11/39 【予測】
俺は桐織には聞こえないよう注意しつつ、霊力行使・【予測】の結果を呟いた。
「十のトリプル」
トンッ。放たれたダーツがボードに刺さる。
「五のシングル」
トッ。桐織の手を離れた二の矢は、またも俺の宣言通りの場所へ刺さる。
「……一のシングル」
コッ。三投目はダーツボードの中で最も点の低いエリア……1のシングルへ吸い込まれた。
「んあぁ~~惜しい惜しい惜しいおしかったぁぁあ~ん!」
桐織の三投すべてにおいて、霊力行使・【予測】の結果が的中する。
「十のトリプルはいいだろ。運持ってるよ」
「かぁぁあ〜っ、あとちょぉ〜っち左下ならブルだったのにのにのに……」
ラッキーパンチの十トリプルも、中心とニアミスした一のシングルも、【予測】はシビアに、平等に示す。
狙いから逸れたダーツを引っこ抜きながら、桐織はダーツブースに絶叫を響かせる。
映画のとき同様、例によって客は俺たち二人以外にいない。
ここでなら、桐織特有のオーバーリアクションによる他のお客様のご迷惑を気にする必要はない。
「はいはいは~い次っ、閃司の番っ」
【予測】行使中の水晶から視線をあげて、ダーツ三本を受け取る。
桐織と場所を入れ替わって、左手に水晶と二、三投目のダーツ、右手に一投目を構えた。
「うわー……やっぱ持ったまま投げるんだ、水晶」
桐織の番が終わった後も、水晶の【予測】は維持させたままだ。
右手を持ち上げ、スローに入る。
「二十のトリプル」
ダーツを放つ前に、ちらりと水晶を確認する。【予測】によると、俺はこれから最高得点を勝ち取る模様。
【予測】結果を確かめるように呟いてから――――カッ!! 一投目が威勢よく、一直線にボードへ刺さった。
「二十のトリプル」
カッ!!! 言霊が宿ったかのような勢いでダーツが空を貫き……一投目と同じエリアに、2連続ヒット。
「二十の……トリプル」
はたして――――カッ。
「いち、いち、ご。合計7点っ、はーい閃司しょっぱ~~~~~いっ!」
六十、六十、六十で高得点の演出が見れるはずだった。
おかしいだろ。霊力行使・【予測】が外れるなんて、そんなバカな……とまぁこんな感じで、霊力を自覚した当時の自分ならさぞかし愕然としていたことだろう。
「自分の行動についての【予測】は、まるであてにならない。そこは水晶を使おうが使わまいが原則通りだったか」
「あ、ヨソクってそーゆールールだったん? あたし閃司の霊力? 行使? のことあんま詳しくないからな〜うん……いやいやいや、いや! だとしたら閃司の高得点にたいする自信はどこから!?」
「水晶もああ言ってたことだし、割と本気でやれると思ってたんだけど」
「プロになれるところだったね!」
俺が投げては桐織がツッコむ。
そんな風に【予測】の施行を何ラウンドも繰り返し、俺はある断定をする。
つまるところ、霊力行使・【予測】の使い勝手は水晶なしの“素の状態”となんら変わらなかった。
「自身の行動は【予測】できない。水晶に像が浮かんだとしても、それは出鱈目でしかない、か」
自分の番が終わり、桐織に場所を明け渡す。
スロー体勢を作った桐織に、【予測】行使中の水晶を向ける。
「三のシングル、十八のトリプル」
桐織の集中に水を差さない程度の小声で、【予測】結果を口ずさむ。
そして、
「真ん中の五十」
結果は、推して知るべし。三本のダーツは【予測】通りのエリアへ吸い込まれた。
「桐織がプレイしてるときは的中率百パーセントなんだけどな、この【予測】」
ダーツボードを見つめながらポツリとこぼすと、ほんの一瞬、桐織が複雑な視線を向けてきた。
何か言いたげな顔をしていて、何が言いたいのか察しもついたが、それについての深掘りはよしておく。
「検証はこれくらいにしておくか」
桐織と場所を交代しスローラインに立ち、しばらくプレイを続行する。
それからは二人ともダーツにふけった。
何ゲームも繰り返しプレイして腕が疲労で音を上げるころ、桐織がうーっと胸を反る。
「いや~遊んだ~、ちょっとおトイレタイムにしよーよー」
伸びをする桐織の背を見送ってから、俺はもう一度腰の水晶を手に乗せた。
「とりあえず今日一日使ってみたけど……」
【失せ物探し】【未来視】【予測】。一通りの使用感をたしかめたものの、正直な所感を述べると。
「いつも通りというか、なんというか……使える霊力行使が劇的に増えたり変わったりするわけじゃないのな」
これがン次元ポケットのマルヒ道具ならハチャメチャ展開待ったなしなのだが、実際のところは、水晶を持っていようがいまいができることは変わらなかった。
「肩透かし感すら覚えるけど……や、違うか。俺が勝手に期待しただけだ」
適当なイスに腰かけてひと息つきながら、腰の水晶をテーブルに置いた。
ダーツを終えて俺は気づく。
意気揚々と水晶を試運転してみたものの、それが終わった途端、すでにやるべきことをやり尽くしてしまい途方に暮れる自分というものに。
水晶を手に入れたっきり、永遠崩しの手がかりは皆無だった。
「水晶があった湖みたいな、いわばパワースポットがほかにもあるんだろうか?」
結局桐織がトイレから返って来るまでの間、手の平から手の平に水晶を転がしながら、その輝きをまじまじと見つめるしかできなかった。
「コイツにはまだ何かある……と、思ってるのは俺だけなのか……」
水晶との出会いにただならぬ運命を感じたのは本心だし、信じたい。
霊力を自覚してこの方、俺の直感はいつだって本物だった。しかし、永遠を崩すにあたって何をすればよいのか、俺にはもう思いつかなかった。
お腹が空いたと桐織が言うので、ネカフェダーツから退店する。
バイクのある駐車場には戻らず、昼の陽ざしが注ぐ街並みをブラついた。
この永遠社会においてまともに営業している飲食店があるか疑わしいが、そんな世間の事情に構わず桐織はグングン探し歩いていく。
「閃司はお腹減ってる? 食べたいものは?」
「俺はとくには……あ、でも」
「でもでもでも、なぁに?」
「考え事に適したお店とかがあればよし」
「ええぇ~考え事ぉ? ご飯のときに難しい顔するぅ? お話ししようお話しっ!」
うぅむ。まぁたしかに、桐織の不満もわかる。
一対一で遊ぼうってときに、俺はさっきからずっと桐織の知り得ない方へ思考を巡らせている。
桐織に関係のない都合ばかりを気にして上の空になるのは、たとえ彼女が相手でも失礼なのは言うまでもない。
「桐織は? ダーツには付き合ってもらったし、行きたいところがあれば絶対そこにしよう、絶対」
さすがに桐織をそっちのけにし過ぎたなと反省して聞き返すも、桐織は返事のかわりに視線を寄越した。
「…………………」
「き、桐織? どうした……?」
まただ、何か言いたげなこの視線。
ダーツの最中も時折、桐織は複雑な表情を作っていた。
「その『引っかかることがあるけど言い出せない』みたいな視線は一体……桐織?」
正直、桐織の内心について察してはいる。それでもあえて訊き返してみた。
手頃なファミレスなんかを探していたはずだったのに、俺は思わず桐織の目をジッと見つめ返してしまう。
「気になる事は二つあるんだけども。まずは呼び方よ、ヨビカタ」
「………………え?」
「桐織に戻っちゃったなぁと思いまして、ましてぇ……もっかい呼んでくんないかなぁと思い…………まして」
やっぱりか。
訊き返した甲斐がなかった。
ガソリンスタンドで通話した際、うっかり「露希」と口をついてから数時間。
桐織呼びに戻してからというもの、彼女の視線がモジモジしはじめたのには薄々感づいていたし、いつかツッコまれるんじゃないかと覚悟もしていた。
「呼んで欲しいのか。やだ」
「さっきは露希って呼んでくれたぢゃん!? あれは聞き間違いじゃなかった!」
「だってお前、露希って呼んだら初々しくなるだろ」
「ういういしくて結構ぢゃんかぁ〜〜〜!!」
桐織の瞳には抗議の色が濃く滲んでいてもうこれはダメだ。彼女が呼び方の件に一度でも食いつくと、俺が折れるまで話が決着しないのだ。
「初々しかったら困るんだ。露希に照れられたら、俺はどうしていいかわからなくなる」
「お、おぉふ。よ、呼んだね……呼びましたねぇ~……えへ」
断っておくが、俺は決して桐織の事をよそよそしく扱いたいわけではない。
むしろ親しみを込めて名前で呼びたい。
愛おしさを込めて名前を呼ぶたびに照れたり恥ずかしがったり、慌てたりする。それが特別な間柄の相手にしか見せない一面なのは確かだろう。
「俺に露希って呼ばれるのはどうだ? 嫌じゃないか?」
「いやはやいやはや、いや~変なカンジ。でもなんか、クセになりそうといいますかぁ……」
「露希」
「こぁ~もうっ、くすぐったいぃぃいいい」
「……。露希」
「ちょちょちょ、まってっ! ちょっとまってっ」
「じゃあ……桐織」
「っかあぁ~っ! もしや弄んでますか~~~~~?!」
俺たちの関係性には、これ以上先がなかった。
たとえば二人きりで夜景を眺めながらその名前を囁き合うとか、同じベッドに寝そべって耳元でその名を呼ぶとかしようものなら、露希は照れるどころじゃすまないだろう。
より特別な関係、より濃密な時間。露希がそういう雰囲気に慣れてくれるのは、見ての通りもっと先だ。
「もっと先」って、いつだ? ――――先なんて、永遠が蔓延しているうちは訪れない。
「露希……おい、露希ってば」
「お”っ、ちょ、心臓に悪いので連呼はやめていただきますよう……なんですかい?」
「やれやれ……まぁ、その。驚かないで聞いてほしいんだけどさ、俺」
これを告げたら、露希は怒るだろうか。
旭賀さんの事もあるし、きっと良い顔はされないだろうな。
「永遠を崩すことにしたよ」
「? 永遠を……崩す? とは?」
「急に何言ってんだって思うだろうけど、まぁ聞いてくれ。そうだな……」
と、俺は絶妙なタイミングで店を発見した。
露希の前で指差したのは、永遠なんてご時世に営業中の暖簾を掲げる、酔狂な居酒屋。
「詳しい事情は、あそこで食べながら話そうか」




