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18/39

18/39 【第三の目を求めて】

 水晶ではなく右眼で、俺は【失せ物探し】を行使していた。

 【失せ物探し】の対象をスーツ侍からバイクに切り替え、息せき切って山道を駆けずる。


「はっ、はぁっ……、ここを突っ切ればバイクまでもうすぐ、だ……はぁっ、」


 右眼の水晶体に意識を集中すると、バイクの像が浮かび上がる。バイクは俺たちが降りたときと変わらず、登山道入り口の脇に佇んでいた。


「あと一つ坂を下ればバイクはある。乗りさえすれば確実に逃げ切れる……!」


 スーツ侍の恐るべき速さの追跡と絶え間ない熱波の追撃に晒されながらも、水晶を用いて攻撃を【予測】し、ギリギリ命をつないできた。

 しかしその間、水晶に霊力を吸収させる余裕があったかと言われれば、お察しだ。


「ほうっておけば自然にチャージされるみたいだけど……これが圧倒的に遅い! 溜まらない!」


 放置するのみで必要量が集まるかは疑問だ。

 吸収効率のみを求めるなら至近距離を保ち続けるのがベストなのだが、実際のところは肉体的限界と常識外の灼熱感に喘ぐばかりだった。


「見つけた……バイク!」


 バイクで機動力を底上げすれば、熱波の斬撃も追跡も振り切れよう。あとは水晶に霊力を流し込むことのみに集中すればいい。


「っ!? つぅっ!」


 切り札たるバイクに手が届く直前、灼熱の予感がよぎる。

 頭にキンとくるほどの激しさで、【予測】が死相を訴えてきたのだ。

 ――――すぐに攻撃が来る。


「このタイミングはマズいだろ……!」


 バイクにたどり着くまで泳がされたかもしれない。その直感はすぐに的中する事となる。


「あいつの狙いは俺だけじゃないとしたら。まさか俺とバイク、両方同時に(ほふ)れるタイミングを待ってたとか?」


 あいつ、熱の奔流でバイクを故障させるつもりか。


 だとしたらやられた。

 俺はまんまと(はか)られたんだ。

 バイクと隣り合ういま、この場で俺一人が熱波を躱してはバイクはもろに熱波をくらうだろう。

 かといって、二百キロあるバイクを熱波圏外へえっちらおっちら押しのけていては恰好の的だ。


「でも、あいつの熱波にやられているのは俺や露希だけ。木々や土にはコゲひとつない……けど!」


 山林が無傷であることから、霊力による攻撃には人間以外に害を及ぼす性質はないと推測はできる。

 それでも、あくまで推測の域を出ない。


「――――くそっ!」


 常識の埒外から躍り来る破壊の権化を前にして、バイクが無傷です済むと誰が断言できるだろうか。


 むしろスーツ侍が自在に破壊対象を選択している可能性すらある。

 木々や無機物に影響はないと俺に誤認させてからバイクを粉砕、逃走手段を失わせて王手をかける。


 よもやスーツ侍がこちらの手の内を把握した上で俺を泳がせる算段を立てたのだとしたら、俺はあいつのシナリオをなぞっていたことになる。


「バイクがなきゃジリ貧になる……くっそ、やるしかない!」


 もう熱波が迫って来る。エンジンをかける暇はない。

 俺はスタンドを蹴り上げると、全身に力を込めてバイクを押し出した――――その背で熱波を受け止めながら。


「っ――――ぐあぁぁあああ!」


 熱波を食らうのはこれで二発目だ。初撃と同様、水晶に蓄えたなけなしの霊力がダメージを肩代わりしてくれる。


「! バイクはっ!?」


 身を挺して守った甲斐あって、バイクは無事だった。数歩先で横倒しになっているが、損傷はない。


 問題は、俺の身がわりになった霊力の方だ。


「【予測】が消えた……っ。水晶に溜めてた霊力が底を尽きたのか」


 水晶内の霊力はゼロ。

 つまり次はない。

 これ以上の被弾は死を意味する。


 もう無茶はできない。どんな状況に陥っても、今のような身を削る手段は取れないし、熱波の追撃は漏らさず回避しなければならない。


 だというのに、霊力切れのせいで次弾を【予測】できなくなってしまった。

 自身の霊力をあらためて水晶に流し込む暇もない。


「【予測】、行使!」


 右眼の水晶体で行使していた【失せ物探し】を【予測】に切り替える。

 次の熱波まで猶予があるのを【予測】で確認しながら、俺はバイクにキーを差した。


「水晶体でなら、ひとまず俺自身の霊力を行使できる。だけど水晶に十分な霊力を流し込む余裕は無いから、一発でも食らってしまえば死ぬ。それだけは防ぎようがない」


 霊力の枯渇した水晶を、風呂敷でバイクの後部に括りつける。

 霊力を溜めるための水晶が手から離れる。その間は、自然に蓄積するのを待つしかない。


「次に水晶を手に取るのは、山頂の祠に祀れるだけの霊力が溜まったときだ」


 覚悟を決めるように唱える。発進の準備が整ったと同時、右眼水晶体の【予測】が熱波の襲来を訴え始めた。


「! 来るか……!」


 異音を発しながらバイクがスタート。

 ハンドルに引っ掛けっぱなしのヘルメットを着ける暇もなくツーリングコースに出た。


 直後の事だった――――背中のすぐ後ろに、熱い気配が迸ったのは。


「くっ、ほんとうに間一髪だった……助かった……!」


 斜め頭上から熱波が迸り、灼熱が背中を掠めつつも……湖があるらしい崖下へ流れ去っていった。


 状況が好転した。安堵するには早いとわかりつつも、一息吐かずにはいられなかった。


「助かった? 助かっただと? ヘッ……ヘハハハッ……世迷い言をォ!」


 ゴウンッ! 真上からの衝撃で後輪が弾む。

 引っ掛けたままのヘルメットがハンドル操作の邪魔をする。

 バイクの体勢を整えるのに必死で一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 真上から衝撃。何かが落ちてきたか?

 落石のような衝撃でありながら、どうやら落石ではないらしいとわかる。


 これはあり得べからざる想像だが、仮にバイクへ飛び乗りでもされたらこんな揺さぶられ方をするんじゃないだろうか。

 そんなはずはないが――――。


 滅多な感想を、背中を這い上がるおぞましい声が裏づける。


「追っていた霊力が消えたかと思えば、ただ底を尽きただけとは滑稽よ……斬り捨て御免!」


 俺は考えるより先にターンをかまし、バイクからスーツ侍を振り落とす。

 回避が功を奏し刀に空を切らせるも、寸分先の灼熱感に心臓がすくんだ。


 スーツ侍は、バイクの後方で悠然と着地する。

 振り落とされたというのに尻餅ひとつつきもしない。いまさら驚きはしないが。


「ふん。其処(そこ)か」

「? こいつ、何を言って……いや、一体どこをみてる……?」


 殺意を凝縮した眼差しの先には、バイク後部に括りつけた水晶があった。

 今は風呂敷に包み隠れていて、そこにあるとは知れないはずだ。


 しかし視える者には視えるのだ、刀が放つ霊力を吸い取っているかのように、風呂敷が淡く輝いているのが。


「霊力の流れで水晶の在りかがバレたのか。俺を遠くから狙い打てたのと同じ原理……だけど」


 だけど、スーツ侍本人からは霊力を感じない。

 恐るべき霊力を有しているのはあくまでも刀であり、本人は俺のような霊力体質ではないはずだ。


「少年のときと一緒だ。霊峰の霊力にあてられて、一時的に視えるようになったのか」


 しかし、それだけでは腑に落ちない。

 生まれつき霊力の高い人間、あるいは成人しきった大人が霊力に感化されるケースは天文学的レベルで稀だ。

 その点、目の前の流浪武士風サラリーマンはどう見ても未成年ではなかった。


 天文学的な確率をスーツ侍が引き当てたと言われればそれまでだが、彼の強さはそう単純な話ではない気がする。


「この状況で考察ごっこか。大物だな、不穏分子よ」

「……言われなくても、逃げるさ!」


 山や木々とは異なり、熱波の刀の熱はバイクにも伝わっていた。高温によって破壊される可能性がある。

 エンジンが温められた、ともいえる。


「脚で追いつけないなら得意の飛ぶ斬撃で応戦したらどうだ!?」


 エンジンの熱のまま一気に加速。

 熱波をすれすれで躱せば躱すほど、水晶は勝手に霊力を蓄えていく。


「さぁ撃つなら撃ってみろ!」

「クッククク……ヘハハハッ、やはり(わっぱ)か」


 だが、スーツ侍は俺の焚きつけに乗らなかった。


「貴様の考えてることくらいお見通しだ……カァッ!」


 気合いと共に刀を振り切り、熱波を発射する。

 そこまでは思惑通りだった。


「なっ!?」


その直後、スーツ侍が取った一手に俺は目を見開いた。


「馬鹿げてる……見間違いじゃないよな……!?」


 熱波に、乗っている。

 搭乗しているのだ。

 自分で起こした熱波の上に脚を置き中空を滑走、さながらスケボーかサーフィンといったところか。


「曲芸じみたことを……! あの刀にはそんな霊力行使まで備わっているのか……!?」


 どうだろう。刀の力で滑走、というのはいささか直感(・・)的じゃない。

 水晶はあくまで観察するためのもの、刀は斬るためのもの。

 だから、おそらくあの宙を滑るような挙動は、あくまで霊力の流れを操って推進力を生んでいるに過ぎない。


「あいつ自身の霊力コントロールのなせる業かよっ……だとしたら、そうまでして守りたい永遠ってなんだよっ!」


 スーツ侍の滑走は恐ろしく速い。

 永遠に向ける執念の深さが、彼をそうさせるのか。

 熱波に乗り刀を構えたスーツ侍が、バイクのすぐ後ろまで肉薄する。


「霊力の扱いがそこそこ上手いってだけじゃない、身体能力がケタ違いなんだ。どうりで走行中のバイクに飛び乗れたわけだっ」


 スーツ侍の乗った熱波が、いつ飛び乗られてもおかしくない至近距離に迫る。

 霊力の熱で背中が、痛むほど熱かった。


「【予測】……こうかっ!」


 頭を低く保ち急ハンドルを切る。


「さらばだ不穏分子よ。でぃやあぁぁぁああ!」


 刹那、一瞬前まで俺の首があった虚空を、猛烈な陽炎が空振って消えた。

 間一髪、躱したのだ。


御前(おまえ)の未来を視る霊力行使……まっこと不穏、不愉快。永遠社会において不相応だ」

「光栄だ。俺がいるだけで永遠に嫌がらせできるってんならっ、もっと引っ掻き回してやりたいねっ!」


 再び刀の軌道を【予測】。


「此の此の此の此の此の……御前ェ!」


 【予測】、【予測】。【予測】を繰り返しながら、俺は水晶の中身を意識する。

 霊力源たる刀を間近で躱し続ければ、それだけで霊力は蓄積される。

 俺にとって都合のいい戦況だった。


「此のぉっ、()ァッ、……でぃやぁ!」

「残念だけど、俺は後ろにも目がついてるんだ。何度振っても当たりっこない。だからどうぞ、何べんでも振るえよ!」

()ァッ!」


 だが霊力が充分に満ちたところで、いずれはこのスーツ侍を撒かなければならない。


「大丈夫だ。まだやりようはある。まだ……!」


 たとえば刀の軌道を【予測】することで回避可能にしたように、最適な逃げ道を【予測】すれば、どこかのタイミングで引き離すチャンスがあるかもしれない。


 だが、そもそもの問題として、人の眼球は二つしかない。

 右眼の水晶体を攻撃の【予測】に使役し、左眼で逃げ道を【予測】してしまうと、視界は【予測】の像でいっぱいになり夜道の運転はままならない。


 最適な逃走ルートを知りたい。かといって、そのために攻撃の【予測】をやめてしまえば即、斬首だ。


 諦めるわけにはいかない。

 今、かあさんのメールを開いたとして。

 メールに添付された画像の鏡は、相変わらず霊峰からの朝焼けを映し出すことだろう。


 あれは俺が永遠崩しに成功した世界の、新しい明日なんだ。

 かあさんは死んでなお、未来を諦めてない。

 まだかあさんが諦めていないのに、俺が諦められるわけないだろ。


「やはり、御前は(わっぱ)だ。(おのれ)自身の状況で一杯一杯、か……ヘハハハッ!」

「虚勢だな。あんたの刀は掠ってすらいない……ここまで上手く運んでいるんだ。もはや、さしたる怖さはないな」


 相手の気を反らしたいからか、はたまた自分の気をほぐしたいからか、言葉は止まらない。


「あんたからすれば俺はワッパか。確かにな。今のあんたを見ればよくわかるよ。大人の虚勢は――――見苦しい」


 俺は躱し続けることができるし、スーツ侍は何度でも攻撃ができる。

 つまり、現段階では攻防の主導権がどちらにもない。

 逆を言えば、状況がたった一つ変わるだけで主導権はどちらかの手に渡るのだ。


 俺としては朝焼けの時間までにスーツ侍と決着しなければ、永遠崩しどころではない。

 そういう意味では、俺の方から新しい手札を切らなければジリ貧に終わってしまう。


 新しい手札。なにかないだろうか。


 右眼で攻撃を【予測】。バイクに乗る前なら水晶を持って逃げ道を【予測】できただろうが、ハンドルを握った状態でそれは無茶だし、肝心の水晶は霊力切れでバイクの後部に括ってある。


 スーツ侍に肉迫されてしばらく経った今ならかなりの霊力を吸っているだろうが、そもそも手が届かない。


「くっ、……うおっ」


 急ハンドル。邪魔になるヘルメット。

 優位を確信するスーツ侍の、蛇のような笑い。


 何もないのだろうか。

 たとえば水晶に頼らず、かつ両眼を隠すことなく【予測】をもう一枠行使する方法、とか。


 俺の後ろに、本当に目が付いていれば――――そう思わずにはいられない。




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