44 帰還
私は閉じていた目を開けた。
そこには眩しいほどの、だけど、優しい光が目に入る。
「目が覚めたみたいね」
「アウローラ様⋯⋯」
「上手くいったみたいね。貴女の魂が安定しているわ。原因も見たわね?」
「はい。原因は受けた毒が記憶障害を引き起こす物で、その毒のせいで、私が被害を受け、前世の私が強く残ってしまった為に不安定になっていたのです。アウローラ様、本当にありがとうございます」
「気にしないで、可愛い子。それと、もっと親しく話して欲しいのだけれど? 寂しいわ⋯⋯」
「ごめんなさい。アウローラ様」
「ふふっ、本当に可愛いわね。それにとても素直ね。何か聞きたいことがあるようね?」
「はい。ヴィヴィ、私の侍女ですけれど、彼女から揺らめいていたあの黒いもやは何なのでしょう? とても善くないモノだと思うのですが⋯⋯」
「あれは、瘴気の一種よ」
「瘴気だったら、城の者達も気付いても良いようなものですけど、誰も気付いていなかったわ⋯⋯」
「そうねぇ。瘴気だけれど、魔物から放たれる物とは少し違うのよ。あれは人の心を蝕み操るもの。人の世でいう呪術に近いわね」
なるほど、あれはそう言ったものなのね。
だったらなぜ私だけに影響を受けていたのかしら?
「アウローラ様、もう一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なにかしら?」
「その呪術を受けていたら、本人が影響されるのは尤もですけど、私が彼女の近くにいると、身体が重かったり、気分が優れなくなったのですが、それはどうしてでしょう?」
「それは、貴女がとても敏感だからよ。とても繊細なの」
「私が⋯⋯ですか? 繊細でしょうか⋯⋯」
自分の事だけど、そんなに繊細かな?
と疑問に思うところなのだけれど。
「呪術を受けている人が分かる人はいるわ。敏感っていうのもそうだけど、資質がいるわね。エステルはその資質があるから分かるのよ」
――私の資質⋯⋯事前に分かれば対処はできるよね。
「色々お教えていただき、ありがとうございます」
「いいのよ。可愛いエステルのお願いだから。けど、その話し方は癖ね?」
「ごめんなさい! つい⋯⋯」
「ふふっ、仕方ない子」
そう言うと、私の額に口づけをした。
口づけされた額から身体を包むような暖かさと柔らかな力で包まれたような感覚が一瞬感じられた。
「アウローラ様?」
「気にしなくてもいいのよ、今はね。私の可愛いエステル」
「アウローラ様やりすぎ」
「拗ねないの、エストレヤ」
私は二人の不思議なやり取りを聞いていた。
と、思っていたら、エストレヤが徐に私に近付き「目を閉じて」と言われたので、目を閉じたら、私の目蓋に口づけをした。
そうすると、アウローラ様とは違った力強さが加わった。
それも一瞬だったけれど⋯⋯。
「あなたも人の事言えないわね」
「女王ばかりずるい。僕もエステルが好きだからね」
「何が起こったのか分からないけど、お二人とも、ありがとうございます」
とりあえず、お礼を言うと、二人に抱きつかれた。
暖かい⋯⋯。
「さて、エステルが安定したからそろそろあっちに返さないとアルが煩そうだよ」
「あっ! 私どのくらい此方にいるのでしょう? 感覚が分からなくて⋯⋯」
「そうねぇ、あちらの日数で言うと、大体十日位かしら?」
「そんなに!? きっと心配しているわ!」
まさかそんなに時間が経っているとは思わず焦る。
「何度か様子見たけど、氷のような表情してたよ、アル」
「あらあら、彼方でもエステルは愛されてるわね」
「はい、優しい伯父様達ですから」
そうは言ったものの、ちょっと帰るのが怖い。
「ではそろそろお戻り、可愛い子」
「アウローラ様、本当にありがとうございます。また会えますか?」
「もちろんよ。エストレヤ、エステルを彼方へ送ってあげなさい」
「もちろんです。女王。さぁ、エステル行こうか! っとその前にこれ付けなきゃね!」
「魔道具! ありがとう。アウローラ様それでは失礼致します」
「またね」
私はアウローラ様に挨拶をして、エストレヤに連れられて伯父様達のいるしシベリウス辺境領に戻った⋯⋯。
と思ったけれど、今は夜空の、星達が綺麗に瞬いている大空にいた。
「あの、エストレヤ。何故空に?」
「ちょっと待ってね、今まだアル達食事中なんだ。いつもその後皆で話してるでしょ? そこ狙って行こうと思って」
「確かに食事中に帰るのは迷惑ね。よく考えたら、私何にも食べてないわ」
「彼処にいたら食べなくても大丈夫だよ」
「そうなのね」
少し雑談しながら待っていると、エストレヤが「移動した!行くよ!」
と声を上げたと思ったら、転移した!?
気付くと団欒の間の、天井近くにいて⋯⋯っ!? エストレヤは何処!?
「えっ? あれ⋯⋯」
「「「シア!?」」」
と思ってると、案の定落下した⋯⋯。
――エストレヤのバカーーー!
心の中で叫ぶと、どさっと⋯⋯衝撃に備えて目を閉じていたのだけれど、思いの外痛くない⋯⋯。
目を開けると、驚きに目を見開いたお養父様がいて抱き止められたみたい。
「お養父様、ありがとうございます。ただいま戻りました。後、ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
私は挨拶と謝罪とを抱き抱えられたまましたのだけれど、次の瞬間抱き締められた⋯⋯。
「心配しましたよ、ステラ様」
そう耳元で皆に聞かれないよう呟いた。
「心配をかけてごめんなさい。伯父様」
私はそう、耳元で呟き返した。
弾かれたように離されて、驚き、だけど嬉しそうに私を見て「お帰り、シア」そう言葉をかけられた。
そこへエストレヤが現れた。
「アルは心配性だなぁ! 大丈夫って言ったじゃん」
「エストレヤ、大丈夫だと言っても、心配なものは心配だろ! それと、どんな帰還方法だ! 怪我をしたらどうする!?」
「僕がシアを怪我させるわけないよ。アルってば昔はあーんなに可愛かったのになぁ」
「うるさいな。⋯⋯けど、礼を言う。ありがとう。シアが安定しているのは、貴方達のお陰だろう?」
「そのお礼は女王に伝えとくよ。じゃあ、シア、僕そろそろ行くね! アルもまたねー」
「エストレヤ、色々とありがとう!」
エストレヤは此方に手を降って消えていった。
私はお義父様に下ろして貰い、改めて皆に挨拶をした。
「お養父様、お養母様、レオンお兄様。ご心配をお掛けして申し訳ありません。ただいま戻りました」
「エストレヤから話しは聞いていたから無事だろうとは思っていたが、ちゃんと帰って来てシアの顔が見れて安心したよ。おかえり」
「貴女が消えたと報告を受けた時は心臓が止まるかと思ったわ⋯⋯。本当に無事でよかったわ」
「シア、僕も心配したんだからね! 戻ってきて良かったよ。おかえり」
私は皆と抱擁した。
戻ってきたと実感する。
「モニカ達にも心配かけてごめんなさい」
「いえ、無事にお戻りになられて本当に良かったです」
「まずは皆座ろうか」
私達はソファに座り、モニカ達にお茶を淹れて貰う。
なのだけれど、私のお腹が鳴いた⋯⋯。
皆固まったと思った瞬間、笑いに包まれた!
私は恥ずかしくて顔を手で覆った⋯⋯。
「ふふっ、シアったらお腹空いているの? 彼方では食事はどうしていたの?」
「彼方は食事を必要としなくて、私も時間の感覚が分からなくて⋯⋯何も食べていません」
「それはいけないね。アルヴァー何か見繕うよう、厨房へ」
「畏まりました」
「シアのお腹の虫は可愛いね」
「レオンお兄様! 恥ずかしいです⋯⋯」
私は皆に笑われたけれど、此方に戻ってからは、急にお腹が空いたのは事実なので、何も言えない⋯⋯。
程なくして食事が用意された。
サラダとリゾットに果物の盛合せ。
おいしそう!
私は早速食事を頂く。
その間はお養父様が私がいなかった間の事を話してくれた。
曰く、私を襲った連中は、私が“王女”だからではなく、辺境伯家のお嬢様だから襲ったとの事。
連中は悪徳商人の一味で、今回この領で取り締まりが厳しくなったことに対しての不満を領主の子である私に向いたとの事⋯⋯。
その理由を聞いて、呆れてしまったので、ついついこう呟いてしまった。
「バカなのですか?」
「バカだろうな」
「全くその通りよ!」
「バカでしかないね」
私の呟きに皆が答える。
「あの子は無事でしたか?」
「大丈夫よ。心配ないわ」
「それを聞いて安心しました」
「だけど、貴女にはお話があります。明日アルと私の三人でお茶会よ!」
お養母様の笑顔が怖い⋯⋯!
お説教かしら。
多分そうに違いないわ。
「シア、頑張れ!」
「お兄様、その応援が怖いですわ」
凄く他人事のお兄様の応援を受けて、明日のお茶会が決定した。
午前中は、帰ってきたばかりなので、ゆっくりしなさいとの事だったので、予定が入る事はなかった。
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次話も楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願い致します。