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20/39

20/39 【朝焼け、顕現す。】

 水没したスマホは電源が入らないため、俺は現時刻を確かめることができずにいた。


「完全に失念してたけど、このままだと朝焼けの前に遷移が訪れるじゃないか……」


 水晶内の霊力量は申し分ない。山頂の祠で解き放てば、湖のときと同様に“根源”を発生させられるだろう。


 スーツ侍の熱波を利用し、水晶に霊力を蓄えさせる。青白い輝きを放つ水晶を見ればわかる通り、その目論見は文句の付け所もないほどに上手く運んでいる。


 しかし、それでも気がかりは残る。

 一つはスーツ侍の所在だ。今も俺を葬ろうと霊峰のどこかに潜伏しているのは間違いない。

 【失せ物探し】で位置を把握したいところだが、“根源”を発生させるために霊力を残しておかなければならない。

 それを考慮すると、あまり霊力を行使するべきではなかった。


「今のところ追撃がないのが幸いだな。考えられる可能性があるとしたら……そうだな、霊力を使い果たした、とか?」


 水晶が蓄えた霊力量はハッキリ言って尋常じゃない。霊峰中の霊力をかき集めたんじゃないかと思うほどの濃密な気配と輝きを発している。


 それを鑑みればこそ、スーツ侍が霊力切れを起こした説はわりと信憑性がある。


 そして気がかりはもう一つあった。


「遷移、か……」


 遷移。

 永遠社会に生きとし生ける人や物すべてを過去に送る。


 11月29日の23時59分59秒が過ぎたとき遷移は訪れる。


 星と月の位置、低い気温など、時間を知るための手がかりはいくつかあるが、やはり正確な時間はわからない。

 今にも遷移が訪れ、スーツ侍をやり過ごした攻防さえなかったことにされるかもしれない。


 木の根を踏み越えるにも滑りやすい土道を駆け上がるときも自然、一秒いち秒を意識させられた。


 確かなのは、やがて遷移の襲来より先に霊峰山頂にたどり着くことができた、という事実。


 すぐ頭上に分厚い雲。

 眼下に都市部の照明。

 展望広場の方に目をやると、目的の祠も確認できた。


 相変わらずの横長。

 朽ち果てる寸前の木戸。

 永遠によって無理矢理に生き長らえさせられている……という印象を持つのは、俺が旭賀さんを身近に置いているからか。


「0時が近い。湖に“根源”が出た瞬間も、よく晴れた夜空だった……そろそろ遷移かもな」


 頂上真上の分厚かった雲がにわかに千切れて風に吹かれる。

 

 永遠社会に天気予報は要らない。毎永遠、ミリ秒単位で天候は決まり切っている。

 永遠最終日、遷移直前の天気は曇りのち晴れ。湖で遷移に遭遇した際も、今夜と似たような星空だったように思う。


 祠と夜空を見比べる。

 もう猶予はない。

 俺は祠へ歩み寄る。


「晴れたってことはもうすぐリミットだ。遷移が来る前に永遠の“根源”を引きずり出せ……水晶よ!」

「ダメだよ」


 不意に現れた人影が祠を隠した。

 乱入者は俺と祠を隔て、立ち塞がる。


「ダメダメダメ。やっぱり納得いかない。やっぱりあたしは閃司とは違う」

「………………」


 彼女にしては淡々とした、妙に落ち着きのある温度感で告げる。

 無論、口調からして声の主はスーツ侍ではない。


 水晶に灯る霊力が明かりとなって、露希の顔を闇に浮かび上がらせた。

 永遠を崩さんとする俺に、彼女は真っ向から対峙する。


「俺と違うなら、どうするっていうんだ。永遠崩しに納得いかないというなら、一体どうしようというんだ」


 愚問だった。彼女の瞳を見れば、答えなどわかりきっていた。


 永遠崩しにわざわざついて来た露希。その理由を曖昧に濁した彼女はもういない。


「永遠を……守るって決めた。ジさまとの時間を失くしたくないから……!」


 霊力が視える体質じゃなくともわかる。

 露希の両目には決意が宿っている――――見間違いならよかったのに……!


「閃司がどうしても永遠を崩すっていうなら、あたしは何としても食い止めてやるんだから!」


 ……露希は、いわゆる「一度決めたらゆずらない」タイプに当てはまる。だから俺との衝突はもはや避けようがないか。


「永遠と未来……旭賀さんは、露希にそういうモノと向き合ってほしくて俺に同伴させたんじゃないのか?」

「向き合い方ならもう見つけた。閃司が永遠を崩しそうな雰囲気を出したから、体が勝手に動いたの。これが答えじゃん」


 そう言って露希は祠を庇うように両手を広げる。

 勘違いしようもない意思表示だった。


「かあさんのメールは、永遠を崩すための手助けだった。旭賀さんだってそう教えてくれたろ?」

「違う違う、チガウよそれは早合点だよ閃司。ジさまが言いたかったのはね……」


 「ジさまはね」と肉親の言葉を嚙み締めるように続ける。


「ただ『ヒント』とだけしか言ってない。あたしにとっては永遠を守るためのヒントだし、閃司にとっては永遠を崩すためのヒントでもある」


 そんな馬鹿な話があるか、と思う。


「永遠の“根源”っていうの? ジさまからあのメールが“根源”の在りかを示してるって聞いたとき、あたしじつは心底焦ってたの。閃司的には、ようやく手がかりにありつけたーって自分の興奮ばっかで、あたしの方には気づいてもなかったでしょ?」

「…………」

「“根源”のことを知らないままだったら、何が起こったのかさえわからないまま永遠を破られててもおかしくなかった……ゾッとするよね。でもだからこそわかったの。

 あのメールが存在してるのは、永遠を崩したい人のためだけじゃなくて。あたしみたいに永遠を守りたい人のためでもあるんだって」


 断言する露希の姿は、たしかに自分の答えを持ち合わせている人のそれだった。


「そんなの……ありかよ」


 自分が何を言っているのか本当に理解しているのか。

 こんな自信満々になってまで未来を放棄するつもりなのか。


「……つまり、“根源”の在りかさえわかっていれば、守るも崩すも向き合い方次第。俺のかあさんはあくまでも未来を取り戻してほしかったんじゃなく、『自分で選べ』と……露希の主張、これで合ってる?」


 はたして、露希は頷いた。


「さっすが幼馴染っ。あたしの考えって、閃司の立場からはかなーり遠くにあるはずなんだけど」

「話の筋は理解できる。でも共感はできない」

「むぅっ!」

「なんだかんだ御託を並べて、結局未来を放棄するのか。『向き合い方はそれぞれ』だって? ふんっ、開き直りもいいとこだぞ」

「――――っ、閃司ぃ!!」


 露希は俺との距離を一気に詰める。その勢いのまま胸ぐらを掴まれた。


「あたしにとってはっ、」


 掴まれた衝撃で水晶を取り落としてしまう。幸いにも斜面を転がり落ちたりせず、すぐに手の届きそうな砂利の上で回転を止めた。


「閃司が未来未来みらいーって求めてるのと同じくらいっ、ジさまとの時間が大切なのっ! 閃司の願いと同列じゃんっ! 開き直りなんて言わせないっての!」

「馬鹿言うなよ馬鹿露希! たとえ旭賀さんが死んでも――」


 俺の方こそ露希の胸ぐらを掴み上げて叫び散らす。


「死んでも……っ、死んでも、なによ!?」

「旭賀さんが死んでも、お前にはその先があるだろっ!」

「先ってなにさ! 簡単に言ってくれちゃって……ジさまがいなくなった先にあるものなんて……ろくでもない……じゃんか……」

「! かあさんを失った俺に向かって、それを言うのかよ……! いいか露希っ、よく聞け。俺は――――がっ!?」


 突如めまいが走り、頭から足先の制御が利かなくなる。二人ともふらつき、お互いの胸ぐらを手離していた。


 向き合っていた露希の顔がぐにゃりと歪む。

 酷い酩酊感に襲われているのは露希も同じらしく、足元がおぼつかなくなっていた。


「くっ、こんな時に遷移が……!」

 

 視界に映るすべてが無彩色に色落ち、何もかもが現実感を失っていく。遷移特有の錯覚だった。


 こんな風に、遷移はいつも理不尽に訪れる。

 

「えへへ、ざまぁみろい閃司ぃ……でもこれでよかったんだよ。あたしとケンカみたくなっちゃった事も、“根源”が霊峰にあるってことも。次の永遠でぜんぶ忘れちゃえ……っ、またね閃司っ」


 露希は屈託なく笑う。

 冗談じゃない。

 これ以上、何事もなかったみたいに振る舞えるかよ。


 永遠がいい。未来がほしい。手探り状態だった俺たちがこんな真剣に向き合ったのを、永遠なんかに無にされてたまるか……!


「あれは……」


 夜空の藍も月の金色も露希の緑髪も何もかもが無彩色に包まれる遷移の中で。


 水晶の青白い輝きだけが燦然と俺を導いた。


 霊力の鼓動ともいうべき光の明滅。

 それはまるで「手を伸ばせ」と訴えてるようで――――。


「う、お、お、お、お、お――――」


 言うことを聞かない体をどうにか地面に伸ばすと、水晶の霊力に指先が触れた。

 この瞬間のことを、俺はどう表現すればいいかわからない。


 時が止まった、とでも言えばいいのか。


 自分の身に何が起こったのか、理解するのに時間を要した。

 遷移の荒波は、たしかに俺を七日前に攫おうとする。

 しかし永遠の原理原則たるその波を、俺と一つになった霊力があっという間に退けた。


「! 露希――――っ!」


 遷移に攫われる露希を引き留めようと手を伸ばすも、間に合わない。

 露希の体が(もや)のようにぼやけ、霞を残して消え去った。


 いつしか景色は色づいていて、酷いめまいも収まっている。

 霊峰の祠の前に、俺一人が取り残された。

 ついに遷移の気配は完全に消え去って、深夜に相応しい静寂が戻ってきた。


 事態を把握しきれないなりに辺りを見回して、気づく――――スーツ侍も露希も遷移に攫われた今、俺の永遠崩しを阻止できる者はいない。


「……っ、水晶よ!」


 俺の宣言に呼応して、水晶内の霊力が活性化する。

 強すぎる霊力の渦を目の当たりにした。

 その威容、湖に浮かんでいた日時計島と遜色ない。

 青白い輝きを一層増して、荘厳な水晶は太陽となった。


 これが霊力溜まりだ。


「かあさんのメールと同じ光景が、今! 俺の目の前にある……行けるッ!」


 太陽だと思われていた物の正体は、眩いばかりの水晶。

 朝靄だと思っていたのは、霞となって消えた露希の痕跡。

 霊力の太陽と霞に包まれて、かあさんのメールにみた通りの祠が鎮座している。


 祠はその横長の体で、霊力の光を一杯に浴びていた。


「ここにあるんだな……“根源”!」


 興奮が漏れるのも構わず、俺は朽ちた木戸を引き開いた。





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