263 偽りのお茶会
マティお従兄様と出掛けた翌週の週末。
今度はお父様から言われて行われるお茶会当日の昼過ぎの事。
私は執務室から一度王宮の宮へと戻ってきていた。
「モニカ、そこまでする必要ないわ」
鏡を見て確認すると、清楚に見える装いは昼間の茶会に相応しいのだけど⋯⋯ここまでする必要はないと思う。
だってこの茶会はまやかしなのだから。
「いけませんよ。どのような理由があろうとも、周囲にはきちんと知らしめる必要があります。手は抜けませんわ」
モニカの言葉にうんうんと頷く侍女達。
いや、ほんとやり過ぎ。
私は気が重いというのに⋯⋯。
取り敢えず遅れるわけにはいかないので宮廷の庭園へと向かうと既に三人が私の到着を待っていた。
――来るのが早すぎる!
私でも時間より早く着いたというのに、どれだけ早くから待っていたのだろうか。
私が来たことで三人はさっと立ち上がり礼をとる。
取り敢えず何事もないように振る舞う。
「楽にしてくださいね」
私の言葉にさっと礼を解く。
二人は知っているので、もう一人のまだ幼さの残る方がリオール・シルヴェル。
お兄様と同クラスの友人だと聞いている。
「お待たせしてしまったかしら」
「いえ。私達が早く集まっただけですからお気になさらず。殿下、本日はお茶会にお越し下さりありがとうございます」
エドフェルト卿から挨拶を受ける。
今回のお茶会はエドフェルト卿主催、という事になっている。
一応王家の意向が強いとはいえ、候補の三人が順番に主催し、私がそこに招かれる。
候補の三人の茶会に私が行く事で、婚約者はその三人の誰かになるだろうという噂が立つだろうとの事だった。
「殿下は初めてでしたね。ご紹介します。彼はリオール・シルヴェル。シルヴェル侯爵家の嫡男です」
「ご紹介に預かりました、リオール・シルヴェルと申します。こうしてお目にかかれる事、光栄に存じます。また、この場に呼ばれましたこと、大変嬉しく、今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそお願いしますね」
挨拶が終わったので、席に着くとお茶会の始まりだ。
このお茶会の理由が理由だが、まぁ会話を楽しめたらいいかな。
「今日の日をとても楽しみにしておりました」
「ヴィーはそれでヴィンス様から睨まれていましたね」
「目に浮かびます。ヴィンス様の妹君想いはとても有名ですから」
「エドフェルト卿、お兄様で遊ばないでくださいませ」
「遊ぶだなんてそのような不敬はしませんよ。私の気持ちは確かですから」
キラキラした笑顔が眩しい。
学園だったら女性陣からの悲鳴が聞こえそうね。
けど、私には胡散臭い笑顔にしか見えない。
「そんな目で見ないでください。傷つきますよ」
「貴方はそんな繊細ではないでしょう?」
「酷いですねぇ」
「いや、自業自得ですよ」
「話には聞いていましたが、ベリセリウス卿はエドフェルト卿の抑え役なのですね」
「誰がそんな話を?」
「ヴィンス様です。昨日学園で今日のお茶会の事で沢山の注意事項を受けましたから。その話の中でそのような事を言っておりましたよ」
「注意事項? お兄様は一体何を言ったのですか?」
「それは⋯⋯、流石に今この場では言えません。このお茶会の理由が理由ですので」
という事は、何かしら釘を刺した、とか?
多分私の事なんだろうけど。
「お兄様が何か面倒な事を仰ったのね」
「それだけ妹君を大切に想っておられるという事です」
何故か三人から「妹至上主義だから」という言葉が静かに聞こえてきた気がする。
実際言葉にしたわけではないけれど、三人の表情がそう語っているのだ。
「暫く、私の事でこの様にお時間を頂くので、皆さんにお菓子を作ってきたのです。よかったら召し上がって下さいね」
私がそう伝えると同時に、エメリがお菓子をそっと準備する。
「おや、これはヴィンス様にバレると殺されますね」
「ふふっ。ですから、ここだけの秘密ですよ」
「光栄ですね。殿下の手作りですか?」
「全て作ったわけではありませんわ。ほんの少しだけ携わりましたけれど、それでも知られてしまったらどうなるか⋯⋯。ですので絶対にお兄様には秘密にしてくださいね。私も叱られてしまうから」
「此処にいる全員がヴィンス様に怒られるとか、想像したらちょっと面白いですね」
「面白いって言えるところを見ると、リオは大物だね」
「長年の付き合いですからね」
シルヴェス卿は幼少の頃よりのお兄様の友人だと聞いていたので、気安いようで、お兄様も彼の事をリオと愛称で呼んでいた。
「三人共、小さい頃からお兄様と仲がよろしいのですね」
「そうですね。ヴィンス様が七歳の頃から側におりますから」
「殿下、ヴィンス様のその頃のご様子は話しませんよ? 聞きたければご本人に直接聞いて下さいね」
私はふるふると首を振る。
前にも言われたけれど、お兄様のその頃って、私が丁度シベリウスに移る前か後か⋯⋯かな。
何があったのか気になるところではあるけれど、お兄様のいない所で聞くなんて出来ないし、多分、お兄様に忠誠を誓っているベリセリウス卿は絶対に話さないだろう。
だから他の二人も軽々しく口にしない。
気になるけれど、お兄様が話さないのなら聞かない。
「私がシベリウスへ行ったせいですわね。きっと⋯⋯」
あの頃を思い出してちょっとだけあの頃の自分の判断に対して後悔の念が押し寄せた。
「あれは殿下のせいではありません。そのようにお考えになる必要はありませんよ」
「え? 声に、出ていたかしら?」
「はい。ほんの呟く程度でしたが」
「ごめんなさい」
まさか声に出ていたなんて気を抜き過ぎだわ。
気を引き締めないと。
「殿下のお菓子は美味しいですね」
「前にも思ったのだけれど、エドフェルト卿は甘い物がお好きなの?」
「おや? 私に興味を持っていただけましたか?」
「違うわ。男性なのに甘い物が好きなのかと思って。偏見とかではないのよ」
「そんなにきっぱりと言われてしまっては悲しいですね」
「泣き真似はちょっと気持ち悪いな」
「ヴィルまでそんな事を」
「あの噂された麗しの生徒会長の名が泣きますよ」
「もう二年も前の事を持ち出されてもね」
掛け合いがぴったりだ。
こういう他愛無いお茶会なら気負わなくて済む。
それに時間も一時間程度で切り上げるので息抜きだと思ったらいいかな。
あ、これではベリセリウス卿と同じだわ。
人の事を言えないとちょっと反省したがそれなりに楽しいお茶会で少しばかり力を抜いた。
「ステラ、今日のお茶会はどうだった?」
「それなりに楽しめましたわ」
その日の夕食後、家族揃っての団欒の時間に今日のお茶会の様子を聞かれたので素直に答えたのがいけなかった。
聞き咎めたお母様より呆れた様子と窘めるように私を見つめる。
「ステラ、それなりに、とは相手に失礼ですよ」
「申し訳ありません」
「私に謝っても仕方ないでしょう?」
「ですが、このお茶会自体が相手にとってあまり有意義ではないと思いますけれど」
「それはそうなのですけど」
私が身も蓋もない事を言ったので、お母様はそれ以上言葉を続けなかった。
「けれど、あのお三の仲の良さは分かりましたわ」
「ヴィンスが七歳の頃から常に一緒だからな」
「それならば、シルヴェス侯爵令息は何故お兄様の側近になりませんでしたの?」
「あぁ、それは私が断ったからだよ」
「そうなのですか?」
「リオは側近ではなくて友人としいて欲しかったんだ。だから断った」
それには色んな意味合いがあるのだろう。
深くは聞かなかったけれど、なんとなく、お兄様の表情から分かった気がした。
「リオとヴィルは無害だけど、ヴィーには気をつけるんだよ」
「あ、お兄様。それで思い出しましたわ。一体シルヴェス卿に何を仰ったのですか?」
「特に何も言ってないよ」
惚けるお兄様をじーっと見つめる。
「そんなに見つめられたら穴が空いてしまうよ」
「空きません。お兄様、皆さんに妹至上主義だと言われていましたわ」
「間違っていないから痛くも痒くも無いね」
――認めた!?
頷いているのはフレッドだけで、お父様とお母様は呆れ果てている。
手強いお兄様。
詳細を聞いても教えてくれないだろうな。
「それで、ステラから見てあの三人は好ましくないか?」
「お兄様の側近とご友人ですから好ましいと思います」
「そういう意味じゃない」
「え?」
「全くお前は⋯⋯。お茶会の開催の意味は?」
「一応、私の婚約者は国内で選ぶという⋯⋯」
「そうだ」
「あ⋯⋯」
「漸く分かったか?」
「ですが、ただ国内の者達から選ぶという主張に過ぎないのですよね」
「⋯⋯⋯⋯まぁ、そうだが。実際あの三人ならばステラの婚約者となっても遜色はない。ステラがあの三人の内に心を寄せる者がいるならば、構わない」
「私は⋯⋯」
「ステラ、何事も視野を広げて見て見なさい」
絶対私の話を聞きたくないのだと拒否された。
視野を広げるのは、確かに良い事だと思うけれど、こればかりはちょっと、素直に頷けない。
これ以上この話題はしたくないようで、お父様は「早く寝るように」と談話室から出て行ってしまった。
いい時間だし、私達も自分達の宮へ戻る。
「お帰りなさいませ」
「お疲れのご様子、ハーブティーでもお淹れしましょうか?」
「うん、お願いするわ」
お父様の気持ちも分かるけれど、だからといってあんな風に話を終わらせなくてもいいのに⋯⋯。
モヤモヤする!
ぽすんとお行儀悪くソファに転がると、すかさず行儀が悪いとモニカから指摘された。
けれど、今は許してほしい。
「殿下、王妃殿下がいらっしゃいました」
控えめに教えてくれるエメリに私さっと身を起こして何事もなかったかのように振る舞い、お母様を迎える。
「こんな時間にごめんなさいね」
「いえ。珍しいですわ。どうなさったのですか?」
「先程のアンセの振る舞いに、貴女が嫌な思いをしたでしょうから、様子を見に来たのよ」
お母様にはお見通しのようだった。
珍しく向かいではなく私の隣に腰を下ろしたお母様は私の髪をそっと撫でる。
「髪が乱れていてよ」
その一言で私が行儀悪くもソファに転がったことがバレてしまった。
バツの悪い表情の私を見てコロコロと笑うお母様は私を叱ることなくそっと髪を整えてくれた。
「アンセも悪気があってあの様な態度をしたわけではないのよ」
「分かっていますわ。お父様の仰っつことも分かっています。けれど、やっぱりあの様に切り上げられると悲しくなります」
「そうね。その点は叱っておいたわ。アンセも反省しているのよ」
反省をしてもまだ許してもらったわけではないからね。
きっとこの先も同じ様にされるだろうと思う。
「娘を持つ父親は大変ね」
「お母様は他人事ですね」
「あら。そんな事ないわ。可愛くて大事な娘の嫁ぎ先のことだもの。母としては貴女が幸せになる事が一番なのよ。それはヴィンスとブレッドにも言えること。けれど⋯⋯」
「時にはそれが叶わないこともある、と言うことですわね」
「そうね。こればかりは王族たる義務が生まれる。けれど、今の所はそうならないわ」
「けれどお父様は許してくださってないでしょう?」
「そうでもないわよ。でなければ貴女がシベリウスで彼に会うことを許すはずないもの」
確かにそれはそうだ。
だったらあの態度は何なのか⋯⋯。
「許してあげて? 父親にとっては娘は格別に可愛いのよ。それに相手が相手ですもの。そんな簡単に割り切れるものでもないのよ。アンセも国内のものならばあそこまで頑なにはならないわ。この件は仕事ではないので、あの様に子供じみた態度になってしまうのよ」
確かに。
仕事のことならばさっさと結論を出して指示を下すだろう。
それだけ悩んでるっていうこと。
「お母様」
「あらあら、珍しいわね。貴女がそうやって甘えてくるなんて」
嬉しそうに笑いながら、お母様に抱きついた私の頭をそっと愛おしそうに撫でてくださる。
このような甘え方はほんの子供の時以来だ。
「ありがとうございます、お母様」
「ふふっ、いいのよ。さぁ、そろそろ休みなさい。明日も宮廷に行くのでしょう?」
「はい」
「まだ時間はかかるでしょうけれど、貴女が大人にってアンセを見守ってあげなさい。どちらかと言うとあちらの方が子供なのだから」
茶目っ気たっぷりに口元に人差し指を当てながら話すお母様に、私も同じ様にしながら笑い合った。
学園では交流会へ向けての準備が着々と進み、私は二週に一度のお茶会をしながら執務をこなしている。
そうして交流会を翌日に控えた学園は明日からの交流会の為に見回りを行い、不備がないか確認をする。
「今年は問題なく終わったら良いですね」
「レーア先輩やめてくださいませ」
「え? どうしてですか?」
「そんな事言うと逆に引き寄せてしまいますよ」
「えー。そんな事あるかなぁ。レグリス君って引き寄せる運を持っているとか?」
「俺じゃないですよ。引き寄せるとしたら⋯⋯」
いや、そこで私を見ないでほしい!
「レグリス、それにレーア先輩も、そんな目で私を見ないでください」
「すみません。けど、何もない平和な交流会を経験してみたいよね」
「レーア先輩はないのですか?」
「そうだね⋯⋯、何かしら問題起こるよね」
心底嫌だ。
平和で平和な交流会を楽しみたい。
今の所は平和そのものだけど。
今年は無事に終わって欲しいな。
見回りが終わり生徒会室に戻ると私達が一番乗りだった。
「お茶を淹れますね」
「え! あ、僕が淹れますから!」
「此処でしかお茶を淹れる事ないのですから、させてください」
「レーア先輩、ステラ様のお茶を飲めるなんて滅多にないんですから、いいんじゃないですか?」
「えー!? いや、レグリス君は慣れてるかもしれないけど、やっぱりちょっと⋯⋯って何するの!?」
レグリスがレーア先輩をがしっと抑え込んでいる。
レーア先輩は文系だからかレグリスに全く歯が立たないでした。
「何をしているんですか?」
そこへ戻って来たのはリアム先輩とケヴィン先輩の二人でこの状況に驚いている。
「レグリス君、そろそろ離してくれると嬉しいな⋯⋯」
「ステラ様の邪魔をしなければ離しますよ」
「しない! しないから!」
漸く解放されてふうっと息を付いた。
「レーア先輩、お茶でも飲んで休憩してくださいね」
「ありがとうございます」
「お二人もどうぞ」
「ありがとうございます!」
リアム先輩とケヴィン先輩は素直にお礼を言ってお茶を飲んでいる。
レーア先輩は一体いつ慣れてくれるのかな。
程なくして全員戻って来たので、全員分のお茶を淹れる。
そして見回りの報告会と明日の流れの説明が行われ、解散となった。
「今の所何も問題がなさそうで安心ですね」
「そうだね。最終日まで気は抜けないけどね」
今日はエドフェルト卿が迎えの馬車に乗っていて少し驚いた。
何時もはベリセリウス卿なのに、珍しい。
「ステラは毎年参加種目を変えるんだね」
「はい。折角なら色んな種目に出てみたいですから」
「だからと言ってまさか剣技に出るとはね」
「直ぐに負けそうですけれど」
「いや。ステラならそこそこまで順位を伸ばせるんじゃない?」
「どうでしょうか。学園では双剣は使いませんから」
学園ではずっと細身の剣を使っているので交流会でもそうするつもりだ。
双剣を使う時に比べて全然安定しないから自信は全くないけれど、自分がどれくらい通用するのかを確認したいって意味合いで出るだけだから、順位は全然気にしていない。
「お兄様も剣技に出場されるのですよね」
「そうだよ。マティも最終学年として剣技に出るみたいだね」
「マティお従兄様とティナは張り切っていますわ。最終、どちらが勝つか競っているようです」
「それは見物でしょう。クリスティナ嬢が加減なしで戦うのでしょうか」
「え?」
加減なしでって、そういえば以前に学園の交流会では普段の戦い方ではないとか言っていたけれど、それは加減って事になるのかな。
因みに今日はマティお従兄様とティナは明日からの交流会を楽しんで欲しいのでお休みと伝えているので此処にはいない。
「さぁ、どうだろうな」
「ヴィルは最高学年できっちり実力を出してきましたから。周囲の学友達が驚いていましたよ。あれは見物だったなぁ」
「あら? 皆さんは怒らなかったのですか? 今迄実力を隠していたのでしょう?」
「いえ、怒るどころか感心していましたよ。それだけの実力を出したわけですから。本人はしれっとしていたので、余計に怒るというより呆れもあったでしょうね」
実力を出して威張り散らしているようだったら反感を買うでしょうけれど、ベリセリウス卿が相手なら、呆れもあるかも知れないけれど、最後の最後で憧れの存在になっていたりして。
「ティナの試合が楽しみになりましたね」
「おや? ステラはマティの応援はしないのかい?」
「勿論お従兄様の応援もしますわ。けれど、お兄様の側近のマルクス卿もいらっしゃるでしょう?」
「そうだね。どうなるか、当日が楽しみだね」
自分達の出場する種目よりもお従兄様達の試合が今回の交流会の中で一番楽しみだ。
一体どのような試合になるのか。
その前に自身の試合があるのでそちらも頑張るけれど、全く自信はない。
「交流会、楽しみですわね」
「そうだね」
今年の交流会はどうなるのか、先程のエドフェルト卿の話で更に期待と楽しみが膨らんでいった。
ご覧いただきありがとうございます。
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とても嬉しいです(ꈍᴗꈍ)
次回も楽しんでいただけたらと思います。
よろしくお願い致しますm(_ _)m





