83 お手紙
翌日の昼すぎ、セイデリア辺境伯と側近の方が転移してきたのを、邸の玄関でお養父様達と迎える。
お兄様も会ったことがあるようで挨拶をすると、セイデリア辺境伯はお兄様ととても気軽に話しをしていた。
私もこの間会ったばかりなので、挨拶をすると笑顔で返してくれた。
が、また何故かお養父様と衝突していたけども、早々にお養母様に止められ、そのまま二人共仲良く怒られていた⋯⋯。
何て言うか、お養母様最強よね。
応接間に移動して一息つくと、早速本題に入った。
「一昨日伝えた件だが、実際探索してどうだった?」
「感知に長けた者達を連れて行ったが、普通の魔物しか遭遇しなかったな。聞いた気配を辿るのは中々難しくこれと言って収穫はなかった」
セイデリア辺境伯には言葉のみで、山中の探索に出たらしい。
言葉で伝えるのって難しいよね。
だから私もお養父様に直接力を流したわけだし⋯⋯。
「シア、ユリウスに一度試して欲しい」
「分かりましたわ」
私はセイデリア辺境伯の元へ行き少し屈んで貰う。
前以て聞いていたのか、特に気にする様子もない。
私は「失礼します」と一声掛け、サムエルに試したときと同じく力を流すと、やはり私の力に驚くのか微かに揺れる。
「なるほど、この気配ですか⋯⋯ありがとうございます。とても参考になります」
「セイデリア辺境伯様、今は敬語は止めていただけると嬉しいです」
お兄様に対してもそうでなかったのに、私だけだと変なので、声を落としてそうお願いをした。
「あぁ、そうだな。すまない」
「いえ、ありがとうございます」
「シア、お疲れ様」
「はい、上手くお伝えすることが出来て良かったです」
私は役目を終えたので、ソファに座った。
ふぅ。無事に伝えることが出来て良かったけれど、きちんとセイデリア領でも見つけることが出来なければ意味がない。
お養父様はあの時の透明な玉を取り出し、テーブルに置いた。
「ユリウス、これが人為的に瘴気を発生させていた魔道具の一種だ」
「これがか? 只の透明の玉にしか見えないな」
「今回はシアを頼りに森を探索したんだが、発見した時は負の感情を撒き散らし、色も闇色の玉だった。だが、光魔法で玉を包むように浄化するとこのようになる」
「成る程な⋯⋯瘴気を撒き散らしているときはどんな感じなんだ?」
「意思の弱いものは飲まれるだろうな。それほど危険なものだ。触れることも駄目だ。そうだな、シア?」
「はい。それだけでなく、あれに触れると何処かに跳ばされると聞きました」
「跳ばされる?」
「詳しい事までは⋯⋯ですが、憶測になりますが、闇の組織の処ではないかと」
「あぁ⋯⋯なるほど、その可能性は大きいな」
試すことは出来ないので、実際は分からないけれど⋯⋯。
謎は謎のまま。
だけど危険な物には違いないので用心は必要なのだ。
「後、精霊の話ではそれは森だけではないので、気を付けなさい、と話しておりました」
「それは、森以外にも発生している、と言うことか?」
「そう言った意味だと思います。詳しい事までは聞けませんでした」
「どう言うことだ?」
「シアが聞いたのは、森の大樹に宿る精霊からだったのだが、流石に連れていかれるのではと⋯⋯あれは焦った」
「あー⋯⋯それは焦るな。だがよく戻れたな。アル達が呼んだだけでは普通戻れないだろう?」
セイデリア辺境伯の言葉で皆の視線が私に刺さった。
どうしよう⋯⋯多分戻れたのって、精霊女王の愛し子って言ってたから、それが原因なんだろうけど、あれって話してもいいのかな。
うーん⋯⋯。
「⋯⋯それは、精霊に外の者達が心配しているから戻りなさいと言われたので戻れた、のだと思います」
「精霊が?」
「はい」
「シアなら精霊に連れていかれてもおかしくないのだが⋯⋯珍しいな」
私ならって、別に頼んでませんよ。
そしてお養父様、その言い方、あまり嬉しくありませんわ。
ついついお養父様をジト目で見ていたら、気まずそうに視線をそらした。
「いや、シアが連れ去られていいとは言ってないよ。客観的に見ての事だ」
「私は精霊にとって連れていかれやすいのですか?」
「そうだな⋯⋯その話はまた後で説明しよう」
ここで出来る話でもないみたいね。
話は人為的な瘴気の件に戻り、これからの対策、森の探索や見つけた時の対応など、詳細を決め、各々魔国と竜王国に報告をする事を確認後、セイデリア辺境伯は早々に領に転移で帰っていった。
お養父様は今の話し合いを纏めるために領主館に行き、私はお養母様と二人でお茶を楽しむこととなった。
場所はお養母様のお気に入りの庭奥のガゼボで、ここには私達二人の他、モニカとエイラだけ。
「こうやって二人でお茶をゆっくり楽しむのは久しぶりね。最近は忙しかったから」
「お養母様、お疲れですか?」
「ふふっ、大丈夫よ」
そう言ってお茶を飲む。
表面上は全く疲れを見せないのは見習わないとと思う。
「貴女に渡さないといけないものがあるの。エイラ」
「はい。アリシア様こちらを」
「これは?」
エイラは両手サイズの箱を持ってきた。
とても細工の良いもので、一目で高価な物だと分かる。
この国の細工ではなさそう⋯⋯。
これは、何処かで見たことあるような⋯⋯
ふと私の右小指に嵌めている指輪を目にすると、細工が似ている。
「お養母様、これはヴァレニウスの細工ですか?」
「そうよ」
「とても素敵なものですね」
「気に入った?」
「はい⋯⋯あの、お養母様?」
「分からないかしら? ヴァレニウスの細工で何故貴女の前に置いたのか」
それって、もしかして⋯⋯そうなのですか?
私の表情が変わったのが分かったのか「当たりよ」とお養母様に言われてしまい、何だか分からないけれど、恥ずかしくて、けど、嬉しさもあり心がふわっと暖かくなった気がした。
中身は何かしら。
「開けてみなさい」
「お養母様は中身が分かってらっしゃるのですか?」
「分からないけれど、大体予想は出来るわ」
私は言われるまま箱を開けてみる。
そこには一通の手紙が入っていた。
箱の内側には宝石が、ヴァン様の瞳と同じ色のシトリンが嵌め込まれていた。
これはただの箱ではないわね。
何かしら⋯⋯。
「何が入っていたのかしら?」
「お手紙が入っていました」
「恋文かしらね」
どうしてそちらに話をもっていくのかしら!
お養母様は中々意地悪です。
なので私はちょっと反論した。
「違うかもしれませんわ」
「あらあら、照れ隠しかしら」
「あまりからかわないでください」
「可愛いわね。アンセが知ったらきっと悲しんだり怒ったり騒がしくしそうね」
「⋯⋯お父様には黙っていてくださいませ」
お養母様には笑われてしまったけれど、何だかお父様に会うのが怖い。
お祖父様もあんな感じだったのに、どう思ってらっしゃるのだろうか。
今日はからかわれながらも沢山お話をして、お開きとなった。
部屋に戻ってから、私は箱を眺めていた。
お手紙、読みたいけれど、今読んだら団欒の時にきっとお養母様からまたからかわれそうな気がするし、それだったら夜寝る前ににゆっくりと読むのもありかな。
うん、そうしよう!
その後、団欒の時にやはりお養母様は聞いてきたので、まだ読んでませんと答えておいた。
お養父様は、複雑な表情をされていたけれど。
お部屋に戻って、就寝の準備をし、モニカは部屋を下がるときに、良い笑顔をつきで「おやすみなさいませ」と言われ、私は恥ずかしくて咄嗟に返事が出来なかった。
モニカにもからかわれてる!
私は一息ついてから、箱を開け、手紙を取り出す。
手紙を読むだけなのだけれど、とても緊張する。
とても綺麗な筆跡で、ヴァレニウス語で書かれていた。
『愛しいエスターへ
その後恙無く過ごしているか?
急な手紙に驚いているだろうが、そうそう会うこと叶わぬから手紙を送ることを許して欲しい。
エスターからの返事があれば嬉しく思う。
この手紙を入れていた箱は魔道具でな、対の箱は私の手元にある。
この箱に手紙を入れて箱を閉め蓋に触れて魔力を流せば対の、私の元に届くようになっている。
空間魔法の応用だ。
返事を待っている。
ヴァレンティーン 』
お養母様が言う恋文、ではないよね。
だけど、ヴァン様からのお手紙は素直に嬉しい。
私は早速返事を書くことにした。
『ヴァン様へ
お手紙をありがとうございます。
お手紙だけでなく、貴重な魔道具まで、とても嬉しく思います。
私は変わらず過ごしておりますが、ヴァン様は如何お過ごしですか?
御多忙かと思いますが、お身体にお気を付けてくださいませ。
エステル 』
これで、封をして箱に入れる。
蓋をし、そして魔力を流す⋯⋯。
そうすると、ふと中の手紙がなくなった感じがした。
開けてみると、やはりない。
無事にヴァン様の元に届いただろうか。
「⋯⋯」
送って何だけど、なんだか恥ずかしいわ!
今更ながらどきどきする⋯⋯。
ただの近況報告のような手紙なんだけど、それでも恥ずかしい。
平常心を保たないと、絶対明日お養母様とモニカにからかわれる⋯⋯!
そして、寝れる気配がない。
一人で悶々としているとふわっと花の香りが強くなった。
「エストレヤ?」
「当たりー! よく分かったね」
「花の香りがしたの」
「エステルは鋭いね」
「丁度良かったわ! ね、話し相手になって欲しいの」
「勿論だよ! 散歩いく?」
「それは行かないわ」
「なーんだ⋯⋯」
「ごめんね、だけど聞きたいことがあったの」
「何?」
「この間、森に初めて行ったのだけれど、その時に大樹の精霊に言われた言葉があって、それについて知りたくて⋯⋯」
「あー⋯⋯ばれちゃった?」
ばれちゃったって⋯⋯私が聞きたい事分かったの?
というか、隠してたの?
「エストレヤ、愛し子って何?」
「愛し子っていうのはね、僕達精霊に愛される存在、僕達が力を貸しても良いと思える子に与えるものだよ。エステルはアウローラ様と僕が祝福を与えた愛し子。だから、大樹の精霊はエステルを引き込むことは無理なんだよ。僕達の愛し子に手を出す精霊はいない」
「何故私なの?」
「理由いる?」
「理由というか、私エストレヤ達に気に入られるようなことしてないよね? だから不思議に思って⋯⋯あっ、嫌な訳じゃないのよ、ただ、どうしてなのかなって」
私がそう言うと、エストレヤは私に近付いてきてそっと額に触れた。
とても暖かくてほっとする。
エストレヤはちょっと考えた後、話し始めた。
「⋯⋯エステルが何故愛し子か、それは魂が綺麗だからだよ。純粋で濁ってなくて⋯⋯何の疑いもなく僕達を受け入れる。ただ、少し傷ついているのが気になるけど。今じゃなくて一つ前の時だね。だからね、僕達の力でエステルの助けになりたいんだよ。人間みたいに何か見返りを求めてるとかそう言ったものはないからね」
嘘は言ってないと思うけど、何か隠してる⋯⋯。
けど、言いたくないなら別にいいかな。
エストレヤは真剣で話した内容はともかく、彼からしたら本当の事なのだろうと思う。
私からしたらそうなの? と言いたいけれど。
「まだ質問しても良いかしら?」
「何でも聞いて!」
「ありがとう。精霊界は大丈夫なの? こっちは人為的な瘴気を発生させられてたりするけれど⋯⋯」
「フェリークは大丈夫だよ。僕達も油断は出来ないけどね。僕としては、エステルの方が心配。あいつら力あるものを狙ってるから⋯⋯だから、もし何かあったら力になるから呼んでね!」
「分かったわ。ありがとう」
「次にエステルが聞きたいこと、僕なんとなく分かるよ!」
「当ててみて?」
「レイの事でしょ?」
「当たりよ」
「レイはね、アウローラ様の茶飲み友達だよ」
茶飲み友達⋯⋯って、全く想像できません。
「昔からだね、レイが子供の頃からだから、もう五百年近く前かな」
「五百年!?」
あっ、けど魔国の方も人族と比べ物にならない程寿命がが長いのだったわ。
そういえば、ヴァン様のお年はどのくらいなのかな⋯⋯。
「エステル、なーに考えてるの?」
「大したことではないわ。それより、アウローラ様がレイフォール陛下に私の事を何か言ったの?」
「あー、それね。本当に気を付けて欲しいんだ。だからエステルを気に掛ける人が、信用できる人が沢山いればいいなって思ってね。それだけだよ」
「どうしてそこまで私を護ろうとするの?」
「言ったでしょ、エステルは僕達の愛し子だから⋯⋯さぁ、そろそろおやすみ⋯⋯」
「まって⋯⋯ま、だ⋯⋯」
まだ聞きたいことあったのに⋯⋯。
強烈な眠気に教われて、私はエストレヤによって強制的に眠らされてしまった。
ご覧いただき、ありがとうございます。
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よろしくお願い致します。





