84 お兄様の帰宅
昨夜エストレヤによって眠らされてしまって、朝までぐっすり熟睡したみたいで、翌日何時もの時間に目を覚ますとスッキリとしていた。
エストレヤにとってはあまり聞かれたくなかった事なのかな。
気にはなるけれど、この話題はもうやめておこう。
聞かれたくない事を無理矢理聞くこともない。
気にはなるけどね。
暫くは大変な事案はないと思うし、ただ、色んな人に言われているので周囲には注意しなければとは思うけれど、それ以外は何時も通りの日常を過ごす。
何事もなく、平和に毎日が過ぎ、気付けばマティお兄様が学園最初の二週間の休暇で領に戻ってくる日となっていた。
お兄様が帰ってくるのはお昼過ぎになる予定で、午前中は読書をして過ごした。
昼食後暫くすると、お兄様が乗った馬車がシベリウス領に入ったと連絡が入り、私達は頃合いを見てお出迎えに出て少しすると馬車が邸に着き、お兄様が下りてきた。
「ただいま戻りました」
「あぁ、お帰り」
「お帰りなさい」
「マティ兄上、お帰りなさい」
「お兄様、お帰りなさいませ」
数ヵ月ぶりに会うお兄様は背が伸びていて更にお養父様に似てきた気がする。
お養父様達に挨拶後、私達の側まで来て抱き締められた。
「ただいま。レオン、シア。あぁ落ち着くな⋯⋯」
学園、そんなに大変なのかしら?
「兄上、暑い、苦しい!」
「あぁ、ごめん。久しぶりだからつい」
「お兄様、またお茶会しましょう!」
「シアはまた一段と可愛くなったね。だけど、色々と聞きたいことあるんだ。覚悟しておいて」
えっ何!? 聞きたいことって⋯⋯。
ありすぎて何か分からない。
圧のかけ方がお養父様やお養母様そっくりで恐い⋯⋯。
取りあえず居間に移動して、私達はお兄様の学園生活の話を聞いた。
一学年の勉強はさほど難しくはないらしい。
だけど、優秀なお兄様だからそう思うのかもしれない。
お兄様がげっそりするのは、人間関係らしい。
王都の学園は、実力主義だから、王族、貴族から平民まで階級問わず、実力で組も分かれるのだけど、やはり階級差別が存在するみたい。
また、貴族階級の、それも令嬢に至っては、将来結婚する相手を見定めているようで、かなりえげつないらしく、狙われてしまうとどうやって逃げるか、かつどうやって断るかに悩まされるらしい。
お兄様も狙われてるらしく、落ち着いて勉強が出来ないので、兎に角そういった令嬢達に煩わされているのが一番面倒なのだとか。
十歳からもう結婚相手探すのって、まぁ貴族ならそうかもしれないけれど、ただ、学園は学ぶ所であって遊びに行くところではないでしょうに⋯⋯。
呆れるわね。
お養父様もお義母様も懐かしそうにしているけれど、お養父様は若干遠い目をしている。
お養父様も格好いいからきっと令嬢達に纏わりつかれたのかな。
学園の話を聞いていたのだけれど、お兄様も帰って来たばかりだし、一旦お開きとなった。
学園の休暇に合わせて明日から二週間は私達の授業もお休みとなるみたいで、お兄様達ともゆっくりお話しできるから楽しみだけれど、帰って来たばかりのお兄様に言われたことが、何を聞かれるのかと、ちょっと恐いのだけれど、お茶会は楽しみで予定を二日後に決めた。
お兄様は帰ってきてもお養父様に稽古をつけてもらうみたい。
ちなみにレオンお兄様もお養父様の稽古を受けているようだった。
知らなかったわ。
とても羨ましい!
私も稽古つけてもらいたい⋯⋯。
お養父様に頼んでみると、駄目だと言われるかと思ったのだけれど、あっさり了承を頂き、私も参加出来る事となったのでとても嬉しい。
翌日の早朝から早速始めるので、私も訓練用の服に着替えて邸の裏庭、私がいつも早朝に訓練していた所より更に外側に訓練場があるようで、そちらへ行くと、既にマティお兄様にレオンお兄様がいた。
「おはようございます。お兄様方」
「おはよう、シア」
「おはよう、よく起きれたね」
「早朝はいつもクラースやサムエルに訓練をお願いしていたので起きるのは苦になりません」
「揃っているな」
「「「おはようございます」」」
「あぁ、おはよう」
お養父様も間を置かずにやって来た。
とてもラフな格好に腰に長剣を差していた。
「時間も勿体無いから、早速始めよう」
「「「よろしくお願いします」」」
先ずはマティお兄様が学園から戻ってきたので二人の実力を見る為にマティお兄様とレオンお兄様がまず剣を交える。
私はお養父様の側で一緒に見学する。
お養父様の号令で始まる。
マティお兄様が剣を抜く所なんて初めて見るのと、レオンお兄様が何時もの訓練の時とはまた違った雰囲気で、本気でマティお兄様に向かっている。
それでもマティお兄様には敵うことなく、剣を弾き飛ばされた。
「そこまで!」
お養父様の制止で一旦終わると、お互いの良いところ、悪いところを指摘し、お養父様からも助言がはいる。
休憩をはさまず、直ぐに今言われた悪い部分を意識して直しながらまた始まる。
暫くすると繰り返し行うよう指示を出して、お養父様は私に訓練をつけてくれる。
先ずは、ヴァン様から言われた転移を習う。
復習として、空間魔法の基礎と空間魔法の初歩、空間収納が機能しているか確認する。
そこから転移魔法の基礎を教わる。
転移できる場所は自身が行ったことのある場所に限られるのだけれど、結界の張られている場所は結界の内容によっては弾かれるので転移できない事もあるという。
今まで何となくで転移を体験しているけれど、いざ自身で使用するとなると勝手が違うので、とても緊張する。
初めは転移できるお養父様と一緒に転移して練習をし、 距離もあまり離れていない場所から始めてみる。
基礎も教わり、いざ実践へ。
私は少し緊張していた。
思い浮かべた場所へ無事つけるのか。
「シア、そこまで緊張することはないよ。全く別の場所へ行ったとしても私がいるから安心しなさい」
「はい。お養父様」
「では、実際に転移してみよう」
私はお養父様の言葉で行きたい先を強く思い浮かべ、転移魔法を行使する。
私は集中するのに目を閉じていたのだけれど、転移後、恐る恐る目を開けると、そこは邸の玄関にいた。
出来た⋯⋯。
「よくやった。シアは器用だな。教えると直ぐ吸収するし、殿下が教えがいがあると言っていたが、その気持ちがよく分かる」
「ちゃんと出来てよかったです。ほっとしました」
「では、訓練場に転移してみようか」
「はい!」
帰りも無事にお兄様達がいる訓練場に転移した。
転移って慣れるまでは少し時間かかるかも。
集中力がいるし、普通に魔法を使うよりも難しい。
けれど、安定して使えるようになればかなり便利だし、もし、何か不測な事態が起きたとしても、転移が使えるのと使えないのとでは違ってくる。
きちんとものにしたい。
「初めてにしては上出来だよ。徐々に慣れていこう。慣れるまでは一人で転移するのは禁止だ。必ず転移を使えるものと一緒にだ。いいな」
「はい!」
お養父様は私に注意を促すと、その後は私にお兄様達の訓練をよく見ているように言い、お兄様達の訓練に即座にダメ出しをしていた。
思ったよりもお兄様達への指導がとても厳しい。
だけど、注意されたところを直ぐ様修正する当たり、とても凄いことだと思う。
と、今度はお養父様がお兄様達を直接相手にするようなので、動きを見るだけでも勉強になるので、私は近くで見学をする。
見ていて思うのだけれど、普段のお養父様とは雰囲気が違う。
普段見せない辺境伯として、この地を守る為にお兄様達に厳しく指導する姿を見ると、クラース達が話していた訓練に参加する辺境伯は厳しく容赦がないと言っていたのがよく分かる。
今も容赦なく、お兄様達が地面に叩きのめされている。
とても厳しい言葉を掛けているけれど、そこには辺境伯家の者として、この領を守る者としての教えで、熱がはいる。
私も一つ一つの動きを見逃さないよう、お養父様の言葉を聞き逃さないように真剣に聞く。
訓練をしていると、時間が過ぎるのも早く、そろそろ邸に戻る時間となったので、帰りは私が邸まで転移することになった。
きちんと邸の前まで問題なく転移できたので、一安心。
邸に戻ってから汗を流して、皆で朝食と、マティお兄様は課題があるようで、お部屋に戻っていった。
翌日も朝からお養父様の訓練を受ける。
転移魔法で次は少し距離がある別邸に、そこから、森の入口と転移した。
昨日よりは魔法の発動も早かったと自身では思うのだけれど、ちらりとお養父様を見上げれば「昨日よりも良くできているよ」と誉めてくれた。
そこから、邸の訓練場まで転移して戻ると、お兄様達は昨日と変わらず剣を合わせていた。
そして今日も同じくお養父様にしごかれる。
昼からはお兄様達と兄妹だけでのお茶会で時間通りに集まる。
「久しぶりだね、三人で集まるのは」
「兄上が学園に行く前以来ですからね」
「久しぶりに集まれてとても嬉しいです」
「シアには聞きたいことがあるんだけど、先ずは落ち着いたみたいで良かったよ。心配してたんだよ」
「お兄様⋯⋯ご心配をお掛けしてごめんなさい。ありがとうございます」
お兄様は優しい笑顔で私を見つめる。
お兄様が学園にいった後に色んな事が起こったので、手紙でやり取りはしていたとはいえ、とても心配を掛けたようだ。
「レオンは短期間で強くなったね。驚いたよ」
「本当ですか! シアが心配で訓練を頑張りました。けど、シアは魔法が得意で強いし器用で直ぐに何でも出来てしまうので、兄としてシアに負けないようにと言うのが現状ですけどね」
「ですが、剣はまだまだ難しいですわ」
「シアはまだ小さいからね。剣はまだもう少し成長してからだね。今は力を付ける事と皆の剣技を良く見ること、そして、基礎をしっかりと覚える事だね」
「はい」
暫く他愛ない話をして、お茶のおかわりが注がれる。
その後、マティお兄様は侍女を下げて、私達兄妹だけとなった。
嫌な予感⋯⋯。
「で、シアに聞きたいのだけど⋯⋯ヴァレニウスの王太子殿下とどんな関係なの?」
――お兄様まで⋯⋯!
「そう言えば、僕も詳しく知らないなぁ。殿下がシアを凄く気に入ってるっていうのは知ってるけど」
どんな関係⋯⋯?
それ言って良いのかな。
「父上にはシアに直接聞きなさいと言われたから話しても大丈夫だよ。人払いもしたし、ここには私達しかいない。言って駄目なことは父上も了承はしないからね」
そう⋯⋯それならお養父様から話せば良いのでは?
と思わないこともないのだけれど。
マティお兄様、お養父様そっくりな瞳で私を見ていて、逃げられない。
「関係、と言われましても⋯⋯殿下には、私が番なのだと言われただけです」
「父上が諦め交じりだったのはそう言う事か⋯⋯」
「殿下に気に入られてると思ってたけど、シアが番だからなんだ⋯⋯と言うことは、シアはヴァレニウスに嫁ぐの?」
「まだ何も決まってませんわ。お祖父様も保留だと仰っていましたし」
「だけど、相手はヴァレニウスの王太子だからね。父上も叔父上も頭が痛いとばかりの顔をしてたし、シアはこれから周囲に気を付けないとね」
「お父様にお会いしましたの?」
「父上達が王都に来ていた時にね。ヴァレンティーン殿下と宮廷で会った時に、叔父上にも挨拶しに行ったんだ。ヴィンス様にもお会いしたよ。お二人ともお元気だったから安心して」
「それを聞いて安心しました。マティお兄様、ありがとうございます」
あれからお父様達には会えていないので、元気だったと聞くと安心する。
「お兄様、先程の周囲に気を付けないと、と言うのはどういうことなのでしょう?」
「ここにいてる間は大丈夫だろうけど、学園に入学してからが一番気を付けないといけないね」
「学園で、ですか?」
「なんというか⋯⋯貴族女性は恐い、の一言だ。シアがそういった同性からの嫉妬や妬みに晒されないか心配だよ」
「お兄様は私が嫉妬や妬みに晒されると思っているのですか?」
「思っている。シアにその気がなくても、思い込みで行動する頭の軽い女も単純バカな男も存在するからな」
まだ学園に入学するまで五年もあるのに、今から心配しても身が持たない、というか面倒臭いです。
「だから、気を付けなさいということですか?」
「そうだよ。シアは頭が良いからそんな事はあしらえるだろうけど、時には過激になることもあるだろうからね。今からそういったことがあるかもしれないと分かっていると、その時になれば対処も容易いだろう?」
「お兄様、色々教えていただきありがとうございます。心に留めて置きますわ」
学園まで五年はあるので今から考えても仕方ない。
私は学園までに出来る事をやっておくだけよ。
人間関係なんて、学園に入ってからでいい。
「で、シアはヴァレンティーン殿下の事をどう思っているの?」
「えっ⋯⋯どうって?」
その話は終わったと思ったのにまた蒸し返された!
「殿下の事は好きなの?」
「えっ!? 好きって⋯⋯そんな⋯⋯あの、分からない、です」
私の言葉を聞いてマティお兄様とレオンお兄様は呆れを含んだ溜息をついた。
「⋯⋯何だか殿下が可哀想だね」
「シアは凄く鈍いんだね。それなら学園に行っても大丈夫かも? あぁ、でもどっちにしても心配だな⋯⋯」
「皆酷いですわ! 鈍感とか鈍いとか⋯⋯」
「「シアが鈍すぎるんだよ」」
「お兄様達、仲良し過ぎますわ」
お兄様達に遊ばれながらも、学園での授業内容や施設など色んな事を教えて貰い、私達もお兄様が学園に入った後での領の事を沢山お話をした。
お兄様が帰ってきてからの二週間は本当にあっという間で、直ぐに学園に戻る日がやって来た。
「二週間あっという間だったが、また学園で頑張りなさい」
「体調には気を付けるのよ。後は変な女に引っ掛からないでね」
「兄上、次の休暇までにまた腕を上げますので、お手合わせお願いします!」
「お兄様、お手紙をまた書きますね」
「父上、母上、行って参ります。レオン、次の休暇に会えるのを楽しみにしているよ。シアは無茶はしないようにね」
お兄様は私達に挨拶をして、王都へ戻っていった。
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