10/39 【死の未来】
休憩室の利用者は妊婦さんのほかにいなかった。
彼女の姿を外から遠巻きに確認した俺は、水晶に霊力を注ぎ構える。
行使するのは【未来視】。未来を見通す霊力行使だ。
未来を知る力で宝くじ何億円当てたり競馬で百戦百勝したりができるなら、それは夢がある。
残念ながら【未来視】は、そう小回りの利く力ではない。
【未来視】で視えるのは、広い未来の一部分のみに限られている。
決まってとある瞬間の直前の様子を見せつけてくるのだ。
「この妊婦さんの場合は……出産の場面か」
俺はひとつ前の永遠で、すでに妊婦さんに対して【未来視】を行使している。
しかしあのときは水晶なし、それも不可抗力でうっかり視えてしまっただけだ。
今回は水晶も使える。はたして【未来視】の結果は、同じかどうか。
霊力を湛えた水晶の中に、休憩室の妊婦さんが鮮明に映る。
水晶に意識を集中し、水晶に映り込んだ景色そのものを、ぐるぐるとかき混ぜていく。
水晶中の霊力を攪拌させ、それまでの景色を上書きするように新しい像を結ぶのだ。
そんなふうに霊力を操ると、水晶に俺の予想した通りの光景が現れた。
「………………」
実際に出産に立ち会っているかのような光景が広がる。
【未来視】がまず見せたのは、ストレッチャーに乗せられた妊婦さんだ。病院の廊下を猛然と移送される最中である。
走り過ぎていくストレッチャーを【未来視】が追いかける。その際、電波時計が【未来視】の範囲に映り込んだ。
「あの日付……」
未来における電波時計の日付を目にしたとき、露希が出産予定日について言及していたのを思い出す。
「やっぱり、話に聞いた出産予定日よりもかなり早い。それに――――」
【未来視】の光景が一瞬飛んで、別の光景に切り替わる。
再び光景が映し出されたとき、水晶の中の出産はすでに佳境を迎えていた。
「まだ、子どもはひとりしか産まれてきていない……!」
水晶が出産の瞬間を捉える。一人目の全身が露わになって、無事に誕生したところだ。
しかし、まだ終わりではない。
あの妊婦さんの胎児は双子なのだから。
俺は水晶から顔を乗り出し、確かめるような視線を現在の妊婦さんに送った――――休憩室にいる彼女の膨れたお腹から、およそ二人分の霊力が伝わってくる。
「前もここまでは視たんだ。出産が上手くいくなら当然、これから二人目が産まれるはず……」
通常、双子の出産は難産になると聞く。その点について俺はさして詳しくないが、母体の負担が大きいらしい事は、【未来視】が視せる分娩室の緊迫した雰囲気からわかった。
「無事に産まれるかどうかの瀬戸際か……!」
今のところ、【未来視】はクリアに映し出されている。水晶の調子は非常に良いし、俺の霊力も冴えていた。
しかし。
「……はっ、」
素っ頓狂な声が喉から漏れる。
理由は単純。霊力のコンディションは良好にもかかわらず、水晶に込めた霊力は俺の意思に反して霧散していったからだ。
二人目の誕生に立ち会うことなく【未来視】はプツンと終わりを告げる。
「ここまでか…………」
しばらく水晶を見張っていたが、この【未来視】に続きはなかった。
【未来視】が終了した途端、意識の外だったガソリンスタンドの雑音がやけにうるさく感じる。人の行き交いも妙に目についた。
妊婦さんは自分の出産を覗き見されていることなど知る由もなく、休憩室で変わりなくくつろいでいる。
俺はこれ以上、ここで何かをするつもりはなかった。
さっさと撤退しようとバイクに跨ったとき、ポケットのスマホが震える。通話着信。
『おいおいおいおーいおはよーおはよ閃司ぃぃぃぃいいい!』
声の主は、言わずもがな露希だ。
しまった。そういえば今朝の『遊ぼ!!!!』に返信してなかったような……。
『遊びに行きま~~~っしょいよ一緒に! というかなんですか今朝の無視は!?』
「え、あ、あのさ露希」
『え”!? つ、つゆっ、き……って、ゴホゴホォごほぉおんッ! 華麗に既読スルーした閃司君には弁解の余地も拒否権もありまっせん! 今からおうちへ迎えに行きま~~~~す』
一方的に通話は、一方的に切られた。数分ののち、『今どこ!?!?!?』『家にいないぢゃん!!!』とメッセージが来た。
「さては勝手に家あがろうとしたな……」
ため息を吐きつつメッセージを送りつける。
「迎えに行くからそのまま待ってなよ、と……これでいいか」
ちょうどいいから露希にも水晶の実験協力をしてもらうか。
バイクのキーを回し、ガソリンの補充もしないまま発進。
ガソリンスタンドの敷地を出る直前、俺は横目で妊婦さんの様子をうかがう。
その際、自分の視線に口惜しさが乗るのをハッキリと自覚した。
俺の【未来視】は訳アリである。対象が死ぬ直前の出来事しか視えないのだ。
「その子を産もうとしたら誰かが死にます、なんて……言えるわけないだろ」
処理しようもない胸の悪さを引き離す勢いでアクセルを回す。
あの出産が妊婦さんの死か胎児の死か、どちらに繋がるのかはわからない。俺は「妊婦さんの未来を視た」つもりでそのじつ、腹の中の胎児の未来を視たのかもしれない。
どちらにせよ、彼女らのうち誰かは、死の運命を避けられない。
「どっちが死ぬとかは重要じゃない。……俺は決めた」
わざわざ言いに行く必要はない、さりとて都合よく忘れることもできない。
「未来は未来だ。死がもたらされるのは、不幸な未来かもしれない。でも永遠は崩す。もう決めた。ずっと産まれる日すら来ないなんて……そんなの、報われないだろ」
――――あの母子は、まともに出会う前に別れる未来を背負っているかもしれない。
それでも、生き残された方には未来がある。
つらい別れさえ過去にしてしまえる、圧倒的な未来が。
この決意が揺さぶられる前に、次の行動を始めなくては。
バイクで帰路をひた走った。
自宅前の通りにバイクを着けた俺は、退屈そうに座り込む露希を見つけた。
「悪い。まさかずっと外で待っていたとは思わなくて」
待ちぼうけ、という単語が脳裏に湧く。所在なさげに地面ばかり見つめる露希を一目見て、俺は急に申し訳なくなる。
「おそいおそいおっっっっっそーーーーーい! せっかくジさまが『今日は体調がええから気にせんで遊びぃってこんか。ほれ、閃司君と』って言ってくれたのに~……一時間ロス! だよ!」
案の定、なリアクションだ。ちなみに一時間は盛ってる。俺は一五分で帰ってきた。
「悪かったって。ほんとは朝の時点でに断るつもりだったんだけど……連絡をさ、うっかりしてて」
「断るつもりだった!? 永遠に入ってこの方いつもいつもヒマしてる閃司がぁ?!」
永遠を崩せるかも、と素直に告げるべきだろうか。まさか時間の流れを変えるだなんて突拍子のない話、そう易々と信じてくれるとは思えないけど。
露希が心底驚愕の顔を作るので、説明を求められたらどうしようかとも思ったが、その心配は一瞬で引っ込んだ。
「まーまーまーソコはね、桐織露希ちゃん心のひろ~い子ですからね、許してあげま~すっ」
「はは、ありがと」
「それにさ――――」
玄関前に座り込んだまま、露希はさらにフォローを加えた。
「それにホラほら! 一時間ロスったって、永遠社会じゃへでもないしねっ」
「ん……そうだな」
もちろん、露希は永遠賛成派だ。励ましを突っぱねたりはせず、俺は曖昧な相づちで返しておいた。
「じゃあ行くか、露希」
座ったままの露希にヘルメットを差し出す。が、露希はそれに反応しない。
「閃司………………ん~?」
「どうした? 行かないのか?」
庭を挟んでいる二人には、微妙な距離が空いている。普段なら散歩をせがむ犬レベルで飛びつくのに……いや、それは誇張しすぎて失礼か。
「露希。どうしたんだ?」
「っ! ……電話んときは聞き間違いかと思った」
「聞き間違い? 何がだ?」
「な、名前………………つゆき、って……」
そこから先は、つまびらかに語っても刺激がないので省略する。俺にとっては、もう幾千回と繰り返したやり取りだから。
ようやくとバイクで動きだしたのは露希、もとい桐織が落ち着いてからだ。
俺からの「ダーツやるか」という一声によって行き先はあっさり決まった。
映画に行きたいという桐織の案を却下する形で、ダーツ併設のネットカフェにバイクを向かわせる。
「にしても珍しくない!?」
「そうだろうね。自分でもそう思うよ」
「まさかまさかまっさか、閃司のほうからやりたいことあるー、なんて言い出すとは!」
「そうとも。俺もそう思うよ」
実際、桐織が行きたいところやりたいことを発信して、俺はそこについていく、というのが二人のスタイルだった。
俺から要望を出すことは滅多にないからと、桐織は快く譲ってくれたのだ。
「ダーツ。ダーツねぇ~ふふふ。ひっさびさだからって手加減してやんないんだから~」
返す言葉が上手く見つからない。
桐織はダーツを純粋に楽しみにしてくれている。
それに対して、俺はと言えば水晶を検証することしか考えていなかった。
バイクを左折させると同時、腰に括った水晶が揺さぶられる。
霊力行使・【失せ物探し】。
霊力行使・【未来視】。
そして最後に、霊力行使・【予測】。その霊力行使のテストをするのに、ダーツは都合が良かっただけだ。




