外伝8
アーネストルートのIFストーリーです。
箸休めにどうぞ。
「まあ、彼も苦労したんだな」程度にお付き合いください。
「えっと…じゃあ、アーネスト氏で…」
隠密筆頭のフェリックス氏が、仮初の婚約者・ダッシュウッド男爵の影武者役を降りたいと申し出たため、改めて婚約者の設定を見直すことに。残りの候補は、本来の現・ダッシュウッド男爵ことデイヴィッド、もしくは彼の側近で、辺境伯家筆頭魔術師のエフィンジャー子爵が嫡男、アーネスト。彼の父親であるイーサン・エフィンジャーは、初対面の印象が割と最悪だったのだが、あの後辺境の砦にご栄転されたそうで、舅に関しては心配ないとのこと。
そもそもこれは、縁談避けの仮初の婚約。ならば、無駄に色っぽくてちょっと困るフェリックス氏やデイヴィッド様よりも、お互い何の感情も湧かないアーネスト氏の方が、良いのではないか。そんな消去法で、アーネスト氏と形ばかりの婚約をすることになった。
なお、隠密のフェリックス氏、影武者と仮婚約をしているデイヴィッド様と違い、アーネスト氏にはちゃんとした婚約者がいたんじゃないか、という懸念があったのだが、学園祭での大立ち回りで王妃が失脚した後、貴族界は大混乱期にあり、彼の婚約は立ち消えとなったままだったそうだ。父イーサンは、ここぞとばかりにより強力なコネを求めて、新しい縁談を探すのに躍起になっていたそうで、辺境伯家の寄り子の中では最弱のアクロイド子爵の子女との縁談には、かなり難色を示していたという。
「あの時は、父が君に無礼を働いてしまって、すまなかった」
最初の見合いの場ではほとんど印象がなかった男。次に会った土のダンジョンでは、意味不明に号泣して「踏んでください」と言い放った男。つい、彼にはヘタレの称号である氏を付けてしまったが、改めて礼儀正しく謝辞を受け取ると、ちょっと「いえいえこちらこそ」という気になる。特に、彼の父親の無礼は彼の咎ではないし、彼の父親がああいう態度を取るのもまた、それなりの理由があったわけだし。
彼との婚約関係は、実に快適だった。なんせ、こちらから歩み寄らなければ、あちらからは一歩も距離を詰めてこない。そのくせ、夜会などでは完璧なエスコートを見せる。口数が少なくニコリともしないのが、難点といえば難点だが、そこがクールで素敵だと、学園時代はデイヴィッドと並んで大層人気だったそうだ。父が爆炎の帝王として有名ならば、彼は爆炎の貴公子という二つ名があるという。一度それを口にすると、頬を染めて視線を逸らし、「…その呼び名はやめてくれ」とボソリと呟いた。この男、ちょっと可愛いかもしれない。
顔はほとんど弟のエリオット氏と瓜二つ。兄の方が、火属性特有の赤髪、紅玉の瞳なせいか、ちょっと勝ち気な印象を与える。彼の二つ名は伊達ではなく、ダンジョン攻略の時にも実感するのだが、特に爆炎のスキルの練度が半端ない。それもそのはず、彼は執務が終わると、魔導訓練場で延々と爆炎を繰り返す。軍事の要のダッシュウッドには、この世界の最高の技術でもって、訓練施設が整備されているのだが、ここの訓練場の壁面がほとんどガラス質に覆われているのは、彼の修練の賜物だそうだ。そうして、毎日自分の魔力の限界まで爆炎を放ち、それから就寝するという。学生時代からパーティーを組んでいるデイモン閣下と、アーネストの弟のエリオット氏、彼らも毎日訓練を欠かさず、相当ストイックだと思っていたが、その上がいた。なんか、氏呼ばわりは申し訳ない気がして、だんだんとアーネスト「様」に変わっていった。
とりあえず、皇国に旅立つ前に、ここでやっておかなければならないのは、デイヴィッド様のパワーレベリングだ。これは約束だし、ダンジョン周回は最強の暇つぶしなので、私とて吝かではない。その際、デイヴィッド様は必ずアーネスト様を供にする。側近だから、そういうもんなのかな、と思っていたのだが、デイヴィッド様から改めて、「自分が出られない時でも、必ずアーネストだけは連れて出るように」とのお達しがあった。そりゃあ、仮初とはいえ婚約者なので、当然そうなるとは思っていたが、間もなくその理由を知ることになる。
「アーネストちゃん!ちゃんと励んでおりますの?」
朝、デイヴィッド様の執務室で、今日のダンジョンアタックについて打ち合わせしていた時。なんか、けたたましいオバサマが襲来した。
「エフィンジャー夫人、お変わりなく。ここは私の執務室。御用の時は、必ずアポイントを取るようにと、伝えたはずだが」
デイヴィッド様が、にこやかに、しかし毅然と対応する。ところが
「あらあらぁ、デイヴィッド様。これはこれはご機嫌麗しゅう。いつも息子がお世話になっております。このような立派な主君にお仕えできて、息子も私共も光栄ですわぁ」
まったく効いていない。ラスボスだ。真のラスボスが現れた。
「母上、私はこれからデイヴィッド様と修練に出かけて参ります。ですから」
「あらそうですの、では励んで来るのですよ!ところで…」
彼女はチラリと私に視線を送る。
「…そちらの、芋臭いご令嬢は、どちら様ですの?」
アカン。あの親父に輪を掛けてアカンオバハンや。否、私とて腐っても子爵令嬢。非常にMPは消費するが、短い時間なら猫を被ることができる。とりあえず、礼儀作法は完璧な元侍女・ブリジットを模倣して、淑女の礼を取る。
「お初にお目にかかります、エフィンジャー夫人。私、アクロイド子爵が長子、アリス・アクロイドでございます」
優雅にカーテシー。どや!
「…ふぅん。一丁前に、淑女の真似事をなさいますのね。あなたがアーネストちゃんをどうやって誑かしたかは存じませんが、精々励むことですわね」
「母上」
「それではエフィンジャー夫人。我々はこれから外出ゆえ、お引き取りを」
デイヴィッド様が呼び鈴を鳴らすと、衛兵が即座にやってきて、彼女を丁重にエスコートし、お引き取りいただいた。
「アーネストちゃん!怪我しないで!頑張るのですよ!」
夫人の大声が、廊下の向こうからこだまする。
「…申し訳ありません」
しばらくの沈黙ののち、アーネスト様が深く首を垂れ、絞り出すように謝罪した。
アーネスト様とエリオット氏の母親ことエフィンジャー夫人は、これまで傲岸不遜な夫の陰で小さくなっている、典型的な貴族の夫人だったそうだ。ところが、夫が辺境にご栄転されると、彼に付き従うことを拒み、一人領都に残ったという。そして、これまで以上に輪をかけて、自慢の息子アーネストに、ベッタリと執着するようになった。これまでは、「筆頭魔術師の妻」として、時折城に勤務する夫を訪ねる傍ら、息子の様子を伺いに来るという調子であったが、今は「次期筆頭魔術師の母」という肩書きをふりかざし、堂々と城内に侵入してくる。城の者には、彼女を通すなと命令しても、下手に身分があるため、平気で強行突破して来る。彼女は、そういう意味でも典型的な貴族の夫人であった。デイヴィッド様が、必ずアーネスト様を連れ出すように釘を刺した理由が分かった。
デイヴィッド様は、何かに取り憑かれたように、強くなることにこだわり、私をパートナーとして望んだ。同じように、アーネスト様も、まるで渇望するかのように、強さを求めた。ダンジョンでは、彼の得意とする爆炎で、ひたすら全てを焼き尽くす。デイヴィッド様と違うところは、その焼き尽くす対象に、彼自身も含まれているかのよう。超級のパワーレベリングは順調で、彼らはめきめきと成長して行ったが、強さとともに自信を深めていくデイヴィッド様と違い、アーネスト様は、どんどんと追い詰められているような、まるで破滅を望んでいるような、そんな雰囲気だった。
まあぶっちゃけ、お父ちゃんとお母ちゃんがあんなだと、そりゃあニコリとも出来ないし、将来に希望も持てないだろう。
ある日、グロリア様に呼び出され、アーネスト様について、どうかよろしく頼むと告げられた。ダッシュウッド辺境伯夫妻が、エフィンジャー兄弟を引き取ったのは、まず弟のエリオットが育児放棄をされていると耳にしたのがきっかけだった。
この世界の者は、7歳になると洗礼を受け、自分が持つ属性が告げられるのだが、その前に、生まれつきの髪や瞳の色で、どの属性を持つか、見当がつく者もいる。第一子のアーネストは、赤髪に紅い瞳、彼らが望んだ火属性であるということで大事に育てられたが、弟のエリオットは、薄いブロンドと紫の瞳を持ち、最初はどの属性か予測ができなかった。この国でブロンドの者は、大体が風属性のため、軍属魔術師としては及第点かと思われたが、蓋を開けてみれば闇属性。このような子は我が家には相応しくない、とのことで、元々生まれた時から兄と差をつけられていたエリオットは、いよいよ育児放棄の憂き目に遭う。ダッシュウッド辺境伯夫妻が、彼を城に招聘した時には、エリオットはガリガリで、ほとんど餓死寸前に見えた。彼の様子を何とも思わない両親から、次男の側近として育成する理由でエリオットを取り上げ、それから城で我が子同然に育てたが、彼は今でも自分の感情を表現するのが苦手だ。
一方、何不自由なく育っていたと思われたアーネストだが、気分屋で威圧的、家庭を顧みない父親と、長男に依存して延々と泣き言を繰り返す母親の間で、彼もまた、表情のない子供に育っていた。表面上は礼儀正しい出来た子供だったので、気付くのが遅れてしまった。12歳の時に、長男の側近として学園に入学させるという名目で、ダッシュウッド城での寮生活を始めさせたが、一見気丈に見えて、弟よりも危ういところがある。私たちの至らぬところを尻拭いさせるようだが、どうか彼の不器用なところを、大目に見てやって欲しいと。
グロリア様も、夫のダニエル様も、愛情深いお人だ。部下の子供まで気にかけて、こうして家族同然に暮らしている者が、他にも何名かいる。当然、彼らは多忙ゆえ、我が子を含め、十全に親子の時間を持てているとは言えないが、城内は暖かい雰囲気に包まれ、笑顔が絶えない。彼ら兄弟は、エフィンジャー家に生まれた点では不幸だったかもしれないが、ダッシュウッド家の家臣となったことは、この上なく幸いだった。
私が思うに、彼らは真面目過ぎる。デイモン閣下とエリオット氏もそうだったが、彼らが若者らしく笑顔を取り戻したのは、小金持ち用の服飾雑貨店で買った役に立たない小物であったり、ダンジョンの隠し部屋で延々遊んだ「ラスイチ」ゲームであったり、ダンジョンに行く途中で立ち寄った屋台だったり、カフェだったり。子供が子供らしく伸び伸び育つには、そういう子供らしい要素が必要だ。パワーレベリングもそうだ。最初は、魔王を倒すという目的で始めたものの、途中からは「カッコイイ技を覚える」ということが、彼らのモチベーションとなっていった。デイヴィッド様は、学園時代にその辺りを上手く楽しんだようだが、アーネスト様は、全然足りないように思う。とはいえ、城にいれば、いつあのママンが襲撃して来るか分からない。城下に遊びに行くとか、とんでもないだろう。
よろしい、ならば戦争だ。私が奴を毎日連れ出して、徹底的に堕落させてやる。アリスちゃんプロデュース、ダメ人間製造プロジェクト、スタート☆
ちょっと長くなっちゃったので、一度に収まりませんでした。
続きます。
今回も、読んでくださってありがとうございます。
評価、ブックマーク、いいね、とても励みになります。
温かい応援、心から感謝いたします。




