62 襲撃後の調査
目を覚ますと、既に陽は高かった。
少し顔を動かせば側にモニカの横顔が見えた。
「モニカ⋯⋯」
「シア様! お目覚めになられたのですね。気分はいかがでしょう? 吐き気や目眩などはありませんか?」
「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「話を聞いたときには無茶をされた事に対してとても心配致しました。ただ、お目覚めになられたら、私からも一言言わせていただこうと思いましたが⋯⋯、シア様のお顔を見たらほっとしすぎて⋯⋯」
モニカはそう言ってはらはらと涙を流した。
「モニカ、泣かないで。それほどまでに心配をかけてごめんなさい」
「シア様はまだ子供なのですよ! 無理をしすぎです」
「モニカ⋯⋯」
モニカは私の手を握って泣いていた。
流石にモニカの涙を見ると、毒の一件があるので、反省するわ。
ここまで心配をかけてしまうなんて⋯⋯。
コンコンコンッ
「入って良いかしら?」
「どうぞ」
お養母様がいらっしゃって、私が起きていることでほっとした表情を見せた。
「目が覚めたのね、良かったわ。顔をよく見せて?」
「お養母様、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「本当よ。全く無茶をするのだから。心臓が止まるかと思ったわ。言いたいことはあるけれど、モニカのお陰で大分シアも反省しているようだから言わないでおくわ」
「お養母様⋯⋯」
「だけど、本当に心配したのよ」
お養母様はそう言うと私をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でながら「よく頑張ったわね」と労ってくれた。
私もそっとお養母様に手を回し「本当はとても怖かったです」とそう呟くと、更に優しく背中をとんとんと安心させるように慰めてくれた。
「シア、顔色はまだ少し悪いわね。起きれそう?」
「何かあるのですか?」
「貴女の話を聞きたいとアルが話していたのよ。騎士団が今捜査をしているのだけれど」
「大丈夫ですわ。ですが、あのその前に⋯⋯」
「どうしたの?」
「湯を浴びたいのと、お腹空きました⋯⋯」
お養母様が私の言葉を聞くと、ふふっと笑いを漏らした。
私はちょっと恥ずかしくて俯いてしまったけれど。
けど、大事だもの!
「湯浴みと食事を用意させるわ」
「ありがとうございます。あっ、私はどのくらい寝ていましたか?」
「心配しなくても、翌日のお昼前よ」
そんなに寝てしまっていたわけではなくて良かった。
昨夜少し無理をしたから⋯⋯。
少しすると、マリーが「湯の準備が出来ました」と声をかけてきたので、お養母様が「入ってらっしゃい」と言ってくれたので、私は遠慮せずに浴室へ向かう。
まだ少しふらふらとするけれど、モニカが支えてくれた。
湯をゆっくりと浴びてから浸かるとホッとする。
湯に浸かってる間、マリー達が腕と足を優しくほぐしてくれる。
それが気持ちよくて寝てしまいそう。
汗を流してさっぱりしたので部屋へ戻ると、ミアが食事の用意をしてくれていた。
美味しそうな匂い。
起き抜けなので、消化しやいすメニューとなっている。
私はゆっくりと食べていく。
美味しい。
食べている間、昨夜の事を思い返していた。
私にも影が付いた。
色々と思うことはあるけれど⋯⋯。
昼食を食べ終わり、正午のお茶を飲んでいたそんな時、ノックがあり、お養父様の声が聞こえた。
私はモニカに合図をし、お養父様が部屋に入ってくる。
「シア、気分はどうだ? ⋯⋯まだ少し顔色が悪いな」
「気分はさほど悪くありません。お養父様、ご心配をお掛けしてすみませんでした」
「いや⋯⋯」
お養父様は私の隣に来て顔に触れる。
「熱はないな」と私の体調を気にしているみたい。
「お養父様?」
「熱がないなら、レオンと共に騎士団に来てほしい。詳しく話を聞きたいのだけど、体調が悪ければ、今聞こうかと思ったが⋯⋯」
「大丈夫ですわ。お話をするだけですよね?」
「そうだ、が。シアの大丈夫は大丈夫でない時もあるからな⋯⋯」
私、信用ないみたい。
無茶もしてしまったし、仕方ない事だけどね。
だけど、話をしなければならないのも分かるし、私も気になるので、出来ればお義父様と騎士団へ行きたい。
「今日は騎士団までは馬車を使うし、シアを歩かさなければ大丈夫かな」
それって、私はお養父様の抱っこで行くということですか!?
流石に恥ずかしいのですけど!
「それでいいな?」
「ずっと抱っこは恥ずかしいです」
「別に恥ずかしがることないだろう? まだ子供なんだから。シアはお養父様に抱っこされるのは嫌か?」
「嫌ではありませんわ。ただ、皆様の前では恥ずかしく思います」
「気にする必要はないよ。大人しく私に運ばれなさい」
「はい⋯⋯」
出来れば回避したかったけれど、押しきられてしまったわ。
まぁ、話が聞けるから我慢しましょう。
「もうしばらく休んでなさい。後で迎えに来る」
「分かりましたわ」
私にそう告げて、お養父様は部屋を出た。
私はお養父様の言われた通り、しばらく休み、頃合いを見て着替える。
締め付けないゆるふわのワンピースに日差しが強いからボンネットも忘れずに。
とても可愛らしい装いだけれど、まだほんとに顔色が良くない。
無理は禁物ね。
着替え終わって、少し待つとお養父様が迎えに来てくれたので、一緒に玄関ホールに向かうと、レオンお兄様がいらっしゃった。
「シア! 大丈夫? まだ顔色悪いけど⋯⋯」
「大丈夫ですわ。お兄様、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「無理はダメだよ」
「今日はお養父様に抱っこされているので、無理は出来ませんわ」
「もうほんとに一日父上に抱っこされてるといいよ! そっちの方が安心だね」
お兄様まで⋯⋯。
今日は大人しくしていますよ。
今日だけでなく、出来るだけそうするつもりです。
多分⋯⋯。
私達は馬車に乗り、騎士団本部へ向かう。
騎士団本部に着くと、宣言通り、お養父様に抱っこされたまま、団長の執務室へ向かい、侍従が取り次ぎ、中へと入る。
「閣下、ご足労頂きありがとうございます。姫様はまだご気分が優れないのですか?」
「いや、まだ顔色が悪いから大事をとって抱き抱えているだけだ。⋯⋯皆揃ってるな」
「はっ!」
中には、ハルド様、副団長様、あの場にいた、リンデル、アンリ先生、ユーグ先生とサムエル、そしてイクセル様が揃っていた。
私はお養父様に抱っこされたまま、ソファに、お養父様の膝の上に座らされた。
⋯⋯なんで?
「お養父様、流石に普通に座りたいのですが」
「ダメだよ」
「シアは父上の膝の上でじっとしてて」
即答ですか⋯⋯。
もう、諦めましょう。
「先ずは訓練生達の様子から聞こうか」
訓練生達はあの後、医務室にて一人一人話を聞き、精神状態の確認を行った。
エミーリオやカリーナ、ルイ等もあのような事は初めての事だが、さ程心配する必要もなく、どちらかと言うと、疎ましく思っていても同じ訓練生が、あのように瘴気にまみれ、正気を失う事の方が堪えたという。
他の訓練生は、魔物自体が始めて見るということなので、同じくラルフの件がショックは大きいようで、暫く様子を見るということとなった。
怪我自体はないので、精神的な事さえ乗り越えたら、騎士としては良い経験となり得るだろう。
「レオナルド様とアリシア様は、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫だよ」
「私もです」
「シベリウス家の方々はどのお子様も逞しいですね。この領は安泰ですね」
副団長のヨルゲン様がそう話した。
訓練生の報告が終わると、ラルフの話に。
まずはラルフの生い立ちから話が始まる。
彼は元々は此処の生まれではなく、ラヴィラ公国の山間部にある男爵領の小さな村の生まれで、その村が盗賊男に襲われ、ラルフの母親が幼い彼を連れて男爵に助けを求めたがすげなくあしらわれたそうで、彼の母親も深い傷を負っていたそうだが、手当てすらされず、追い出されたようだ。
その後、彼の母親はラルフを抱いて、数日歩き続けた所、今の養父母が彼らを見つけて介抱したそうだが、母親はラルフを託して息を引き取ったそう。
その後、母親を埋葬し、養父母はシベリウスに戻るところだったので、ラルフを連れてそのまま養う事にしたようだ。
養父母はそれなりの年だったが、子に恵まれなかった為、愛情いっぱい注いでいたが、彼には届かず、憎悪を募らせ、あのようになってしまった。
これがラルフの顛末だという。
今はまだ生きてはいるが、正気には戻っていない。
「なるほどな。彼の養父母の様子はどうだ?」
「かなり憔悴しております。あのようになるまで気付けず、彼の母親にも申し訳ないと。騎士団にも迷惑をかけたと、何度も謝罪をしておりました」
「養父母は真面目のようだな。彼等のケアも必要だ」
「手配致します」
お養父様はきちんと領民の事も考えているようで、本当に良い領主だと思う。
「では、此処からが本題だ。順を追って話を纏めていく。シア気分は悪くないかい?」
「はい。大丈夫ですわ」
「少しでも悪くなれば遠慮なく言いなさい。我慢するのは無しだよ」
「はい」
少し圧のある眼差しでそう言われてしまい、ちょっと怖い。
我慢はよくないよね!
はい、気分が悪くなれば直ぐに言います!
お養父様に約束し、話がもとに戻る。
「訓練場にいた者達の中にレオンとシア以外に異変に気付いたものはどれくらいいる?」
「レオナルド様とアリシア様以外でしたら、七人です」
「七人か⋯⋯。その七人はどのように気付いたのか、ただ漠然となのか⋯⋯」
「確認したところによると、空気が重くなった、淀んだと言うのが殆どです。リンデルは前者だなサムエルは?」
「私が感じたのは、副団長が話したような感じの他に負の感情ですね。ただ、瘴気を阻害しているような違和感もありました」
この中で一番サムエルが感じ取っていたようだ。
阻害していることまで⋯⋯。
それから、いつ魔物に気付いたか、どのように対応したかの確認をしていく。
私も聞かれたことに答える。
一番詳しく聞かれたのが、ラルフが私の防御を破ろうと襲いかかっててきた時の事だ。
ラルフは正気ではなく、ぶつぶつ呟いていた。
そう、あの時ラルフは⋯⋯。
復讐だ。貴族なんて死ねばいい。死ね。消えろ。
あの人達のお陰で力が漲る。あの人達だけが分かってくれる。あの人達だけが味方。
「あの人達、か⋯⋯。ラルフを唆したのは複数人いると言うことか。その言葉を繰り返していたのか?」
「はい。同じ言葉を繰り返し呟いていました」
「ラルフが着けていたという、首飾りはどうした?」
「此方です。殆ど力は失っておりますが⋯⋯、アリシア様?」
私はその首飾りを見た瞬間から、気分が悪くなってきたので、思わずお養父様の服を握る。
気持ち悪い⋯⋯。
「お養父様、あれにはまだ何か残っています。 ⋯⋯ごめんなさい、少し、気持ち悪いです」
「気にする必要はない。イクセル、シアを連れて行って欲しい。シア、少し気分転換しておいで。落ち着いたら戻ってきなさい」
「はい。お話の途中で申し訳ありません」
お養父様は「大丈夫だよ」と慰めるように頭を撫でてくれた。
私はイクセル様に抱っこされて一度退室する。
情けないわ。
こんなに気分が悪くなるなんて。
⋯⋯どうして私はこんなに弱いの?
イクセル様抱っこされながら情けなく思い、中庭に連れていって貰った。
中庭に椅子に座り、息をつく。
「アリシア様、気分はいかがですか?」
「少し落ち着きました」
「落ち込まなくても大丈夫ですよ」
「そう見えますか?」
「少し。訓練をすれば感じる事も調整も出来ますので、これからそうした関連も取り入れていくと思いますよ」
「それを聞いて安心いたしました」
私は訓練次第で瘴気を感じることが調整出来ると聞いて、安心した。
でないと、この先もこんなに気分が悪くなったりしていたら、何の役にも立たないもの。
私は呼吸を整えて、どうにか気分の悪さを散らす。
「イクセル様は何も感じないのですか?」
「私は感じる、と言うよりも目で見える方ですね。ですので、私にはあの首飾りは漆黒の靄がかかっているように見えます。見ていて気分の良いものではありませんが⋯⋯ですので、私も訓練で目の感覚を落としています」
「そうなのですね。どのようにするのですか?」
「そうですね⋯⋯目の場合、というより私の場合は、余り意識して物を見ないようにしています。少し視点をずらすといいますか、私も感覚で覚えたようなもので、教えるのが苦手なのですよ。お役に立てずに申し訳ない」
「いえ、ありがとうございます」
私も制御できるように頑張らなくては。
そろそろ気分も落ち着いてきたし、お義父様達のところに戻りましょう。
「アリシア様?」
「気分も落ち着きましたし、戻ります」
「分かりました」
私は自分の足で歩こうと思ったのだけど⋯⋯。
「イクセル様、自分で歩けますので、下ろしていただけると嬉しいです」
「駄目ですよ。今日、貴女を歩かせるとアルに殺される」
「大袈裟ですわ」
「いや、大袈裟じゃないよ。なので、私を助けると思って大人しく腕の中に収まっていてください」
仕方なく、イクセル様に抱っこされたまま執務室へ戻った。
皆私に対して過保護すぎない?
そう思うのは私だけなのかな⋯⋯。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマも嬉しいです!
次話も楽しんでいただければなと思いますので、よろしくお願い致します。