子たる御前は鉄馬で帰り着くのではない。むしろ此れから旅に出るのだ。我が刃と焦熱による死出の旅に、な」
戦慄、焦燥。
声は俺のすぐ背後から響いた。
「くそっ! あんた、まだいたか!?」
「斬り捨て御免ッ!」
刃が迫る。やり遂げたという安堵は容易く裏切られた。
思考の暇もなく土を蹴り、近くの斜面を転がり落ちる。強引に斬撃をやり過ごした。
「む……? 炎が出ん。霊力を切らした覚えはないが……さては貴様、妙な術でも使ったか」
「……あんたは何を言っているんだ?」
そうか、こいつの刀が持つ霊力溜まりを利用して“根源”を顕現させたから、スーツ侍は霊力を行使できないでいるのか。
スーツ侍は急な斜面を、平然とした語り口調を崩さないまま駆け下りる。
「ハン、どうも前の永遠で相当な兵と相まみえたらしい。霊力を使い果たすほどの相手をすっかり忘れているとは、惜しいな」
「忘れた、ってあんた正気か。あんだけ追いかけ回してくれたくせに……っ!」
霊力を宿していたのはあくまでもスーツ侍の刀だ。奴自身は霊力を宿す体質でないから、前の永遠のことを覚えていない。
俺と違ってスーツ侍は遷移の影響を受けているわけだ。
スーツ侍は、俺がどんな霊力行使を用いたかを覚えていない。
たいして俺は、スーツ侍が刀と熱波を操ってくると知っている。
ようするに、情報のアドバンテージはこちらにあった。
「あんたは俺を童だと思ってなめてかかるだろうけど、やめたほうがいい」
「ヘハハハッ、此れは此れは威勢がいいなぁ童。どれ、力の程を試してやる」
斜面を悠々と降りてこちらに迫るスーツ侍は、まるで初対面のような口ぶりである。
「ふん。どうしても俺ごと未来を封じ込めたいんだ……できるのか」
……情報のアドバンテージがどうした。どれだけ不敵にハッタリをカマしたところで、結局俺の霊力も底を尽きているのだから、やれる事といえば逃げるくらいだ。
「園鶴義、参る……宝晶の不穏分子は滅殺するのみ」
だからこそ、逃げるしかない状況だと悟られてはいけない。
「わかった。付き合ってやる。ただし――――永遠が崩れる日までなら、な」




