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夢、覚めた春

 心咲はいつものように、縁側で横になって眠っている。

 既にこの時には継承の儀は筒がなく終わり、心咲は月華の名を継いでいた。


 ヒューーッ


 柔らかな春風が吹いて、少し色づいた狂櫻がふわぁっと晴れ渡る青天の空一面に桜を散らす。その中の一枚がゆらり、ゆらりと螺旋を描き舞い降りて、蝶がそっと静かに留まるように月華の頬へと落ちる。


 月華「・・・うっうううん・・・」


 花びらは少しひんやりとして、月華は目が覚め薄らと目を開くと同時、一粒の涙が溢れ落ちる。上体をゆらゆらさせながら起こすと目を擦り、涙を流したことさえ気づかないまま小さな欠伸を漏らすと、ぼんやり狂櫻を見上げる。


 月華「もう直ぐ、色付きそうね・・・」


 月華はポツリ、そう呟いてズキっと頭が痛み、片手でそこを抑える。一瞬、何かを思い出したような気がしたが、頭痛が引くと共にそれもよく分からなくなった。


 月華「はぁ・・・この時期になると・・・かー様が、【病気で亡くなった】時のことを思い出して・・・気が滅入るわね・・・大婆様は、今日もどこかへ行っているみたいだし・・・話し相手もいない・・・はぁ・・・つまらないわ」


 顔を曇らせた月華は、コロンっとまた寝転がる。


 猫「にゃーん」


 猫の声が庭の方からして、驚いて月華は上体を急いで起こす。

 鳴き声の方を見れば、白い猫が庭に入り込んでいた。


 月華「珍しい・・・」


 月華は縁側からサンダルを履いて離れると、そろり、そろりと慎重に猫に近づいて行く。猫はじーっと月華を見ているが、一向に逃げる気配はない。

 月華は猫の目の前で座り込み、手を差し伸べると猫はスンスン匂いを嗅いで、ペロっと指先を舐める。


 月華「ふふ、くすぐったいわね・・・よいしょ・・・お前、どこの子?」


 もう片方の手を伸ばし両手で猫を掴んで抱き寄せると立ち上がり、猫に頬をすりっとしながら問う。


 猫「にゃぁーん」

 

 猫は返事をするように鳴き、するりと月華の手の中から飛び降りる。


 猫はタタタっと塀の近くまで走ると止まって、くるっと方向転換し月華の方を見ている。月華は不思議そうな顔しながらも、呼びれているような気がして猫へと近づく。


 月華「もう・・・どうした?」


 月華は猫に近づくとまたしゃがみ込んで今度は、両手で自分の膝を抱え少し寂しそうな顔をして小首を傾げる。


 龍「あ!居たよ!」


 月華「えっ!はぁ?」


 月華は壁の方から男の声がしてその声がする方へと顔を上げると、壁の上に立っているのは月華と同じくらいの歳の青年男子、(りゅう)である。

 藍色の着物を少し緩めに着こなし、髪は黒々とた少し癖っ毛のある髪を後ろで束ねて結んでいる。堀深い顔ではあるが中性的な顔で、色素が薄い青み掛かった瞳が印象的である。

 背は決して低くはないが、体格はしっかりしているようでスリムに見えるのは着痩せして見えるせいなのかもしれない。


 龍「お?その猫、俺の飼い猫なんだよ。悪いね、お邪魔したみたいで」


 龍はにっと人懐っこく笑って、壁から庭の方へと降りてきた。


 月華「ちょっ、ちょっと!」


 龍「まぁまぁ。今日は、大婆様は居ないんだろう?」


 月華「いやまぁ、そうだけど。そうじゃなくて!」


 龍「よーしよし・・・あ、ごめん。勝手に入ったことは、大婆様には内緒で」


 龍は一旦しゃがんで猫を胸に抱き寄せると立ち上がり、猫を抱えている反対の手の人差し指を立てて唇に当てると片目を閉じ、茶めっけたっぷりにへらっと気の抜けたような笑みを浮かべる。


 月華「いや、それはいいけど・・・ここは他の人は禁制・・・というか、結界が張ってあるから入れないなずで、え?なんで入って来れるの?」


 ここは白蛇家の巫女しか入れないはずであり、壁を越えられたとしても結界で弾かれて普通は中には入って来れないようになっているわけで、月華が驚くのも無理はない。


 龍「さぁ?よく分からない、けど、まぁ、入って来れたんだから、しょうがないんじゃない?それに、こいつが見つかれば俺はいいから、じゃ、邪魔したな」


 龍は懐に猫を入れ猫は襟元から顔を出し、それを確認してから龍は軽快に壁を乗り越え上に立つ。


 月華「ま、待って!」


 龍「ん?どうかしたか?」


 龍は背を向けていたが、器用にくるりと塀の上で月華の方へと向き直り不思議そうな顔をする。


 月華「名前、名前を教えて!」


 龍「俺?俺は、狐星(こほし)家の龍」


 月華「え?じゃぁ・・・」


 龍「うん、まぁ。御三家の狐付きだ」


 月華「そ、そっか・・・ねぇ・・・また会える?」


 龍は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。


 龍「いいよ。大婆様の目を盗んで、たまには会いに来るよ。あーでも、今日はこれから稽古だから、もう行くな」


 龍は軽く片手を振ると、くるっとまた月華に背を向ける。


 月華「あ・・・私の、私の名前は!」


 龍「月華・・・心咲だっけ?当然、知ってるさ。じゃ、またな・・・心咲」


 ちらっと月華を見て、優しく微笑んだ龍はすぐ正面を向いて壁を飛び降りて行ってしまった。


 月華「・・・なんで、心咲って・・・知ってたんだろう・・・あ、今度・・・聞いてみよ」


 月華の頬はほんのりと薄紅色に染まって、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。



 完

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