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17/39

17/39 【水晶が照らす活路】

 スーツ侍が次の攻撃動作に入るのを【予測】で確認するや、俺は露希の手を引いて駆け出す。


 的確な狙いで熱波を繰り出すスーツ侍。俺たちは必死のダッシュでそれを回避する。


 そうした攻防を繰り返すこと十回。後手後手に見える戦況に置かれた露希は、たまらずといった様子で叫ぶ。


「閃司っ、どうしたらいいのコレっ! ってかあいつにあたしたちの場所割れてないっ!? なんでピンポイントなのなんでなんでっ!?」


 熱波の遠隔斬撃は正確無比だった。あの灼熱を身に浴びれば、人は確実に絶命するだろう。


「こんなに距離が開いてる状況で俺たちの位置を把握できるとしたら、それは霊力絡み以外にないだろうな」

「ですよねですよねっ!?」


 走っていなければ露希もろとも俺はやられていた。ああみえて、スーツ侍も【失せ物探し】のような探知するタイプの霊力行使を行えるのだろうか。


「てことは、やっぱあたしたちピンチじゃん帰ろう!」

「だめだ露希……いや、露希ひとり返すのはいいのか。俺が残って永遠崩しを続行すれば――――っ!」


 ほんのやり取りの間にも、あらたな不可視の熱波が繰り出される。


 遠方から高威力の斬撃が飛んでくること自体が常識外れで、そのどれもが正確無比と来た。

 正直、こちらの位置がバレているのは想定外である。


 あてずっぽうではあり得ない精度の熱波だが、遠距離であることが幸いした。

 もろに食らえばひとたまりもないが、走りさえすれば回避は容易だ。


「ええええええばかばかばかっ! ほんっっっとに続けるの? もう~去ろう逃げようよ逃げにげにげ……」

「いいや断固拒否だ。むしろ都合が良いんだよ、防戦一方に見えるこの戦況がさ」


 【予測】が火難の相を発する。スーツ侍が熱波の予備動作をはじめたのだ。


「熱波のタイミングは手に取るようにわかる。加えて【失せ物探し】でどこから飛んでくるのかもハッキリしてるから、注意さえ切らさなきゃ躱せるし、なにより――――霊力の塊が勝手に送られてくる。これなら……」

「これなら、なにさ! 閃司おかしいよっ! 正常性バイアスだよっ!」

「これなら……刀を奪わなくても霊力溜まりを発生させられる」


 俺が水晶を用いた霊力行使をするときは、決まって踏まなきゃいけない手順があった。

 水晶内へ、俺の操る霊力を必要な分だけ流し込むのだ。


 では仮に、霊力溜まりを発生させられるだけの霊力を、水晶に流し込んだとしたら?

 刀が霊力溜まりを宿しているように、水晶にも霊力溜まりを宿せるとしたら?


 その答えは、先ほどから青白く輝き始めた水晶を見れば明白だった。

 像の中のスーツ侍を縁取るように青く光る、白く光る。

 見る者に希望を抱かせる眩しさが、手のひらに収まっている。


「あいつの刀が霊力を溜め込むように、俺も水晶に霊力を溜められる。まだ淡い光り方だけど、あいつが放つ熱波の霊力を封じ続ければ、あるいは……いや必ず、祠に捧げるに値する霊力溜まりに変わるはずだ」

「閃司……」

「この目で見たんだ。湖に浮かんでいたとき、水晶は荘厳な青白い光を放っていたのを。今思えば、ただの湖があれだけの霊力を湛えられたのは、この水晶が霊力を引き寄せていたからで……」

「閃司。目を覚ましてよ」


 露希の驚くほど冷めた、思わず底冷えする声に俺は耳を疑った。


「な、……露、希……?」

「もーいいって。それ以上は聞きたくない」


 露希から発せられたとは思えない、一片の愛想も含まない響き。

 どうしたのかと、咄嗟に聞き返すこともできなかった。

 体の芯がぐらつく。その刹那、熱波を。


「!? しまっ――――つあっ!」


 熱波を全身に浴びてしまった。


 一瞬の無感覚と、直後に襲う筆舌しがたい痛み。あらゆる毛穴を針で貫かれるような、気管をヤスリで潰し擦るような激感に痛覚を蹂躙される。


「ぁ、うそ……閃司……うそでしょ……?」

「う――――っ、ああぁぁぁ、がぁぁあああああ!!!!」

「ごめ……いや、いや、いやだウソだっ、」


 そも、露希には霊力が視えないはずである。そんな不可視なはずの熱波が、彼女には先ほどから陽炎(かげろう)となって漏れ視えているらしかった。


 常人に視えるしまうレベルで濃ゆい霊力を有した斬撃。(ことわり)さえ超越した霊力波がどれだけの威力を秘めているのかは、言わなくてもわかるというもの。


 生存できるはずない身体を、炭となるのが道理の意識を、気力のみで繋ぎ止める。


「ぐっ、がはぁっ! ぜはぁ……げほっ」


 しかし気合いや根性で乗り越えられるような、生半可な殺傷力ではないはずだった。これは一体……。


「ごほっ……ぶはぁっ、水晶に溜まっていた霊力が、ダメージを肩代わりしてくれたのか」


 命拾いしたと同時に残念なことながら、水晶から青白い光が立ち消えていた。


 知らず知らずのうちとはいえ、霊力の熱波にたいして霊力の盾で対抗したのなら、戦車砲もかくやという衝撃をもろに受けてなお生きていられるのも納得である。


「……それでも半焼死って、熱波強すぎだろ……」

「せんじぃっ! よかっっっったぁぁあっ! ……今の流れで死んでたらあたし責任重大すぎて……もうどうしようかと……」

「ああ、無事……とは言えないな。体の外も内側もやけどがひどくて痛むん……」

「うおおおぉおぉぉん!」

「ぐっはぁ!? 痛むから抱きつくなって……ほらっ来るぞ、次が来る!」


 と、俺が右眼の【失せ物探し】に意識を引き戻したときだった。


「! な、なんだ?」

「うおおぉぉ……って、どったの?」

「スーツ侍の動きが変わった。これは……」


 精神集中、振りかぶり、熱波攻撃。先ほどまでその繰り返しだったスーツ侍が、突然山道を駆け出す。


 【失せ物探し】は、カメラマンさながらにスーツ侍の行動を追いかける。


「攻撃する立ち位置を変えるつもりか? ……いや、違う。あてもなく走っている風には見えないな」


 熱波の刀を納刀したスーツ侍が、山林を一直線に突っ切っていく。


 その様子には、およそ迷いというものが無かった。

 石や根で荒れてるはずの土道を、スーツ侍は踏み外すことなく跳び継ぐ。


 霊力によって恐るべき強化がなされているのだろう、その身のこなしは常人ならざるものだった。


「まさか、そういうことか――――っ! うっ……く」


 右眼の【失せ物探し】越しに、スーツ侍と目が合った。


「閃司っ!? まだどこか痛むの……!?」

「……痛みはある。でも、そうじゃなくて」


 否。あくまでも目が合った気がしただけだ。【失せ物探し】で視られていることなど、向こう側からでは気づきようもないのだから。

 しかし相手も霊力使い。霊力を観測できるとなれば、話は変わるかもしれない。


 俺は【失せ物探し】越しに、しかとその目と対峙してしまった。

 明確な殺意、敵意の籠った目だ。

 水晶を持っていない方の手で、反射的に口元を抑える。


 必殺の感情が俺に向けられているものだと理解した途端、体の内側から想像したくもない液が込み上げてきた。


「露希。今から言うことを落ち着いて聞いて、落ち着いて動くんだ」

「う、ウンうんうん……なあに?」


 喉元までせり上がって来た酸っぱいものを飲み下し、行動を変えたスーツ侍への最善の対応を指示した。


「ここからは別行動だ。あいつ、たぶん俺の霊力を察知してる。俺を逆探知してるんだ」

「逆探知……それで遠くからでも狙い撃ちできたんだ……って、じゃあどうすればいいの!?」

「露希はこのまま霊峰を下りて。俺と一緒じゃあ、かえって危険なだけだから」

「なら閃司も一緒に……あ、いや、同じ場所で固まると二人まとめて殺されるかもだから……ええとそっか、別々のルートで下山! はい採用!」

「ん、…………。ああ、別ルートでな。あと悪いけどバイクは使わせてくれ。【失せ物探し】で視た感じ、あいつかなり早いんだ。オリンピック選手とかそういう次元じゃなく、素早さアップの魔法がかかってる、みたいな次だ」


 いや、俺はこのまま水晶に霊力をチャージし続けるよ。永遠崩しのために来たんだし。

 そう露希に素直に白状してしまっては、「いやいやダメダメ却下キャッカ、首根っこ掴んででも一緒に下りるし!」とか言い出しかねない。


「あいつは閃司狙いなんでしょ? ならほんっと遠慮しないでバイク使うべきっ! じゃあたしはバイクの方面避けて下りるから!」


 頷き合って、二方向に行く手を分かれる。


「あ、待って閃司っまだ言うことあったっ」

「どうした? なにか問題が……」

「あいつが閃司を追うのはわかったけど、だからってあたしのために囮になろうとか考えちゃダメだからね!? ゼッタイさっさと逃げてくれなきゃあたし来週(次の永遠)めっちゃお説教してやるんだから!」

「来週って、遷移が来たら忘れるだろ?」

「な!? こんなん忘れられるワケないぢゃんっ!」


 無論、俺は囮になるどころか、このまま永遠崩しを放棄するつもりはさらさらなかった。

 どうしたものかと返事に詰まったが、露希は言うだけ言って斜面を走り去っていった。


 そうしている間にも、水晶の【予測】に火難の相が視えてくる――――スーツ侍が近くなってきた。


「来るなら来い……俺は永遠を崩す。露希を支えて未来に連れて行く……!」



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