夏に出てくる例の虫
盛夏の季節にアパートで青年がラジオを聴きながら、パソコンに向かっていた。
「締め切りが……締め切りが……」
パソコン室には所狭しと本が置いてある。
和書、洋書、辞書、翻訳の仕事だろうか、様々な本が並んでいた。
「また!この、ええい!」
散らかったカップ麺や焼きそば、カップ飯などのケース。
その近くをうろつくのは、薄茶色い平たい虫が一匹。
青年はその虫を見つけるとすぐに叩き潰そうと本を手に取る。
「一寸の虫にも五分の魂って昔習ったけど、そんなこと言ってる場合かよ!」
虫を探そうとするも部屋が散らかっていて見失う。
「そんなことより締め切りだ締め切り!今日中に提出なんだよ!」
まったく学校で何を習っていたのだろうか。
夏休みの宿題を余裕をもってこなしていれば、この状況は避けられただろうに。
クーラーの効いた部屋からわずかに覗く太陽が、青年を見守っていた。
ふと気が付くと青年は小さくなっていた。
「は?なんだ?夢か?」
戸惑う青年の前に現れるのは二本の足で立つ薄茶色い平たい虫。
手となった足の一本一本には丸めた新聞紙が一本ずつ。
自分より大きな虫に青年は襲われ、瞳を閉じる。
「うわあああああ!」
ゆっくりと瞳を開くと、目の前にはパソコンがあり、ラジオも明日の天気を告げている。
「って夢か――ええいまた!うっとおしい!」
薄茶色い虫がキーボードの上に姿を見せる。
慌てて叩こうとするも無視は逃げ、本はキーボードを叩く。
画面に映る文字が戻ったりおかしな変換をする。
「あああああ!せっかく作ったのに!畜生!あいつのせいだ!」
部屋のあちこちに積まれた本に八つ当たりをする青年。
八つ当たりで本が飛び、本が部屋のあちこちにぶつかっていく。
壁に。机に。カレンダーに。ポスターに。そして本棚に。
何冊か本が本棚にあたると、本棚が揺れ始める。
「くそっ!どこに行ったあの虫けらが!……ってうわああああ!」
本があたった衝撃なのか、それとも地震か。本棚は青年めがけて倒れだした。
*
しばらくして救急車とパトカーが青年の住んでいた場所に集まる。
近くにはテレビ局のアナウンサーがいて状況を説明していた。
「怖いねえ。本棚やタンスは地震対策しておいたほうがよさそうだね」
「それもそうだけど、部屋が散らかっててあいつが出たそうよ」
「きちんと掃除してほしいものよね」
「通り道に罠仕掛けておけばねえ」
「それか薬品よね。煙の出るやつ」
周囲のやじ馬が井戸端会議を始める中、青年は担架によって担ぎ出された。