266 衝撃的な決勝戦
半時間の休憩が終わり、決勝戦の前に三位決定戦が行われる。
対戦はフィリップとマルクス卿だ。
二人が会場に姿を見せると歓声が上がった。
この学年の見どころは午後の部にあり、観客達の関心度の高さは午前以上だと伯父様が話していた。
その中でもあの三人が突出しているだけだと思うし、今回はフィリップが参加しているので、この試合は新たに期待度が高いだろう。
彼は私の側近として周知されつつあるのが一番の理由だろうけれど。
今迄フィリップは実力を試す種目に参加していなかった為、観客もフィリップの試合に注目しているみたい。
「二人共、程よい緊張感を持っているな」
「フィリップ君もそれなりに強いが、実戦経験は少ないだろうから、マルクス君が有利かな」
伯父様と侯爵の意見を聞きつつ、眼前では試合が始まろうとしていた。
お互いに礼をし、審判が号令を出す!
その瞬間に二人共剣を交えていた。
二人の行動は同じで始めと同時に前へ出たのだ。
力はマルクス卿の方が上で、フィリップは力負けしているが、上手く力を流す事が出来るようで綺麗に剣をいなしている。
「マルクスは力技で、フィリップ卿は技術が優れているのね。マティアス卿と同系統。あの子が苦手としている相手だけれど、さてどうなるかしらね」
ベティ様の言葉を聞き、二人の剣技を見ていると、確かにマルクス卿は力技に優れているように見える。
一方でフィリップは相手の動きを見てその剣を振るい、相手の力を活用して相手を脅かしている。
けれど、体力はマルクス卿が上だった。
フィリップは体力面で負けているので、徐々に動きが悪くなっているけれど、それでもまだ気力は十分で距離を取りつつ相手の隙を探る。
「フィリップ君は体力をつければ更に強くなるだろうね。今回はマルクス君の勝利かな」
ベリセリウス侯爵が呟くとその通りにフィリップが剣を弾かれ突きつけられていた。
勝負が決まったことで試合を見守っていた観客達が沸く。
フィリップを見ると、マルクス卿と挨拶を交わした後、剣を拾って会場を後にする様子を見守っていると大分悔しそうな、少し表情が硬くなっていた。
「あの様な表情をするのはいい傾向だね。彼はもっと強くなるだろう」
「マティの変わりとしては少し心許ないが、彼女より断然頼りになる」
「確かに。大分マシになったとはいえ、彼には遠く及ばないな」
侯爵、伯父様、セイデリア辺境伯が話す彼女とはディオの事だ。
彼等に言わせれば、ディオはギリギリ及第点といった感じで未だにその評価から上がらない。
それよりも、三人はフィリップを見定めていたようだ。
彼は会場を後にする前、こちらを向いて頭を下げた。
「彼は良いな」
「確かに。嫡男でなければ是非領に来て欲しいくらいだ」
伯父様達も学園で実力のある人達や友人となった方に声を掛け領で働いて貰い、領の運営の力になっている。
お従兄様にもそんな方がいらっしゃるのかな。
私の側近になってからは私を優先してくれているので、今になってお従兄様が心配になってきてしまった。
勝手な事だと自分で呆れる。
「今年もあの二人の試合が楽しみだな」
「さて、どちらが勝つか」
「二人共、気合の入り方が違いますわね」
「それはそうでしょう。マティアス君は殿下と共に過ごす最後の交流会。片やティナは最後の交流会で殿下に勝利を捧げたいと思っていますからね」
「ステラ様に良い所を見せたいのね。可愛らしいわ」
「⋯⋯皆様。私で遊ばないでくださいませ」
この状況を大いに楽しんでいる大人達はくすくすと笑っている。
楽しむのは良いけれど、私をだしにしないで欲しい。
さて、軽口をたたいているけれど、もう間もなく始まる決勝戦に出場する二人はお互いを見据えて開始の合図より前から始まっているように見える。
「ふむ⋯⋯二人共、相当な気合の入れようだな」
「やりすぎなければいいのですけど、心配ですわね」
「流石に場所を弁えているでしょう」
「殿下、甘いですよ」
「あの二人の気迫を見るからに、その理性が働くかどうか⋯⋯微妙かもしれないわ」
皆二人を、と言うよりも周りに対する影響を心配しているけれど、どんな試合になるのか見当がつかなくて何だか怖くなる。
こちらの心配をよそに試合が始まった。
始まった瞬間に剣と剣がぶつかり合う甲高い音が会場内に響く。
そして間髪入れずに次の攻撃を繰り広げ、両者共に全く怯むことなく激しく打ち合う。
先程のフィリップ達の試合と違い、こちらは剣圧の衝撃が凄い。
何より、ティナは今までの試合と異なり、剣捌きがガラリと変わってお従兄様はそれを避けたり剣で受け止めたり、どっちにしてもただ凄い、の一言だ。
けれど、ティナのあの動きはセイデリアで見せた動きとはまた少し違うように思う。
今日の動きはお従兄様の、というよりは人の急所を狙った動きだろうか。
何にしてもティナを敵に回すのは良くないと心に留めておこう。
試合を観る限りは互角、なのかな。
今の所双方一歩も引かず、相手の隙を誘ったり狙ったりと一進一退の攻防を繰り広げている。
「マティアス君は魔獣や魔物だけではなく、対人も中々のものだね。親目線で褒めるわけではないけど、対人が得意なティナにあれだけ渡り合えるのには驚いた」
「殿下の為にとこそこそと訓練をしていたからね」
そうだったんだ。
知らなかった。
マティお従兄様はあまり表立って訓練を行っている姿を見ていない。
勿論領で過ごしている時には騎士達の訓練場で見掛けたが、それ以外のところでも訓練をしていた、ということだろうか。
それよりも、二人の試合は苛烈を極め、細かくとも怪我を負っている。
これ以上は危険なのではと審判に目を遣るも止める様子はない。
私は落ち着かず、ぎゅっと手に力を入れる。
「殿下、そろそろ決着がつくでしょう」
「⋯⋯⋯⋯え?」
ベティ様がさらっと言葉を発したが、その一瞬後に勝負が決まった⋯⋯。
いつの間にか周囲の観客達も固唾をのんで見守っていて静かだった。
切っ先が相手の頬を掠めそのまま首に突き付けていた。
「マティお従兄様が⋯⋯負け、た⋯⋯⋯⋯?」
私の呟きが掻き消されるくらいの歓声が湧いた。
勝ったのはティナだ。
マティお従兄様は少し息が上がっているもののまだやれそうだ。
対してティナはまだ余裕が見える。
「ティナは、あんなに強かったの? 今まで交流会での試合は⋯⋯」
「かなり手を抜いてました、というのは語弊がありますが、戦いにおいての手法をガラリと変えただけですよ」
「それだけであの様に変わるもの?」
「そうですね。以前にお話ししませんでしたか?」
「聞いたわ。それでもこんなに変わるなんて⋯⋯本当に驚いたわ」
以前に学園ではそれに合わせた剣技を披露していると。
そして普段、というより侯爵家での訓練では相手を手早く再起不能、やんわりと言っていたけれど、早い話いかに相手を素早く殺すかもしくは的確に行動を封じる為の特殊な訓練をティナは⋯⋯侯爵家に生まれたならば皆訓練をするらしいからティナの強さに驚いたのだ。
「どうやらそれなりに手傷を負っているらしいね。二人共医務室へ行くようです」
「甘いな。けど、学園での対応なら仕方ないか」
領の訓練だったら、傷を負ったとしても魔法を使わずその傷に応じた基本的な手当てのみで、その痛みすらも訓練のうちとなっている。
私が傷を負ったら問答無用で治されてしまったけど。
それは私が王女だからだろう。
同じ扱いで良かったのだけれどね。
試合が全て終わり、観客達も会場を後にしようと人が流れる。
私達は暫くこの場に留まり先程の試合を振り返っている大人達の会話に耳を傾けていたが、ふと視線を感じ振り向くと、そこにはフィリップの父親でフェルセン子爵が此方に寄ってきた。
「ごきげんよう、子爵。ご子息の観戦にいらっしゃっていたのですね」
「殿下にご挨拶致します。愚息を見に来たのですが、あれにはもっと精進させねばなりませんね」
ここにも厳しそうな親が一人、此処にいる人達と話が合いそうだわ。
類は友を呼ぶ⋯⋯⋯⋯声を出していないのに何故か皆で私を見るの止めて欲しいんだけど!?
流石にここにいる人達にぱっと見つめられるとなんだか怖い。
「ご子息は魔法の方が得意だと記憶しているのですが、剣術も中々でしたね」
「シベリウス辺境伯にそのように言って頂けるとは。ですが、体力面ではやはり劣っています。今日の試合でそれがよく分かりました」
「確かに。もう少し向上させた方良いでしょうね」
「ですが何故今回剣術を選んだのかしら」
それは私も気になっていたけれど、本人に聞くのを忘れていたのよね。
「それは剣の腕がどれぐらいなのかを試したいから、と本人が話しておりました。今迄は少々やる気が無かったのですが、今では嘘のようです」
それは生徒会の様子を見ても私の側近となってから、何処となく様子が変わった。
子爵にとっては喜ばしい様で微笑んでいた。
そろそろ人が少なくなってきたので私達は会場の出口へと向かうと、私達が出てくるのを待っていたのか、話題の四人が一緒に待っていた。
「仲良しだわ」
「側近同士の仲が良いのは良い事だね」
側近同士仲が悪いとそれこそ上げ足を取られかねない。
それよりも何を真剣に話しているんだろう。
私達が揃って出てきたことに気が付き、一旦話を止めてこちらに近づいてきた。
マティお従兄様を始め、怪我は治療済でぴんぴんとしていた。
「優勝者から四位まで勢揃いして、反省会でもしていたのかな?」
「皆向上心があって感心だな」
「四人共、どのような反省会をしていたんだ? 是非聞かせて欲しいな」
「我々で助言できるようならば手を貸そう」
「それならば、個々に合わせて訓練表を作成したらどうかしら?」
「まぁ! それは良いわね。追加でお互い出来ているかを確認し合ってはどうかしら?」
「あぁ、それは良いですね」
「で? お前達の意見は?」
――うわぁ⋯⋯この親達ほんと怖い⋯⋯。
レグリスなんて顔色が悪い。
お従兄様達はすんっと表情を消し、諦めの境地に達している。
関係のない周囲の人達はドン引き状態だ。
「レグリス、お前は殿下の影に隠れるなんてな。お前にも作ってやろう」
セイデリア辺境伯に見つかり、レグリスにも言い渡し、がっくりと項垂れた。
「ステラ様も個人で訓練されているのでしょう? 私が作って差し上げますわ」
「⋯⋯⋯⋯え?」
――何故私にまで!?
とばっちりもいい所だ。
けれどベティ様は善で言ってくれているのはその表情が語っている。
純粋にそう言って下さっているので、否とは言えなかった。
「レグリスのせいよ」
「え? いや、俺もとばっちりなんだけど!」
「あらぁ? 仲よく何をこそこそと話しているのかしら?」
「っ!!」
「な、何でもない! です!!」
吃驚した。
今の話が聞こえたのかと思った。
そうではないようだけど、心臓に悪い。
「さて、帰って早速作成しよう」
「あぁ、皆さん、良かったら今日はこのまま邸に来ませんか?」
「あら。皆で集まるなんて久しぶりですわね」
「ふふ。楽しみですわ。」
「フェルセン子爵、君も良かったら一緒にどうかな?」
「喜んで」
私達を置いてけぼりにして大人達は優雅に上品なその笑顔の裏にでは私達の訓練表をどうしようかとかなりえげつない事を考えているだろう事はこの場に残された私達の心の声は一致していた。
そして翌日の朝、私の元に一通の手紙が届いた。
差出人は⋯⋯。
――見なかった事にしていいかな。
そっと手紙を机に置く。
帰ってきてから読もう!
朝から読んでも仕方ないだろうから、帰ってきてからにしようと、机の中に仕舞う。
さて、朝の手紙の事は一旦忘れ、今日は交流会の最終種目が行われる。
何事もなく順調進み、今日は生徒会全員で力を合わせてこの社交会別対抗試合に参加する。
会場の控室で皆輪になり、今日はマティお従兄様が激励の言葉を、ティナからは怪我が無いようにとの注意するよう伝えられ、私達は気合を入れた。
社交会別対抗試合初日の結果は、二位通過で明日の決勝へ進むことが出来た。
初めて参加した一年生の二人が頼もしかった。
例年通りに一年生を指名してくる者達は多いが、二人は健闘し勝利に貢献したのだ。
相手が一年生だからと甘く見るのはそろそろ止めたらいいのに⋯⋯と呆れて心の中で呟くのだけれど、優勝をしたくて一年生を狙うというどんな手を使っても、と意気込む社交会の人達の心理だろう。
正々堂々と、と私は思うのだけれど、これも作戦の内だと言われればそれまでだ。
今日まで問題なく交流会が進んでいる。
後は明日の最終日を残すのみ。
お従兄様と一緒に参加する交流会は明日で最後だ。
指名制とはいえ、明日お従兄様と一緒に参加出来たら嬉しいけれど、こればかりは当日のお楽しみだ。
王宮に帰ってきてから今朝届いていたベティ様からの手紙を確認すると、訓練中に出来ること、隙間時間に簡単に出来ること等が記載されていた。
もっと時間を区切ってびっしりと書かれているのかと思っていたが拍子抜けした。
手紙には私が無理なく体に大きな負担をかけることなく出来ることを考慮した内容を考えてくださったのだと温かな内容だった。
レグルスに言うと、『ステラ様に甘すぎる!』とか言いそう。
想像できてしまって一人で笑っているとモニカ達には私が楽しそうにしている姿を見て嬉しそうに微笑んでいた。
ベティ様へのお礼のお手紙を認めて明日手紙を出すようにモニカへ託す。
明日はお従兄様とティナの最後の交流会だ。
私が試合に指名されるかはその時にしか分からないけれど、明日の為に早々にベッドへ入り眠りについた。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価を頂き、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
次回も楽しんでいだけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





