77 王都にて
私達は領地を出発して二日後に王都に着いた。
数ヶ月振りとはいえ、王都はやはり活気が溢れている。
人通りも多く、明日から世界会議が開かれるので、それも相まっていつも以上の賑わいだ。
街はお祭り騒ぎである。
そんな街中を過ぎ、貴族街の一角にある、我が邸に着いた。
先程の街の喧騒はなく、とても静かだ。
馬車から降りると、使用人達に出迎えられる。
私はオリーをエスコートして邸の居間に行くと、侍女達がお茶を淹れ終わるのを見計らい、この邸を任せている執事のルーカスが早速面倒事を持ってきた。
「旦那様と奥様へ国王陛下と離宮の前国王陛下より書状を預かっております。此方へ着き次第直ぐにお渡しするよう言われております」
内容は想像できる。
書状を見れば、まぁ早い話が呼び出し状だな。
全く⋯⋯。
オリーをチラリと見れば、こちらも同じ内容みたいだな。
「アンセからもお父様達からと同じ内容みたいね」
「全く、こちらについた早々に直ぐに来いとは⋯⋯」
「私達が此処に着いたのは既に知っているでしょうし、行かないわけにはいかないわね」
「仕方ない。ルーカス、宮廷へ行く準備を」
「既に用意は整っておます」
「流石だな。オリーは転移で行くだろう?」
「えぇ、流石に離宮は遠いものね」
私達は着いたばかりだが、各々、宮廷、離宮へと向かった。
私が宮廷へ着くと、陛下の侍従が待ち構えていた。
別に逃げないのだが、必死だな。
侍従の案内で陛下の執務室に通されると、中には勿論陛下と側近の一人、ベリセリウス侯爵の二人だけだった。
私が部屋に入ると、侍従はお茶の準備を整え、部屋を下がる。
「王都へ着いた早々悪いな」
「悪いと思うなら呼び出さないで頂きたいですね」
「いや! 聞きたいことが山ほどあるのだ! ヴァレニウスの王太子の話しは本当なのか!?」
――やっぱりその話か⋯⋯。
「どのように言われたのです? というか、どうせ影にステラ様を見張らせているのでしょう? 既にご存じなのでは?」
アンセの事だから絶対ステラ様を護衛の名目で見張らせているでしょうに⋯⋯。
態々私を呼び出さずともいいだろう。
「ステラが彼方で落ち着いて生活出来るまで、あの小僧の一件が解決するまでは見張らせていたが、それが落ち着いてからは見張らせていない。だが、ヴァレニウスの王太子が泊まる件があったからその期間だけ再度見張らせていたが、ステラと二人でいる時は流石に影も入れなかったようでな、とても気になってるんだ。それよりもアル! 何故王太子と二人っきりにさせた?」
大分怒っているな⋯⋯。
私とて二人にさせたくてしたわけではないのだが。
はぁ⋯⋯。
「ステラ様の第三の眼の力は強力でしたので、王太子殿下にお願いした方がステラ様の為にもなるからと判断しました。これは任せて正解でしたね。我々では人に大きく干渉するなど中々に危険な行為ですが、あの方なら難なく出来ますからね」
「そこはいい。ステラの為になるならな。だが、何故翌日も二人きりにする事を了承したんだ? 翌日の事は完全に不要だろう」
「ヴァレンティーン殿下の想いが嘘偽り無いからです。勿論、私も殿下にステラ様を嫁がせたくないと言いましたよ。けど、彼らの番に対しての想いは我々が考えているよりも愛情がとても深い。それに⋯⋯」
「それに、何だ?」
「⋯⋯私が今からお話する事は、ステラ様に了承得ていませんので、ご本人にもご内密に」
私はオリーから聞いた話を陛下達にも話した⋯⋯。
話を聞いた彼らは、案の定私でも引く程のいい笑顔だった。
「ほぉ⋯⋯記憶の事であろうと魂は同じだ。なのに俺の可愛いステラにそんな事が? ふざけてるのか? 出来るなら俺の前に連れて来させて、それはもう死ぬ方が楽だと言うめに合わせてやるのにな。この世に存在しない事が残念でならん」
「あのお可愛らしいエステル殿下の記憶の出来事とはいえ、拷問しがいのある者を捕らえることが出来ないのは本当に残念ですね。試したいことが山ほどあるのに⋯⋯」
アンセは父親だから分かるが、何故エリオットまでそんなに憤ってるんだ?
というか、ステラ様に会った事があるのか?
それもだが、アンセの口調が乱れているな。
「アンセ落ち着け。口調が乱れている。いくら私達だけとはいえ、気を付けろ」
「この面子だから大目にみろよ⋯⋯」
「エリオットはステラ様にお会いしたことがあったのか?」
「会ったのは最近の話しですよ。王妃様のご出産の折り、離宮から護衛をしましたので。王妃様のお部屋での事ですが、殿下の行動はとても微笑ましくお可愛らしかったですからね」
その時のことを思い出してか、珍しく表情が緩んでいる。
「ん? 何があったんだ? 」
「先にアンセ達が中に入っていったでしょう? その時に殿下はとてもそわそわしていらっしゃって、私の服を思わずといった感じで掴んでいらっしゃいました。その時の殿下の慌てたご様子が、実に可愛らしくて、思わず笑ってしまうほどに」
――ステラ様、あれ程隙を見せないようにお伝えしたのに。
ここにも虜にされた者が⋯⋯。
「おい、エリオット! ステラはやらんぞ」
「分かっております。二人してそんなに睨まずとも。それより、話を戻しましょう」
「そうだ! アルよ、ステラの記憶とどう関係があるんだ?」
「オリーからその話を聞いたとき、今世では特に幸せになっていただきたいと強く思ったのですが、ステラ様の王女という身分で、何処に嫁ぐかによっては一夫多妻制の所もあるしでしょう。だったら、番としか婚姻しない、出来ない、浮気もしない、側にいれば必ずステラ様を守るであろうヴァレンティーン殿下に嫁ぐのが一番幸せになれるのではないだろうかと思ったからだ。これはオリーも同じ意見で、だからと言って決めるのは陛下だから、本当にステラ様を娶りたいなら陛下を説得してください、とは言いましたよ。何よりも当のステラ様が殿下に惹かれているように思います。ご本人は全く自覚しておりませんが⋯⋯」
私がそう爆弾発言をすると、案の定アンセは焦りに焦った。
「なっ、ステラが⋯⋯!? 待て待て、どうしてそうなる? あの王太子に会うのは今回が初めてだぞ。何処に惹かれる要素があるんだ!? ステラはあぁいうのが好みなのか!? どれだけ年が離れていると思ってるんだ!」
「そんな事、私が分かるわけないでしょう。だが、ステラ様自身も分かっていないようでしたので、もしかしたら意識下で惹かれているのかもしれませんね。魔力の強いものは、人族でも相手がそうであると分かる者もいると聞きましたから」
怒ったりショックを受けたり忙しいな。
まぁ気持ちは分かるが⋯⋯。
あの時、話をしていたときのステラ様の顔を見たら更にショックを受けるだろうな。
「アンセは結局のところ、ヴァレンティーン殿下には何と答えたんだ?」
「直ぐには婚約を決めるのは無理だと伝えた。ステラの状況もあるが、あの子の意志も大事だし、直接ステラから話を聞かない事にはな。何よりもヴィンスが成人して王太子と定めるまで数年ある。それまでは婚約もさせないと言ってある。こちらの理由は納得しているから良いが⋯⋯その話を聞くとヴァレニウスの王太子が固くて良いとは思うが、だがな⋯⋯後の事を考えるとそう簡単には了承できない。親としてはしたくない」
一番の心配なところはそこだな。
もし、本当にヴァレニウスに嫁ぐことになれば、大きな問題がある。
その問題にステラ様が耐えられるかどうか⋯⋯。
我々としてもあまり喜ばしいことではないからな。
アンセもそこが一番の引っ掛かりだろう。
本当に、厄介なお方に目を付けられたものだ。
その一点を除けば相手としては良いと思うのだが。
「⋯⋯はぁ、まぁアルの考えが分かったからいい。取りあえず、この件に関しては我々の内に秘めておいてくれ。アルには引き続きステラを頼む。くれぐれも! 周りの男共に注意してくれ」
「「畏まりました」」
取りあえずは収まった⋯⋯、だが、大分葛藤しているようだ。
それはそうだな。
国としては両国のより良い強固な関係が結べるが、ステラ様の事を思う親心としては⋯⋯とても複雑な相手だから。
あぁそうだ、アンセに言っておかないといけない事があった。
「陛下、許可を頂きたい事があるのですが⋯⋯」
「改まって何だ?」
「ステラ様の事ですが、セイデリア辺境伯に伝えて宜しいですか? 流石に繋がりの事を考えると伝えておいた方がいいかと」
「あぁ⋯⋯、そうだな、ユリウスにも言っておかないと後から知れば煩そうだ。それに、確かステラと同い年の息子がおったな。学園に入れば何かと頼りになるだろう。だが、伝えるのはユリウスだけだ。夫人や子供らには伝えないように」
「その様に致します」
取りあえず、許可のいる件に関してはこれくらいか。
そう言えば、ヴァレンティーン殿下はあの時何を言おうとしていたのか、王都で話すと言っていたが⋯⋯。
気にはなるが、その内あちらから接触があるだろう。
話しは終わりかな。
「陛下、話しは以上で?」
「そうだな。はぁ⋯⋯明日から頭が痛い世界会議が始まるが、何があるかわからん。アルもよくよく注意しろ」
「そのお言葉は私よりアンセに返すよ。⋯⋯陛下もお気をつけ下さいますよう」
陛下に退出の挨拶をし、部屋を下がる。
宮廷の回廊を歩いていると色んな気配がする。
世界会議が終わるまでは気が抜けないな。
「シベリウス辺境伯!」
歩いていると後ろから呼ばれたが、声の主に心当たりがあったが、無視した。
無視はしたが、とてもしつこく呼びかけてくるので振り返れば、そこには⋯⋯やはり面倒臭い相手がいた。
とても欲深く、人を見下すが、頭が非常に弱い。
どちらかいうと小悪党といった感じか。
そもそも子爵が辺境伯である私をしつこく呼び止めるなど有り得ないんだがな。
無礼にもほどかある。
「これは、リドマン子爵。ごきげんよう。考え事をしていたので気付かなかったよ」
「はぁ、はぁ。⋯⋯ごきげんよう。考え事をしながら歩くのは関心しませんな」
息切れをした小太りな、不健康な体型をしていて、まさにといった容姿をしている。
一体私に何の用なのか⋯⋯。
まぁ大体想像は付くが。
「シベリウス辺境伯はご存じか? 王女殿下が毒を受けて離宮にて静養しているとされているが、本当は離宮にいないのでは? そう言った噂が流れているみたいですが⋯⋯」
やはりか⋯⋯。
分かりやすくて笑えてくるな。
「ふむ、離宮にいなければどちらにいらっしゃるんだ?」
「それは、貴方がよくご存じなのでは? オリーヴィア殿下が貴公に嫁がれ、シベリウスにいらっしゃるのだから、姪である殿下がそちらで療養していると考える者も多いということですよ。実際はどうなのか?」
「確かに、我が愛妻は王女殿下にとっては血の繋がった伯母君。ですが、我が領は殿下が療養で過ごすには少々危険だ。その理由こそ皆分かっていると思うのだか⋯⋯。そのような場所で大切な殿下が過ごされることはないだろう。離宮の前国王陛下の元が一番安全だと考えれば分かることだ」
「確かに⋯⋯ですが、王女殿下はどちらにしても王族としては頼りなく、毒の影響が酷くて醜く、外に出せないから王宮から出たというのが貴族達のもっぱらな噂ですな。辺境にいらっしゃる伯には噂が届いてないかもしれないが」
好き放題言ってくれるな。
まぁ勘違いさせたままの方が好都合だが、ステラ様を悪く言われるのは癪に障る。
しかも醜いだと!
さて、どうしてくれようか。
私が黙っているのをいい事に、ベラベラと話す子爵にうんざりしていると、また誰か来たようだ。
この気配は⋯⋯。
「面白い話をしているな」
振り返れば、そこにはヴァレンティーン殿下がいらっしゃった。
「これは、殿下数日ぶりですね」
「あぁ、辺境伯は今日着いたのか?」
「左様です」
「で、そっちは誰だ?」
「初めてお目にかかります! リドマン子爵シモン・リドマンと申します」
「子爵ごときが王家の批判か? 随分偉そうに話していたが⋯⋯」
「王女殿下が療養されている件で噂が飛び交っているのですよ。リドマン子爵は随分と噂がお好きなようで」
「ほぅ。我がヴァレニウスと友好国であるこの国の王女が療養しているとなると心配だな。何か見舞いを贈ろう」
「きっと殿下もお喜びになられます」
失敗した⋯⋯。
殿下にステラ様に贈り物をする口実を作ってしまった。
だが、殿下がいらっしゃったから子爵も大人しくなった、というか「私はこれで失礼する」とそそくさと逃げていったな。
呆れる。
「さて、小者もいなくなった事だし。何故あんな馬鹿を放置してるんだ?」
「小者を泳がせて後ろについてる大馬鹿を釣るためですね」
「ふん? まぁいい。だが、私の前でエスターを馬鹿にするとはな」
「殿下、お腹立ちは分かりますが、殺さないで下さい。後流石にこの宮廷で殿下の呼び名にはお気をつけ下さい」
「分かっている」
思いがけず殿下とお会いしたが、何処かに行かれるのか?
「アルはこれから何処へ?」
「用が終わったので王都の邸に帰りますよ」
『三日後の夜は空いているか?』
『予定はないですね』
『なら、夜にお前の邸に行くから空けておけ』
『畏まりました』
「ではな」
用件だけを言って颯爽と歩いていく。
私と殿下が話していても不思議には思われないが、長話しすぎるのは良くないからな。誰が何処で何を聞いてるかわかはない。
宮廷とはそんなところだ。
さて、今度こそ邸に帰れるな。
私は馬車に乗り、宮廷を後にした。
ご覧いただきありがとうございます。
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よろしくお願い致します。





