19/39 【落ちた閃司】
虚勢を張っているのは御前の方だ――――攻勢優位な園鶴義が胸の内で独り言ちる。
自身で発生させた熱波に乗り、青年が繰るバイク後部と着かず離れずの距離を保っていた。
その至近距離から、青年の背にひっきりなしに斬撃を浴びせる。
「くっ、……うおぉっ!?」
青年は体勢を変えるなり、時には急ハンドルを取るなどして刀をいなしているが、もはや長くは保たないだろう。
「ククク……ヘハハハッ、安心するがいい。永遠社会は懐が深い。あらゆる事象を元に戻す“遷移”……その神の御業を以ってすれば! 御前のような不穏分子のちっぽけな死をも! なかったことにしてくれるだろう……ヘッハハハァ!」
「だからハイそうですかで死ねって? 冗談――――くっ!」
ギリギリの回避、青年は辛うじて命を繋いでいるに過ぎない。
その余裕の無さが、園鶴義には手に取るように分かった。
(そして何よりこの童は致命的な見落としを犯している)
童が未来を視る霊力行使を持っていることは、すでに刀の霊から聞き及んでいた。
だから園鶴義は、青年に単純な斬撃が通用しないことなど百も承知なのである。
(鉄馬がオーバーヒート寸前の異音を発してもお構いなしとは愚かなり。否、気づいてすらいないのよな。その浅薄さ、さすがは童といったところか)
偉大なる灼熱が、じわじわと鉄馬の金属を蝕んでいく。
そう、彼の真の目的はバイクを走行不能に陥れること。
云うなれば、斬っては躱され振るってはいなされの攻防自体が園鶴義の用意したブラフだった。
(露骨に鉄馬を狙えば、己の目論見そのものを予知の霊力行使に拾われるかもしれない。童に看破されないのは当然のこと、此奴の霊力行使に察知されることもなく――――仕留めなくてはな)
鉄馬は限界寸前である。
童がそれに気づいたとて、もう遅い。
状況は覆りようがなかった。
ツーリングコースを疾駆した先には死、あるのみ。そんな童を哀れだとすら思った。
「童よ……哀れでもよいのだ」
「今度はなんだっ。言っておくけど余裕ぶっても無駄だ、あんたの攻撃ならぜんぶ【予測】して……」
「哀れ、おまけに滑稽ときたか。それでもよい。
この道を行ったとて、御前に活路はない。今週は死んで過ごすこととなるだろう。
なぁに、問題ない。来週が来れば貴様は蘇り、元通りだとも。
己の哀れな妹と同じよ。この永遠社会はなぁ、絶望の未来をも退けてくださるのよなぁ」
「……! 何が言いたい!?」
何が言いたい? 無論、決まりきっている――――永遠社会、万歳。
このままいけば、鉄馬は山を下りきる前に灼け溶けるだろう。
そうなればあとは、逃げる手段を失った不穏分子を斬るのみだ。
そうして、今週もまた、永遠は守られる。
「安心して去ね、ということだ……不穏分子よッ!」
咆哮と共に刀を振り上げる。
攻撃に恐れをなしたのか、童はガチャガチャと手元を手繰り、今更になってヘルメットを装備する。
「お断りだっ。かあさんのメールがある限り、俺は未来を諦めない!」
彼がどのように未来を視ているのか、その仕組み自体を、園鶴義は知る由もない。
次の瞬間、園鶴義によって必殺の一太刀が繰り出される。この光景は、端から見ればそんな攻防の一幕として映るだろう。
「どこかにチャンスはあるはず……! 少なくとも、俺があんたに殺されるのは朝焼けを拝んだあとだ! かあさんのメールがある限り、そこは死んでも譲れない!」
園鶴義に言わせれば、だから彼は哀れなのだ。
まだ自分にも望みがあると思っている。
しかし実際は、この一撃で鉄馬は限界を迎え、二の太刀を躱せずに命、潰える。
(所詮は己の足元さえおぼつかない、愚かな未来の観測者か)
園鶴義は今までにもこういった不穏分子と何度か出会ってきた。
湧いて出る度に彼らを破壊し、彼女らを斬り捨て、永遠を守ってきた。
畢竟、この青年も彼らと同じ運命――――繰り返し死を突きつけられ、己の使命を緩やかに薄めていき、永遠社会に引き返していくのだ。
「斬り捨て御免ッ!」
彼の背骨を割き断つ軌道で刀を振るう。対して彼は鉄馬から腰を浮かせ、刀が炸裂する直前にシートを蹴りつけ上方向に回避した。
回避は成功したようにも見える。しかし園鶴義の本命は鉄馬であると、彼は気づいていないだろう。
園鶴義の刀が直下のシートを裂き、その灼熱を以って機械部品を蹂躙――――……それで決着だった。
制御を失った鉄馬から童の体が離れ、ガードレールの向こうの崖下に投げ出される。
勢い良く転落する青年の姿が、みるみる小さくなっていく。
「へへ、ヘハハハ……! クハハハハハハハーーーーッ! ……落ちゆく絶景、己の出逢った全ての不穏分子に見せてやりたいものよなぁ……へッ!」
直接の死因がよもや斬撃でなく事故死とは。童の霊力行使を以ってしても予想外であろう。
この高さから地面に叩きつけられては一巻の終わりだろう。衝撃で肉体は粉々になる。
当然、死は免れない。
「人の面影すら残さずここで消えるがいい、不穏分子よぉぉぉーーーー! ……ああ願わくば、永遠の中で生まれ変わらん事をォオオ……」
感極まった吐息が言葉の端から漏れる。
ひしゃげた鉄馬は骨身砕けし亡骸の如し。
溶け出す鉄は血潮溢るる屠体に同じ。
冷めゆく熱は死を迎えた夢の残滓。
「嗚呼、永遠を……守ったぞ。
我が哀れな妹よ……。
己の妹よ……。
御前のために、次の永遠がやって来るのだぞ――――さや子」
立ち昇る陽炎は勝鬨の狼煙。
金臭き焦土は勝利の証。
妹、思い、慈愛、萌やさん。
道半ばで横倒しになった鉄馬を踏みつけ、勝利の余韻を嚙み締める。
「来たれ永遠。描け輪廻! 我が街のもとで――――」
感慨のままに腕を開き、歓喜を呟く園鶴義。
そのとき、彼の目を眩い光が刺す。
光は、園鶴義にとっても思いがけないものだった。
勝者に浴びせられるスポットライトのようだと思いながらそのじつ、光はいやに白々としている。
ツーリングコースに倒れ伏した鉄馬の対向車線から、二対の光が唸りを上げながら猛スピードで迫って来る。
正体不明の光は車線を大きく逸脱し、園鶴義に殺到した。
一瞬の眩しさと、直後に衝撃。園鶴義の意識はそこで途絶えた。
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疾走するバイクのシートから飛び出して、一番最初に感じたのは浮遊感だった。
どれほど下まで落ちれば地面に到達するのかさえ判然としない。
しかしそうとわかっていて、俺は崖へ体を投げ出した。
自分で起こしたアクションとはいえ、恐ろしいものは恐ろしい。
直前にヘルメットを被ったからといって、どうにかなるものではないだろう。そも、ヘルメットを被った最大の理由はそこではなかったし。
自身を支えてくれるベルトもロープもない、絶叫系アトラクションでも体験し得ない戦慄に包まれ、俺は身をすくめ固めた。
「――――――――っ!」
叫びそうになるのを我慢しながら体勢を整える。どうにか落下先を捉えようと視線を下へと向けて――――木々の葉が迫っていると気づく。
「ぐっ、がはっ!」
自由落下のままに落ちていく体を幾重もの枝で打ちつけた。
そのまま槍の穂先にでも転用できてしまいそうな、鋭く断ち割れた枝の先が俺の胴体をグサッ! ……と貫かなかったのは幸運だった。
俺は枝葉に撫でられながら湖へ真っ逆さまに落水、今に至る。
「げほっ、ゲホゲホっ……ぷはぁ、運はいいけど……やっぱり冷たいな、この季節の湖は」
枝葉が落下速度を削いでくれたことも、落ちた先に湖があったことも、ただの幸運ってわけじゃあない。
なにせ俺がいるここは【予測】が導き出した逃走ルートだ、生き延びないはずがない。
針の穴に糸を通すような逃走劇は、ひとえに俺の霊力行使のなせる業だった。
「参ったな、ヘルメットの内側にまで水が染み込んで……ふっ、このっ、ぜんぜん取れないっ」
ズリッと湿った音を立ててヘルメットを脱ぎ去る。
と同時、バイザーに映っていた【予測】も視えなくなった。
「我ながら機転が利いたな。まさか本当にヘルメットのバイザーで霊力行使ができるとは」
右眼の水晶体で攻撃を【予測】するまではよかった。
しかしそれだけでは防戦一方である。俺はさらなる一手を打つ必要があった。
水晶は持てない。右眼に加えて左眼まで霊力行使に使ってしまっては、視界がゼロになってしまう。
その点バイザーを使った【予測】は視界を妨げない、カーナビさながらに道を示し出した。
正直に言えば、自分の霊力行使にここまでのポテンシャルがあるとは思っていなかった。
刺し違えてでもやるしかない状況だったとはいえ、まさか本当にどうにかできてしまうとは。
一方で、不思議なこともある。【予測】はあくまで他対象の霊力行使だったはずだ。
相手の攻撃を知ることはできても、自分がどうよければいいかまで教えてくれるものではない。
自分の行動についての【予測】があてにならない事は、露希とのダーツで検証済みだった。
バイザーで【予測】を行使した途端、そんな霊力行使の原理原則を覆された。
なぜか? そうなるだけの濃ゆい霊力が、あの場に集まっていたのだろうか?
「成し遂げたというより、助かった……というのが素直な感想だな」
舞い込んだ活路に感謝しかない。
安堵する俺の鼓膜を、更なる福音が震わせる。
ポチャン。
肝心なことを思い出させるように、何かが音を立てて降ってきた――――水晶だ。
振り向いた俺の両目が、今や濃密な霊力源となった水晶を見つける。
深夜の暗闇の中に、青白い気配が湧き立つ。
俺の目なら、ありありとその霊力を視て取れた。
落ちてきた水晶は膨大な霊力を有している。
その量を物語るように、手に取った水晶の重みがいつもと違う。
水晶から手の平へ、手の平から精神へ。霊力溜まりと比肩するようなプレッシャーが伝わり、圧倒的規格外な霊力量をうちに秘めているとわかる。
「よし、これだけの霊力が水晶に集まったなら……大詰めだ」
水晶とずぶ濡れの服の重みを感じながら、俺は霊峰の山頂を目指した。




