72 制御訓練
翌日の早朝、私は準備を整えてモニカを伴い玄関ホールへと行くと、お養父様とお養母様がいらっしゃった。
「おはようございます。お養父様、お養母様」
「おはよう」
「おはよう、シア。よく眠れたかしら?」
「はい。ぐっすり寝れました。それより、どうしたのですか?」
「見送りだよ。殿下が一緒とはいえ、気を付けて行ってきなさい」
「何処まで行くのですか?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
お養父様にお聞きしてたら後ろから声がしたので振り向くと、殿下とラインハルト様が側にいらっしゃった。
「殿下、ラインハルト様。おはようございます」
「おはよう、アーシェ」
「おはようございます、シベリウス嬢」
お養父様と話しをしていると殿下とラインハルト様がいらっしゃったので、お二人にも挨拶をして、揃ったところで外へと出ると、馬車で行くのかと思ったのだけれど、違うみたい。
そういえば、きちんと詳細を聞いていないわ。
私が不思議に思っていたのだけれど、その間にお養父様達と殿下は挨拶と何か釘を刺しているような話が聞こえる。
ひやっとした表情で話をしているお養父様はちょっと怖い。
内容までは聞き取れなかったけれど⋯⋯。
「待たせたな、アーシェ」
そう殿下に声をかけられると、抱き上げられた。
もう段々とこれに慣れてきてしまった自分がいる。
「どうやって、何処に行くのでしょうか?」
「気になるだろうが、着いてからのお楽しみだ。アーシェなら喜んでくれるだろう。では行ってくる」
「くれぐれも! 娘をよろしくお願い致します」
「あぁ、ではな」
お養父様と殿下の温度差を感じたけれと、殿下はあっさりと転移した。
着いた先は、別邸の庭先で飛竜達がいた。
私達が飛竜に近づくと、一人の男性が此方に気付き、駆け寄ってきた。
「おはようございます。殿下。準備は整っております」
「おはよう、早くから悪いな」
「いえ、そちらが?」
「あぁ、アリシアだ。アーシェ、こいつは侍従のイザークだ。覚えておいてやってくれ」
「このような格好で失礼致します。アリシアです。よろしくお願い致します」
「ご丁寧な挨拶を頂き恐縮です。イザークと申します。以後お見知り置きを」
「では、後を頼むぞ」
「御意。行ってらっしゃいませ」
あれ? 私達二人だけ?
疑問を口にするよりも、殿下は私を抱えたまま飛竜に乗ったので、私は驚き、だけど飛竜に乗れた事に感動して聞くのを忘れてしまった。
「アーシェ、目的地には飛竜で向かう。行くぞ」
「はい!」
その瞬間、ぶわっと浮遊感に襲われた。
飛んだのだから当たり前なのだけれど、一気に大空に舞い上がる。
空気抵抗が凄いかと思ったけれど、それは殿下のお陰で大丈夫だった。
「アーシェ、怖くはないか?」
「全然! 凄いです! 邸があんなに小さい。街も小さくて可愛いですわ! 空からの景色って素晴らしいですね!」
「ふっ、怖がるどころかここまで喜ぶとはな。飛竜で来て正解だな」
「あっ、殿下、お聞きしても宜しいですか?」
「何だ?」
「あの、今日は私達二人だけなのですか? 後から誰か来るのですか?」
「いや、私とアーシェの二人だけだ」
「えっ!」
「私と二人は嫌か?」
「あの、嫌とかそう言った問題ではないような⋯⋯」
「嫌でなければ問題ない。他の者がいても邪魔だしな」
邪魔ではないと思います。
景色は変わり、あっという間に森の上空まで来ていた。
そういえば、目的地って何処なんだろう?
森の上を暫く跳ぶと、不思議な空間? というか、不思議な気配がする一角があり、森なのに、殿下はそこへ向けて降下する。
木々にぶつかる! と目を瞑り思ったけれど、そう言った衝撃はなく、恐る恐る目を開けると、そこには広大な湖が広がり、あの森の中とは思えないほど澄みわたっている。
ここだけ空間が違う?
精霊界のような感じかしら。
不思議に思っていると、殿下は飛竜を着地させた。
私は殿下に抱えられて地面に降り立つ。
「身体は痛くないか?」
「大丈夫ですわ。ありがとうございます。ここは?」
「ここは霧の森の一角にある通称“神秘の湖”。そのままな気がするが、古い歴史から名付けられている。そしてこの地は誰も彼もが入ることはできない。訪れることの出来る者は限られているし、ここに魔物が入ることも出来ない、言わば聖域だな」
「そうですのね」
確かに森の異質さとは違ってここの空間が静謐としている。
自分自身もとても心穏やかになる、そんな空間だ。
「さて、早速だが制御の訓練から行う。まずは私がアーシェに干渉して外から制御を行うから、その感覚を覚えてみなさい」
「分かりましたわ、殿下、改めてよろしくお願いします」
「あぁ、その前にアーシェにお願いがあるのだが⋯⋯」
「私にですか?」
「あぁ、殿下というのは無しだ。私の事はヴァンと呼んで欲しい。親しいものはヴァレンと呼ぶが、ヴァンとは誰も呼ばない。アーシェにだけ呼んでほしい」
「ですが⋯⋯」
訓練前に訓練よりもとても難関な問題が出てきてしまった。
流石に殿下本人の希望とはいえ、私の時ならいざ知らず、私では不敬⋯⋯。
殿下は真っ直ぐで、真剣な目を向けている。
だけど、私が何を言ってもきっと聞いてはくれなさそう。
「アーシェ、私の願いは聞き届けてはくれないのか?」
「流石に人前では⋯⋯不敬だと思われてしまいますわ」
「アーシェが私をそう呼ぶのは不敬ではない。私が良いと言っている」
「では、今だけヴァン様と呼ばせていただきます」
「今だけでなくこれからも呼んで欲しいが、今はそれで良しとしよう」
私はその言葉を聞いてほっとした。
「では、始めるとしよう」
「はい、よろしくお願い致します」
殿下⋯⋯いえヴァン様からの訓練は簡単なようで難しかった。
目を閉じるよう言われたので目を閉じる。
私の目が閉じたのを確認し、ヴァン様はご自分の指で私の眉間にトンっと触れると、私の第三の眼への干渉を始めた。
言い知れぬ悪寒が身体を走り、振り払いたい衝動に駆られたけれど「じっとしてなさい」という指示なので、意識的に耐える。
ヴァン様の干渉で私の力が段々と閉じていくのが分かる。
そして、静に私の力が完全に閉じたのが感覚で分かった。
暫くその感覚を身体に覚えさせ、次は開いていく。
開くときもヴァン様が開いてくれる。
私は干渉されている不快感を封じ込め、開いていく感覚だけに意識を集中させる。
ゆっくりと閉め、ゆっくりと開けていく感覚を覚える。
今までは無理に閉じようとしたり、魔力で囲うような感じで試していたけれど、どちらかと言うと、第三の眼の力だけをすぅっと小さく、逆に大きくするイメージ。
開ききると、ヴァン様の手が離れた。
私は目を開ける。
「感覚は掴めたか?」
「何となくですが⋯⋯一度試してみてもよろしいでしょうか?」
「勿論だ」
「ありがとうございます」
私は許可を貰ったので、先ほどと同じく目を閉じる。
そして、同じ感覚で小さく、小さくするイメージで進めてみると、少しずつ小さくなった!
私は小さくなった力をもっと小さくしていき、閉じてみた。
そして一度その状態で目を開け、ヴァン様を見ると、とても驚いた表情をしながらも誉めていただいた。
「一回で出来るようになるとはな⋯⋯。アーシェ、しばらく閉じたままで、私が解放と言えば全開まで開きなさい」
「はい」
私はヴァン様に言われた通り集中して閉じていた、のだけれど⋯⋯。
「⋯⋯ところで、昨日のアーシェの口付けは嬉しかったな」
なっ!?
何で今それを蒸し返すのですか!?
はっ、ダメ、集中しなきゃ力が開いちゃう⋯⋯!
「アーシェ?」
「⋯⋯はい? あの、何故今その話を?」
「いや、本当に嬉しかったからそれを伝えたかったのだ」
今言うのは反則です!
集中力が切れてしまいます!
あれ、もしかして⋯⋯、それが狙いかしら。
「アーシェの装いが可愛らしく、⋯⋯抱き心地も良かったな」
言い方!
ヴァン様を見ると、ちょっと意地悪なお顔をされていた!
からかわれているの!?
「ヴァン様! 誉めていただき嬉しく思いますが、そんな恥ずかしいこと言わないでください⋯⋯!」
危ない、色んな意味で危ないです!
集中力が切れちゃう⋯⋯!
「ほう、少し危なかったが維持出来ているな。その調子だ。では、全開まで開いてみなさい。開いたら今度は半分だけ閉じてみろ」
「⋯⋯分かりました」
私はヴァン様に言われた通りにする。
力を解放し、半分閉じる。
ふぅ。
「ちゃんと出来ているな。アーシェは飲み込みが早い。それらを無意識に出来るようになれば尚良い」
「無意識に、ですか」
「そうだ。アーシェなら、普段少しだけ力を解放しておき、異変を感じた時に少しずつ解放すれば何事か分かるだろうし、体調が悪くなることも、倒れることもなくなる。そして、この力は異変を察知するだけでなく、戦闘を行うときにも役立つ。特に魔物と戦う時にはな」
「この力は色んな使い方があるのですね」
「そうだな。だが気を付けなさい。力があると言うことは良い事ばかりじゃない。使い方一つ間違えればそれは脅威となり、畏怖の対象だ。力に溺れないようにな」
「はい、肝に銘じます」
ヴァン様の言葉をしっかりと聞き、頷く。
勿論力の制御は忘れずに。
無意識にというのが難しくはあるけれど、最初より上手く出来ているような気はする。
だけど、ヴァン様は時々私が動揺しそうな事を言ってくるので、気が抜けない。
だけど、それも続くと力の制御も慣れてくる。
今度はヴァン様に言われず、私の意思だけで動かしてみるが、それも最初の頃よりうんとスムーズに出来るようになった。
「そこまで出来るようになれば良いだろう。少し休憩を挟もう」
「はい」
ヴァン様はそう言うと、何もない空間からバスケットを取り出した。
これって⋯⋯。
「ヴァン様、今のは? もしかして空間収納ですか?」
「そうだ。よく分かったな」
「凄いです! 使えるようになればとても便利ですわね」
「アーシェも出来るようになるぞ。後で覚えるか?」
「よろしいのですか!? 是非お願い致します!」
私は空間収納を覚えられることに興奮してしまった。
ヴァン様がバスケットからお茶のセットとクッキーの乗ったお皿が出てきた。
ヴァン様がお茶を淹れようとしたので、私は慌てて代わろうとしたのだけれど、代わって貰えなかった。
「どうぞ」
「恐縮です。いただきます」
ヴァン様に淹れていただいたお茶を一口飲む。
あっ⋯⋯美味しい!
けど、これはシベリウスでは飲んだことがない。
「これは、ヴァレニウスのお茶でしょうか?」
「そうだ。口に合うか?」
「はい、とても美味しいです。香りがとてもいいですし、甘めでとても飲みやすいです」
「ならよかった。これも食べるが良い」
「ありがとうございます」
私は暫くクッキーとお茶を楽しんだ。
景色がとても良いので、落ち着く。
視線を感じてちらっと隣を見上げると、ヴァン様が私を優しい目で見ていた。
「そんなに見られると恥ずかしいのですが⋯⋯」
「アーシェが可愛いからな、ずっと見ていたい」
「そんな⋯⋯、モニカ達の腕が良いから可愛くなっているのです」
「関係ないな、アーシェは元から可愛いぞ」
そんなこと言うのは親の目は贔屓目だと思っていたのだけれど、ヴァン様に誉められたら何故か分からないけど素直に聞いてしまいそうになる。
だけど、ほんとにモニカ達のお陰で可愛くして貰っているので、なんだか申し訳なくなる。
「アーシェ? どうした?」
「いえ、何でもありません」
「休憩中も何なく制御できているな。まだ時間もあるし、空間魔法を教えよう」
「はい! よろしくお願い致します」
やった! 空間魔法!
まず、空間魔法の仕組みを教えて貰う。
これは大きく分けた属性とはまた異なるとの事で、基本属性に関係なく使えるそうだ。
適正があれば、だが⋯⋯。
空間収納を創る前に、ヴァン様に一つの指輪を頂いた。
魔道具のようで、着ける本人の指の大きさに関係なく着けられるようで、小指に通すとすっと小さくなった。
台座にはシトリンが付いていた。
まずは空間魔法の仕組みを理解した上で、空間収納を想造し魔力を乗せる。
魔力を乗せると、作成出来たか感じると、それをそのまま、ヴァン様に頂いた指輪の宝石に込める。
すぅっと消えた感覚を感じると、手を離す。
一応これで終了なのだけれど、きちんと出来ているか確認するために、空のバスケットを自分が想造した空間収納へ収めてみると⋯⋯ちゃんと収まったのが感覚で分かる!
そして、今度は収納先からこちらに出してみると、出来た!
ヴァン様も私がきちんと出来た事に誉めていただき、嬉しい。
「アーシェ、良く出来たな。まさか一度で出来るようになるとは⋯⋯教えがいがあるな」
「ヴァン様の説明がとても分かりやすいのです。それと、この指輪をありがとうございます」
「いや、アーシェならすぐに覚えそうだったから用意しておいて正解だったな。空間魔法が出来るなら、その内転移も出来るようになるぞ」
「本当ですか!」
「あぁ、さすがにもう時間もないからな。知りたければアルノルドに聞くと良い。あれも使える」
「お養父様も使えるのですか? 知りませんでした」
お養父様って何気に凄い人なのですね。
今度聞いてみましょう。
早朝からこちらに来ていたのだけれど、気付けばもうお昼前になっていた。
ヴァン様はお昼も用意してきたと話し、空間収納から昼食を出して準備する。
ヴァン様は手慣れていて、私がお手伝いする暇もなかった。
手軽に食べれるようにと、色んな種類のサンドイッチが入っていた。
お茶の準備も終わったところで、いただく。
少し前にクッキーを食べたのだけど、集中したり、魔力や頭を使ったのでお腹は空いていて、思ったよりもお腹が空いていたみたい。
ヴァン様とは他愛ない話しにヴァレニウスの事を教えて貰い、とても有意義な時間となった。
お昼も食べ終わり休憩をしていると、ヴァン様から「話がある」と言われた。
お会いして間もない私にどんなお話なのだろう。
ヴァン様を見ると、真っ直ぐに私を見ていて、真面目なお話なのだろうか。
全く想像もつかないけれど、私はきちんとお話を聞く態勢をとった。
ご覧いただき、ありがとうございます。
次話も楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願い致します。





