45 お茶会という名のお説教
邸に帰って来た翌日の朝。
久々にゆっくり寝たのですっきりと目が覚めた。
今日のお昼からはお養母様たちとのお茶会という名のお説教会⋯⋯かな。
午前中はゆっくりなのでお勉強が疎かにならないように、図書室へ。
今日は語学の復習をするのに、ヴァレニウス語の本を探す。
見つけたのがヴァレニウス語で書かれた竜王国の特徴や歴史だった。
隣国で友好国の彼の国の言語と歴史を学べるので一石二鳥、という事で、この書物を読むことにした。
ヴァレニウス竜王国はその国名通り、竜族が治める国。
竜族は普段は私達と同じ人の姿で過ごしている。
無論自在に竜に転じることも出来る。
竜族は長命で、平均寿命が約千年近くあるという。
婚姻も“番”と呼ばれる唯一の伴侶としかしないらしい。
なので、直ぐに番に出会えるとも分からず、竜族の婚姻は遅い。
この番は獣人族にも言えるようだ。
番は同じ種族だけでなく、他種族に現れる場合もある。
となると、確かに結婚するのに時間掛かりそうね。
後は人族みたいに浮気とか無さそうだから安心なのかな。
けど番と出会えなかったらどうするのかな?
そんな素朴な疑問を考えながらも読み進める。
⋯⋯ふと、気配を感じ顔を上げると、困った顔のレオンお兄様が目の前にいた。
「レオンお兄様、ごきげんよう。図書室にいらっしゃるなんて、お勉強ですか?」
「そうだね。一時間半程前に来てたんだけど、シアは読書に夢中だったから声は掛けなかったんだ。けど、そろそろ昼食だからってモニカ達がシアを呼んでたんだけど全く気付かないものだから困り果ててね。僕がシアの気を引いたって訳」
「えっと⋯⋯それは、申し訳ありませんでした」
「マティ兄上からは聞いてたけど、シアの集中力ってほんとに凄いんだね」
「集中してしまいますと、気付かないようで⋯⋯」
「良いことなんだけどね」
レオンお兄様に苦笑された。
「シア、お昼食べに行こうか」
「はい」
私達は連れ立って食堂へ向かった。
お養父様とお養母様はすでにいらっしゃってて、私は遅れた事への謝罪をし、席に着いた。
食事が終わったら一度部屋へ戻る。
お茶会まで時間があるので、本の続きを読もうかとも思ったが、集中してしまいそうだから、モニカ達とお話することにした。
「モニカに聞きたい事があるのだけれど⋯⋯」
「私にですか?」
「そう。お祖父様の所で鍛えていたのはエメリに聞いていたけれど、もしかしここでもそうなの?」
「はい。シア様をお守りするのに少しでも足手まといにならないようにと。元々少し覚えがあるのですが、此処で鍛えていただいているのをきっかけに、彼方でも少し鍛えていただいたわけです」
「だから、強かったのね。あの時、貴女もクラースも怪我はなかったかしら?」
「ご心配ありがとうございます。怪我はありません。クラースも問題ありませんわ」
「それなら良かったわ」
「マリーやミアも鍛えているの?」
「私達は侍女のお仕事をすると決めた時から少しずつ鍛えております」
「やはり、この地特有なのかしら?」
「そうですね⋯⋯特に旦那様の近くにおられる方々はきちんと鍛えてらっしゃいますね」
なるほど⋯⋯。
確かに魔物の大群が押し寄せてきた時、何も出来ないよりは良い。
それだけでなく、賊が入り込んでも撃退できる人違い多いと安心よね。
「シア様、そろそろご準備いたしましょう」
「えぇ、お願いするわ」
私は思考を一旦やめて、お茶会の準備をし始めた。
今日は可愛らしいレースを裾にあしらったアイボリーのアンティークドレス。
腰部分の大きめのブルーのリボンが特徴的。
今日はちょっと大人っぽいドレスを着て、お養母様達とのお茶会の場所へ向かった。
今日は邸内にある日当たりの良いサロンで行うようで、そちらへ向かう。
お養母様達はすでにサロンにいらっしゃって、私を迎えてくれた。
お養母様の侍女が用意を整え、部屋から下がる。
部屋にはお養父様、お養母様と私の三人だけとなった。
お説教ではないのかな?
精霊界のことかな?
「早速だけど、エストレヤとはどこで知り合ったんだい?」
「初めて会ったのは精霊界になりますが、此方に来てからは声だけは聞こえていたのです」
「なるほど。どうやって精霊界へ?」
「エストレヤが迎えに来たと言って、彼が私を彼方へ連れていきました。そこで精霊女王様にもお会いしました」
「⋯⋯何故呼ばれたかは聞いたかな? 」
「はい。女王様が私に会いたいから連れてきなさいとエストレヤ に伝えたそうです。後は⋯⋯私の魂が不安定だからと⋯⋯。私は毒を受けた以前の記憶が、実はあまり無かったのです」
「どういうことです? 記憶がない割にはきちんと私達の事は認識されていましたよね?」
「はい。伯父様達の事やお父様達の事は覚えていた⋯⋯、というよりは、無意識にそうだと認識していた感じです。私より私の意識が強く出ていたのです。原因は、王宮で受けた毒の影響です。あの毒は記憶に影響をあたえる物だったのですよね? その毒のせいで私に影響が出てしまい、奥深くに追いやられてしまい、そのせいで不安定になってしまっていたのです。アウローラ様は、私の記憶を戻して下さったのです」
私はどのように記憶が戻り安定したのかを伯父様達に話をした。
私の話の内容に驚いてはいたけれど、納得されたみたい。
後もう一つ話をしなければならないことがある。
「お聞きしたいことがあるのですが、ヴィヴィの処遇はどうなりましか?」
「あの者は未だに牢の中です。呪術が複雑で一気に解くと命を奪いかねないのです。そうすると情報が引き出せませんからね」
「記憶が戻った今、実はヴィヴィが少し前から奇怪しかったのが、分かっていたのです。その時はそれが呪術だと分からなかったのですが⋯⋯」
「どういうことです?」
「私が毒を受ける半月ほど前から彼女から黒いもやが視えていたの。彼女が私に近付くと体調に異変が生じたわ。ただ、直ぐにはヴィヴィが近付いたからと結びつけることが出来なくて、他にも侍女がいましたから」
「その黒いもやとは⋯⋯」
「それも、アウローラ様に教えていただいたのですが、黒いもやが視えるというのは、瘴気の一種のようです。人間界で言う、呪術だと」
「ステラ様にはそれが視えるのですか?」
「視えます。視える人は少なからずいるみたいです。資質があるかないか⋯⋯ただ、それが瘴気だと気付けるかは分かりません。現に私も分からなかった、というより知識不足でしたから」
伯父様は私の話を聞いて考え込んだ。
「ステラ、王宮で貴女の周りに他に黒いもやが視える者はいたのかしら?」
「他に⋯⋯私の行動範囲の中にはおりませんでした。近くにいたらもっと早くに分かっていたかと思います」
「黒いもやというけど、どのような感じに見えるのかしら?」
「その者から漂うというか、包まれている感じに私は視えました」
「それははっきり視えるの?」
「私にははっきりと視認できます」
「黒いもや⋯⋯」伯母様はそう呟いた⋯⋯。
何か知っているのでしょうか?
「ステラ様、体調に異変が生じたと言うことですが、どのようなものでしたか?」
「身体が重くなったり、頭痛もありましたわ。酷い時だと吐き気も」
「なるほど⋯⋯」
あれ? 何だか一気に気温が下がったような⋯⋯伯父様怒ってる?
そろそろと、伯父様を伺うと、うん、怒ってる!
間違いなく!
そして、きっとというか私が悪い、のよね⋯⋯?
「エステル王女殿下?」
「はい!」
「そういった異変が生じていて、何故周囲に何も言わなかったのですか?」
「私の見間違いかと思っていたのと、体調が悪くなったのも直ぐに治まりましたので⋯⋯申し訳ありません」
「はぁ⋯⋯貴女のその異変を早くに誰かに伝えて分かっていれば、もしかしたら此処まで大事にならずに済んだかもしれません」
――そこはもう、返す言葉もありません⋯⋯。
「それは無理だよ」
唐突に声が聞こえたと思ったら、エストレヤがそこにいた。
ついさっきまでいなかったのに⋯⋯。
「やぁ! 昨夜ぶりだね」
「何しに来たんだ?」
「何しにって、シアがいじめられてるから助けに来たんだよ」
「エストレヤ、私は苛められてるわけではないのよ? 今回の事は私が悪いのだから」
「悪くないよ。僕も記憶見てたけど、身体の異変は数回でしょ? しかもすぐ治まってるようだったから、あれだけじゃ言わないでしょ。しかも丁度その時、王妃の体調も悪かったようだし、そんな中エステルが自分の事で煩わせなくないと、そんなとこでしょ?」
「エストレヤ、心を読まないで⋯⋯」
「読んでないよ。エステル見てると分かるから」
そう話すとふらふらと近付いてきて、クッキ一を一つかじった。
あれ? 精霊は何も食べないんじゃなかったの?
不思議に思ってじっと見つめる⋯⋯。
「エストレヤはどっちかというと、食いしん坊だよ」
「そうなのですか? 精霊は何も食べないのだと思ってました」
「これ、美味しいね!」
「気に入ったなら沢山食べていいわよ」
「やったー! ⋯⋯そう言えば、オリーヴィアも視えてるよね?」
エストレヤは急に話題を変えてきた。
伯母様も見えてたの?
「視えている、のかしら? きっとステラ程は視えていないわ。私は黒いというより、灰色に視えるわね」
「それは資質があるけど、エステル程じゃないからね」
「なるほどね。灰色に視えるけど、それも瘴気なのね?」
「そうだよ」
エストレヤは遠慮せずお菓子を食べている。
美味しそうに⋯⋯。
その光景に、少し気が抜ける。
「話を戻しますよ」
伯父様の言葉で気を引き締めた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
次話も楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願い致します。





