68 来訪
王太子殿下がいらっしゃる日の早朝に私は起こされた。
何故こんなに早くと疑問に思う。
疑問だらけだけども、モニカ達の鬼気迫る迫力に負け、されるがままになっている。
私、まだ五歳の子供だからそこまでする事ないと思うのですけど⋯⋯。
心に思うだけで口に出しては言えない。
三人共にとても真剣だから。
朝から入浴とマッサージにと手の込んだ準備がなされていく。
勿論きちんと朝食はいただいたわ。
その後も入念にお手入れをされて、髪をハーフアップに可愛らしく結い上げる。
出迎えるときに着用するドレスは昼食を食べ終わった後に、軽く化粧もするとの事。
昼食は自室でいただき、最終確認と軽く化粧を、そしてドレスに着替えて完成!
はぁ、長かったわ⋯⋯。
五歳でこれなら成長して王宮に戻ったらどうなるのかしら⋯⋯。
それが怖いわ。
そんな私の気持ちをよそにモニカ達は楽しそうだ。
「シア様、とってもお可愛らしいですわ!」
「本当に! お可愛らしくて皆様びっくりされますわ!」
「シア様、こちら鏡ですよ。いかがでしょう?」
わぁ! すごい。私じゃないみたい⋯⋯。
モニカ達ってやっぱり凄いわ。
「皆ありがとう。別人みたい」
「⋯⋯シア様、そろそろご自分の容姿に自信を持っていただきたいです。自信を持つというか、ご自覚頂きたく」
「モニカ達の腕がいいから私もこんなに可愛くなれるのではないの?」
「まだまだ先は長そうですね⋯⋯」
モニカと話をしていると、お養母様がいらっしゃった。
「まぁ! とっても可愛いわ」
「ありがとうございます。お養母様もとっても綺麗ですわ」
今日の装いは、お養母様とデザインを合わせて、袖とスカート部分に刺繍をいれ、ハイウエストに、落ち着いた色合いの大きめのリボンを、お養母様はお花を上品にあしらった大人可愛い物になっている。
「アル達が待っているから行きましょうか」
「はい」
お養母様と一緒に居間に向かうと、いつも以上に格好良く決めたお養父様と、何時もとは雰囲気の違うお兄様とアレクも一緒に待っていた。
お養父様達だけでなく、イクセル様も一緒だった。
私とお養母様が部屋に入ると、お二人に可愛いと沢山誉めてくれた。
私のことはさて置き、お養父様とお養母様、お二人共美形で、お兄様もお二人の遺伝子引き継いでるから整っているし、目の保養。
アレクはまだちっさくて可愛らしくて、だけど今の状況がよく分かってないのかキョトンとしている。
その姿に癒される!
「シア、そんなきらきらした目で見てるとアレク引いちゃうよ?」
「だって! とっても可愛らしいんですもの!」
「気持ちは分かるよ。ぎゅっとしたくなるよね」
「こらこら、お前達。やり過ぎてアレクを泣かすなよ」
「そんなことしませんわ」
レオンお兄様と二人でアレクの可愛さに悶えていると、お養父様に注意されてしまった。
確かに殿下をお迎えする前にアレクが泣いてしまったら大変だものね。
「だが、シアは可愛すぎて殿下の前に出したくないな」
「お養父様?」
急に真剣な顔をして何を言い出すのだろうと分からずにお養父様のお顔を見返す。
「やっぱり部屋にいた方がいいかな?」
「アル、そんな親バカな事言わないの! 逆よ、こんなに可愛いのだから見せびらかさなきゃ!」
「えっと、そこまでしなくてもいいと思います⋯⋯恥ずかしいです」
「シアは何で自分の容姿に自信ないの? 可愛すぎて心配だよ」
「私の周りにはとても整った方が沢山いらっしゃるもの。そんな中にいて、私は普通でしょう?」
「シア⋯⋯美的感覚ずれてるぞ。この先心配だな。五年後の入学までにその考えを変えないと⋯⋯」
何を言い出すかと思えば⋯⋯私の美的感覚はズレてないと思うけど?
「おかしいのはシアが自分の事を全く分かってないところだよ」
そこまで言われてしまうの?
自分では分からないわ。
「はぁ。この議論は取りあえず保留だ⋯⋯そろそろ時間だな。行こうか」
「えぇ」
お養父様はお養母様を、お兄様が私をエスコートして玄関ホールを出る。
飛竜に乗って邸の東側にある別邸に降り立ち、部下の方々はそちらに泊まり、王太子と側近のお一人が此方に泊まるとのことで、此方にやってくるのは馬車で来られる。
飛竜でここまで来れないからね。
けど、本では読んだけれど、実際見ること出来るのかな。
折角近くまで来るなら見てみたいなぁ。
そんな事を思っていると、此方に向かってくる馬車と護衛の方々の姿が見えた。
わぁ! 皆様背が高い!
ちょっと緊張してきたわ。
馬車が着き、中からまず側近の方が下りてきて、その後に王太子殿下が下りてこられた。
殿下は長い勝色の髪に輝くような金色の切れ長の瞳をした、見た目はお養父様よりも若く、ちょっとミステリアスな感じ。甘い系ではなく、落ち着いた感じだ。
何だろう、少しドキドキする。
心臓がやけにうるさい。
そんなに緊張しているのかしら。
私は周りに分からないくらいに小さく呼吸を整える。
「ようこそいらっしゃいました。ヴァレンティーン殿下」
「アルノルド、久しぶりだな。歓迎痛み入る。滞在中は宜しく頼む」
「畏まりました」
「夫人もご無沙だな。相変わらず美しい」
「殿下、ご無沙汰をしておりますわ。ですけど、それは嫌みにしか聞こえなくてよ」
「ふっ、それは失礼を」
お養母様と殿下は気安げにお話しをしている。
お養母様も元王女ですからよくご存じなのでしょう。
「殿下、子供達をご紹介します。レオン、シア此方に」
「「はい」」
「これは次男のレオナルド、そして娘のアリシア、そして三男のアレクシスです。三人共、殿下にご挨拶を」
「お初にお目にかかります。王太子殿下。私はレオナルド・シベリウスと申します。お見知り置きを」
「お初にお目にかかります。私はアリシア・シベリウスと申します。お見知り置きくださりませ」
お兄様と私はそれぞれの挨拶、私はカーテシーをする。
アレクは背の高い皆様を見て少しビクつきながらも可愛らしく頭を下げていた。
「さすがはアルの子供達、完璧だな。頭を上げるがいい。私はヴァレンティーン・ブリッツシュラーク・ヴァレニウスだ」
殿下はそう気安くご自分で名乗るとお兄様を見て、次に私に目を向け視線が合うと、殿下は微かに目を見開き、瞬間とても優しく、少し甘く私に微笑んできた。
そんな容貌魁偉な殿下に見られて、私は内心冷や汗もの。
先程落ち着いた心臓がまたうるさい。
殿下から目を離せずにいたら、近づいてきた私に対し腰を落とし、手をとられそのまま手に口付けされた。
――お養母様にもしなかったのにどうして!?
「ようやく会えた」
「⋯⋯えっ?」
そう、私に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟き、私と目を合わせてきた。
時が停まったような感覚に陥ったけれど、それは一瞬で破られた。
お養父様が私を抱き上げそのまま視界を遮るよう包まこまれた。
「ヴァレン殿下! 私の娘を誑かすのは止めていただこうか」
お養父様は冷え冷えした空気を放ちながら殿下を睨む。
あの雰囲気をどうしていいか分からなかったから、助かったわ。
「邪魔が入ったな。アル、後で話しを聞かせて貰おう」
何か含みを持たせた言葉にお養父様は眉を潜めたが、何時までも玄関先でやり取りするのもあれだから「中に入りましょう」と、お養母様が促してきた。
何だか一瞬のやり取りがとても疲れてしまいました。
私はお養父様に抱かれたまま邸に入る、が、この先はお養父様達だけでお話しするので、お兄様と私とアレクはここまでで部屋に戻る。
部屋に戻ると、私はどっと疲れてしまいソファに座ってクッションに凭れた。
何だったのかしら、あれは⋯⋯。
今は心臓の音も落ち着いていて先程のような感覚はない。
「シア様、お疲れですか?」
「少し⋯⋯」
「この後は晩餐まで予定はありませんし、少しお休みになられますか?」
「お客様がいらっしゃってるのにいいのかしら?」
「今は旦那様とお話しされていますし、呼ばれることもありません。気になるようでしたら、半刻程でお起こし致しますが」
「そうね。少し休もうかしら。半刻で起こしてくれる?」
「畏まりました」
***
お茶の準備が整い、私は人払いをした。
今此処には私とオリー、イクセル、そして殿下と側近のラインハルト・エーベルヴァイン卿だけだ。
「早速ですが殿下、シアに対してのあの対応は何です?」
「それより、あの子はお前達の娘ではないな。何故魔道具で姿を隠している?」
私の質問をあっさり無視して核心を突いてきた。
そうなるだろうとは思っていたが⋯⋯。
「はぁ。全く⋯⋯、貴方のその目は本当に厄介ですね。気付かなければいいと思っていましたが、やはり気付くのですね」
「気付かない方がおかしいだろう?」
「普通は気付きませんよ!」
そう、普通は気付かないのだが、この方は違う。
その目で見抜いてしまうのだ。
本来の姿は見えていなくても、偽っている事などすぐ見抜かれる。
先に陛下に相談しておいて良かったな⋯⋯。
話ながら防音を施し、話を進める。
「許可を頂いているからお話しますが、内密にして頂く事が大前提ですよ。でなければあの方に何かあった場合、疑いが貴方方にも向く事をご承知頂きたい」
「あぁ、約束しよう。お前もいいな」
「御意に」
お二人の合意が得られたので、話を続ける。
「ここまで話すと大体察していらっしゃるかもしれませんが、あの方はエステル・ヴィルヘルミーナ・グランフェルト。この国の第一王女殿下です。訳あって今は私の養女として此方に居を移しております」
「なるほどな。あの魔道具は力も抑える要素を含んでいるだろう。察するにその力を狙われたか?」
「その可能性は大きいですね」
「なんだ、分かっていないのか?」
「殿下を狙ったのは今世界的にも暗躍している闇の組織です。中々尻尾を掴ませない⋯⋯」
「あれに狙われてるのか、少々厄介だな」
「同感です」
「あれらの事に関しては今回の会議の議題でも上がる事は決定事項だ。少しずつだが、奴等の力が増してきている」
国同士の会議の議題に上がるほど騒がせているのか。
守りを強化した方がいいか⋯⋯。
「この件は終わりだ」
「殿下?」
「ここに滞在中に彼女と話しがしたいがいいか?」
「⋯⋯嫌な予感がするのですがね、殿下? 何故王女殿下を気に掛けるのです?」
「お前も大概察しが良いな。予想通りだ。彼女は、エステル王女は私の半身、番だ」
甘い目をしてステラ様を見るからそうなんだろうなとは思ったけどだ!
「⋯⋯やはり」
「まぁ! 女嫌いの殿下の様子が変だったので何かあるとは思いましたが、やはりそう言うことでしたのね」
「相変わらず言いたい放題だな、夫人は⋯⋯。ラインハルト、この事はまだお前の中にしまっておけよ」
「今までの話からして口外出来ません。ですが、友としてはヴァレンに番が見つかって安心したよ」
「で、今の庇護者であるアルの許可が欲しいのだが?」
「きちんと許可を求めていただけるのですね」
「当たり前だろう? 許可無しに無理に会ってみろ、警戒されるのが落ちだ。流石に会って早々に嫌われたくないからな」
まぁきちんと私に許可を求めて頂けるだけで良しとしたいが⋯⋯。
ステラ様の将来がほぼ決定してしまったな⋯⋯。
娘を嫁に出す心境を早くも味わうなんてな。
こんな寂しい気持ちになるものなのだな。
愚痴しか出てこない。
「アル、眉間のシワが酷いわよ? そしてまだ早いわよ」
オリーには笑われたけど、はぁ。娘を持つ男親は大変だな。
「分かりました。機会を作りましょう。ですが、理由がいりますよ」
「理由ならある。見たところ、彼女は第三の眼の力が強すぎるな、まだ制御しきれていない。それを私が教えよう」
「本当に察しがいいですね⋯⋯ですが、殿下自らですか?」
「彼女の力はそれ程に強い。私が外から干渉して彼女に制御の仕方を感覚で覚えて貰う」
「なるほど、殿下にとっては良いことですね。許可を出さざるを得ません。ですが⋯⋯、あまり近付きすぎませんように!」
私は釘を刺す。
番と言えど、シアはまだ五歳で子供なのだ。
「流石にまだ幼きあの子に何かしようなどと思わないから安心しろ」
「⋯⋯明日は騎士団での試合がありますから、明後日の午前中に、時間を作りましょう」
「あぁ、感謝する」
殿下はいい笑顔で礼を言われたが⋯⋯、これはアンセも苦労するな。
これからのステラ様の事が心配だ⋯⋯。
ステラ様の話が終わると、今回の滞在中の予定の確認や、その他軽く情報交換を行って私達の会談を終えた。
ご覧いただき有難うございます。
ブクマや評価、とても嬉しく、励みになります。
ありがとうございます。
次話も楽しんでいただければとてもうれしいです。
よろしくお願い致します。