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寮に戻ってはみたものの、裕貴くんとは気まずいままだ。彼は、あの時私たちが何としてでもボスを倒さなければ埒が開かなかった、ということが分かった上で、本気で心配して叱ってくれている。グロリア様からも向けられる、家族愛のようなものを感じて、申し訳ないような、小っ恥ずかしいような。二人ともまるでお母さんみたいだ。とりあえず、一人になりたいということで、屋上に向かった。
砂漠の国の夕陽は美しい。いつも空気はカラッとしていて、砂嵐なんかも起こらない。砂漠の真ん中にあって、水は泉から滔々と湧き出て、緑も豊かに茂り、そこに住む人の食糧にも事欠かない。これが、古代文明に護られた、皇国という国。この穏やかで美しい国、文化、建物、人々の生活が、1ヶ月後には失われるかもしれない。何とかしてあげたいけど、どうしたものか。能天気な私にしては、珍しく感傷的になった。そういえば、一部の生徒には、私たち王国社会人留学メンバーが十分な実力者であることと、私も竜なしとはいえ、飛翔スキルなんかでそれなりのやり手であることが分かっているのだから、もうコソコソと目立たないようにする必要もないよね。そうだ。気分転換に、空でも散歩してみようか。
一人で飛ぶ空の上は、爽快だった。高度を上げ、皇国を後にして、上空から西の大陸を見て回る。西に進めば進むほど、明るくなっていく。地球のような大きな都市は見当たらないが、ポツポツと人の住む場所は確認できる。改めて、一年半前に魔王を倒してよかった。無印の主人公セシリーが、あのハーミット男爵令嬢と共に魔王軍に降るエンディング、相当エグかったもんな。
30分ほどして、そろそろ来た道を引き返そうかという時に、上空で人影を発見した。この世界に、私や先代の爺やさんみたいに、飛翔のスキルを上げ切った人が、他にもいたっぽい。なんていうか、外国でたまたま日本人に出会ったようだ。ちょっとワクワクする。身なりは簡素。歳は、デイヴィッド様よりもちょっと上くらいだろうか。接近すると、彼の方から声をかけてきた。
「人の子がこのような場所にまで、何用か」
おや。ちょっと変わった人かな。
「ちょっと散歩にね。お兄さんも?」
「我は常にこうしておる。…そなた、速いな」
「まあね!ちょっと競争する?」
伊達に飛翔も加速もレベルマにしとらんですよ!皇国に向けてぶっちぎると、後から追い付いた彼は、舌を巻いていた。
「我より速き者がおったとは…」
いやあそれほどでも☆
「じゃあ、夕飯なんで、帰るね。またね!」
ばいばーいして、屋上に降り立った。
屋上に降り立って、さあ食堂に向かおうとすると、息を切らせてフェリックス氏が現れた。彼が何故女子寮の屋上に現れたのか、びっくりして声を掛けるより前に、きつく抱きしめられた。
「お嬢…!」
の”お”お”お”お”ん”!!何事?!
「一体どこ行ってたんだよ、馬鹿野郎!この国から突然気配が消えて、俺は…!」
あ、やっべ。ネックレスしたままだったわ。そりゃ心配するか。
「ごめん、ごめんって!ちょっと散歩してただけだから」
苦しい。ギブ。彼の腕にタップするが、一向に解放される気配がない。これは締め技だろうか。
「これ、その者が苦しんでおる。やめぬか」
背後から声がする。どちら様?
「お嬢。コイツ、誰」
声を聞いて視線を上げたフェリックス氏が、素っ頓狂な声を上げる。振り返ると、そこにさっきの青年がいた。
「や、さっき会った知らない人」
「そんなもん連れて来んなよ!」
「知らないよ、付いて来てたなんて!」
あわあわと言い争いをしているのを、彼は不思議そうに見ている。
「そなたたち、どうしたのだ」
「どうしたもこうしたも、お前だよ!」
「あのー、どうして付いて来ちゃったのかな?ここ女子寮なんだけど☆」
彼はちょっと変わった人のようだ。なるべく刺激しないようにしよう。
「ジョシリョウ、とは何だ。我はそなたが面白いと思って、付いて来た」
あれぇ。普通に王国語喋ってるのに、話が通じないぞ。
「お前…お嬢を狙ってんのか」
フェリックス氏が、剣呑な表情で、腰のナイフに手を伸ばす。
「狙う?いや、我はただ」
フェリックス氏、刺激すんなよ!ここは友好を装って。
「そういえばさ、お兄さん、何て名前?私アリス」
「我に名はない。ヒトは我のことを、ウェスタリーズ、ヴェストヴィンデなどと呼ぶ。好きに呼ぶがよい」
「西、風?」
フェリックス氏が首を傾げる。
「あー、名前いっぱいある系の人?じゃあとりあえず、ヴィンちゃんでいいかな?」
どうせ偽名だろうから、愛想笑いしながら、適当に呼んでみる。すると、ヴィンちゃんと私が、眩く輝きだし、
『竜と契約した!』
脳内でSEと、メッセージが流れた。
裕貴は裕貴で、寮室でモヤモヤしていた。さすがに言いすぎた。彼らが魔導兵器を倒してくれていなかったら、事態は収集がつかなかった、それは分かる。自分たちもあそこを鎮圧するので割と手一杯だったし、二階もあれ以上長引いたら危なかっただろう。そしてもし自分が三階に行って加勢したとして、果たして力になれたかどうかも分からない。だが、まかりまちがって大事な友人を失うようなことにでもなれば、正気でいられるか分からない。
「大丈夫っスよ、セシリーちゃん。お嬢様も、心配されてるって分かってるっスよ」
「…そうなんだけど…」
「お互いごめんなさいでいいじゃないっスか。ほら、もうすぐ夕飯だし、お腹が空いたら帰ってくるって」
ブリジットと、そんなことを話していた矢先。
「ただいま〜…」
アリスが寮室に戻ってきた。ただし、見慣れぬ若者を連れて。
「どちら様?」
先ほどまで、どうやって和解を切り出そうかと思案していた裕貴は、ブリジットと共に、半口を開けていた。
「…というわけで、えっとあの、さっき契約した竜の、ヴィンちゃんです…」
人差し指同士をつんつんと突き合わせながら、もじもじと紹介した。
「アリスさん!もうそれ、異世界で一番やっちゃいけないヤツ!!」
裕貴くんがまた怒りだした。ですよね。知らない人に、名前を付けちゃいけまテン。
「だって竜とは知らなかったんだもん!」
「アリスよ。この者は、何を怒っておるのだ」
「あー、彼女、ちょっとお母さん的な?」
「もう、夕食の時間終わっちゃいますから、食堂行きますよ」
とりあえず、ブリジットが問題を先送りして、事態の収拾を図る。
彼を連れて女子寮の食堂に行くわけには行かないので、私は体調不良ということで、二人が夕食を運んできてくれた。ヴィンちゃんは本当に竜なようで、食事は要らないという。
私は食事を摂りながら、後の二人はテーブルに着いて、ヴィンちゃんに色々質問を投げかけてみた。
「お名前は?」「ヴィンちゃん」「どちらの方?」「いつもああして漂っておる」「何をする人?」「いつもああして漂っておる、あと人ではない」「どうしてここに?」「アリスと契約を交わしたゆえ」
住所不定無職。お家を聞いても、分からない。名前を聞いても、分からない。ちっとも埒が開かなかった。とりあえず、他の竜と同様に姿を消すことはできるかと聞くと、「お安いご用」ということで、消えていただいた。本当に消えたので、「あれマジで竜なんだ」ということで、落ち着いた。なお、お風呂に入ろうとしたところ、「水浴びか。我も」と出現しようとしたので、きつく止めた。ハウス!
このようにして、私は成り行き上、めでたく竜なしを卒業したわけであるが、違う。こんなん、思てたんと違う!
「思てたんと違う!」は是非、笑い飯の西田さんで再生をお願いします。
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