小国の姫
昔々、多くの民が神を信じ、恐れ、崇めていた時代。
神に供物を捧げ、五穀豊穣を願う祭りが盛んであった。
日照りで作物が育たない、嵐で近隣の街が大破するなどの自然災害は、神の怒りだと信じていたからである。
その頃は神に感謝の気持ちとして、収穫した作物やそこから加工したもの、例えば、酒などを奉納し、神への感笛や太鼓のお囃子で盛り上げ、奉納舞を捧げるのが主な慣わしであった。
そこから少しして些細なことがきっかけから、人と人とが領土の奪い合いをするようになる。
その影響で自然が徐々に変化し、雨が降らない日々が続くようになり、大地が日照り、不作が続き、神への祈りも虚しく、田畑が枯れ、食べるものが少なくなって餓死する人々が出るようになった。
そこが、切れ目。
争いで大地を血で汚し、祭りさえも疎かになった結果、神の怒りを買い祟られたのだと噂になった。
そこである祈祷師が声を上げる。
この穢れた大地を浄化させるには、人身御供、要は人を神へ捧げなければこの苦境は収まらないのだと。
初めは相手にもされなかったが、その祈祷師が祈祷を捧げると病が治ると噂になり、信じる人々が徐々に増えその話が広まったのである。
暫くして噂程度の話がまことしやかとなり、人身御供、つまり人を神への供物として差し出すようになった。
それが功を奏したのがまた悪く、神へと嫁ぐのは誉れとなり、人を生贄として差し出す習わしができた。
それが定着した頃、小さなクニで天候が荒れ、作物が思うように取れず、いよいよ神の怒りを買ったのではないかと囁かれるようになり、誰かを嫁がせるしかないという話になった、そんな矢先だった。
白蛇山と呼ばれる山の麓の奥にある小さな環濠集落、自分達の領土に敵が侵入しないように住居に周りに堀や柵を巡らした場所の中央に、その領土のリーダーの豪族居館があり、そこの領土のリーダーである剣義と三人の副リーダー的な存在の男達は同じ髪型で髪を左右に分け、側頭部で束ね八の字に結んだ美豆良とう髪に、赤い着物を身に付け、地べたにそのまま胡座を描いて座り丸い円を描くように並び、顔を付き合わせて話し合っている。当然、他の者は人払いしている。
剣義「このままでは・・・確かに、まずい・・・だが、我らのクニでは、人の道に外れた行為だと贄は禁じてきた・・・本当に・・・これでよいと思うか?」
剣義は、四人の中で一番ガタイがよく背も高く、美しい勾玉の首飾りをし、口と顎に生え揃った少し長めの髭はいかにもリーダーという風格でいつもは堂々とした男である。
だが、今は胸の前で腕組みをし、眉間にグッと力強く皺を寄せ、困ったような顔付きで情けなさそうに背を丸めている。
槍夜「・・・確かに・・・ですが、このままでは悪化していく一方で、皆を苦しめるだけです」
槍夜は四人の中で一番背が低く、女人のような顔付きで艶やかな髪に少し痩せた身体と振る舞いも上品で一見女性にも見える綺麗な男で、両手は膝の上に置き礼儀正しく正座をしている。
無表情で少しの間、天井を見上げたが、ふるふると力なく首を振って努めて表情を崩さないように努めているが、僅かに困ったような顔付きで剣義をそろりと見る。
槍星「・・・ふぅ〜・・・卑弥呼死んで暫くしてからか・・・最近、近隣諸国で卑弥呼の生まれ変わりかと噂されている祈祷師を呼んでみたものの、本当に、あれの云うことを信用していいものか、どうか・・・」
槍星は四人の中で二番目に背が高く色男で、逞しくも美しい身体付きで身のこなしもその見た目とは似つかわしいほど機敏で頭も切れ、女性に人気である。
そんな槍星でも名案は浮かばず、今はほとほと困ったという顔で片膝に頬杖ついてため息を付いた。
槍炎「なぁ〜に、今更!このまま全滅するくらいならと、腹ぁ括ったんじゃなかったんか!オメぇが、このクニの頭だ。オメぇが迷えば、皆迷う!しっかりせぇ!剣義!」
槍炎は、筋肉隆々で身体が大きく見えるが、槍星よりも背は低く然程背は高い方でもないが、腕を組んで背を丸く丸め、強面の顔が更に険しくなると目が吊り上り、天然の縮毛と下顔半分髭がぼうぼうに生えているものだから、あだ名の熊のように熊のように見える。
剣義とは同い年で幼馴染として一緒に育ったため、なんでも云い合える仲であり、物言いに遠慮がない。
その槍炎に前のめりに凄まれると声がやたらとデカいせいもあって、他の面々は少し怯んで云い返せない。それもそのはず、剣義以外の二人は十以上も歳が離れているのだ、こうなると云うに云えなくなる。
剣義は暫し無言でいたが、意を決したようにグッと深く眉を寄せるとリーダーとして気丈に振る舞うように、姿勢を正して両手を膝に力強く置くと目一杯胸を張る。
剣義「・・・それはそうだ!だが・・・誰を・・・差し出すというのだ」
剣義は見た目は堂々としている割に、最初の一声はよかったものの、声は段々と覇気が無くなっていく。
それは毎回その贄を誰にするかで話が止まってしまい、実行には移せず毎日毎日会合とは名ばかりの状態だったからである。
言葉には誰も出さなかったが、誰かが云い出すのを待っている、責任のなすりつけ合いのような状態が続いていた。それだけ、自分達の民を大事にしており、おいそれと言葉にはできなかったのだ。
ドン、ドン、ドン!!
月華永「とー様!皆から聞きました!何故、私目に真っ先に教えてくれなかったのですか!我々の大切な民を贄にするなど、言語、道断!!私目が、その大蛇だが、龍だが、よく分からぬものと、話をつけて参ります!!」
屋敷の階段を男ばりに荒々しく音を立てて登ってきたのは、剣義の一人娘、月華永。
母似の美しい容姿ではあるが、真っ白な貫頭衣で、美しく艶のある長い髪は後頭部の上の方に高く結われ、ここの女性でさえ皆お洒落し身に付けている装飾品ですら皆無で、唯一母の形見の瑪瑙の指輪を左人差し指にしてるだけで飾り気がなく、女性らしさがない。
母を月華永が産まれたと同時に亡くし、男手ひとつで育てられ、愛情深さと懐の深さを剣義から受け継いだのはいいが、何より男勝りで負けん気が強く、曲がったことが嫌いで無鉄砲の上、頑固である。
だが、分け隔てなく人に優しく、剣義に似て民を大切にしているため、民からは姫様と呼ばれ親しまれ誰からも好かれる人気者なのである。
剣義「こら!待たんか!!」
剣義の正面の入口に仁王立ちしている月華永へ、剣義は片手を伸ばしながら制止の大きな声を上げるが聞かず、月華永は云いたいことだけ云い放つとくるっと踵を返し、また、大きな音を立てながら階段を勢いよく駆け降りてしまう。
剣義「月華永!!」
反対の手を床について立ちあがろうと重い腰を慌てて上げたがそれも虚しく、母親似で猿並みの素早さである月華永に力では勝てるが素早さで勝てるわけもなく、入口から見下ろした頃には月華永の姿はもう遥か遠く、剣義は力が抜けたようにドスンとその場に座り込む。
剣義「あぁあああ・・・」
剣義は悩ましい奇声を上げながら、両手で頭を抱え背を丸め項垂れる。
その場にいた他の者はその姿を憐れに思いながら、ちらちらとお互いの顔を伺っている。
槍炎「おい・・・絶対、耳に入れるなって、云ったよなァ?」
槍炎はいつになく小さな声でボソボソ話すが、地声がでかいので丸聞こえである。だが、魂が抜けたような剣義には声が届かない。
槍星と槍夜は互いの顔を見合わせてから、槍炎に向けるとふるふると首を振り、無言だが濡れ衣だと云わんばかりの目で主張した。