白蛇龍神と姫
炎勇「ちょ、姫!待てって!」
星将「そうだよ、姫。そんな狩りで使用する大弓で、どうこうできる相手ではないよ!」
夜光「そ〜ですよぉ。我々は、神と言葉を交わすことすら、できないのですから。行ったところで、話し合いなどできませんよぉ〜。やめましょう、ねぇ〜姫ぇ〜」
三人の美豆良の髪型をした白い着物を身に付けた青年達は、ずんずんと厩舎へと歩いて行く月華永を囲んで必死に止めようとしている。ただ歩く速度が早い月華永にやっとついていってる状態。
月華永の右側にいるのは、父親そっくりの大きな地声と、眉がキリリと上がり勇ましい顔付きで一番男らしい風貌のが炎勇で、槍炎の息子である。
その反対の左側にいるのは、背が高く父親に似て色男なのが星将で、槍星の息子である。
真後ろに少し遅れて、やや背が低く若干なよなよしく、父親にそっくりの女性のような顔立ちが二人と比べると頼りなげに感じるのが夜行で、槍夜の息子である。
三人は自分の父親達が今日も会議をしているので気になって近くまで様子を伺っていたのだが、その時に自分達がしていたヒソヒソ話をちょうど通り掛かった月華永に聞かれてしまったのだ。
贄の話は絶対に月華永に秘密と父親達から厳重に口止めされてたのに、これでは大目玉を食らうし、それに三人は月華永に淡い恋心を抱いていて、この話を聞けば自分が行くと譲らないだろうと分かっていたからこそ、そんな危険なことはさせられないと必死に説得しているのだ。
三人の必死の静止も虚しく、うんざりした顔をした月華永は急に風の如く走り出してしまい、三人はこれ以上は無理だとその場に立ち止まった。
月華永は大弓を背負ったまま真っ白な駿馬に跨り、山を上へ上へと駆け抜けていた。
この白馬、白矢は生まれた時から月華永と一緒に育った。
艶やかな毛並み、脚力もクニ一番という名馬。本来ならばリーダーである剣義が乗る予定だったが、白矢は月華永しか懐かず、月華永の馬として二十歳の誕生日に剣義から贈られた馬である。
白矢は名の通り、矢が飛ぶ程の速さで馬力もあるので月華永を乗せていても、険しい山を登るのもなんのその、本来の能力を発揮するかのようにそのスピードは落ちない。
白蛇龍神は、山頂付近にある大滝の裏を棲家としていると云い伝えられていて、月華永はそこへ向かっていた。
だが流石の白矢でも水の中には入れず、滝壺の近くの木に繋いで月華永だけで滝壺へと一人、近づいた。
月華永「ふむ・・・おぉーーーい!!白蛇!!出て来なさい!!」
月華永は勢い良く流れる滝の前に立つと、仁王立ちで腰に両手を当てて胸を張ると、大きな声で叫んだ。
しーん
滝が落ちるゴーゴーという音がするだけで、何も変化がない。
月華永「おーーーい!!!白蛇ぃ!!!」
滝の音で声が掻き消されたのかと、月華永はもっと大きな声で叫んだ。
白蛇龍神「・・・全く・・・五月蝿い」
大滝の丁度中央辺りからぬっと白蛇が顔を出して、ギロリと月華永を睨む。
月華永「やっと出てきた!私は、白蛇山の月華永という者だ!白蛇!お前に、話があって来た!」
月華永は大蛇に睨まれているというのに全く怯むことなく、久しぶりに会った友のように笑顔で話し掛ける。
白蛇龍神「・・・なんと礼儀知らずな・・・というより、恐れ知らずと云ったところか・・・あぁ・・・だとして、我らの言葉が理解できない者をどう追い払おうか」
月華永「ん?私はちゃんと云っていること、理解してるわよ!」
白蛇龍神「ほう・・・珍しい・・・」
白蛇龍神はすーっと目を細めた後一旦滝の中へと引っ込むと、その場所がパァァァァっと明るく光り輝く。
月華永の方までその光は降り注いできて、眩しく左手を目の辺りに上げて光を遮り目を細める。
光が消えると大滝がザバァーっと左右に割れ、丁度中央の白蛇龍神が寝ぐらにしていると思われる大きな入口が見え、そこに銀髪の美しい腰まである長い髪に、背が高めで男性と分かるがどこか中世的で端正な顔付きで、すらっとした身体付きの銀色に輝く蛇の鱗の様な着物を着た青年が立っていた。勿論、人の姿に化けた白蛇龍神である。
白蛇龍神がその巣穴から軽快な足取りで優雅に放物線を描くように飛び降りると、月華永の目の前へと舞い降りて顔を近づけるとジロジロと月華永を見る。
月華永「・・・な、なんだ、お前は!」
白蛇龍神の顔が近いため戸惑って顔を遮っている手を退かすことができないまま、月華永は強気な態度は変えない。
白蛇龍神「・・・ん?お前・・・」
白蛇龍神が片手を伸ばし、月華永の左手を掴んで引き寄せる。その力は見た目以上に強く、月華永は少しよろけそうになるが、サッと白蛇龍神は月華永の背中にもう片方の手を回して支える。
月華永「ちょ、な、なんなの!」
月華永はそんなことをされたことがなく戸惑いながらも、恥ずかしさで頬が赤くなる。
白蛇龍神「お前、あの時の小娘か・・・そうかそうか・・・アッハハハハハ!」
月華永が白蛇龍神から逃れようとバタバタ暴れても全く気にすることなく、掴んだ手を強引に角度を変えてじっくり見たと思えばパッと両手を離し、月華永を解放すると腕を組み破顔して盛大に笑い出す。
月華永「・・・で?お前は、何者?白蛇はどこへ行ったの?」
月華永は訳がわからず、まだ戸惑いを隠せないまま両手をクロスして両腕を掴みガードし警戒しながら、少し白蛇龍神から距離を取るために下がる。
白蛇龍神「我は、白蛇龍神という。お前達が、白蛇・・・お前は、白蛇か。ふ、それが我よ」
笑いっぱなしだった白蛇龍神はピタッと笑うのを止め、どこか含みのあるニヤついた顔のまま仁王立ちで偉そうに云う。
月華永「な、な・・・か、からかっているのか!」
白蛇龍神「我が、か?」
白蛇龍神がそう云った瞬間、背後に青白い炎が激しく立ち昇り、白蛇龍神の人間のような黒い瞳が蛇のように変化し黄金に輝く。
その姿を見た瞬間、月華永は恐怖が腹の底から湧き上がり震えが止まらず、まさに蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
白蛇龍神「ふっ・・・姫鳥の血筋の割に、我のこれくらいの覇気で怯むか。まだまだ・・・小娘だな」
白蛇龍神が云い終えてふっと僅かに笑みを浮かべて力を抜くと、先ほどのただの青年に戻る。
そこでやっと冷や汗が徐々に引き、きちんと息を吸えるようになった月華永は大きく深呼吸し、息を思い切り深く吐き出すとやっといつもの強気の目で白蛇龍神を見据える。
月華永「・・・そ、そう。お前、いや、びゃ、びゃくだ、白蛇龍神なのね」
白蛇龍神「相変わらず、舌足らずは、変わらずだなぁ〜。龍でいいぞ、特別な。で、月華、お前、何しにここまで来た?」
白蛇龍神は音を立てずにするすると蛇の如く距離を詰め、背を丸めると月華永の顔を覗き込み、ジッと見る。
月華永「ちょ、ち、近い」
いつもの自分のペースを保てない月華永はドキマギしながら、両手で白蛇龍神の肩を押して、自分から少し離し居心地悪そうに視線をあちこち飛ばしながら、少し斜めに身体を向けキツく腕組みをする。
そんな月華永を見て、白蛇龍神はケラケラと遠慮なく笑う。
月華永「・・・そ、それより、なんで、私の幼少時に呼ばれてた名を、知っているの!」
白蛇龍神の態度に少しムッとし月華永は、くるっと正面を向いて勢いよく白蛇龍神の顔に向けて指を差す。
白蛇龍神「ふっ・・・覚えておらんか・・・まぁ、今よりも更にこーんな、小さかったからな・・・そうだなぁ・・・あれは、お前が髪が短くてっぺん結びしてた頃か、昔からお前、じゃじゃ馬でこの山に入るなときつく両親から云われていたのに勝手に入って、迷子になっただろう?覚えはないか?」
白蛇龍神はじっと月華永を見て、スーッと目を細める。
なんだか心を読まれているようなそんな感じがして居心地悪く月華永は、視線を空へと向け昔の記憶を辿り眉を寄せる。
月華永「・・・あぁ!!そう、そうそう!なんかやたらと白くてでっかい蛇がなんか・・・あ、獣用の網に引っ掛かってて・・・助けたかも?」
急に思い出して月華永はパッと表情が明るくなり、小さく両手を叩くが、云い終える頃には記憶が曖昧らしく小首を傾げている。
白蛇龍神「・・・まぁ、それが我・・・だ。ふん。と云っても、あれは、お前の母、火月が最後の最後に悪戯を仕掛けたのが悪いのだ」
白蛇龍神は云いたくなげに、ごにょごにょと最後は早口で捲し立てる。
月華永「え?かーさまが?なんで?」
白蛇龍神「ちっ・・・同じく耳はいいか・・・ふぅ〜・・・お前の母、元々はここの出身ではないのは、知っているか?」
月華永「確か・・・ここよりもっと栄えたクニ、だとか聞いた覚えがあるわ」
白蛇龍神「そう。あれは、元々、姫鳥一族と云っても末席の方だが、各地を鎮魂するための巫女として置かれた一族の娘。力が強すぎて身体が弱かったのは事実だがな、一見か弱そうに見えるが、あれもお前と一緒、じゃじゃ馬だった」
月華永「え!嘘!!」
白蛇龍神「ふん。あれはあの巣にいる時は、大人しくしていたからな。身体が調子の良い満月の日は、よくこの山で遊んでいたものだ」
月華永「ちょ、え?そんな。かーさまは、お淑やかでそれこそ、良妻賢母だって・・・とーさまが・・・」
白蛇龍神「はっ!あれは、外面がいいからな。我なんぞ、いい遊び相手と勘違いして、やりたい放題だったわ。はぁ」
月華永「・・・そ、そう、ごめん」
白蛇龍神は思い出しながら話していたのか余裕ぶった顔が段々渋い顔になってため息を付いているので、月華永は自分の母のせいかと可哀想になってきて、素直に頭を下げる。
白蛇龍神「・・・月華、お前が何故謝る。そんなことより、何故、ここに来た?」
白蛇龍神はその姿を見て何かを思い出したのか懐かしそうに見つめて、ふっと顔を和らげる。
月華永「・・・あー・・・うん、えーと・・・」
月華永は下げていた頭をパッと上げるが、白蛇龍神の顔を見ると後ろめたそうに視線をよろよろと下へ下げる。
白蛇龍神「おおかた、あの紛れものにそそのかされて、贄でも出せなどと云われたのだろう?」
月華永「え?なんで、知ってるの?」
驚いたよう目をぱちくり瞬かせながら、月華永はやっと白蛇龍神の顔をちゃんと見る。
白蛇龍神「ふん。お前、ここは我の地であり、ここを守る産土神(うぶすなかみ)ぞ?あれだけ騒げば、嫌でも風に乗って聞こえるわ」
月華永「あ、ごめん・・・そうよね。で・・・やっぱり、贄を出さないと、どうにもならないの?」
白蛇龍神「・・・これは、呪詛返しのせいだ」
月華永「呪詛返し?何?それ・・・」
白蛇龍神「禁手のはずが、どこぞの祟り神がそそのかしたのだろう。負の感情は、奴らの餌だからな」
月華永「え??祟り神って何?それがどう・・・」
月華永は両手に力を入れ強く握り締め、段々と顔色が変わり暗く、その眼差しも真剣そのものである。
白蛇龍神「まさに祟り神に願い、他を呪うのよ。そうすることで自分のところの穢れを、別の地になすりつけて穢れを祓うのよ。まぁ、それだと結局はどこかへ穢れが移るだけで、なんの解決にもならないがな。その儀式には、気娘の新鮮な血と魂が必要と、そういうわけだ」
月華永は話を聞いているうちに、真っ青な顔になって口を両手で塞ぐ。少し肩が、恐怖で震えている。
白蛇龍神「贄にされた娘が呪いとなって他を呪う、まさに祟り神が好きそうなことよ。奴らも人の邪気に当てられて堕ちた、元は産土神。転じて、狂気に満ち満ちて、人をたぶらかし呪い、地を呪う、これぞ妖鬼。あんなものは、神でもなんでもない、地獄に沸く、悪鬼同様・・・うむ・・・怖がらせるつもりはなかったのだが・・・そうだな・・・他に、手はないわけでもない」
恐ろしさで震えが止まらずに俯き背を丸め、自分の身体をぎゅっと抱き締めている月華永を見ていたら、流石の白蛇龍神も口籠もり始め、ぽろっと口が滑る。しまったなという顔をして白蛇龍神は片目を閉じるが手遅れで、月華永はピタッと急に震えが止まり、顔を勢いよく上げると縋るような目で白蛇龍神を見る。
白蛇龍神「だが、今のお前では無理だな・・・力が足りん」
月華永「どうにもならないの?」
月華永が泣きそうな目で見るので、珍しく白蛇龍神は動揺を隠せずに表情に戸惑いが出てしまっている。
白蛇龍神「・・・あぁああ!!なんなんだ、お前は!全く・・・ふん。なら、我と契約せよ。嫁げ。子を産め!」
月華永「は、はぁぁああああ!?!?」
月華永は顔を真っ赤にさせて、大声を挙げる。
白蛇龍神「五月蝿い・・・ったく・・・我と契約するということは、神に身を捧げるということだ。お前達が一番よく崇める空を司る最高神、天昊から力を授かった巫女一族、姫鳥の血筋であり、更に血の汚れなき気娘で、神の方がよっぽど気に入らなければ、人と契約などせぬ。人と契りを交わすということは、血が混じるということ。我らの血が核となって、我の一部の力がお前に流れる代わりに、我は力が弱まる。そうすると、この地を守る力が弱まる。だから、我の血の子を成せば、半神となって、通常の神よりは力が弱いが、失った分は補えるのだ、分かったか?やましいことではないぞ!」
月華永「・・・えーっと・・・そうすれば、クニを守れるのね?」
白蛇龍神「そうだ!・・・と、云っても、子を成すのはまずはこの地の穢れを浄化してからだ。いいか、我の血をお前に口移しで移す。その血を咀嚼し、飲み込めばよい。ただ、神の血を体内に入れるということは、並大抵のことではない。発熱するだろう。普通の人間なら毒でしかなく死ぬが、お前は姫鳥だ、熱が下がれば問題ない。まぁ・・・そうなれば、我の正式な花嫁・・・もう、あちらへ帰ることも、家族と一緒に暮らすこともできぬが良いのか?」
月華永「命を捧げる覚悟で来たのよ!そんなの、構わないわ!それで皆が救われるなら、早く!今から契約をして!」
悩むどころか自分から詰め寄って白蛇龍神の襟を両手で掴むと顔をグッと近づけ、大きなそれこそ腹の底から声を出して返事をした月華永の顔は、いつになくキリリとして逞しく、力強い目が語るそれは真剣そのものである。
白蛇龍神「ふっ・・・やはり、似ているな・・・だがな、お前、嫁に来る者が猪狩りでもあるまい、武器を背負ってその身なりで願うとは、いかにしても我に対して失礼すぎるだろう?一度帰って、身綺麗してから、そんなに急ぐなら今夜は丁度おあつらえ向き、満月よ。今日は、よく晴れ、満月も見えよう。天高く登った頃、もう一度ここへ来い。分かったか?」
今までにない優しい顔と声で白蛇龍神は両手を月華永の手に重ね、自分の襟から離させるとぎゅっと握る。月華永は冷静になったのか、こくりと素直に頷いた。