71 殿下とお養父様の一戦
少し時間が経ち、お養父様達が応接室に現れた。
初めて見るお養父様の騎士の姿に思わず「格好いい」と声に出して呟いていたようで、お養父様は聞き逃さずに私に微笑みかけてきた。
「ありがとう。お養父様を応援してくれるかな」
「勿論ですわ。お養父様、頑張ってくださいませ」
「待て、アーシェは私の応援はしてくれないのか?」
「娘としてはお養父様の応援をしたく思いますが、殿下の勇姿も楽しみにしております」
私がそう言うと、殿下は少し残念そうな表情を見せながらも、その目はとても力強かった。
「娘として父を応援するのは当然のことだな。だが、アーシェが私の勇姿を楽しみにしているなら、期待に応えるとしよう。アルが相手なら遠慮はいらないだろう」
遠慮はいらないって、それはそれで怖いのでやり過ぎないようにはして欲しいかなと⋯⋯。
既にお養父様と殿下は睨みあっていた。
もう何かが始まっているのか、二人共真剣だ。
だけど、何だか違う意味で争ってるような⋯⋯お養父様が「娘に良いところを見せるのは私だ」とか言ってるし、殿下も何故か反論している。
いい大人がこれで良いのかしら?
お養母様は止めることなく、何か含み笑いをしているけれど、一体何を企んでいらっしゃるのでしょう?
これ以上二人を煽るようなことは止めて欲しいです。
お養母様の事だから分からないわね。
面倒臭いことにならなければいいのだけれど。
そんなじゃれあいをしていたら、直ぐに時間が来たのでお養母様達と貴賓席に戻り、お養父様達は会場へと向かう。
お養父様達が試合をするので、ここからは辺境伯夫人である、お養母様が仕切るみたい。
お養父様と殿下が会場に姿を表すと、大歓声が響いた!
そして何故か会場内に人が等間隔で囲うように並んでいる⋯⋯。
あれってもしかして⋯⋯、私達が被害を受けないようにとの策かしら?
さっきよりもそんなに激しいのかしら?
お養父様達が向かい合うと、お養母様の挨拶が始まる。
「只今より、ヴァレニウス竜王国王太子、ヴァレンティーン殿下とシベリウス辺境伯、アルノルド閣下の試合を始めます。尚、御二人方の試合は激しいので、被害を被らないよう、内に魔法師を配置しています。そして⋯⋯」
ん? そして⋯⋯って何?
お養父様と殿下も不思議そうな表情で此方を見ています。
「そして⋯⋯勝利した方には、シベリウス辺境伯家の姫、アリシアから勝利者の額へ祝福のキスが贈られます!」
――はぁ!? 何言ってるの、お養母様!! どうしてそんな事言っちゃうの!?
「お養母様! 待ってください!!」
「今は私が取り仕切っているのです。貴女に拒否する権利はありません。黙りなさい」
酷い!
公開処刑じゃないですか!
こんな大勢の前で恥ずかしすぎる!
絶対嫌よ!!
私は嫌すぎるのだけれど、下のお二人は目を爛々と輝かせて「「よく言った!」」とこんな時だけ仲よくハモってるし!
私は了承していないわ!
「レオンお兄様! 助けてください!」
「ごめん。シア⋯⋯助けてあげたいけれど、あぁなった母上や父上達は止められない。だから⋯⋯がんばれ」
――お兄様に見放された!!
「サムエル、 助けて!」
「流石に今回はお助けできません。お諦めください」
護衛騎士にも見捨てられた!
酷すぎる⋯⋯。
私は顔を両手で覆ってうちひしがれた。
もう、お養父様も殿下もどちらも応援なんてしないわ!
相討ちで終わればいいのよ!
そしたらキスする必要なんてないもの!
「シア、二人を応援してあげたら?」
「嫌ですわ。相討ちを望みます」
「そんなに嫌なの? 額にキスするだけよ?」
「嫌ですわ! こんなに大勢の中でなんて、恥ずかしすぎます⋯⋯」
「何言ってるのよ。そんなことで恥ずかしがってたら、先が思いやられるわね」
それって私が王宮に戻ったらの話ですよね!
だけど、こんな事そうそう無いでしょう?
王宮に戻れば尚更よね。
何より今は王宮ではないし、あんなに格好いいお二人のどちらかにキスなんて顔から火が出るわ!
それが額でもね!
記憶の中でもそんなキスなんてしたことないのに!
私が心の中で悪態をついていると、私の事は無視で試合が始まろうとしていた。
キスは嫌だけど、試合を観ないわけにはいかない。
こんな試合を観れるなんてそう無い事だもの。
それとこれとは別として、会場を見る。
お二人は静かに開始の合図を待つ。
その静けさに会場も静まり返っていた。
審判は団長自ら行うようだ。
その団長も少し緊張のはらんだ声で「始め!」と号令をしたとたん、二人は鋭く剣を抜き、交じりあう。
その鋭さと冷たい殺気と剣圧に会場全体が息を飲む。
その後、何度も剣を交え、魔法を放ち合う。
展開が早くて追うのが大変で、魔法の使うタイミングや剣を叩き込む瞬間までもが見放せない。
今までとは次元が違う。
二人は真剣ながらもどこか楽しそうにしていた。
お養父様は鋭い魔法を放ちながら、殿下の隙を付くが、殿下は全く意に返さず、反撃する。
お養父様も悔しがることもなく、冷静に対処していく。
が、ここで鋭い攻撃に転じた。
お養父様は殿下の足元から逆氷柱を出現させた。
殿下は上に跳躍する。
それをも見逃さず、お養父様は追撃に出る!
水魔法を使って殿下の元へと辿り着き、剣に稲妻を纏わせ強烈な一閃を放つ!
殿下はそれを受け、バランスを崩し、地面へ落ちていく。
が、氷柱をうまく利用し、難なく着地すると、今度は殿下が攻撃を仕掛ける!
――あれは、闇魔法かしら?
闇魔法と火の合わせ技かと思われる攻撃を繰り出す。
等間隔で闇魔法と思われる穴をいくつも出現させたと思ったら、その穴を使って炎玉がお義父様を襲う。
しかも、避けたら後ろの穴に入りまた死角から出てくる仕組み。
ブラックホールみたいな感じかしら⋯⋯
だが、お養父様はそれを防いだり避けながら、殿下に攻撃を仕掛けている。
どちらも一歩も引かず、だが、ややお養父様の方が息が上がり始めている。
流石にあのえげつない攻撃は堪えるようだ。
それでも、殿下への攻撃を止めることなく、その目は鋭いままだ。
殿下は殿下で埒が明かないと思ったのか闇魔法を消し去り、真っ向勝負に出た!
お養父様もまたそれを正面から向かえる。
何度か激しい打ち合いが続いたかと思ったら、勝負は一瞬だった⋯⋯。
お互いの首筋に突きつけた状態で止まった。
相討ち⋯⋯。
「はぁ。参った。私の敗けだ」
――えっ? どういうこと? お養父様の敗け⋯⋯?
「アリシア様、閣下の後ろを観てください」
お養父様の後ろ?
サムエルに言われるがままに視線を向けると、お養父様の心臓に背中側から氷の刃が突きつけられていた。
「勝者、ヴァレンティーン殿下!!」
勝者が言い渡されると、割れんばかりの大歓声が響いた。
「ラインハルト様、シアを会場へお願いしても?」
「畏まりました」
私は歓声が鳴り響いているなか、何故ここにいるのか、エーヴェにドレスを整えられ、更にボンネットから花冠に変更され、後ろには透ける大きめのリボンがなびいている。
そして簡単に髪型と化粧も直されて、完成。
私の準備が整ったら、お養母様とラインハルト様が近づいてきた。
「とても可愛いわ。アリシア、分かっていますね?」
有無を言わさぬように素早く整えられ、流石この大勢の中宣言した後に撤回など出来ない。
だからさいしょから覚悟はしていたので、素直に首肯く。
「はい、お養母様。ラインハルト様、よろしくお願い致します」
「会場までお供させていただきます」
そう言うと、転移で会場に移動していた。
ラインハルト様に護衛されながら、会場のお養父様と殿下のもとへ向かう。
勿論、シベリウス家の者として恥ずかしくないように、堂々と御二人の元へ赴くと、先程までの喧騒が嘘のように静かになる。
「ヴァレンティーン殿下、本日はヴァレニウスの騎士様方とシベリウスの騎士達との交流戦に快く賛同、ご参加頂き、感謝致します。そして、殿下と辺境伯閣下との御二人の素晴らしい試合を観戦することが出来、皆を代表して御礼申し上げます」
カーテシーと共にお礼を伝える。
私が礼をすると、観戦者達も同様に頭を下げる。
「僭越ながら、私から殿下へ、勝利者へ口付けを贈りたく思いますが受けていただけますか?」
「無論。我が勝利の女神からの祝福を受けよう」
殿下はそう言うと、私の前に跪ずき、頭を下げる。
私はそっと殿下の頬に手を添えて、額に口付けを贈る。
そうすると、また割れんばかりな拍手が鳴り響いた。
私が殿下から離れると、殿下は私を抱き上げ、観戦者に応えた。
お養父様も流石に嫌な顔せず、私達に近づいてき声をかけてきた。
「シア、堂々としていてよかったよ。流石だ、お疲れ様」
「お養父様、ありがとうございます。それより、お怪我はありませんか?」
「あぁ、心配するような怪我はないよ。ありがとう」
「殿下も大丈夫ですか?」
「私の心配もしてくれるのか?」
「勿論ですわ」
「私も問題ない」
「良かったですわ 」
私達はある程度その場に留まったが、ある程度でラインハルト様の転移で貴賓席に戻ってきた。
「シア、流石よ! よくやったわね」
「お養母様、あのような課題を出さないでください」
「あら? よく勉強の一貫だと分かったわね」
「それくらい察すること出来ますわ」
「あーんなに嫌がってたのに⋯⋯」
「それは! こんな大観衆の中、額に口付けなんて恥ずかしいのは恥ずかしいのです!」
「その割りにはちゃんと堂々としていたわね」
「当たり前です。お養父様とお養母様、それに殿下に恥をかかせる訳にはいきませんもの」
「シアはちゃんと解っているわね」
「私そこまで愚かではありませんわ」
私はお養母様と話をしながら、会場へ目を向ける。
お養父様が本日の締め括りの挨拶をして、今日の試合は全て終了となった。
会場の人達が引くまで、私達は応接間に移動した。
そこで、今日の試合の事を話していた。
主に、殿下とお養父様の試合についてだ。
二人の試合の事に関しては話したいことがつきない。
暫く話をしていると、侍従が呼びにきたので、私達は馬車へと向かった。
今朝話していた通り、帰りは殿下の馬車に同乗する。
私が馬車に乗るとき、殿下がエスコートしてくださった。
そして、殿下とラインハルト様が乗ると動き出す。
「アーシェ、今朝話していた明日の事だが、早朝から私と共に出掛けるぞ」
「早朝から⋯⋯ですか?」
「そうだ。目的はアーシェの第三の眼の制御の件だ。私自ら教えると、アルノルドと約束したからな」
「殿下自ら、ですか? ですがこちらでのご予定は宜しいのですか?」
「アリシア様、それならば問題ありませんよ。明日の午前中の予定は最初から在りませんので、その時間帯をどう使おうと、殿下のご自由ですから」
「そういうことだ」
「それでしたら、よろしくお願い致します」
「あぁ。アーシェの力は強いからな、難しいだろう?」
「そうですね、とても難しくて⋯⋯制御できていません」
こればっかりは、本当にこれっぽっちも上手く出来ていなかった。
全く出来ず、落ち込みそうになるくらい。
頬に何かふれ顔をあげると、殿下が私の頬に触れていた。
なんで?
「アーシェ、落ち込むことはない。お前なら出来る」
「殿下、あの⋯⋯、手を離してくださいませ。落ち着きませんわ」
「嫌だといったら? アーシェの頬は触り心地がいいな」
私の顔、絶対赤いと思うわ!
居心地悪いです⋯⋯。
ラインハルト様も笑ってないで止めてください!
「私で遊ばないでください」
「遊んでいるつもりはない。ふっ、アーシェは可愛いな」
――もうほんとに私で遊ばないで!
「ラインハルト様も笑ってないで殿下を止めてくださいませ」
『申し訳ありませんが、グランフェルトの言葉が解りません』
『そんな解りやすい嘘を付かないでくださいませ』
ラインハルト様が急にヴァレニウス語を使ってきたので、思わず私もヴァレニウス語で返すと、お二人は驚いていた。
『アーシェは、ヴァレニウス語を話せたのか?』
『勿論ですわ。一番の友好国の言語を一番に習うのですもの。話せます』
『優秀ですね。驚きました』
お二人は私がヴァレニウス語を話せないと思っていたようだ。
それからは私がどれだけ語学が堪能かのお披露目会となり、中々難しい話をしていると、いつの間にか屋敷に着いていた。
話が白熱して気付かなくて、お養父様に外から声をかけられるまで続いた。
一度部屋に戻り軽く汗を流して着替えをする。
モニカにお茶を淹れて貰い、一息つくとほっとした。
今日は夕食に殿下も一緒に取ることになっているので、まだまだ緊張は解けないのだけれど。
取りあえずほっと出来たことに安心した。
その後の夕食では、殿下がお養父様に私がヴァレニウス語で馬車の中で話をしていた内容をお話しされていた。
私は大人しく聞いていたのだけれど、時々話を振られるので気は抜けない。
夕食後は何故か殿下も団欒の間に来た。
「殿下、お疲れでしょうからお休みになられてはいかがです?」
「疲れてないぞ。そういうアルノルドの方こそ疲れてるのでは?」
「はいはい。お二人共、言い争ってないでお座りになったら? 」
お養母様の言葉で大人しく座るお養父様と殿下。
お茶の準備が終わり、私はお茶を頂く。
カモミールティに蜂蜜を淹れて、甘めにする。
「レオン、シア。今日の試合を観てどうだった?」
「騎士達と父上達の実力の差がありすぎて⋯⋯ただ、普段今日のように実力を出しているところを見ることがないので、実戦だとこういう感じなのかと、後は剣捌きや魔法を放つ機をよく見る事等、とても勉強になりました」
「シアはどうだ?」
「私もです。後は魔法の使い方ですね。殿下の使っていたのは闇魔法ですよね? けど、それだけではないような⋯⋯」
「よく解ったな。あれは、闇魔法と空間魔法の組合せだな」
「お養父様も剣に雷を纏わせてましたよね?」
「私のあれは応用だな。レオンもシアも訓練次第で出来るようになるよ」
「取得出来るように頑張ります!」
「私も使ってみたいので、頑張りますわ!」
私達のやる気を見て、微笑ましく見る大人達。
試合の事は話がつきないけれど、私も殿下も明日は早朝から出掛けるので、早めにお開きとなった。
部屋に戻り就寝の準備をして、モニカ達は下がる。
今日もとても濃い一日だったわ。
一番はお養父様と殿下の試合の凄さには圧倒されっぱなしで、だけど、終わってみれば、そこまで疲れを見せていなくて、程々で終わったということかしら?
それよりも!
「アステール。昼間はあっさり私を見捨てたわね」
「いえ、あの件に関しましては、姫様もきちんと王姉殿下の趣旨を解っていらっしゃったので、助けることは出来ませんよ」
「勿論分かっていたわ! けど、言葉だけでよくない?」
「⋯⋯そこですか」
「姫様は意外に潔癖ですか?」
「ノヴルーノ。潔癖とかではなく、あれって必要なの?」
「民衆に向けての一種の演技ですね。民衆は、ああ言った催しを好む傾向にあります。それを提供するのもまた、貴族の役目と言えるでしょう」
「真面目な返答をありがとう」
「ですが、姫様は堂々として、貴族、というよりもきちんと王族としての威厳と柔らかさを兼ね備えておりましたので、影としては鼻が高いです」
「それは⋯⋯、ありがとう」
何だか誉められてはぐらかされたような気もしなくはないけれど。
明日に備えて寝ることにしましょう。
明日もまた緊張の半日になりそうだから⋯⋯。
ご覧いただき、ありがとうございます。
ブクマも嬉しく、励みになります。
次話も楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願い致します。