2約束
「エリー、もう一度コダの花を見に行こう!」
「ええ、そうね。確かめましょう」
アンディの手が離れて、緊張から解放されたものの、寂しくも感じていたエリーは、混乱していた。
警告の意味はどういうことなのかしら?
それよりも、アンディはどうして手を乗せてきたのかしら……。
落ち着かせるためだとしても、そんなことされたら勘違いしてしまうじゃない。
考えながら歩いているとすぐに花壇へとたどり着く。
「先程の話の後だと堪えるな。こうして見ると、白い花はとても目立つ。警告か…」
アンディは花の傍に屈んで、花びらを確認する。隣に屈んで一緒に覗き込むエリー。
「綺麗なのに……」
「あぁ、綺麗だ。エリー、この辺り、ここ、やはり赤く見えないか?」
「えぇ、少しだけれど赤いわ。でも、
白い花にはかわりないわね……。」
手を伸ばして、花びらを無意識に触るエリー。その瞬間、アンディの手と触れ合う。
「っ!」
咄嗟に手を引き戻すと、アンディがエリーの手をそっと引き寄せた。
「えっ? アンディ?」
突然のことに驚いて戸惑っていると、アンディは手の甲にそっと口付ける。
「エリー、僕は騎士としてきっと手柄を立てる。兵役を早く終わらせて戻ってくる。だから、その時は、君の伴侶として傍にいる権利を僕にあたえてくれないだろうか?」
手を取るアンディの空色の瞳は揺れていた。漆黒の長い前髪の間から視える瞳は、夜空に輝く星のよう。
あどけない表情を浮かべている頃から知っているのに、いつの間に大人の紳士のような振る舞いをするようになっていたのだろう。
思わず見惚れてしまう。
「ア、アンディ、急にどうしたの?
とても嬉しい。私だって、ずっとアンディのこと……。
あなたも、私を想ってくれていたなんて、夢を見ているようだわ。
でもね、アンディ。白いコダのことを聞いた後では喜べないわ。
不吉な予感しかしないわ。何より白いコダの前で言うなんて……。」
「エリー、必ず迎えに来るから。例え君が忘れていたとしても、20歳までには必ず」
「アンディ、でも……お父様が……」
真っ直ぐにみつめてくる彼の瞳には一点の曇りもない。決意を固めた迷いのない意志を感じ取れる。
ただの気休めになるのかもしれない。
父が反対していることはアンディは知っている。それなのに、想いを伝えてくれるなんて……。
淡い期待に胸が膨らむ。
もしかしたら……という願望が欲を出す。
彼の言葉を信じて待つことが許されるなら
、私は、いつまでだってアンディを待っているわ。
エリーがコクンと黙って頷くと、緊張が解け一気に相好を崩すアンディ。
アンディの瞳の中にはエリーがいる。
エリーもアンディに応えるように、心から溢れる想いを込めて見つめ返す。
お互いの瞳の中に同じ想いが宿っているのを確認するように、ずっと見つめあっていた。
幸せな気持ちでいられたのは、束の間のことだった。
その日帰宅してすぐに、エリーは、父から嫁ぎ先を告げられることになる。
卒業式の後、その足で先方に向かうようにと、荷物などは既に送ってあるとのことだった。
お相手は、クリフォード・キャンベル辺境伯様。
あまり良い噂はきかない人物だ。
女性関係が激しいという噂がある。
何人もの女性を泣かせているらしく、
結婚も今回がはじめてではない。
辺境の地を守護する重要な存在であり、領地を守る職務を果たしている。
そのため、プライベートなことは些細なことだと、随分と多目に見られているらしい。
あんまりだわ……。
父からは疎まれているとは思っていたけれど、まさか娘をそんな方に嫁がせるなんて……。
望んで娘を嫁がせる者がいないので、かなりの支度金を受け取った父は上機嫌だった。国からも礼状が届いたとか。
所詮、父にとって、娘もただの道具にすぎないのね……。
「断ることは死を意味すると思え!
泣こうが喚こうが覆らない!
貴族の責務を全うすることが、お前の役目だ、いいな?」
有無を言わせぬ物言いで、恐怖から何も言うことができなかった。
アンディ……。会いたい……。
「……アンディ……うっ……」
堪えようと思うのに、滝のように涙が目から溢れてくる。必死に声を押し殺すように、口元に手を当てていた。
アンディ……。
そうだわ、せめて手紙だけでも渡せないかしら。
部屋でひとしきり泣いた後、アンディへ別れの手紙をしたためた。
明日の卒業式後に出してほしい、と侍女に託しているところを運悪く父に目撃される。
「誰宛の手紙だ?」
「お父様! だめ!返して!見ないで!やめて!」
「アンディだと? お前、まだあいつと交流しているのか!手紙を出すことは許さん!」
父はエリーの手紙の中を改めると、ビリビリと破り捨てる。侍女に片付けるようにと指示を出すのと同時に、エリーも部屋へ軟禁するようにと命令する。
「お父様!あんまりです!放してっ!」
エリーの悲痛な叫びも虚しく、「お嬢様…申し訳ありません」と言いながらも、護衛の騎士により部屋へとあっさりと軟禁された。
部屋から出ることは許されなかった。エリーの逃亡を危惧した父は、卒業式への参加も認めなかった。
明朝、エリーは、すぐに馬車へと身一つで押し込められて、辺境の地へと向かわされることになった。
「アンディ……」
卒業おめでとうアンディ
卒業おめでとう……私
揺られる馬車の窓へ、子供のいたずらのように指で文字を書く。
もっと、自由に生きられたなら、
この家に生まれていなければ……。
たらればばかり考えてもどうしようもないのに、エリーの気持ちは暗くなる一方だった。
卒業式に出席できなくて、良かったのかもしれない。
だって、アンディに会ったらきっと、決心が揺らぐわ。泣き出してしまうわ……。
笑顔でさよならを言う自信がないもの……。
アンディ……。
いい加減、大人にならなければ。
永遠に、このまま辿りつかなければいいのに……。
エリーの願いも虚しく、馬車は順調に進んでいた。




