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一週間前‐午後11時過ぎ。
ライトグリーンのSUV車。窓を景色がビュンビュンと後ろへ過ぎ去っていく。アクセルをぐんと深く踏み込み、ハンドルを力いっぱい握っているのは梨沙だった。
「今すぐ停まるんだ、梨沙」
助手席から必死に怒鳴る涼太の声を聞き流し、梨沙はまっすぐ前だけを見つめながら、暗い夜道を突き進んでいった。
いつしかパトカーのサイレンが聞こえてきた。涼太が助手席からバックミラー越しに後方を見ると、100mほど後ろで、パトカーのライトがちらちらしているのが見えた。
「まずい」
梨沙が信号のない一直線の道を制限速度を上回るスピードで走っていたのは、数十分前にアパートでかわした下らない諍いが原因だった。
言い争いの末、梨沙はついカッとなりアパートを出て、車に飛び乗った。涼太は慌てて後を追い、間一髪のところ、助手席に乗り込んだのだった。
「このままだと……。梨沙、今すぐスピードを落して」
「悪いことをしてるんだから、素直に捕まればいいのよ。そうでしょう?」
「あのくらいの言い争いで、そこまでおかしくなるのか? 自分が今、何をいい、何をしているのか解ってるのか!」
「えぇ、解ってるわ」
「いいや、ちっとも解ってない。解ってないから行動に移せないんだ。――答えて、僕は誰?」
「警察官」
「そう! 警官! わかる? 警官だぞ! 警官が助手席に乗っておいて、スピード違反なんて!」
「それくらい、別にいいんじゃない」
「はぁ!」
もう終わりだ、涼太は思いながら、助手席で頭を抱えた。
(あぁ、もう、どうにでもなれ……)
涼太が顔を上げた時、パトカーは自分たちの車を追い越し、サイレンを鳴らしながら猛スピードで前方へと去って行った。
「よかったわねぇ、私たちを追っていたわけじゃなかったみたい」
「今、よかった、って言った?」
「えぇ、言った」
「よくない! さっきの一瞬で、何もかも終わっていたかもしれないんだぞ!」
「そうよ。ここで涼太が私を現行犯逮捕すればいいんだわ」
「……ったく。あのスーパーに車を停めて。運転は交代だ」