56 新たな訓練
小休憩後、部屋へ戻り訓練用の服へ着替える。
何故か離宮にも用意されていた。
お祖母様かな。
着替えて髪を纏めて貰い、お祖父様に指定された場所へ向かう。
そこにはお祖父様と、知らない人が二人待っていた。
どちらも見た目が二十歳から二十五歳位の男性。
「その服も良く似合っているな。流石アクシィの見立てだ」
「やはり、お祖母様が用意されたのですね。とても動きやすいです」
「先にこいつらを紹介しておこう。テオドルとサムエルだ。二人共、私の孫娘のエステル・ヴィルヘルミーナ・グランフェルトだ」
「初めましてお目にかかります。エステル王女殿下。テオドルと申します。お会いできて光栄です」
「初めましてお目にかかります、サムエルと申します。お見知り置きください」
「初めまして、エステルです。よろしくお願いしますね」
「さて、二人を紹介したのはステラの訓練相手だ。ステラ、私の訓練は厳しいぞ」
「彼方でも皆様厳しいですけれど、それ以上ですか?」
「さて、どうかな」
お祖父様も中々よね。
分かってて言ってらっしゃるわ。
「お祖父様、私は自分の言葉は曲げませんわ。よろしくお願い致します」
「良く言った! それでこそ私の孫だ!」
お祖父様ってドSかしら⋯⋯。
あっ、言葉が悪いわ。
いけない、気を付けなきゃ。
私は若干引きつつ、けど、身を引き締める。
「彼方では基本体力作りに、最近素振りを始めたのだろう?」
「はい」
「では、それ以外をしていこう。シアはまだじっくりと打ち合う姿を見たこと無いだろう? 見る事も大事だ。まずはこの二人の打ち合いをよく観察してみろ」
「はい! よろしくお願いします」
「二人共、よいな?」
「「はっ!」」
「では始めろ」
二人は相対し、剣を抜くとお祖父様の号令で打ち合いを始めた。
二人の殺気がぶつかり合う。
各々動きを見て次の攻撃を繰り出す。
ギリギリで避けたり、隙を見つけては攻撃を繰り出す、切り返しも早く、動きも最低限で無駄な動作がない。
暫く打ち合いが続いた。
私に動きを見せるだけと言っても、二人は真剣に撃ち込んでいく。
凄い、としか言えない。
私は夢中で二人の動きを追っていた。
お祖父様はそんな私を見ていたけれど、それには気付かない位真剣に魅入っていた。
二人の息があがってきたところで「止め!」とお祖父様が止めた。
「初めてこのように真剣な打ち合いを見ましたが凄いです!!」
「はぁ⋯⋯、ありがとうございます」
「⋯⋯殿下の参考になればよろしいですが」
「凄く参考になりますわ! お二人共無駄な動きが無いのですもの。最小限の動きで剣を繰り出し、避けていますし、それに相手の目の動きや足運びで次の攻撃の予想を立ててらっしゃるでしょう? それに剣を無闇に受けるのではなく、綺麗に受け流していて、剣舞を観てるようでした!」
「「「⋯⋯」」」
⋯⋯あれ? 何で皆様驚いてるのでしょうか?
私は一人首をかしげてよく分からずにいると⋯⋯。
「はっ、ははは! ステラは最高だな! 女にしておくのも子供でいるのも勿体無い!」
え? それは誉めてるのか貶してるのか⋯⋯私はお祖父様を半眼で睨む。
女としては誉められていないのは分かる。
子供でいるのが勿体ないって何!?
「お祖父様! 笑いすぎですわ。お祖母様に言い付けますわよ!」
「なっ、待て! アクシィには言うな! 笑って悪かった」
「もう! どうしてそこまでお笑いになるのですか?」
「すまない。あまりにも的確な事を言うからついな⋯⋯」
まったく!
こっちは真剣ですのに⋯⋯。
「ステラの観察眼には恐れ入る。この二人の剣の師匠は、フリートヘルム・ベルネット。聞いたことあるか?」
「確か、剣舞のような優雅な剣の使い手で、だけど一部からは剣聖と呼ばれている凄い方でしょうか?」
私が答えると三人共呆気にとられていた。
「⋯⋯よく知っているな」
「本で読みましたの」
「ステラの知識欲は凄いな」
「実在していらっしゃったのですね。本には神様のような書き方をしていて、空想の人物かと思っていました」
「なるほどな。だから知っていてもあまり、驚かないんだな。それはさておき、この二人の動きはステラの勉強になるだろうと思ってな。雑な動きより、剣舞のような動きを憶えるとよい。無駄な動きがない、と言うことは使う体力も少なくてすむ。剣を受けるのではなく、しなやかに流す事を覚えなさい。流石に力では男に負けるからな」
「分かりました」
「二人の動きをよく覚えておきなさい。⋯⋯ではステラの体力が実際どれだけのものかを見たいので、テオドル、ステラを追い詰めろ。範囲は私の目の届くところまでだ」
えっ、やっぱりドSだわ!
けど、口にしたからにはやりますわ!
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
どこまで持つか分かりませんが、逃げて見せます!
「では、始め!」
私はお祖父様の号令で逃げる。
テオドルは十秒おいてから、後を追ってくる。
やっぱり成人男性の足は歩幅もだけど早い!
だけど、私を追い詰めるのが目的なので、緩急はつけている。
だけど、暫く逃げていると、私の息が大分あがってきた⋯⋯。
それを見越したテオドルは最後と言うばかりに私を捕まえるため迫ってくる。
だけど、私も素直に捕まりたくないから、咄嗟に木々の間を上手く使って走り抜けようとするが⋯⋯。
木々を抜けきる前に捕まった。
苦しいです!
私は地面に手を付き、息を整える。
「はぁ、はぁ⋯⋯」
「殿下は年齢の割に体力がありますね」
「そ、そうかしら、はぁ⋯⋯、ありがとう」
「息が整ったら戻ってこい」
「はい、お祖父様」
私は息を整えて、立ち上がろうとすると、手が差し出された。
テオドルの手だ。
私はそっと彼の手に自分の手を載せ、立ち上がった。
「ありがとうございます」
「いえ、では戻りましょうか」
私はテオドルと共にお祖父様の元に戻った。
「思ったよりも体力はあるし、走り方が綺麗だな。無駄がない。それに無闇に逃げるのではなく、きちんと考えて逃げられているな。流石は咄嗟とはいえ、賊を倒しただけの事はあるな」
「それもご存じなのですね⋯⋯」
「殿下は、その年齢で賊を倒したことがあるのですか!?」
「あぁ、魔法一発でな」
「素晴らしい才能ですね」
誉めすぎだと思います⋯⋯。
そして普通は怒られる事案です。
「ステラは観る目があるから、サムエルよ、ステラと組んで攻撃を。ステラはそれを避けてみよ。向かってくる賊に慣れると言う意味でも、避ける練習にもなる。あぁ、ステラ、傷は付けるなよ、避けきってみろ」
無茶な!
けどお祖父様の目は本気ね。
ケガはしたくないから避けますけれど!
私は深呼吸し、息と気持ちを整える。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願い致します」
「では、始め!」
号令と共にサムエルから攻撃が来る。
私は攻撃を避ける!
あれに当たったら怪我どころじゃないわ!
私は真剣に、彼の動きをよく見て避ける、兎に角避ける!
何度も何度も避けるけれど、流石にただ逃げるだけではないので、息が切れてきた。
もう一閃攻撃が来たので、躱そうと身体を捻ったけれど、疲れからか足が縺れてしまった。
サムエルも「あっ!」と呟いたけれど、もう間に合わない!
このままでは直撃する、と私は無意識に魔法を使って防いだ。
サムエルの攻撃が、私が展開した防護魔法が当たり、バチッとサムエルの攻撃を弾いた!
「殿下! お怪我はありませんか!?」
「はぁ、吃驚した。怪我はないわ。ありがとう」
「ほぉ! これは凄いな」
「なるほど、これが殿下の魔法なのですね」
私は魔法を解いて立ち上がり、お祖父様のもとへ行くと「少し休憩だ」と言うことで、一旦休憩にはいった。
モニカがお茶を淹れてたので、私は飲んで一息ついた。
「ステラはあれだけ早く魔法が使えるのだな。意識的にか?」
「先程のは無意識でした。あれが当たるとただの怪我ではすまないと思いましたの。それに、サムエルの攻撃を避けるのがお祖父様の課題でしたので、魔法を使うのはいけないと思っていたので」
「無意識か⋯⋯それを意識的に展開できるようになれば素晴らしいな」
「ですが、無意識でもあれ程の防護魔法が使えるのは素晴らしいと思います」
「そうでしょうか?」
私がそう言うと、サムエルは「これを」と、先程彼が使っていた剣が折れていた⋯⋯
あれ? 何で折れてるの?
弾いただけではなかったの!?
「ごめんなさい。折ってしまって⋯⋯」
「謝る必要はない。ステラの力は自身が思うよりも凄いものだ。自信を持って良い。ただし、きちんと扱えるようになることだ」
「はい」
「さて、休憩は終わりだ」
私達は休憩が終わり、訓練を再開する。
前半の私の体力と、避ける動きを見て、お祖父様は私にとんでもない事を言った。
「前半の動きを見て、一旦剣術は置いておく。次はテオドルは剣術で、ステラは魔法で応戦してみろ。実戦だと思ってな、遠慮はいらないぞ」
「えっ?」
「ステラならいけるだろう」
「イェルハルド様、本気でしょうか?」
「本気だ。テオドルやってみろ。危なかったら私が止める」
お祖父様の目は本気だわ。
実戦形式⋯⋯初めての事だし、緊張する。
けれど、成長するのは実戦が良い経験となるのも分かる。
やってみよう。
やる前から足踏みするのは、これからもきっと足踏みしてしまう。
やるだけやってみよう!
はぁ⋯⋯。
一度深呼吸する。
「お祖父様、やってみます」
「ふっ、あぁ、ちゃんと見ているぞ」
お祖父様は面白そうな顔をなさっていたが、私は集中していたので気付かなかった⋯⋯。
テオドルも腹を括ったような顔で、私と相対した。
「二人共よいな?」
「「はい!」」
「では、始め!」
お祖父様の号令でテオドルは私に向かって剣を振るう。
が、私は透かさず水魔法で剣の勢いを殺す。
一瞬驚いた彼は、だが直ぐ様体制を変えて攻撃を変えてくる。
流石に距離を取れる程の間がないので、強制的に距離を取ろうと、風魔法で鎌鼬のような想造をし、放つ。
彼はそれを剣で弾くが、少し後退した。
私はそれを見逃さず、氷の矢を放つ、が、避けたり剣で弾かれ、此方に向かってくる!
ならばと、水魔法で彼の目の前に水の丸い塊を出すと、剣で切った!
私はそれを見てその水を氷の矢に変えて彼に至近距離で放つと、流石に跳躍して躱していく。
けれど、反動で更に勢いに乗って此方に向かって来た!
しかも先程までと違い鋭い殺気をぶつけれる!
私はその殺気をまともに受け、身体が硬直する。
その隙を狙って、テオドルは一閃繰り出してきた。
殺気に当てられたけれど、咄嗟に防護魔法を展開し、剣が私の防護魔法にぶつかり、バチっ! と剣を弾く。
私は動悸が治まらず、座り込んでしまった。
「そこまでだ!」
お祖父様の制止がかかり、テオドルは剣を引く。
私はまだ心臓が煩いくらい治まらず、胸を押さえる。
最後の殺気に充てられた。
まだ怖い⋯⋯。
何とか落ち着けようと深呼吸するが、中々落ち着かずに身体が震えている。
あの時の賊と格が全く違う。
当たり前なのだが⋯⋯、これが騎士の殺気なのね。
テオドルがおずおずと私に声をかけてくる。
「殿下、大丈夫、ですか⋯⋯?」
私は声がでず、口パクで「大丈夫」と伝える。
お祖父様が私の所に来てくれ、そっと抱き締めてくれた。
「よく我慢したな」
お祖父様に抱き締められ、ようやく少し力が抜けた。
「お祖父様⋯⋯、最後のは怖かったです」
「だろうな。まだここまでの殺気を受けたこと無いだろう? それなのにきちんと身を守る為の防護を張ったのは流石としか言い様がない」
お祖父様は私を宥めるようにぽんぽんと背中を叩く。
深い深呼吸を繰り返し、気を沈めていく。
何とか呼吸を整え、お祖父様から離れる。
テオドルに向き、彼を見上げる。
彼は少し後方で片ひざを付き此方を伺っていた。
「あの、こんなこと聞くのは失礼かもしれませんが、お怪我はありませんか?」
私はかなり至近距離で彼に色々とぶつけていたので、私のような子供の放った魔法なので、大丈夫だとは思うけれど、一応怪我がないかを確認したら彼は口を押さえて笑っていた!
――何で? 笑う要素無いよね!?
「失礼しました。殿下、私の怪我は掠り傷程度ですから心配無用です。イェルハルド様の指示とは言え、きつい殺気をぶつけてしまい、申し訳ありません」
「驚いてしまいましたが、お祖父様の指示の実戦形式の訓練ですので、テオドルが謝る必要はありません。ありがとうございます」
私はテオドルに謝罪の必要が無いと伝え、彼の傷が掠り傷なのに安堵する。
お祖父様の「今日の訓練は終了だが、反省点といくつか聞きたい事があるから茶を飲みながら話そうか」との事で、モニカ達が待機しているところまで戻ってきた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
次話もお読みいただければ嬉しいです。
よろしくお願い致します。