259 秘めたる決意
シベリウスから離宮へ戻りお祖父様とお祖母様に挨拶をしに行くと、やはり不機嫌丸出しだった。
「お祖父様、シベリウスから戻りました」
「あぁ」
「お帰りなさい。久しぶりに周囲を気にせずお会いしてどうだったかしら?」
お祖父様とお祖母様の反応は正反対だ。
お祖父様は聞きたくないと言わんばかりに更に顔を顰めるし、お祖母様は聞きたくて仕方がないと目を輝かせている。
ありのままは言えないので、さらっと伯父様達と共に世間話と近況を話しただけというと、お祖父様の機嫌は少し上昇し、反対にお祖母様のしょんぼりと肩を落とした。
「アルノルド達が良い仕事をしたな」
「もう。折角再会したというのに色気も全くないわ」
つまらない! とでも言いそうな勢いだ。
だって殆ど言えない内容だからね。
侯爵が言った事、二人で会った事、言えばどうなる事やら⋯⋯考えただけでヒヤッとする。
お祖父様は一度はぁと息を付いた。
「久しぶりに奴と会ってどう思った?」
「お変わりありませんでしたわ」
「そういう事を聞いているのではい」
分かっています。
お祖父様が何を聞きたいのかは分かっているけれど、すっとぼけました。
だってお祖父様の視線が怖いから。
「ステラよ。言えぬのか?」
私が言葉を濁したとして見過ごしてくれない。
まだまだ子供の私では前国王であるお祖父様には敵わない。
「⋯⋯嬉しかったです」
たった一言。
お祖父様に話すのは勇気がいり、そして恥ずかしい。
けれど、その一言だけでお祖父様は「そうか」と此方も一言で、お祖母様はまた瞳を輝かせて頬を染めている。
「まぁ! まぁまぁまぁ! 頬を染め恥ずかしがる姿! 可愛いわぁ!! いい顔をしているわね。やっぱり恋してる女性は美しいわ。食べちゃいたい」
「お、お祖母様、そのように仰らないでくださいませ」
「ふふっ、可愛い孫が幸せそうにしているのを見ると、私まで幸せになるわ。イル、そうは思わないこと?」
「⋯⋯ステラにはまだ早い」
その憮然としたお祖父様に呆れた顔を向け、お祖母様はそんなお祖父様を軽く無視した。
「孫の幸せを喜ばないお祖父様は放っておきましょう」
お祖母様には今度まだゆっくりと話をしましょうと、お茶会の約束をして王宮に戻ってきた。
宮へ戻り、宮廷へ行く準備をする。
モニカ達に見送られ、近衛を伴って執務室へと向かう。
今日はオスカルが担当だった。
元離宮の騎士でそのまま私の近衛として王宮の近衛騎士団に転属して私の専属となってくれた一人だ。
宮廷へ行くときはこうして執務室まで護衛として付き添ってくれる。
私が五歳の頃より護衛を請け負ってくれているので、王宮内で護衛をしてくれる時は雑談を楽しむ事も増え、それは他の近衛の皆もそうだけれど、最初の頃よりも更に絆が深まったと思う。
王宮から宮廷に入れば、きりっと近衛としての義務に切り替え雑談はしない。
王宮から宮廷へ入る入口付近は殆どが王族のみが利用するので、他の者達の目は無いが、切り替えは必要で、それは私も分かっているのでいつもながら彼等の仕事振りに感謝する。
執務室に入ると、今日は全員が揃っていた。
何だか久しぶりのような気がするが、少しばかり忙しくしていたので、そう思うのも無理はないかも。
「こうして皆揃うのは久しぶりね」
「この休暇に関してはステラ様はとてもお忙しかったですものね」
「あら、それは私だけではないわ。皆もありがとう」
何も忙しいのは私だけではないからね。
「ステラ様、来て早々ですが、陛下よりお手紙が届いております」
「ありがとう」
何だろう。
今朝特に何も言われなかったのだけど⋯⋯。
手紙を確認すると、執務室に戻ってきたらこちらに来るように、との事だった。
時間の指定は無いので、これは私がちゃんと戻って来たかの確認と他の用事があるという事かな。
「ティナ、今から陛下の元へ向かうわ」
「畏まりました」
ティナを伴って陛下の執務室へ行くと直ぐに中へと通される。
そして目に入るのは不機嫌丸出しで書類を決裁しているお父様の姿。
これは大分ご機嫌斜めだ。
此処から逃げ出したい気分になるが「座って待っていろ」と言われてしまい、大人しくソファへと掛ける。
不機嫌な理由はきっと昼間の一件だろうけど、うーん⋯⋯理不尽。
お父様が許可したと聞いたのに、それなのに⋯⋯。
けど、前以てこの件に関してはこうだと宣言されているので甘んじて受け入れるべきだと思うけど⋯⋯怖い。
「待たせたな」
「いえ。お忙しいなら⋯⋯」
「大したことじゃない」
逃げようと小さな足掻きは無駄だった。
これは何が大したことじゃないのか。
一息つくようにお茶を飲む姿は疲れているわけではなさそうだ。
「思ったより早かったな」
早いか遅いかはちょっと分からないけれど、早いに越したことは無い筈⋯⋯。
「本題だが⋯⋯」
その件にはあまり触れないらしい。
そっか。よく考えたらヴァン様との事はほんの一握りのひとしか知らないからだ。
「はい」
「ゼフィールとヴァレニウスから得た情報を吟味し、また王女への縁談が多数⋯⋯こちらは以前より増えてきてな。そこで、国外には出さない、という意思表示の為にもステラには週末、宮廷の庭園で少しの時間で良いから有力候補の子息達とお茶会を開いてもらう」
「陛下の提案は分かりましたけれど、その子息とはどなたか伺ってもよろしいでしょうか」
「あぁ。候補は三人」
――三人も⋯⋯。
お父様から伺った三人の内二人は、エドフェルト卿、ベリセリウス卿で私もよく知っている二人。
後の一人はシルヴェル侯爵家の嫡男でお兄様と同じ年で同クラスのリオール・シルヴェル。
成績でいえば学年五位だそうだ。
「何故、そのお三方なのでしょう?」
「王女と釣り合い婚約者のいない者がこの三人だから、だな」
それはそうでしょうけど、二人は何となくそうだろうなと思ったけれど、後の一人は学園が同じでお兄様の同じクラスと言えど、私とは何の接点もない。
全く言葉を交わした事も無いのでどのような為人かも知らないけれど、お茶会の人選に選ばれたという事は大丈夫なのだろう。
「週末といっても二週に一度でいい。要はそういった噂が少し経つ程度で十分だからだ。三人共にその辺りは承知している」
「初めからそれだけの為にお三方の時間を⋯⋯」
「気にしなくていい。王女は国内の者と婚姻させる、という事をそれとなく噂として流す為の布石に過ぎん。深く考えなくていい」
言っている事は分かるけれど、前以て伯父様にも教えて貰った訳だし。
けれど、何というか、それだけで三人の時間を貰うのは気が引ける。
特にエドフェルト卿とベリセリウス卿の二人はお兄様の側近で忙しい。
だというのに二週に一度、少しの時間と言えど、その貴重な時間を貰うのも悪いし、何よりもあの二人の婚期が遠のくのではと申し訳なく思う。
まぁ⋯⋯エドフェルト卿は嬉々としているかもしれないけど。
「分かりましたわ」
「あぁ、後、クリスティナ嬢には伝えておきなさい」
――伝えるって何を?
何のことか分からず首を傾げると、すっごく口にするのが嫌だと言いたげな目で見られ、気が付いた。
私はちょっと気まずくて目を逸らす。
「ステラ」
「わ、分かりましたわ」
「日時についてはまた連絡する」
「畏まりました」
話が終わったので私達は早々に執務室を後にする。
「ティナ」
「はい、ステラ様」
「先程の件で話があるから、残ってくれる?」
「分かりましたわ」
自分の事なのに話すって緊張するなと思いつつ、ここしばらく溜まっていた仕事を終わらせる。
そして就業後、皆が帰った後、残ったティナにソファを進め、アルネはお茶を淹れてくれる。
「それで、お話とは?」
どう切り出そうか。
仕事をしている時はそちらに集中していたから忘れていたけれど、いざ話そうとすると変な緊張で言葉が出てこない。
いや、本当に何て言ったらいいのかな。
きっぱりと事実だけを伝えるのが良いよね。
余計な事は言わず。
けど、それが難しい⋯⋯、いや決して難しくはないのだけど、私の心が羞恥で死んでしまう。
「ステラ様?」
「え、あ、ごめんなさい⋯⋯」
「話しにくい内容でしょうか?」
心配そうに言われ言葉に詰まる。
話しにくい内容、私にとっては、なんだけど⋯⋯。
気持ちを落ち着かせるのに一息つく。
「ティナ、心配するような内容ではないから安心して」
「それならいいのですけれど」
それでもまだ心配するティナに安心するようににこりと微笑む。
「陛下が言っていた事なのだけれどね」
ティナはこれを聞いてなんて思うかな。
少し不安に思いながらティナを見て伝える。
「実は、ヴァレニウスのヴァレンティーン殿下に番だと言われているの」
「⋯⋯⋯⋯」
――あ、あれ? 何も反応されない。
この沈黙が重い。
何か言って欲しい。
どうして何も反応が無いのか。
「何言ってるの?」とか思われていたらそれはそれで恥ずかしいんだけど!
何でもいいから何か言って欲しい!
「あの、ティナ?」
「ステラ様」
「な、何かしら」
変な圧のあるティナに呼びかけられてちょっとびくっとしてしまった。
今のティナが何を言うのかさっぱり予想できない。
「いつからですか?」
「え?」
「いつ、王太子殿下に告白されたのですか? 私が近くにいながら⋯⋯いえ、お茶会の時はお側におりませんでしたが側にいながらその場面を見逃す⋯⋯ではなく、ステラ様の可愛らしい姿を見逃す⋯⋯」
――「見逃す」を二回言った!
「ティナ」
「い、いえ! 側にいながらそのその事に気づかなかったのは側近として未熟だと反省しております!」
全くもって意味が分からない。
そもそも今回で言われたわけではないのでティナが知らなくて当然で、流石に今回言われたとして、絶対気づくでしょうし気づかないわけない。
大体それで側近として未熟と言い切るティナの言葉が一番理解できないんだけど。
何より反省も何も無い、する必要が無いが、ティナからは悲壮感が漂う。
「ティナ」
「はい⋯⋯」
「落ち込むようなことではないわ」
「ですが、ステラ様の甘酸っぱい場面を、いえ劇的な⋯⋯ではなく、素敵な瞬間を見逃すなんて⋯⋯」
「ティナ」
ティナの言い草に流石に低い声が出てしまった。
びっくりしたティナは顔を上げたが、その顔は悔しさで溢れていた。
こんな事でそんな顔されてもね。
「殿下から言われたのは私がシベリウスで過ごしている時だから知らなくて当然よ」
「え? ステラ様がシベリウスで過ごしていらっしゃった時と言いますと、王太子殿下と接する機会は⋯⋯ステラ様がまだ五歳の時、ですわね」
「そうよ」
私がシベリウスで過ごしている時、と言うだけで当時の年齢まで当てられてしまった。
流石に鋭い。
「まぁ!! ではその時より殿下とお知り合いでしたのね。この件をお知りなのは⋯⋯」
「私の家族とベリセリウス侯爵。シベリウス辺境伯家とお祖父様とお祖母様。セイデリア辺境伯もご存じよ」
「宰相様はご存じないのでしょうか」
「そこまでは⋯⋯。けれど、もしかしたら知っているかもしれないわね」
きりっと態度を変えてこの件を知っている人の確認を行うティナはやはり優秀な側近と言える。
それも一瞬だった。
「それで! 今回のご訪問の際、ステラ様は全くそのような素振りをお見せになりませんでしたけれど、内心はどう思っていらっしゃるのでしょう!?」
食い気味で私に詰め寄るティナに私は慌てて仰け反る。
こんなにこの件について興味を持たれると思わなかった。
「あ、あのね、ティナ」
「はい! 是非お聞かせくださいな!」
「ティナ、取り敢えず、ちゃんと座ってからよ。身を乗り出すなんてはしたないわ」
「あ、失礼いたしました。つい興奮してしまい⋯⋯。それで?」
――そんなきりっとして聞かれても⋯⋯。
じっとティナを見るも、早く早く! と急かすような雰囲気をありありと醸し出している様はいつも冷静なティナとは真逆だ。
どうせ今日は切り抜けてもまた聞かれるだろうなぁと観念して、ぽつぽつと語った。
大分恥ずかしいけれどね!
アルネもいつも出来る侍従だけど、今は聞いていないようでばっちりこちらに聞き耳を立てているから余計に羞恥心にさらされる。
「ステラ様が他の殿方に見向きもされない理由が分かりましたわ。それでも周囲の方々からの好意には全く気付けていないご様子ですもの。やはり鈍くていらっしゃるのは元からなのでしょうか」
「ティナ、何気に失礼な事を言わないで」
「ですが事実ですわ。けれど、そうしましたら今回陛下のご提案はステラ様には少々心苦しいとお感じなのですね」
「えぇ。貴方のお兄様は何もお思いで無いかも知れないけれど、エドフェルト卿は、違いますでしょう?」
「そうですわね。兄がステラ様に恋愛的な意味で好意を抱くとは思いませんが、あの兄ですからね。内心は分かりません。エドフェルト卿はステラ様を好いていらっしゃいますから。後は、シルヴェル卿ですわね」
「どういった方なのかしら?」
「そうですわね。容姿は侯爵様に似ていらっしゃいますわ。物静かな方です。彼に関してはヴィンセント殿下、レオン様にお聞きされるのが一番ですわ。何といってもクラスメイトですもの」
確かに。
後でお兄様に聞いてみよう。
「肝心な事をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「いいわ」
「ステラ様のお心は王太子殿下にあると、まだ陛下のお心は決まっていないけれど、実質ヴァレニウスへと嫁がれる可能性が高いという事でお間違いないでしょうか」
「私があの方をお慕いしているのは、間違っていないわ。けれど、将来的な事までは⋯⋯」
「ステラ様からお話を伺って先程の陛下のご様子では、きっとそうなるでしょう」
ティナの言う通り、きっとそうなる。
まだ本当に何も決まっていないけれど。
「ステラ様。先に申し上げておきますわ」
何かと思ってティナを見ると、何故かあの時、ティナが私に対して忠誠を誓った時と同じ表情をしていた。
「ステラ様がヴァレニウスへ嫁がれるのでしたら、私もお供させて頂きます」
アステール達が言った通りだ。
彼ら曰、「お嬢様は必ず姫に付いて行く」と断言していた。
私としては付いてきてくれるなら心強いけれど、ティナはティナで幸せになって欲しい。
そう口に出そうとすれば、いつの間にやら私の側に跪いていた。
「ティナ?」
「私の命ある限り、ステラ様へ忠誠を誓うと、申し上げましたわ。ステラ様の在るところに私は何処まででもお供致します。お側を離れるなど決してありません」
「ティナの気持ちは嬉しいわ。けれど、侯爵はどう考えていらっしゃるの? 流石に貴女の幸せを奪うような事はしたくないの」
「それでしたら何ら問題ございません」
そう言って私の手を取った。
ティナって本当に女にしておくのが勿体無いくらい格好いいわ。
変なときめきを覚えながら目の前のティナを目で追う。
「侯爵家に関しては兄であるヴィルアムが後継者で、兄を支えるのは妹のシャーロットです。そして私の幸せはステラ様の側です。それ以外にあり得ません」
真剣な瞳で私を見詰める彼女は決して揺るがない。
本人がそう言い切るなら、否はない。
多分侯爵の事だから最初から分かって私にティナを付けたのだろう。
ひとつだけ分からない事がある。
どうしてそこまで私に尽くそうとするのか。
こればかりは侯爵家、ベリセリウス家にしか分からないのだろう。
ただひとつ言えるのは、彼女はきっとこの先、何処でも付き添うだろうという事。
それだけはティナの言葉とその目で分かる。
「分かったわ。ティナがそこまで言うならもう何も言わないわ」
「ありがとうございます」
本当に幸せそうに笑うティナと彼女の家族である侯爵達が了承しているなら他人である私がこれ以上何かを言う事は違うだろう。
私にとっても本当に心強くて、この先の不安もティナが側にいてくれるなら乗り切れるだろうとそう思わせてくれる存在で、心がぽかぽかと温かくなった。
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