31 想うこと
お祖父様との訓練の後、一度部屋へ戻ってきた。
まだ夕食には早い時間なので、部屋でゆっくりと過ごす。
何時もなら読書をするのだけれど、今は読む気になれなかった。
モニカは私の様子が変わった事には触れてこず、お茶を淹れてくれた。
今は何も言われないのが有難い。
私はお礼を言って、お茶を飲む。
――美味しい⋯⋯。
先程の訓練を思い出していた。
深く考えてしまうと落ち着かない。
吹っ切れたつもりでもそうではなかった。
ただ、そう思っていただけ。
けれど、あの時は心にすとんっと心が落ち着いたのも事実で。
あぁ、だめだわ。
考えると気持ちが沈んでしまう。
また記憶に引きずられてしまう。
今は考えるのは止めておこう。
――何だか疲れたわ⋯⋯。
そう思っていると、瞼が重くなってきて、そのまま寝てしまった。
――ステラ様、起きてください!
――ん⋯⋯。誰か呼んで、る?
「ステラ様、そろそろお起きになりませんと、夕食に遅れますよ。その後もお話しなされるのでしょう?」
それを聞いて一気に覚醒した!
そうだった!
夕食の後お祖父様達とお話ししたいとわたしから約束したんだった!
「モニカ、起こしてくれてありがとう!」
「いえ、お約束がなかったら寝かせて差し上げたかったのですが⋯⋯」
「私からお願いしたことだから」
「さぁ、お仕度なさいましょう」
髪はハーフアップにして、ドレスとお揃いのフラワーのヘッドドレスを付けて貰い、ふわっとしたフラワー刺繍が入ったシフォンドレスを着て完成。
「とってもお可愛らしいです!」
「ありがとう」
「いえ! ⋯⋯目の保養ですわ」
モニカの様子に私は苦笑した。
「さぁ、そろそろ参りましょう」
「そうね。お待たせするわけにはいかないもの」
私はモニカを伴って部屋を後にした。
少し早めに着いたと思ったけれど、すでにお祖父様達がいて焦ってしまった。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いや、我々も今来たところだから気にするな」
「そうよ。そんなに気を遣わなくても良いのよ。それにしても、やっぱり可愛らしいわ!」
「全くだ! 可愛い妖精さんだな。じいじの膝の上においで⋯⋯」
「イル! それはだめよ、せめて夕食の後にしなさいな」
「仕方ないな、ステラ後で膝の上においで」
「わかりましたわ」
「さて、冷めない内にいただこうか」
本日のメニューもとっても美味しそう!
彩りも良く、お腹にも優しいメニュー で、ちょっと疲れている私には嬉しいコースになっている。
食後は団欒の間に移動し、モニカ達がお茶を用意すると部屋を下がった。
不思議に思っていたのだけれど、お祖父様が「ステラはここだ」とお膝の上をポンポンしたので、私はお約束通りお膝の上にちょこんと座ったのを見たお祖母様は呆れていた。
「お祖父様、私重くないでしょうか?」
「いや、軽すぎるくらいだ」
「それなら良いのですけれど⋯⋯」
お祖父様が楽しそうにしているので、よしとしましょう。
「何故モニカ達を下げたのですか?」
「その方がステラが話しやすいだろうと思ったからだ」
「⋯⋯ありがとうございます、お祖父様」
まだなに話すか迷ってはいるのだけれど、お祖父様達だけの方がありがたい。
「今日は時間はたっぷりあるから、ステラが思うように話しなさい」
「はい⋯⋯」
「焦らなくて良いのよ」
客観的に見ても私は焦ってるのかな⋯⋯。
一度スッキリしたはずなのにこんなに悩むなんて。
「私は周りから見ても焦ってるように見えるのでしょうか?」
「そうだなぁ。焦っていると言うより、生き急いでる感じだな。良い見方をすれば頑張って勉学に励んでいる。だが、ステラの場合は、何も急ぐことはないのに必死になりすぎている感じはするな」
「そうねぇ。オリーの話を聞いた限りではそんな感じよね。何をそんなに必死になっているの?」
――生き急いでいる? そんなことはないと思うけど、必死には⋯⋯なっているかもしれない。
「私はまだ記憶の私と今の私が混濁しているように感じていて、伯父様達は人により時間は掛かるだろうが、馴染むからと言われて、一度は納得したのです。此方の事を学んでいけば、そのうち馴染むのかなと。私に出来る事と言えば、今は学ぶことだけだと思うのです」
そう、今出来る事と言えば、此方で生きているのだから此方の事を学ぶことが、自身の為にもなる。
「ステラ、少し質問をしていいか?」
「勿論です、お祖父様」
「記憶の其方は何故死んだのだったかな?」
「それは、人を庇って⋯⋯です」
「大切な者か?」
「いえ、仕事上の目上の者です」
「仕事はどんな事をしていたんだ?」
「仕事は、秘書⋯⋯側近のような仕事で、ようやく一人前になったところでした」
「仕事は楽しかったのか?」
「はい。時として難しいことに直面したりもありましたが、とても楽しく従事していました」
「なるほどな⋯⋯」
お祖父様は私の話を聞いて考えているようで⋯⋯。
「何となくだが、ステラが焦る気持ちが分かった気がする」
「今ので、ですか?」
「あぁ。“記憶”では、やっと一人前になったところで命を落としたのだろう? そして、“今”を生きるステラは今回毒を受けて生死を彷徨った。そして“記憶”が戻った。それにより、いつ死に直面するとも分からない、だから生きている内に出来る事を、やりたい事をしようと、また何時死ぬか分からないから⋯⋯と。中途半端にならないよう、それが焦りに繋がるのだろうな」
――何時死ぬか分からない⋯⋯。
そう、何時死ぬか分からない。
“また”死ぬかもしれない、それだったら死ぬ前にやりたいことは全てやりたい
また後悔しないように⋯⋯。
今世は前世よりも死が隣り合わせ。
身を守る術を身に付けないといけない。
だから、早く学びたいし、強くなりたい。
“記憶”のように仕事もようやく一人前と言うところまで来たのに、プライベートもやりたい事が沢山あったのに⋯⋯。
後悔をしたくないから。
だけど、本当はそれだけではない。
ただ、それを、口にする勇気は⋯⋯今は未だない。
私はお祖父様に寄り掛かったら、お祖父様は何も言わずに抱き締めてくれた。
お祖母様は頭を撫でてくれた。
「お祖父様、お祖母様、ありがとうございます」
「いや」
「お祖父様の言う通りです。私は何時死ぬか分からないから、やりたい事を後悔しないようにしたくて、それで、気が急いているのです」
「ステラ、確かに人は何時死ぬか分からない。そして今世は王族で、勝手な連中は利用しようと画策したり、命を狙ってくるだろう。実際毒を受けたわけだしな。だが、護衛は付くしその者等がステラを護る。本人が無茶をしなければ早々死ぬことはない。だが、本人が今以上に無理を重ねれば、それはそれで死ぬぞ。強くなろうと、知識を得ようとする事は良いが、無理をしすぎるといつか身を滅ぼす。今出来る事以上の事をする必要はない。だから焦る必要もない」
「私は今出来る以上の事をしているのでしょうか?」
「そこからか⋯⋯」
お祖父様は呆れたように溜息をつく。
「ステラは今いくつ?」
「えっ、と五歳ですが⋯⋯」
「そうね、五歳の子供ですよ。まだ甘えても良い年で遊んでも良いのよ。ヴィンスもやんちゃで遊んでいたわよ、それなりにね」
遊ぶ⋯⋯と言ってもどう遊んで良いか分からない。
お祖父様の言っている事も分かる、きっとその通りで、私は何もやりきらない内に死にたくない。
記憶があるから、大人の記憶と死の記憶が強くて、子供の今が分からない。
「お祖父様、私はどこか変なのでしょうか。頭では理解できます。魔力を感じ取った今、私の気持ちの焦りが己の魔力に反映されていて、身体に負担が掛かっている事も。けれど、心が付いていきません」
「何処も変じゃない。そう思うのは当たり前だろう。誰だって死にたくて生きている訳じゃない。特に記憶を持ち、色んなものを残して予期せぬ死に直面したのならな。だから“記憶持ち”は馴染むのに時間が掛かるのだろう」
「私は子供らしくなくて、気持ち悪くはないですか?」
「まさか! ステラは自慢の孫だ。私の可愛い、なんなら私が護りたい位だ。というか、此処でずっと暮らしても良いぞ!」
「イル、それは流石にダメですよ。ステラが自慢で可愛い孫は私も同意しますが、それではステラのためにならないでしょう⋯⋯。困ったお祖父様ですね」
「お祖母様、ありがとうございます」
お祖父様達も伯父様達も本当にお優しい。
こんなに同じ事で悩んでしまう私に優しくて諭してくれる。
お父様達はどう思ってるのかな。
お手紙の返事も、まぁそれに関しては忙しいのかもしれない。
だったら、会うことはもっと難しいかもしれない。
会いたいって言ったら、きっと困るだろう。
「何を考えている?」
「いえ⋯⋯」
「ステラはもっと素直になっても良いな。相手の事を思うことも大切だが、言わないと伝わらないこともあるぞ」
それは、そうね。
言葉にしないと思いは伝わらない。
というか、伯父様もお祖父様も鋭すぎる⋯⋯。
「難しいのは分かっていますが⋯⋯お父様達に会えますか?」
「そうだな⋯⋯予定を調整する必要はあるが、会えないことはなかろう。お祖父様に任せておけ」
「はい、よろしくお願い致します」
少しずつでも前に進みたい。
だから、少しだけ素直になろうとそう思った。
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