272 不穏な動き
明かりもつけずに暗がりの部屋。
部屋には黒いローブを深々と羽織った者が一人、誰かに話し掛けていた。
「王族周辺は警備が厳重の為、狙うのは難しく⋯⋯」
緊張の孕んだ声色にきちんと答えられずに頭を低く下げる。
「ふむ。グランフェルトは思ったより鼻の利く連中が揃っているようだな」
「はい。騎士団内に情報共有はされていないものの、上層部は把握しているものかと」
「王の周辺は難しいだろうが、学園に通う王子王女ならばたやすかろう」
「い、いえ、それがそう簡単にはいかず⋯⋯」
相手は失望のため息をつく。
報告を行っているのであろう者は青い顔で跪いていた。
どれくらいの時が経ったのか⋯⋯。
嫌な汗が下たる。
「グランフェルトを挟み、ゼフィール、ヴァレニウス。この三ヵ国の結束は厄介だな。どうせゼフィール辺りが入れ知恵をしたのだろう」
独り言のように呟き黙る。
重い空気に重い気配に耐えながら沈黙を貫く。
下手に声を上げようものならすぐに処分されるからだ。
「まぁよい。魔力量の多い者を捕らえろ。下手に王族に手を出す必要もない。それと、駒に使えそうな奴を引き込むのを怠るな」
そう言いふっと気配が消えた。
重くのしかかった威圧がなくなりほっとする。
王族に拘る必要性がなくなると仕事がやりやすくなる。
「今後の方針は?」
声が聞こえた方を振り向けば、同様の黒いローブを身にまとった者が一人、近づいてきた。
「⋯⋯王族に拘る必要はない、と」
「まぁ、下手につついて全部が台無しになるよりはましだよな」
「⋯⋯⋯⋯」
その軽い口調と言葉に黙り込んだ同僚を見て気まずそうに視線を外す。
「あー、悪かった。命令とはいえお前は禁術を使って自分の姿を捨てたのに⋯⋯」
「いや。俺の事はどうでもいい。それより、守備はどうだ?」
「ダメだ。宮廷内は厳重な監視が蔓延っているな。隙があってまるでない。やはり子供を狙う方がいいな」
「では狙いは学園だな」
「ついでに子供なら駒にしやすそうな阿呆な者も見繕えるだろうな」
「あぁ、けど油断はするな。子供といえど貴族だ。馬鹿なガキもいるだろうが、小賢しいガキもいるからな」
「分かってるさ」
早々失敗は許されない。
既に自分と同じく禁術を使って潜入していたものが捕われてしまった上に自害にも失敗しているというから奴の口からこちら側の事が漏れないとも限らない。
それは奴がどれだけの拷問に耐えられるかで決まるだろう。
捕まった奴の事を気にしている場合ではない。
今はどうやって任務を遂行するかが先決だ。
時間を掛ければ掛けるほどに失敗する確率は上がり、自分達の危険も上がる。
命が惜しいわけではないが⋯⋯、いや、今はまだ死ぬわけにはいかない。
自分には目的があるからだ。
そのためにはこれを成功させ、もっと力を付ける必要がある。
「⋯⋯我々も行動に移そう」
そう呟く声が部屋に響いた。
***
エリーカの事が気になり少し早く、しかし優雅さを欠くことなく人の少ない朝の図書館へと急いだ。
朝も早いこともあり、図書館内には数人の学生がいるだけで、私は窓際あるソファ席へと向かった。
そこには既にひとりの令嬢が座っていたが私に気が付きさっと席を立つ。
「ステラ様、おはようございます」
「おはよう、シャロン」
待っていたのはシャロンで、エリーカの様子を聞くのに教室では憚れるため朝の図書館で待ち合わせをしたのだ。
そのシャロンから何か変な気配を感じたけれど、シャロン本人なのは間違いない。
ティナも警戒した様子もないし、大丈夫かと思いシャロンに話し掛ける。
「朝早くからありがとう」
「とんでもございません。⋯⋯それよりも、今日はお姉様がお側にいらっしゃるのですね」
ちらりと私の背後に控えるティナへ視線を向け、「今日に限って何故ここに?」とでも言いたそうなきつい視線を向けていた。
その視線を受けてもティナは全く意に返さずに無視している。
「シャロン、エリーカの事を聞くのには同じ同性の方がいいでしょう。それに、ティナだってまだ学園の学生なのよ」
「それはそうですが⋯⋯。やはりお姉様ばかりずるいです」
「え?」
「何でもありません」
最後になんて言ったのか聴き取れずに聞き返すもはぐらかされてしまった。
けれどシャロンの様子からは きっとティナが羨ましいとか思っていそうだ。
「早速だけど聞かせてくれる?」
「はい。エリーカさんは昨日より落ち着いていますが、憔悴し今日は学園をお休みします。ステラ様にあのような態度をとってしまったと落ち込んでいました」
怖い思いをした後なのだから自らの態度に落ち込まなくてもいいし気にする必要もないのだけれど、自分が大変な目にあったというのにそこを気にしてしまうエリーカは真面目で人の事まで気にする彼女は本当に優しく、だからこそ今は私の事など気にせず自分を一番に考えてほしい。
そう私が思っても、きっと繊細が故に些細なことも責めてしまうのかもしれない。
「エリーカにそのような些細な事気にする必要ないと伝えておいて。私は全く気にしていないと」
「畏まりました。それで彼女から少し話が聞けましたので調査をしたのですが⋯⋯」
――⋯⋯ん? 調査をしたって⋯⋯学園終わりで寮に戻ってからというと、もしかしなくても夜にってことはないよね!?
「シャロン、その調査っていつしたのかしら?」
「昨夜です」
「⋯⋯昨夜?」
「はい」
私の考えが当たっていて驚いたけど、シャロンは至って真面目で何故私が驚いているのか全く分かっていない様子だった。
ティナはティナでシャロンの言葉に何故か頷き同意しているように思う。
「シャロン、無理はしないようにって伝えたはずよね? ティナにも言ったはずだけれど」
「はい、無理はしておりません」
「シャロンにはそのように伝えましたけれど、夜中ですと邪魔されずに調査が出来ますので。多分ステラ様と私達の感覚の違いですわ」
「感覚の違い?」
「えぇ。私達は一般的に無理無謀だという行動もそのように感じません。ですので妹が昨夜調査を、仮に寝ずに行ったとしても無理をした、という事にはならないのです」
それはべリセリウス家ならではの事なのだろうか。
そうはいってもシャロンも私と同年齢でまだ未成年⋯⋯それを言ったらルアノーヴァもそうだけど、シャロンは侯爵令嬢という立場もあるので私としては心配になるのだけれど、二人の表情を見るにそれは無用な心配、という事なのかしら。
「分かったわ。二人が自分の体に負担が掛かるような無謀な真似をしなければもう何も言わないわ。それで、何か分かったのかしら?」
「エリーカさんがぽつぽつと話した内容から推察して現場の確認を行いました。場所は学園の死角になる場所。校舎の裏手にある木々が生い茂っているところへ呼び出されたようです。あの場でしたら多少声を荒げても誰にも聞かれず、臆病者が愚かな真似をするのにもってこいの場所です」
シャロンの言いたいことも分かるけれど、結構辛辣に言葉を並べる。
校舎の裏手、全くもってらしい場所だ。
定番と言っていいだろう。
だが、そのような場所に呼び出され、恐ろしい思いをしただろうエリーカの事を考えると胸が痛む。
「そこでこのようなものを拾いました」
そう言ってコツンッとテーブルに置いたのは親指と人差し指で丸を作ったより小さめの黒い魔石だった。
嫌な気配。
シャロンに会ったときに感じたのはこの気配だったようだ。
「これは、まだそれ程進行していないわね」
「はい。これと同じようなものが学園内にあり、昨夜の内に回収済みです」
「え、待って! これが学園内に沢山あったって事?」
「はい。全部で十三個回収しました」
「普通の学生がこんな物を持ち込むことは不可能よね。⋯⋯侵入者がいるのかしら」
「もしくは、既に奴等に利用されているものがいるか、ですわ」
「何にしても、これが悪影響を及ぼして学生達の感情を利用していたという事も考えられるわね」
「はい。これらを回収した事で直ぐに変化はないかと思いますが、注意する必要があります」
となったら、私一人ではダメね。
お兄様と情報共有が必要だし、これを一般人に知られると混乱するだろう。
「回収した魔石はどうしたの?」
「ステラ様の指示に従う為にまだ持っています」
なんてことないように話すシャロンだけど、そんなに魔石を持っていて大丈夫なのかと心配すると、ひとつの箱に纏めて入れ、結界を施しているので何ら影響はないようだ。
それを聞いて安心したが、それにしても心臓に悪い。
お兄様にも報告しないといけないし、魔石が学園内に存在していたとなるとこれはお父様にも報告しなければならない。
「魔石が学園のどの辺りにあったのかは控えてあるかしら?」
「はい。学園全体の地図に示してあります」
そう言って渡された地図を見ると魔石があった場所は人気が無い場所からそこそこ人が行きかうホールに庭園など、校舎内にはなかったようだけど、警備が手薄な場所に多く見られる。
それよりもこの広大な学園をまさか一人で調査をしたなんて言わないよね⋯⋯。
ふとそんな考えがよぎってシャロンに問いかける。
「シャロン、これを一人で行ったの?」
「いえ、私と私の手の者ですわ」
「ステラ様。私達には一人ずつ自由に動かせる者が付いております」
「そう。それなら良かったわ」
心底安心してほっと息をついた。
取り合えずシャロンが持っているという魔石は侯爵へ渡すようシャロンに伝え、今日の昼休みに集まることとなった。
こんなに魔石が学園に点在していたこと、それが何時からなのか分からないが、魔石を見る限り最近だろう。
やはりクラースの件と繋がっているのかもしれない。
偽物を監視しているのは私の影とお父様の影だ。
アステールから今朝報告を受けた内容では、奴らは学園を狙っているようだから気を引き締めなければならない。
それは今朝お父様からも注意されたことだ。
教室まではシャロンと共に行き、レグリスとロベルトへ共有する。
そして昼食を共にする事を伝え午前中の授業に集中する。
事案が気になるが、学生の本分は学業なので、私も例外ではない。
午前中の授業を無事終えると、四限目の選択授業で同じだったシャロンと共に皆が集まる王族専用の部屋があり、そちらへと向かった。
部屋へ着くとまだ誰もいなかったが、直ぐにが集まった。
私とお兄様、そして私達の側近と今回調査を行ってくれたシャロンが加わり、中々の人数だった。
「ステラ、軽く報告は受けたけれど、魔石が学園内に散らばっていたのかい?」
「はい。シャロンが調べてくれたのですが、こちらをご覧ください」
卓上にシャロンが記載した学園の地図を置くと皆がそちらに注目をする。
「これは中々いい所に魔石を置いていったんだね」
そう言って感心するのはレオンお従兄様だ。
その言葉に同意する側近が何人もいる。
という事は、敵にとって好ましい人物がこの場を利用するというのがバレているという事。
学園内を探られていることにレオンお従兄様の言葉もあり、この場にいる皆が危機感を感じた。
今朝のお父様からの言葉を伝えると表情が引き締まり、さらに周囲に注意して行動する必要がある。
「お二人共。学園内といえど、お一人での行動はくれぐれもなさらないように。必ず私達の誰かを共につけてください。特にヴィンス様」
「どうして私が?」
「身に覚えがあるでしょう?」
じっとお兄様の側近である、レオンお従兄様を筆頭にマルクス卿、アベニウス卿、カルネウス卿と四人に見つめられてそっと視線を外すお兄様。
という事は、身に覚えが大ありという事。
「ヴィンスお兄様?」
私がジト目でお兄様を見つめると焦った様子で言い訳をしてきた。
いつも私に対して一人で行動は控えるようにと言っておきながら自分は一人で行動しているなんて!
それも私だってお兄様が心配だからっていつも言っているのに!
「ステラ、悪かった。一人で行動しないよ。だからそんな目で見るのは止めて、ね?」
「ちゃんとお約束してくださるまで口を利きませんわ」
「分かった。約束するよ」
「絶対にお一人で行動なさらないでくださいね。危険なことしないでくださいね」
「あぁ。約束するよ」
じっとお兄様と見つめる。
ぷいっと私はお兄様の側近達に視線を向け、こう言い放った。
「もし、ヴィンスお兄様がお一人で行動しているのを見かけたら、私に包み隠さずに報告してくださいね」
「はい。必ずそうします」
「おい! お前達は私の側近だろう?」
「あら。 お兄様が約束を破らなければいいだけの話ですわ」
「ステラ様の仰る通りですよ」
流石に私と自分の側近達に見つめられて「分かった」と観念したようだ。
「話を戻す」
ちょっと疲れた様子のお兄様だったけれど、きりっとして話を元に戻した。
「ステラ、魔石を父上に届けたんだったな」
「はい。この件を私だけで納めるのは難しいと思いましたので、お父様へ報告させております。返事が此方ですわ」
届いた手紙をお兄さまに手渡す。
私は既に確認済みで、お兄様にも読んでいただく。
「分かった。学園で起きたことは私とステラの二人で解決するようにとの仰せだ。この場にいる全員が心してかかる様に」
「「「はい!」」」
という事は、シャロンは巻き添え決定ね。
本人は俄然やる気十分だし。
昼休憩を命いっぱい使って今後の方針を決める。
今日からマルクス卿とティナが中心となって学園が終わり寮に戻った生徒達の様子を見る事となった。
学年が下の側近達は情報収集を行い、先ずは普段と違った様子の生徒達がいないかの確認を行ってもらう。
魔石の影響下になければいいが、もし何らかの影響を受けていたとなれば早々の治療が必要となる。
シャロンにはレグリス、レオンお従兄様と共に引き続き学園の見回りを頼んだ。
敵が魔石の回収に気が付きまた設置するとも限らない。
ただ、二人で行動するようにと念押しした。
敵に遭遇する可能性もあるかもしれない。
まだ敵の姿が見えない以上、特に警戒を強めるようにと。
もし遭遇してしまったら先ずは身の安全が優先だけど、捕らえることが出来るならば捕らえるよう伝えた。
宮廷へ帰る馬車の中で私とお兄様、そして迎えに来たマティお従兄様とべリセリウス卿と昼間の 続きを話し合う。
「厄介なことになったな」
「楽しい学園生活が楽しくなくなりましたわね」
「全くだ。それにしてもシャーロット嬢が夜中に調べていたなんてな」
「話を聞いた時は私も驚きましたわ」
「お二人共、それほど驚くようなことではありません。殿下は妹を巻き込んで正解でしたよ」
「普通そこは怒るところではないかしら?」
「いえ全く。寧ろ私が学園を卒業していますから、シャロンを使うようにと進言しようと思っておりました」
成程。やっぱりべリセリウス家の人間は普通と考えてはいけないわ。
普通の家庭ならば妹を危険に晒すなどよしとしないでしょう。
けど、今回はシャロンの調査で助かっているし、何よりも本人がね、こう此方が思うよりもやる気だからね。
本人の意思を尊重するのも大事だよね。
そのことに関しては私はもう諦めていた。
「もうひとつ報告があるのです」
私は今朝影からの報告を聞いていたので、それをお兄様達に共有した。
学園の魔石の件と宮廷のクラースの一件、捕らえられた者は同一の組織で目的は魔力と奴らの組織に与しやすい者の勧誘。
闇の組織とみて間違いないだろうとの事だった。
「その件を父上には?」
「お父様の手の者と一緒でしたようなので、既にご存じですわ」
「そうか。そこまで分かったのなら、そろそろ捕らえても良さそうだけどね」
「そこは陛下のお考え次第かと」
奴らを捕まえる、その言葉を聞いて心がすうっと冷えていった。
「ステラ」
名を呼ばれ顔を上げると心配そうなお兄様の表情が目に入った。
「どうかなさいましたか?」
「その時は必ず来るから焦ってはいけないよ」
「焦ってはいませんわ。ただ⋯⋯」
マティお従兄様は私の気持ちを分かってくださっているからそっと握られた私の手に力を抜くようにと添える。
「あれはステラ様の獲物です。動くときはステラ様にもきっと教えてくださいますよ」
クラースが私のシベリウスで過ごしている時の護衛だと知っているので、今回彼が犠牲になった事で私の心情を理解してくれているけれど、お父様は私情で教えてくれることはないだろう。
マティお従兄様だってそれは分かっている。
我儘を言うつもりはないけれど⋯⋯。
「ステラ様⋯⋯」
「そんなに心配なさらないでください。ちゃんとお父様からの言葉を待ちますから」
私はお従兄様の手にそっと添えて心配しないようにとにこりと笑って見せる。
そんな私を見てお従兄様はまだ少し心配そうな表情ではあるものの、ほっと頷いた。
「宮廷に戻ったら父上からお話があるだろうね」
学園に行っている間に事態は進んでいるし、何よりも魔石の件もある。
外を見ればすでに宮廷の門をくぐっていた。
一旦執務室へ向かうとやはり陛下の執務室へとの伝言があり、私はお従兄様を伴って陛下の元へと向かった。
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