92 初めての恐怖
それは突然訪れた。
四月も半ばが過ぎ、季節も暖かくなってきた頃。
本当に突然だった。
陽も高い昼間の事、地響きのような、地を這うような言い知れぬ音、雄叫び、魔物の声が木霊する。
そして私は急激にきた気配に身体が震え、とても気持ちが悪く、今まで感じたことのないとても濃い瘴気に冷や汗をかく。
昼間にも関わらず、辺りが暗くなり、瘴気に淀んだ空気が重い。
ギルドの者達は直ぐに臨戦態勢に入り、街の人達には避難指示が出された。
私達は何時来てもいいよう、戦闘準備をする。
これが話していた大規模な魔物の侵攻⋯⋯。
思わず胸元の、ヴァン様に頂いたネックレスに触れた。
触れると、力が変に入った身体がすぅっと楽になる。
気持ちも落ち着き、構える。
皆緊張の面持ちだが、そこへ此処の指揮官であるヴィダルが激励する。
「いいか! 此処で抑えきれば俺らの勝利だ! 街には絶対入れるなよ! 砦は閣下が直接指揮を取っている。此処を俺達が任されている以上、必ず殲滅するぞ! でなけりゃ顔向けできねぇし、後が怖ぇぞ!!」
「「「おう!!」」」
最後の何!?
後が怖いって、気になるんだけど!
こんな緊張感のある時なのに、そっちが気になってしまった⋯⋯。
だってね、それお養父様の事でしょう?
「アリシア様、集中してくださいね」
「ごめんなさい」
『姫様、約束は覚えておいでですね』
『覚えているわ』
『ならばいいです』
心配性な影ね。
だけど、気を引き締めないと、本当に強制送還されてしまうわ。
影から注意を受け、前方に目を向ける。
前戦では既に始まっているみたいで声が此処まで届く。
だけど、前だけで全て受けるのは厳しいだろうと言うことで、事前に少し布陣を変更していた。
更に街より離れ、班を分け、中腹と街近くに布陣を敷いた。
そして、私達は最後尾にいる。
危険から離されたように見えても重要な地点だ。
此処を突破されると、街が襲われる。
そうすると、戦えない街の人々が蹂躙されるのだ。
それは絶対阻止しなければならないので重要なのだ。
此処には私、お兄様達と護衛、そして私とお兄様達の班員達と後複数の班も居る。
だが、ヴィダルは中腹で指揮を取っている。
中腹でも戦闘が始まった!
そして作戦通り、此方にもわざと魔物を誘導し、此処で殲滅させる。
少しでも前戦の負担を減らす為。
私達も魔物を殲滅していく。
順調に殲滅をして行くものの、魔物は一向に減らない。
寧ろ増えている⋯⋯。
これが大規模襲来⋯⋯、シベリウス領やセイデリア領が事が起こる度二対峙し、命をとして人々を護り、これより先に侵攻させないために全力を注ぐ。
減らない魔物にも弱音なんて吐いていられない。
絶対に護りきる!
私達は全力で殲滅しに掛かった。
此方に流れてくる魔物も増えたが、私は主に魔法で応戦する。
武器を使う者達が前に、魔法で応戦するものは後ろから消滅させていく。
私は後方で魔法を駆使し、時には回復を、闘う人達を支援する。
これが私達にとって闘いやすい方法で、魔物にも圧されず、始末していく。
だが、前方が苦しそうになってきたのか、圧されている。
私はヴィダルに合図を送り、魔物を此方に流してもらう。
最初に使った魔法で一気に殲滅する為だ。
あれから何度か使用しているので、慣れてきたのもあり、とてもすんなりと、魔力の消費も抑えられることに気付き、少し連発しても私自身に負担が少なくなり、最初からこれを組み込んで作戦を立てていたので、此方に向かってきた魔物に、冷静に魔法を放つ。
これを二度に分けて使うと前方も少し楽になったようだ。
今の内に私は魔力回復薬を飲む。
美味しさを求めてはいけないけれど、何度飲んでも美味しくない。
このように確実に魔物の数を減らしていく⋯⋯。
だが、魔物も容赦なく襲いかかってくるので、気は抜けない⋯⋯、が、私が少し体勢を崩してしまい、その隙に魔物が襲いかかってきた!
「アリシア様!!」
――やられる!!
魔物と退治している最中だというのに、私は思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
「ぐっ⋯⋯」
――えっ⋯⋯今の⋯⋯。
目を開けると目の前にクラースがいた。
私を庇ったのか、脇腹から血が溢れている⋯⋯。
「クラース!!」
「少し、かすっただけです⋯⋯アリシア様、お怪我は⋯⋯?」
「ないわ! それより早く治さないと!」
向かってきた魔物はサムエルが始末してくれたようで、治すなら今の内だ。
私はクラースの怪我に手を翳し、治癒魔法を使う。
クラースはかすったと言っていたけれど、結構深い⋯⋯。
「クラース、ごめんなさい⋯⋯」
「アリシア様、我々護衛は貴女を護るのが務めです。謝罪は不要ですよ。後、敵を前にして目を瞑ってはいけません」
「そんなことっ! 例えそれが役目でも、私の代わりに怪我を負うなんて⋯⋯ごめんなさい。気をつけるわ。ありがとう」
護衛の役目だと、それはそうかもしれない。
頭では分かっているけれど、実際目の当たりにすると、精神的にも辛い⋯⋯。
泣いてる暇はない。
クラースを治癒し終えると、直ぐに立て直す。
私の失敗が彼らを傷つける。
クラースの注意も当たり前のことなのに⋯⋯。
更に気を引き締めないと、また彼らが傷つく。
私は意識を改めて再度魔物と相対する。
これが数日、数週間と途中交代で休みながらも、皆が力と想いを併せて闘う。
クラースの怪我から私は身近にいる人を失くすかもしれないと言う恐怖を覚え、その事も相まって更に出来ることに力を尽くす。
疲れは溜まるけれど、これらを殲滅すれば終わり、身近な人達だけでなく、街の人々も安心できる。
そう思えば奥底から活力が出てくる。
私やお兄様達も戦闘に慣れてくると、中腹を任されることもあった。
後方よりもキツいけれど、実力を認められ、任されると言うことは、やり遂げなければならない。
失敗は許されない。
そして更に日が経ち、私達の疲れも蓄積され、休んでも疲れが残るほど⋯⋯。
だけど、徐々に魔物の勢いも衰えを見せ始めている。
良く見ると、周囲の空気も重苦しかったもが少しずつ変わってきていて、瘴気も徐々にだが薄れてきている。
それ感じていると、砦の方から凄まじい魔力を感じた。
これって、お養父様!?
何が起こっているのか⋯⋯。
気になるけれど、今は目の前の事に集中!
先程のお養父様の魔力を感じた者達は、それに触発されて勢いが増す。
そうすると、それらに併せて他の者達もつられて皆の底力が増した。
全員が同じ想いで魔物を全滅へと追い込む。
私も遠慮なしに魔法を叩き込む!
そうやって闘うこと、ようやく新たな魔物の発生も感じられなくなり、瘴気も徐々に無くなっていき、魔物を全滅させ、やっと、やっときれいな陽を見ることが出来た⋯⋯。
ようやく終わった⋯⋯?
砦の方でも大歓声が上がっているのが微かに聞こえる。
私達も一緒に闘った仲間達と喜びを共にする。
私はお兄様達の姿を見つけて、思わず抱きついた。
お互い細かい傷はあるものの、無事な姿を見て、思わず涙が溢れた。
自分達が生きている喜びと、街を守れたことへの安堵、ただ、無傷と言うわけにはいかなかった。
闘った者達の中には犠牲者もいる。
ギルドの人達、騎士団の人達⋯⋯。
どれだけの人が亡くなったのか。
喜んでばかりではいられない。
喜んだのも束の間で、先ずは怪我をした人達の手当てが先だ。
私はレオンお兄様と一緒に治癒を施していく。
途中フレヤの姿を見つけ、一緒の班になった人の無事な姿を見てほっとする。
彼女も怪我人を治して回っているようだ。
途中魔力回復薬を飲み、怪我人の治癒を続ける。
暫くそうしていると、ヴィダルに会った。
「お嬢、良く頑張ったな」
「ヴィダル! 酷い怪我⋯⋯すぐ治癒しますね」
「あぁ、俺はいい、致命傷はないからな。それより他の者達を治してやってくれ」
「けど、⋯⋯分かりましたわ」
ヴィダルの言葉に他の人達の治癒を再開する。
だが、森が静けさを取り戻した事で、ギルドの回復要員が一斉に動きだし、怪我の治療に当たる。
私も出来るところまで治していこうと思ったのだけれど、クリス様がやってきて、見ればクリス様も怪我を治療した後なのか、服には血の後が残っていた。
「マティアス様達は一旦邸にお戻りください」
「ですが、まだ怪我をしている人達が大勢いるわ」
「ここは大丈夫ですよ。何より閣下のご命令です」
「⋯⋯分かりましたわ」
私とマティお兄様達は一旦私の転移で邸に戻った。
そこにはお養父様の姿があったけれど、お養母様はいらっしゃらなかった。
「マティ、レオン、シア。三人とも良く頑張ったな。無事で良かった」
「父上もご無事で良かったです」
私はお養父様の姿を見て安心してしまい、私は思わずお養父様に抱きついた。
「おっと⋯⋯、シア、良く頑張ったな。⋯⋯ご無事で安堵しました」
「伯父様⋯⋯」
お養父様も私をぎゅっと抱き締めて、耳元でそう呟いた。
「お養母様はどうされたのです?」
「オリーは砦で怪我人の治療に当たっている」
「あの、私も怪我人の治療に戻ってもよろしいですか?」
「そういうと思ったよ。レオンもかい?」
「はい、父上」
「では二人は怪我を負った人たちを助けておいで。マティは私と一緒にきなさい」
「はい」
私とレオンお兄様達は戻り、治癒を開始する。
怪我が治った人達や、動ける人達は亡くなった人の亡骸を丁寧にギルドの近くに運んで行く。
そこを臨時の安置場所として設置したようだ。
懸命に闘った人達を戦場にそのままにはしておけない。
中には知った人の姿もあった。
私に絡んできた人も亡くなったようだった。
あんなに絡まれたとは言え、亡くなってる姿を見ると辛い⋯⋯。
けど、今は生きている人の治癒に専念する。
魔力が尽きるくらい、懸命に治癒を施す。
それでも助からない人も何人かいた⋯⋯。
とても不甲斐ない⋯⋯
サムエル達は血を流しすぎていたと、この戦場に立った者は皆が死ぬ覚悟があると、私の力が足りない分けじゃないと、私のせいではないと言う⋯⋯。
そうかもしれない。
だけど、頭では分かっているけれど、それでも出来るだけ多くの人に生きて欲しい。
自分自身を叱咤し、また次の人を治癒する。
気が付けば、もう夜だった。
魔法やランタンで周囲を灯し、まだ作業は続いていた。
怪我人の治癒は終わったものの、まだまだやることはある。
大人達は作業を続けるが、成人していない私やレオンお兄様には休めとヴィダルに強制的に部屋に押し込まれてしまった。
一人になると色々と考え込んでしまいそうで、モニカに側にいてもらう。
「シア様、少しお休みになられては⋯⋯」
「まだ寝れそうにないわ」
「⋯⋯では、お茶をお淹れしますね」
「ありがとう。モニカ」
モニカにレモングラスティーを淹れてもらい、一息つく。
温かくてほっとする。
「シア様、殿下からお手紙が来ているのはないですか? まだ確認されてないでしょう?」
「殿下はお忙しいのではないかしら⋯⋯」
「では、此方からお手紙を認めてはいかがでしょう? シア様から送られてきたと分かれば、きっとお喜びになりますわ」
「⋯⋯そうかな。けど、お手紙を書くわ」
モニカに言われて、私は手紙箱を出す。
一度開けてみると、忙しいだろうに一通の手紙が入っていた。
私は嬉しくなって、手紙を読む。
とても短いお手紙だけど、私の心配とヴァレニウスの様子が簡潔に書いてあった。
忙しいのは簡単には想像がつくのに、それなのに私の事を想ってくれていて、心配してくれて、とても嬉しい。
この戦いの最中、幾度もヴァン様のネックレスに助けられた。
触れるととても安心するからだ。
私は直ぐにお手紙を書いた。
ヴァン様にお怪我はなかったか、体調は? 幾度となくヴァン様のネックレスに助けられたことも書いた。
そして、忙しいのにお手紙をくださった事へのお礼。
書き終えると、直ぐに箱に入れて送る。
少し気分が落ち着いた。
モニカには感謝しないと。
明日お礼を伝えよう。
クラースや影の二人にもお礼しないと。
だけど、流石に今日はもう休んでるよね。
休むように伝えたし。
私も今なら寝れるかな⋯⋯。
寝れなくてもベッドにはいる。
ヴァン様のネックレスに触れると、ふわっと、ヴァン様の魔力を感じる。
包まれるような安心感に、目を瞑るとすっと寝ることが出来た。
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