271 頼りになる仲間
カーテンの向こうへ声をかけてから中へ入る。
先生には遠慮してもらい、この場に私とシャロン、そしてエリーカだけだ。
少しでも彼女が落ち着くようにと思ったのだけれど、シャロンの様子ではエリーカは未だに口を堅く閉ざしているようだ。
私はベッドに腰掛ける彼女と視線を合わせるように椅子へと座り、そっと硬く握られた手に優しく添える。
一瞬びくっと体を揺らすも振り払われるようなことはなかった。
「エリーカ」
「⋯⋯⋯⋯」
そっと呼びかけても反応がない。
どれほどの恐怖を感じたのだろう。
このようになるまで優しいエリーカに暴行を加えた者に対して怒りがわいてくる。
「話したくないのなら何も話さなくてもいいわ。けれど、質問には答えてほしいの。頷いたり首を振ってくれればいいわ」
その言葉に彼女はぎゅっと手に力が入いり震えている。
「エリーカをこんな目に合わせたのは学園の生徒?」
こくんと小さくうなずいた。
よかった。質問には答えてくれるみたい。
私は質問を続けた。
相手が男子生徒か、女子生徒か。
相手の人数、学年と貴族か平民か。
知っている人か知らない人なのかと質問をするにつれ、その時の事を思い返したのかぽろぽろと涙を流した。
「エリーカ、辛い目にあったのに沢山質問をしてごめんなさい。答えてくれてありがとう。ゆっくり休んでね。寮に帰るときはシャロンと一緒だと心強いかしら?」
控えめに頷いたので、帰りはシャロンに頼み、彼女も快く引き受けてくれた。
後を先生に任せて医務室を出ると食べ終わってきたのかレグリスとロベルトの二人が外で待っていた。
「エリーカ嬢の様子はいかがでしたか?」
「相当心に傷を負っているわ。今は静かに休むのがいいでしょう」
「ステラ様、いかがされますか?」
「このまま捨て置くと思う?」
「いえ。ですがあまり表立って行動なさるのはさん」
ロベルトが心配をしているのは宮廷での一件が有るからだろう。
学園だから大丈夫なんて言うつもりはないけれど、これを放っておくことは出来ない。
「ステラ様、どうか私をお使いください」
「シャロンにはエリーカの事を任せたいの」
「もちろん彼女の事も気に掛けますが、私はステラ様のお役にたちたいのです。お姉様が宮廷でいらっしゃる間、学園では私が代わりを務めます!」
珍しく感情を表に出して訴えるシャロンに私は少し考えた。
確かにティナをルイスの側にとお願いしているので、今回の事で学園へ来て貰うという選択も考えたけれど、そうなればルイスが無防備になる。
だったらシャロンに手伝ってもらった方が効率もいいが、シャロンにお願いしたら無茶をしそうで怖いのよね。
違う意味で。
ティナに釘を刺してもらったらいいかな。
シャロンは私の事を瞬きひとつせずにじっと訴えかけてくる。
正直ティナよりもシャロンの方が怖い。
違う意味で。
何回も言うけどそこが大事。
「分かったわ。けど約束して。無茶なことをしたダメよ。もし無茶なことしたら⋯⋯分かっていますね?」
「分かりました。ステラ様のお考えには背きません」
本当に分かっているのかな。
もし無茶なことをしたら侯爵へ告げ口する気満々なのだけれどね。
「では、エリーカに寄り添って話を聞いてほしいのと、彼女の周囲を探ってほしいの」
「畏まりました。必ず期待に応えて見せます!」
やっぱり不安だ。
あのやる気に満ちた目、こぶしを握る力。
――大丈夫かな。
私が不安に感じていると側にいロベルトとレグリスもどこか疑わしい顔でシャロンを見ている。
不安に思っているのが私だけではなかったみたい。
午後の授業に参加し、生徒会室へと行くと、エリーカの一件が生徒会長である従兄様の耳に既に入っていた。
「ステラ様とレグリス君のクラスメイトのエリーカ嬢はの様子は?」
「私がお昼に様子を見に行ったときは、話す事自体が難しいような様子でしたわ。それだけ怖い思いをしたのでしょう」
「グレーデ先生の話では暴力を振るわれた跡があったとか」
「そう聞いています」
グレーデ先生とは医務室の先生でシャロンが授業終わりに迎えに行くまで寄り添ってくれていたそうだ。
寮へ帰る頃には少しは落ち着き声を出せるまでには回復したようだけれど、それでも心配が残るので、寮のに在中している医師に引き継ぎを行い、寮でも随時様子を見るように手配したと聞き少し安心した。
「流石に授業を欠席してまで見回りを強化することは難しいが、風紀部と手の空いた教師が学園内を見回りすることに決まった」
「珍しいですね。教師が率先して動くなんて」
「本来は教師が事の重さを理解して動かねばならないんだよ。けれど、今まではそれを怠っていたから問題になり、新たな教育科目を取り入れ学園内に気軽に相談できる場所を擁立しているんだ。それなのに、今回の事を放置するならば、それは学園の教師の質を疑うよね」
「けど、教師が動けば、その令嬢に暴行を働いた者は鳴りを潜めるんじゃないかな」
「レグリス君の懸念も分かるよ。けれど、今まで率先して動かなかった教師が動いている、なんて生徒は信じるかな?」
「確かに、俄かには信じられませんよね。何より学園は広いですからそう簡単に分かるはずもないとたかをくくっているかもしれません」
そうしてボロを出してさっさと捕まってほしいけれど、そう簡単にいかないだろう。
「先程、 風紀部と手の空いた教師が見回りをすると伝えたが、生徒会としても独自に調べようと思う。同クラスのステラ様とレグリス君はエリーカ嬢が学園へ登校できるようならば、彼女の全面的に寄り添って出来れば行動を共にすると彼女も安心するでしょう。もちろん彼女の意思を尊重することが一番なので無理強いはしないように」
これは、真っ先に私に対し表立って動くなとくぎを刺された気がする。
そうと感じたのは私だけではなく、レグリスも同じことを思ったみたいだ。
宮廷の一件が有るから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、友人が被害にあっているので、私としては率先して調べたい。
「いけませんからね」
「お従兄様⋯⋯」
帰りの馬車の中、お従兄様にまた止められてしまった。
まだ何も言ってないのだけれどね。
「お気持ちは分かりますが、流石に容認できません」
「まだ何も言っていないわ」
「何も言わなくてもわかりますよ」
「お従兄様、今回の調査はシャロン、べリセリウス嬢にお願いしましたわ」
「何故彼女に?」
「それが⋯⋯」
私はお兄様達にシャロンの事を話すと、何故か同情するような眼差しで見つめられてしまった。
「べリセリウス嬢は、彼女もやはりそんな感じなんだな」
「クリスティナ嬢にしても彼女達は独特ですね」
マティお従兄様はべリセリウス家の事を知らないだろうけど、何かしら察しているように思う。
「調査を彼女に任せたのならそちらは近いうちに犯人が分かるだろう。けど、ステラが側近以外の者に任せるとは思わなかったよ」
「シャロンの勢いに押された、というのもありますけど、同じ女子寮で同クラス、何よりべリセリウス家の者ですから。⋯⋯何よりも本人がやる気なのですわ」
「理由の大半がそれだね」
「そうとも言いますわ」
最後は開き直りだ。
勿論先程言ったことも本当の事だけどね。
何かしらお願いしなければ、さらに暴走しそうな気がしたので、自己保身⋯⋯じゃなくて彼女の為だ、と自身に言い聞かせる。
まぁ学園で起き学友が傷つけられたので、学友にお願いするのは何もおかしなことじゃない。
これが私の身に起こった事ならばそうはいかないけれど。
ただ、少し心配なのことはある。
主にシャロンが暴走しないか、である。
「ティナにお願いがあるの」
執務室に着き、ティナたちから「おかえりなさいませ」とあいさつを貰い、椅子へ掛けてすぐ、ティナに一言言った。
彼女は直ぐに何かあったのかとすっと姿勢を正し、私の前で胸に手を当てる。
いやいや、そんな大したこと言わないからいちいち気取ったことしなくていい、と私は内心突っ込んだ。
似合ってるけど。
「ティナ、そんな大層なことではないの。ただ、シャロンが暴走しないように一言言ってほしいだけよ」
「妹に、何か命じられたのですか?」
「お願いをしただけよ」
ティナってば不機嫌丸出しの表情、侯爵家の令嬢とは思えない顔だ。
学園では男女関係なく人気があったけれど、この顔はダメでしょう。
いつも冷静で令嬢の鏡ともいわれ慕われているというのに⋯⋯。
ほら、ルイスも呆れているわ。
「ティナ、その表情は外でしない方がいいわ」
「ご安心くださいませ。場所は弁えております」
――そういう問題じゃない!
またもや盛大に心の中で突っ込む。
⋯⋯けど、私も人のこと言えないかな。
いや、やっぱり違う。
私が今の所素を出すのは影の前だけだ。
素と言っても言葉遣いが崩れるだけなんだけど。
⋯⋯どっちもどっち?
脳内で私とティナの行いを比べるも、誰かに聞いたらどっちもどっちだと言われそうな気がしてきた。
「それで、学園で何か問題が? でなければステラ様が妹を使うことはないでしょう?」
「同クラスのエリーカ嬢が襲われたの」
私の言葉にティナとルイスの表情が変わった。
ティナは真剣な、ルイスは驚き次いで心配だという表情になった。
私は二人に学園で起こった出来事を話した。
と言ってもまだ仔細が分からず、エリーカに起こった事だけだ。
「⋯⋯全くもって低俗な者が蔓延っているようですわね。ステラ様が新設なさった学科が始まり、もうすぐ一年が経とうとしているというのに」
「そのエリーカさんは無事なのですか?」
「無事、とは言い難いわ。体もそうだけど、それこそ精神的に辛いでしょう」
「ステラ様の努力を無駄にした愚か者は必ず捕まえなくてはなりませんね」
「私の努力なんてどうでもいいの。⋯⋯エリーカをあのような目に合わせた者は必ず捕らえます」
最後の言葉にルイスはびくっと体を震わせた。
私の言葉がきつかったのか少し表情が硬くなった。
ティナはシャロンを使った理由に納得したようだった。
寮は学年別となっているので同学年のシャロンに頼むのが自然で被害にあった彼女も安心するだろうと。
何よりも依然聞いた話ではシャロンは情報収集能力に長けているというから、今回はその脳力を存分に発揮してほしい、のだけど、物騒な発言が多いから心配でもある。
「成程。事情はわかりました。⋯⋯それで、マティアス様から釘を刺されたのですね」
「どうして分かったの?」
「私でも止めますわ。今の状況下では学園であっても気を許してはなりません。何よりステラ様はすでに学園で襲われているのですから」
「一層の事、こちらから仕掛けて⋯⋯」
「絶対になりません。私がさせません」
最後まで言っていないのにティナにすかさず止められた。
ティナは私が何を言おうとしたのか分かったからだ。
数日前、影から情報が入り、クラースが殺された後、彼が助けたという子供が見つかった。
その子供は彼等の仲間ではなく、推測になるけれど、小遣い稼ぎとでも言ってクラースを誘わせ奴等のいいように使われ、最終的には殺されたといったところか。
けれど疑問も残る。
小遣い稼ぎにと利用したなら態々殺す必要はなく、クラースを家に招き入れた時点で解放すればよかっただろう。
子供だからと口止めもどこまで信用できるか分からないが、殺せば足が付き、その子供が行方不明という事で捜査をされればそれこそ敵にとっては喜ばしくないだろう。
その家には血痕が残っており、その子供は孤児院で住んでいる子の内の一人で孤児院を管理する者が捜索をしていたという。
孤児院というのもあり、警邏に言ったとして動いてくれるか分からず、自分達で探していたそうだ。
兎に角、殺してその子の遺体が見つかれば、面倒になると思わなかったのだろうか。
それともこちらを嘲笑うかのように翻弄しようとしているのか。
いずれにしても調査は必要だ。
その日の夜。
モニカ達と就寝の挨拶をした後、アステールが私の前に姿を現した。
「何か分かったの?」
「はい。奴等の目的ですが姫様方だけが目的、というわけではなさそうです。姫様方を捕らえることができたら重畳。それが出来なければ魔力量の多い者、野心を抱いている者を捕らえ、それに伴い此方を撹乱させるのが目的のようです」
「それは、私達⋯⋯というよりも、この国を混乱させるためかしら」
「それも奴らの目的のひとつでしょう」
「学園の件はそれと関わりはある?」
「まだそこまでは⋯⋯」
「そう。お父様に報告は?」
「陛下の影が報告を行っているのでご安心を」
私はまだ成人前のお父様の庇護下にある身の為、まだ単独で動くことが出来ず、アステール達にも情報共有の為に報告をするように伝えてあるのでちゃんと報告が行ったようで安心する。
彼の報告に会ったこちらを攪乱させることに関し、攪乱した上で私達を捕らえる、とも考えられる。
やはり学園での出来事は関係があるのか。
確証はないけれど、王宮、宮廷と違い学園の方が警備は手薄。
私達を狙うとしたら学園の行き帰り、又は学園にいる間もしれない。
「姫様、このような時間にご報告をしてなんですが、あまり考えすぎると眠れなくなりますよ」
「眠たくないから平気よ」
「姫様の平気は当てになりません」
きっぱり言われて私は苦笑した。
「それで、あの偽物の行動はどうなの?」
「特に焦った様子はありません。この間上から厳重注意を受け、三日間の謹慎中の間、どうやら同部屋の者の目をかいくぐり、日中宮廷内を嗅ぎまわっていたようですが、奴の目当てのものは無かったようで、その後の動きはありません」
「あれはただの先遣の役割なのかな」
「その可能性もあります」
態と、あれをこちらに悟らせ別で動いている者が既に存在しているのか。
その可能性も大いにある。
「お父様達はどのようにお考えなのかな」
「陛下は既にそのようにお考えの上で動かれております」
「アステール達もそう考えてた?」
「はい。いくつかの可能性を考慮して探っております」
その言葉を聞いて、私は自分の考えの甘さ、至らなさを痛感した。
こうして報告を聞いてからその可能性を考える。
けれど、お父様達は二手三手と先の事を、可能性があることを考慮して動いている。
「私、全然ダメね⋯⋯」
もっと視野を広げて考えないと、こんなだとお父様達の足手纏いになるだけだ。
落ち込む暇があるならもっと精進しなければ、そう思うのだけれど、やはり気分が落ちる。
「姫様、そのように落ち込まないでください。姫様がお気になさる必要はありません」
「うん。ありがとう。けどね、皆の足手纏いにはなりたくないし、私の考えが足りないせいで皆を危険に晒す可能性もあるでしょう? それは絶対に嫌なの」
自分の考えが足りないせいで傷つけることは望まない。
だからありとあらゆることを考慮しなければと分かっているのにそれが全然できていないことに、自分に対して腹立たしい。
私は思わずぎゅっと手に力が入る。
それをアステールは心配そうに私を一瞥してすっと頭を下げる。
「姫様。それこそ、我々の実力次第なのですよ。姫様の望みそれ以上の情報を得、尚且つ姫様の安全の為にあらゆる事象を考慮し動く事が我々の役目です。ただ主の望むだけ、命だけしか遂行できない者は三流以下で、そのような者はお側に仕えることは出来ません。ですからそのようにご自身をお責めになりませんよう。我々にお命じ下さればよいのです。⋯⋯と言っても姫様の事ですからご自身を不甲斐ないとばかりにもっと頑張ろうとなさるのでしょう」
――最後のは余計!
途中までは真剣に彼の話を聞き、頼りになる影達に少しばかり感動していたのに、ずばりその通りの事を言われてしまって内心複雑だ。
「本当にアステールは私に遠慮がないよね」
「長い付き合いですから」
「貴方の弟はすっごく真面目なのにね」
「心外ですね。私も真面目ですよ?」
いつの間にかアステールの軽口に私の心の中に渦巻いていた暗い考えが霧散していた。
彼等に助けられてばかりで頼りになる大きな存在。
その軽口もまた私にとっては心地よい。
私は一度目を瞑りほっと息を吐く。
「アステール。あれを捕まえるのが決まればアステールにお願いするわ」
「御意。全ては姫様の望むままに」
私が何を望みどうしたいか、きっとアステールは分かっているのだろう。
私のこの気持ちも。
だからあれを捕らえる時が来ればお父様達に渡すつもりはない。
今後の事を考えている間に、更に夜は更けていった。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価をいただきありがとうございます。
とても嬉しいです。
次回も楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。





