87 離宮での生活
目が覚めるといつもの部屋ではなく、どうしてここにいるのかとまだ頭がぼうっとしていたが、そういえば、私呪術を受けて離宮に来ていたのだったと思い出す。
ソファで少し寝ていたはずなんだけれど、寝ている間にベッドに運んてくれたみたい。
窓に目を向けるとまだ暗いけれど、今何時でどれくらい寝てしまったのだろう。
「アステール」
「はっ。こちらに」
「私あれから寝てしまったのね。今は何時かしら?」
「はい。今は明け方、五時を少し回ったところです。体調はいかがですか?」
「良く寝たから大丈夫よ」
「それはようございました」
「私が急に此方にきて、お茶会は大丈夫だったかしら」
「王姉殿下や辺境伯が上手くまとめられましたのでご安心を」
あっ、そう言えば私が眠る前もモニカが同じ事を話していたような⋯⋯。
私はベッドから降りて水を飲もうと思ったのたのだけれど、すかさずアステールがお水を淹れてくれる。
有能ね。
「どうぞ」
「ありがとう」
「お起きになられますか?」
「そうね、よく寝たお陰で目も冴えてしまったから起きるわ」
「では、モニカ殿を呼んで参ります」
「呼ばなくてもいいわ。まだ寝てるでしょう?」
「いえ、既に起きて姫様が何時お起きになられてもいいように既に待機しておりますよ」
「そうなの? 早く寝ちゃったからかな。悪いことしたわ」
「それが彼女の仕事ですのでお気になさらず」
「わかったわ。モニカを呼んでくれる?」
「畏まりました」
アステールに頼んで、モニカが来るのを待った。
程なくしてモニカが部屋へ入ってくる。
「おはようございます。ステラ様、良く眠れましたか?」
「おはよう、モニカ。ぐっすり寝たわ。お祖父様達は何か言っていたかしら」
「自身が思うよりもステラ様は疲れているだろうから、寝かせてあげなさいと仰っておりました」
お祖父様達にもお礼言わなくては⋯⋯。
あっ、お風呂⋯⋯。
「ステラ様、湯を使われますか?」
「お願いできる?」
「畏まりました。少々お待ちください」
モニカにはお見通しだったみたいで、直ぐに用意してくれた。
私はゆっくりと湯に浸かり温まる。
冬のお風呂ってほっとする。
呪術の事は気になるけれど、私が今考えてもどうにも出来ない。
湯に浸かった後、出てきてもまだほの暗く、冬の朝は中々明るくならない。
湯冷めしいように暖かいお茶を淹れて貰う。
「ステラ様、イェルハルド様より朝食は共にと昨晩伝言をお預かりしておりますので、それまでお待ちくださいませ。ですが夕食を召し上がっておりませんので、お腹が空いているようでしたら、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
私はモニカが用意してくれた果物を摘まむ。
あまり食べすぎるのも良くないから丁度良い。
モニカは本当に凄いと思う。
「モニカ、いつもありがとう」
「急にどうされたのですか?」
「モニカは凄いなと思って。今日も私に合わせて起きてくれたのでしょう? ありがとう」
「ステラ様⋯⋯私はステラ様に快適に過ごしていただきたいのです。ステラ様の笑顔が好きです。私はステラ様が嫁がれても付いて行きますよ」
「それは大分先の話よ? 勿論モニカに付いてきてもらったら心強いけれど、モニカも幸せになってほしいわ」
「ステラ様の幸せが私の幸せです。ですので、ヴァレニウスに嫁がれましたら、勿論付いて行きますので、よろしくお願い致します」
待って! まだヴァレニウスに嫁ぐなんて決まってないわ!
モニカにとても良い笑顔を向けられて恥ずかしい!
からかわれているのがよく分かる。
きっとお手紙のやり取りもモニカにはバレてるのかも⋯⋯。
どう反応したら良いのか分からないわ。
モニカにからかわれ、だけどゆっくりとお話しすることも少ないから沢山お話が出来て嬉しい。
話が弾むと、時間が過ぎるのも早く、外は明るく、朝食の時間となったのでモニカと護衛を伴って食堂へ向かった。
「おはようございます。お祖父様、お祖母様。昨夜は寝てしまい、申し訳ありませんでした」
「おはよう。謝る必要はない。ゆっくり休めたか?」
「はい。ぐっすり休みましたので大丈夫ですわ」
「良かったわ。心配したのよ」
「お祖母様、ありがとうございます」
「さて、食べようか」
お祖父様の言葉で私達は朝食を頂く。
少し果物を食べたけれども、お腹は空いていたので、朝食は残さずに頂いた。
食べ終わると、お祖父様から今後の予定を伺う。
予定としては、呪術を放った者を突き止める、新たな魔道具が出来るまで離宮で過ごし、その間に呪術の事を、私の訓練、授業を併せて行うという。
お祖父様の負担にならないか心配だったけれど、呪術の事に関しては、今私の護衛についているマルクが教えてくれるという。
剣術等の訓練はお祖父様達が教えてくれるみたい。
今日から早速呪術を習う。
マルクはとても真面目な性格のようで、とても丁寧に教えてくれる。
呪術というのは、相手を呪ったり、殺したり、精神的に傷付けたりとそういった事に主として使われるのだが、逆に呪術で傷つけられたものは同じ呪術で治したりする事も出来るという。
ただ、それは高度な技術が必要で、中々治すと言うのは難しいとの事。
魔法は使用する際に、詠唱ありだと時間がかかったりするので、無詠唱で一瞬で想造出来るよう指導されるのだが、別に無理なら詠唱ありでも問題はない。
そちらの方が想造しやすい人も、少数だがいるようだ。
呪術も同じようで、詠唱、無詠唱でもどちらでも発動は出来るよう。
ただ、呪術は複雑で、相手の情報が曖昧にしか分からなければ発動できないし、逆に相手の姿や情報がよく分かっていればより強く効果が発揮するという。
後は、呪術を行うにはそれなりの魔力が必要で、それだけでなく、想いを増幅させる道具や宝石があればより強く発動できるそうだ。
呪術も受けることだけでなく、呪術を放った者に返すことも出来る呪術返しがあり、それを使えれば、近くにいる者ならば相手を捕らえる事も出来るだろう。
それに、呪術は呪った相手にその想いをぶつける物で、呪われた相手が魔力が強ければその想いを、声を感じとることが出来るという、そうすれば知った者かそうでないか、またはどのような者なのかが分かるので、特定しやすいのだとか。
なるほど⋯⋯、呪術返しは覚えていて損はないかも。
「殿下、今のところ分からない所などはございませんか?」
「想いを増幅させる石、宝石とは何があるのでしょう?」
「そうですね⋯⋯例えば、“ジェット”はご存知ですか? これは忘却の意味がある宝石なのですが、これを使って呪術を行えば、相手の記憶を奪うことが出来ます。勿論それだけというわけではありませんが⋯⋯」
「なるほど、その様に使用するのですね。後、呪術返しはどうやったら出来るのでしょう?」
「呪術返しはそれなりに訓練が必要ですので、直ぐには難しいですよ」
「それは、私の授業に含まれているのですか?」
「はい。イェルハルド様からはお教えするよう言われております。ですが、明日からですよ。今日の授業はここで終わりです」
「ありがとうございます」
気が付けばお昼になっていた。
午前中の授業が終わり、昼食をお祖父様と共にいただく。
その後休憩を挟みお祖父様の訓練を受ける。
体力もグッと上がった事へ誉められて嬉しくなった。
勿論お祖父様の訓練はとても厳しいのだけれど、たまに誉められるともっと頑張れる。
そうして昼からの訓練も終わり、一日が終わる。
流石に直ぐには呪いを放ったものは誰か分からなかったようで、王宮からは何も連絡はなかった。
それから二日後、お祖父様の訓練や授業を受けながら過ごしていると、ようやく王宮から今回の事件についての報告がもたらされた。
私も同席して詳細を聞く。
伝えにきたのはベリセリウス侯爵の手の者だった。
結論から言えば、私やお兄様に呪術を放った者、二人を捕らえることが出来たという。
ただ、精神状態が酷くまともに話が出来ないと、捨て駒だろうと、後ろについている者までは分からなかったようだ。
だが、捨て駒にされた二人、一人はこの国の男爵の次男。もう一人はラヴィラ公国の者だという。
他国のものが一人いるとなると、話がややこしいことになりそうね。
ラヴィラ公国の者は身分証明を持っていないため、まだ調査中との事。
私の魔道具に関しては以前よりもより強度な物を作成しているようで、後少し待ってほしいとの事、離宮での生活はまだ続く。
王宮では社交シーズンの始まりで夜会などが行われていたりしているようで、賑わいを見せているのだとか。
各貴族間でもお茶会や夜会などが行われているという。
私には関係がないので、変わらず離宮でお祖父様の訓練を、マルクの授業を受けながら過ごしていると、気付けば十二月も終わりに近づいていた。
因みに、既に私の魔道具は完成していて、今までは一つの腕輪に姿を偽る魔石、魔力を押さえる魔石、呪術を弾く魔石が付けられていたのだけれど、今回は一つの腕輪に一つの魔石と三つ別にした物で細身の三連の腕輪となっていた。
とても綺麗な意匠で気に入っている。
魔道具が仕上がったのにまだ離宮にいるのは、お祖父様達の希望だからだ。
たまにお祖母様がこの離宮でお茶会を開くので、私が此処にいるという事を広めるためにも、お祖母様のご友人方とお茶を共にする。
お祖母様のご友人方とあって、きっと方々に影響力のある人達なのでしょう。
知的で意志が強く感じられる。だけどとてもお優しい人となりだ。
ただ、やはりいくつになっても女性とあって、流行りにはとても敏感だった。
私が着ているドレスは私自身でデザインしたものを着ていたので、目敏く、見たことがないドレスに、それは何処の誰のデザインなのかと質問攻撃にあった。
そこはお祖母様が上手く取りなしてくださって、今は未だ公にはしないけれど、その時がくれば、公に出していくと皆様にお話ししただけで皆様察したようだった。
勉強だけでなく、こうやってお茶会の実践もあり、お祖母様からは所作がより良くなったとお褒めいただいた。
ここではお祖母様が私の先生だ。
学ぶことはまだまだ多い。
シベリウスでは学べないことも学べる。
何処にいても周囲の人達から学べるっていうのは幸せね。
それに、やはりここでは制限がないから気を遣うこともない、何よりも解放感がある。
別にシベリウスが住みにくいとかそう言ったことはないのだけれど、偽って過ごしていることには少し、ほんの少し、窮屈に感じることが無いわけではない。
勿論否はないのだけれど。
此処でもシベリウスでも、皆が家族として接してくれることには感謝しかない。
狙われていることは確かに内心少し怖く感じるし、良いことなど何一つ無い。
勿論、そんな事は表には出さないけれどね。
だけど、それよりも、私を大切にしてくれる皆がいるのがとても幸せな事。
それに、ヴァン様のお手紙にも励まされている。
何時も私を心配して、心強い言葉をくれる。
手紙を受け取った日の翌日には何故か必ずモニカはに直ぐに分かってしまうようで、にやにやとされる。
からかわないで欲しいのだけれど、そんなやり取りも楽しく思える⋯⋯そう思えるってことは、私って大分ヴァン様に依存しているのかしら⋯⋯。
取りあえず、そこは置いておきましょう。
そして十二月も後わずかに差し迫ったある日の朝。
何故かモニカ達が総勢で私を磨き始めた。
今日は誰かに会うとか何も予定は無かったと思うのだけれど、理由を聞いても「後程分かります」とだけで、さっぱり教えてくれない。
思い当たることがなくされるがままで、お風呂で磨かれてから、朝食は軽く済ませたけれど、午前中でげっそりしてしまった。
昼食はきちんと頂いて、少し休憩を挟みまたお風呂で温まって、髪を可愛く結って貰い、軽くお化粧をした後、ドレスに着替える。
何時も以上に可愛らしく仕上げて貰い、鏡を見ると言葉では言い表せない、可愛い、けれど凛とした私が鏡に写っていた。
――いけない! ナルシストになっちゃダメ!
モニカ達のやりきった感が凄い。
だけど、鏡を見ればそれが良く分かるほどの出来だ。
モニカ達は凄いわ。
ただ、未だに着飾った理が分からない。
夜に誰か来るのかしら。
お父様達だとしても、此処まで着飾る必要はないし。
考えても何があるのか分からない。
夕刻、夕食には少し早い時間だけれど、モニカがそろそろと言うので、何時もとは別の、しかも部屋ではなくホールに案内された。
――一体どういうこと?
「モニカ⋯⋯」
「ステラ様、此方で皆様お待ちです」
「皆様?」
モニカはそう言って、ホールの前にいた侍従が、ドアを開けた⋯⋯。
ご覧いただき、ありがとうございます。
ブクマもありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります!
次話もよろしくお願い致します。