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今回も、読んでくださってありがとうございます。
月曜日の朝、早速親善試合のアナウンスがあった。皇国さん、仕事が早い。皇妃様がいい感じで頑張って下さったんだろうか。開催は土曜日、詳細は別途。金曜日まで、このオーネオーネとヒソヒソされるのが続くのは鬱だが、まああと5日だし辛抱しよう。
と思っていた時期が、私にもありました。
「もー、授業はつまんないし、ゼニ○メたちはウザいし、学園からは出られないし!キー!」
「お嬢様、今日まだ火曜日ですよ…」
「そういえばアリスさん、ここ実習用ダンジョンとかないんですか?」
「あるにはあるけど、あれよ、貴族学園と同じで、レベル5までチュートリアルするヤツよ」
「なるほど…」
アイテムのドロップもないし、回る意味のないダンジョンなのである。ああでも、暇つぶしにはなるかもしれない。
「行こっか、ダンジョン」
考えていたことは皆同じだったようだ。ダンジョンの入り口で、バッタリと男子組と遭遇する。
「アリスちゃん!会いたかったよ☆」
どさくさに紛れて、デイヴィッド様がハグしてくる。ちょっ、ここは学園内なんで!ほら、周りにヒソヒソされてるし!ただでさえオーネオーネ言われて目立ってるんで、ちょっと勘弁していただきたい。
「言わせておけばいいのさ。僕は君のパートナーだからね☆」
パ、パートナー?まあ、パワーレベリングする約束だし、どっちかっていうと、私は彼のジムのトレーナー的な立ち位置なんだけど。何だかんだ、後の二組がいい感じなんで、必然的に二人余る。パートナー、うん。ある意味そうなのかもしれない。
このチュートリアルダンジョンは、単純な迷路。出る魔物は、竜とは名ばかりの弱いトカゲと、マシンたち。以前にも説明したかもしれないが、この国のダンジョンは、すべて超古代文明の遺構の一部である。なぜなら、超古代文明の遺構の上に、この国が建っているからだ。他の国のダンジョンとの一番の違いは、彼らは遺構の侵入者を排除するようプログラムされているので、こちらから侵入して接近しない限り、攻撃行動は取らないこと。無印では、戦闘パートで詰む人が続出したようなので、2はその辺りが大分緩く作られている。作中に登場するダンジョンも少ない。
王国では、学園内のチュートリアルダンジョンは1つだった。皇国も同じ。男女の学習の場は厳格に分離されているはずなのに、なぜか。それは、ずっと男女別だと、恋愛攻略パートが進まないからだ。同様に、男女合同行事なんかも事欠かない。更に、変なところで鉢合わせイベントが起こったりする。
例えば、こんな風に。
「見つけたぞ、アリス・アクロイド!」
通路の向こうに、蒼髪のお子ちゃま。お前か〜…。
咄嗟に淑女の礼を取ろうとする私を制して、デイヴィッド様が前に進み出る。
「やあ、ジュリアンだっけ。また会ったね」
彼の竜は、肩から羽ばたいて傍に降り立ち、元の大きさに戻った。大型犬ほどもある中将級のワイバーンは、羽を広げて立ち上がると、縦も横も成人男性より大きい。デイヴィッドは、わざと竜に伸びをさせてから、従える。
「…で、僕のパートナーに、何か用かな?」
ジュリアンはあの後、爺やに聞いた。デイヴィッド・ダッシュウッドは、次期辺境伯。ダッシュウッド家は、法衣貴族の伯爵家の我が家と違い、国防の要を司る大貴族。しかも彼は嫡子である。彼の優秀さは王国中に轟き、兄が引きこもって外に出られなくなったのは、学園在籍中の3年間、何を挑んでも、彼に勝てなかったからだと。
爺やには、今後決して彼らに関わるなと釘を刺されたが、ならば余計に、この王国から遠く離れた地で、彼らに力の差を思い知らせてやらねばならない。俺はジュリアン。ジョイス家の権威を取り戻すべく、血の滲むような努力を重ね、見事少佐級の水竜を手に入れた男。少佐級の竜を持つ者は、学園に3名しかいない。あのアリス・アクロイド共々、兄に代わって、奴を叩きのめしてやる。
と、数秒前まで、彼は思っていた。
「え…あ…」
自分の竜と、全然違う。彼の竜は、少尉級ではなかったのか。いや、ではあれが、噂の大将級ということか。正確な情報収集を怠った。ここは何とかやり過ごさなければならない。視線を泳がせた先に、彼は思わぬ人物を見つけた。
「…クラム先輩!」
周囲の視線がセシリーに集まる。裕貴くんが、「へ?俺?」という顔をしている。そういえば、二年生に上がった頃、あんな子供がわざわざ教室までやって来て、「これからよろしくお願いします」と言われた気がする。あの頃は、何も分からないまま、知らない貴族から次々にアプローチを受けて、気味が悪かったものだ。後で、自分が乙女ゲーム「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」の主人公であり、彼は攻略対象の一人であったことを、アリスに教えられたのだった。魔王を倒し、ラブラブダーリンとゴールインしたことで、彼のことなどすっかり忘れていた。アリスが先日市場で絡まれたのは、コイツだったのか。
「先輩、こんなところでお会いできるなんて…これも運命です!」
学園中で話題だった、憧れのマドンナ、セシリー・クラム。元王太子殿下も、取り巻きの宰相の子息も、騎士団長の子息も、婚約者がいながら、こぞって夢中になっていた。とはいえ、たかだか平民だろう、一応顔だけ見に行ってやろう、と二年の教室に赴いたところ、激しくハートを撃ち抜かれた。輝くピンクブロンド、潤んだ蒼玉の瞳、絹のような肌に艶めく唇。豊かな双丘を湛えながら、折れそうなほどのウエスト。しなやかな長い手足。人類の想定しうる美の全てを集約したような女だった。しかも、常に首席の座を開け渡さない。貴族は、学園入園前から家庭教師を付け、入念に学ぶもの。いかに優秀とはいえ、平民と我々とでは、そもそもスタートラインが違うのだ。その子弟らを全て降し、圧倒的な女王の座を守り続けているという。
彼は帰宅後、即座に父に彼女の獲得を進言したが、父は首を縦に振らなかった。彼女には既に、ハーミット男爵家が名乗りを上げていたからだ。かの家は、男爵家とはいえ、王妃殿下の親類であり、王家と侯爵家とも結びつきが強く、盤石の権勢を誇っている。いかに魔術師団の団長職を賜る伯爵家であっても、所詮一法衣貴族。諦めなさい。彼は泣く泣く、セシリーを影から見守ることにした。
それが半年後、急転直下。ダッシュウッド家が、彼女を競り落としたという噂を聞くことになる。それからしばらくして、あの学園祭。彼はあれからすぐ、夜逃げのように皇国へと送られたが、このような地で彼女と再会するなど、まさに僥倖としか思えない。
ところが、
「私の妻に、何か」
彼女の後ろから、陰気そうな男が進み出た。何だコイツ。どこかで見た気がしなくもないが。
「うるさい、私は彼女に話している。お前に用はない。そこをどけ」
ジュリアンは、威嚇のために彼に杖を向けた。
その瞬間
ドオオオオン!!!
ジュリアンのすぐ背後の床に、穴が空いている。
「は…え…」
セシリーが、人差し指と中指を揃えて、彼に向けて言い放った。
「…今度は外さねぇぞ、クソガキ。俺のエリオットに毛ほどの傷でも付けてみろ。塵も残さず消してやる」
彼女の肩の竜が、ふわりと舞い上がり、やがて通路を塞ぐほどの大きさに戻った。竜はジュリアンを見据えて、耳をつん裂くような咆哮を放つ。
「あ…あ…」
ジュリアンは、かくん、とその場にへたり込み、言葉を失って、震えていた。さっきのワイバーンが、大将級じゃなかったんだ。これが、正真正銘の、大将級。
やっべ。裕貴くんがブチギレている。結婚式の時も思ったけど、彼、マジギレすると、割と怖いんだよな。普通迷宮って、壊れないように作られてるんだけど、床、穴開けたよ。
「ひゅー、やるね。いいとこ持って行かれちゃった」
デイヴィッド様が心底楽しそうに、彼女を賞賛する。だが私は、何よりも真っ先に、彼が私の前に進み出てくれたことに、地味に感動している。くっそ、この男。そういうとこだぞ!
「ユウキ…」
一方で、心を鷲掴みにされた者がもう一人。妻であり兄のような裕貴が、最大の怒りでもって、自分を護ろうとしてくれたことに、例えようもない恋慕が込み上げてくる。こんなところでドキドキしている場合ではないのだが、一体この女は、どれだけ私を虜にすれば気が済むのだろう。
「ああ、君たち。悪いけど、彼を連れてダンジョンから出てくれないかな☆」
デイヴィッド様が、ジュリアンのパーティーメンバーに声を掛ける。彼らはこくこくと頷き、ジュリアンを両脇から抱えて、来た道を引き返そうとした。
その時、ダンジョンに、アラーム音が轟いた。
遅々として進まなかった皇国編、ようやく話が動くところまで持って来れました。(´Д⊂ヽ
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