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午後になって、フェリックス氏が帝国から帰って来た。帝国にも隠密団のアジトがあり、彼は任務で一時帝国に潜伏していた時期があるらしい。いきなりアジトにキールが顔を出す訳にはいかないから、フェリックス氏が間に入って顔を繋ぎ、後は向こうの隠密とキールとで連携を取ることになった。隠密たちは、キールが初代であることは俄には信じられなかったようだが、「あれだけの老齢であれだけの技のキレは、正体がエルフだからだろう」と思い込んだようだ。200年前に遡って魔王を倒して来た、などと説明するより、よほど信憑性が高い。彼らの誤解は、そのままにしておいた。これでキールは、今後ヒト族に対して活動をする時にも、姿を隠したまま、隠密を通してスムーズに工作することができるだろう。元は彼が組織した隠密団だ。それでいい。
界渡りのスキル、すなわち時空転移は光属性のスキルだ。彼は光属性バージョン、つまり「綺麗なフェリックス」で部屋を訪ねて来た。
「どうせ訪ねて来るなら、まりいたそが良かった…」
「何だよそれ…」
決死の覚悟で200年前に戻り、光属性を取り戻し、仲間と慎重に操作を進めながら、レベルを上げ、スキル取得に励み、禁書を探して界渡りを覚え、やっとの思いで3年掛けて帰って来たというのに、この言われようである。
とはいえ、現王都、200年前のイングラム領にある、氷のダンジョンの情報を持って遡って良かった。あのアイススライムの隠し部屋には驚いたが、あそこでスキルの種子を乱獲し、光属性のスキルも難なく仕上げて来た。同時に、レベルもアリスたちを遥かに上回った。たった二ヶ月で自分たちを300まで持って行ったアリスも凄いが、彼らには3年の時間があった。
「んだよ。俺が帰って来ちゃ悪かったかよ」
「そんなこと言ってないし」
「俺は、帰って来るって言ったぜ。そんで」
彼は、ずい、と距離を縮めて来た。
「…リベンジするってな」
フェリックスには勝算があった。ここを発つ前、彼は闇属性の魔力を持ち、これまで関係した女たちは皆、精神を壊してしまった。だから、アリスを大切にしたいと思えば思うほど、尚更彼女に手を出す訳にはいかなかった。だが彼女は、ほんの口付けだけではあるが、自分の魅了の魔力に抵抗して見せた。ならば、帰還した後、何らかの解決策を見出せば、彼女と夫婦として添い遂げられるかもしれない。彼は希望を持って、200年前に渡って行った。
そして無事200年前に遡った時、彼は200年前の自分、フェリーチャ姫の姿、そして光属性に戻っていた。しかも闇属性のフェリックスに、随意に戻ることができる。彼は姉姫同様、闇属性のフェリックス、光属性のフェリックス、光属性のフェリーチャ、闇属性のフェリーチャ、4つの姿を使い分けることができる。特に性別を超えて姿を変えられることは、200年前の物語を攻略するのに、非常に役に立った。
そう、彼は闇属性ではなく、光属性の彼になれるのだ。もう、魅了のことを気にしなくて済む。彼は俄然燃えた。この姿でアリスに再会することを夢見ながら、3年の時を過ごして来た。彼の鬼気迫る勢いに、他の3人にドン引きされながら。
レベルもしっかり上げた。もう弱っちいなんて言わせねぇ。これまでロクにお嬢を護れなかった俺だが、これからは俺がお嬢を護る。高所恐怖症についても問題ない。転移があれば、飛ぶ必要すらないのだ。
そうして意気揚々と帰って来たところ、周りにはキスしたことが知れ渡っているわ、他の3人にいきなり結婚を詰め寄るわ、散々な結果になったが、まだだ。俺のリベンジは、まだこれからだ…!
「ちょ、フェリックス氏、待っ」
「待たねぇ」
ギシッ、とベッドが軋む音と共に、唇が触れる。アリスにとってはつい先日の続きだが、フェリックスにとっては、3年もの間、待ちに待った瞬間であった。一度唇を離すと、顔を真っ赤にして目を見開いたアリス。改めて頬に手を添えると、彼女はそっと瞳を閉じた。甘いため息と共に、もう一度キスを繰り返す。今度はもっと、深く。
(ああ、この前と全然感じが違う…)
アリスは睫毛を震わせながら、フェリックスの感触を味わっていた。200年前から帰還した彼は、少し髪が伸びて、瞳の色が変わったくらいで、出発前と全く変わった感じは見えなかった。だけど、光属性に反転しただけで、まるで王子様のような雰囲気に。しかも、あちらでの3年間の年月が、彼に更に大人の色香を纏わせる。転生前の自分のことはほとんど覚えていないが、彼のことは「同僚」というか、同い年のような感覚があった。だけど今は、彼から年上の男の魅力を感じる。ああ、私、年上派なんだよな…。これはヤバい。
そして、あの時送られてきた魅了の魔力を感じなくなった。属性が変わると、こんなに変わるもんなんだ。前はこう、思考に靄がかかるというか、ぞわっとする快感が押し寄せて慌てたものだが、光の魔力ってこう…裕貴くんの回復スキルみたいに、パアアーって、気持ち良…気持ち…
「…気持ちェ…♡」
「…?」
アリスの様子がおかしい。目はトロンとして、口元は半開きでふふ、えへへ、と笑っている。
「あはぁ…♡フェリックス氏ぃ♡」
「お嬢?!」
へへ、えへへ。アリスが危険なキノコを食べたようになっている。何か変なものでも拾い食いしたのだろうか。フェリックスは急いで彼女を抱き抱え、医務室まで運んだ。
「うーん、中毒症状ではないのですが、何というか」
「何だよ、お嬢に何があったんだよ!」
「…これは魔力酔いですね」
「は?」
「いるんですよ、時々ね。闇属性じゃなくても、こう、魔力が高い者と交わると」
闇属性のように脳や神経に直接作用するものではないから、安静にして魔力が抜ければ大丈夫だろう、ということだったが。二代目、やっちゃいました?という目つきを向けられる。そして「ガッつき過ぎるのも程々に」と一言も添えて。くっそ…
鎮静剤を処方され、気分良さそうにすやすや眠るアリスを抱き抱え、彼女の部屋まで戻った時、ちょうどそこにエリオットがやって来た。
「ああ、遅かったか…」
彼によれば、闇属性の魅了よりも、光属性の向精神作用のほうが、よほど恐ろしいのだそうだ。だから、光か闇か選ぶなら、どちらかというと闇の方がマシだということをアドバイスしに来たらしいのだが…
「…お大事に」
そう言って、去って行った。あそこは光と闇のカップルだが、これまで彼らの間に、一体何があったのか。
胸の中で幸せそうにムニャムニャ眠っているアリスを抱き抱えたまま、フェリックスは呆然と立ち尽くした。
この辺は完全に蛇足ですが、これでもうすぐ6章終わりです。
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