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目覚めた世界が私の生きる場所  作者: 月陽
第4章 忍び寄る闇
258/273

258 再会


 翌日の午後、私は何故かシベリウスのサロンで座っている。

 隣には伯父様と伯母様がいらっしゃって優雅にお茶を楽しんでいる。

 何故に⋯⋯。



「あの、(わたくし)は何故こちらに連れてこられたのでしょうか」

「あら?」

「分からないのですか?」



 二人に呆れた表情をされてしまった。

 分からないものは分からない。

 何故こうなったのか。


 今朝ゼフィールとヴァレニウスに帰国されるお三方をお見送りし、午前中はゆっくりと過ごす予定だった。

 けれど、見送りから部屋へ戻ると離宮にいらっしゃるお祖父様から珍しく呼ばれたためにとそちらへ向かうと、お祖母様に捕まり着せ替え人形のようにあれこれと着替え、漸く落ち着いてお祖父様を交えてお茶を飲み呼ばれた理由を尋ねると、少し不機嫌な声音で「シベリウスへ使いに行って欲しい」とよく分からない事言われて理由を尋ねるも「行けば分かる」の一言。

 よく分からないままモニカと共に転移陣で久しぶりに訪れるシベリウス邸の転移陣部屋に到着すると、伯父様と伯母様の二人に出迎えられ今に至る。



「分からないので教えて頂けると嬉しいのですが⋯⋯」



 そっと尋ねてみるもニコニコと笑顔の伯母様と少しばかり不機嫌な伯父様。

 その対照的な二人にますます分からず首を傾げていると、伯父様は「そろそろだな」と言い伯母様には此処で待つよう言われて二人は部屋を後にした。

 全くもって分からない。



「モニカは何か聞いていないの?」

「いえ。私は何も聞いておりませんが、想像は付きます」

「モニカは分かるの?」

「はい」



 楽しそうに笑うモニカからは少し揶揄われているような感じがする。

 モニカ伯母様達が出てから一度伯父様達のカップを下げる。

 その行動自体は特に違和感を持たないのだけれど、何故か椅子を増やした⋯⋯?

 テーブルは少しばかり大きいなと疑問に思っていたのだけれど、椅子を増やした事で調和がとれた。

 けれど、増やしたという事は誰かが此処に来るという事。

 私が此処にいるのが知られても大丈夫な方、という事だろうが、そうしたら伯父様の側近であるイクセル卿とかミルヴェーデン団長か。

 それだと伯父様達が一度席を外す必要はないだろう。

 という事はその二人ではない。

 では一体誰が来るのか⋯⋯。

 そこでふとまさか、という人物が思い浮かぶ。

 もし本当ならお祖父様と伯父様が多少不機嫌だったのも頷ける。

 けれど、逆に何故私を連れてきたのか、理由が分からない。

 お父様は知っているのか。

 知っていたとしたら、というかそもそも私を此処へ来ることは無かっただろう。

 じゃあ一体誰が計画したのかが分からない。

 もんもんと考えていると外から足音が聞こえてきた。

 人数が増えている。

 少しどきどきしながら待っていると声がかかりモニカは扉を開けた。

 振り返るべきか⋯⋯迷っていると伯父様から声を掛けられた。



「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「いえ⋯⋯」



 私の様子が少しおかしく感じたのか伯父様はふと微笑んだ。



「漸くお気付きになられたのですね」

「先に教えてくださってもよろしかったのに⋯⋯」

「貴女は相変わらず鈍いわね」



 伯母様迄酷い言いようだ。

 そして伯母様が中へと招き入れたのは今朝見送ったばかりの方々が入っていらっしゃった。

 


「今朝ぶりだな、エスター」



 王宮では決して表に出さなかった親し気な呼び名と表情、そして私を呼ぶ低く落ち着いた声音が私の心に響きドキッと心臓がなる。



「あ、の⋯⋯はい、先程振り、です」



 王宮で冷静に振舞っていたけれど、その全てが抜け落ちて淑女らしからぬ挨拶をしてしまい、はっとして私はきちんと挨拶をするとヴァン様も丁寧に挨拶を返して下さった。

 そしてヴァン様の後ろに付き従っている側近のエーべルバイン侯爵にも挨拶の言葉を掛けると、こちらも丁寧な挨拶が返ってきた。

 挨拶が終わり伯父様と伯母様、そしてヴァン様と侯爵、私のささやかなお茶会が始まった。

 始まったのは良いけれど、何故こうなったのか、未だに誰も教えてくれないので私はすっと伯父様に視線を向けた。

 


「伯父様、そろそろ詳細を教えて頂きたいのですけれど」

「詳細、と申しますと?」



 私が何を聞きたいのか分かっているのに分かっていないふりをする伯父様に私は直球を投げ掛けた。



「お二方が此方に立ち寄られるのは想像できますが、(わたくし)が招かれた理由ですわ」

「お嫌でしたか?」

「意地悪な仰りようは止めてくださいませ」

「陛下の指示ですよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」




 私はたっぷりと間をおいて返事をしてしまった。

 聞き間違い?

 お父様が私にシベリウスへ行くようにと言った事が疑わしい。

 お父様は私とヴァン様が会う事は快く思っていない筈。

 それなのにシベリウスへ行けと言った?

 頭の中で疑問符が飛び交っている様子を見たヴァン様はふっと口元を緩めた。



「陛下は私とエスターが精霊界でこっそり会わない様にと釘を刺しただけだ」

「それは⋯⋯」



 会うといっても二人であったことは無い。

 話をするのに二人になった事はあるけれど、いつもエストレヤにアウローラ様、レイ様がいらっしゃったりと、お父様は何か勘違いをなさっているのかな。



「二人っきりではないにしろ、陛下にとってはそれが喜ばしい事ではないのは間違いない。まだ許していただいた訳ではないからな。大切な娘を心配なさっているからこそ、この場を設けてくださったのだ」



 それって自分の知らないところで会われるよりも知った場所で、それも私達を遠慮なく止めることが出来ると人がいるこのシベリウスで会うことを許したってこと。

 けどそれは、少しはヴァン様を認めてくださっていると思っていいのか⋯⋯。

 いや、楽観視は止めたほうがいい、と思ったていたら思いがけない言葉を伯父様が言った。



「陛下からのご褒美ですよ」

「ご褒美?」



 思わず返してしまったが、ご褒美を貰うような事は何もしていない。

 どういう事? とこてんと首を傾げる。



「公に戻られてからの三年足らず、殿下の頑張りに対してですよ」

(わたくし)、王族の責務として当たり前の事をしているだけですわ」



 それでご褒美と言われても違う気がする。



「エスターは変なところで生真面目だな」

「真面目なのは良いことですけれど、ステラはもう少し力を抜いても良いくらいよ」

「ステラ様の美点であり欠点ですね」



 言いたい放題のお三方の言葉を聞いて侯爵は笑いを堪えている。



「エスターは私に会いたくなかったのかな」



 ヴァン様は寂しそうな表情でそっと呟いた。



「そ、そんな事ないですわ!」



 私は咄嗟に声を上げた。

 まさかそんな表情をされるとは思わず、びっくりして全く淑女らしくない動揺を見せてしまった。



「会いたかったです!」



 そして力いっぱい言ってしまってからハッとなった。



「あ、あの、その⋯⋯」



 私は恥ずかしくてこの場をどう切り抜けようかとあわあわとするもどうして良いかわからず、最終的には手で顔を覆って俯いた。

 


 ――ムリムリムリムリムリー! 恥ずかしすぎて死ねる! 帰りたい!!!



「あらあらまぁまぁ! ステラ、可愛いわねぇ」

「ステラ様に本音を言わせるとは⋯⋯」

「ヴァレン。いつの間にそんな技を身に着けたんだい?」



 伯母様、伯父様と侯爵が順番に何か言っているが今の私はそれどころではない。



 ――こんな⋯⋯、泣きたい⋯⋯。恥ずかしすぎる!!!



「ステラ、そろそろ顔を上げなさい」

「無理です⋯⋯恥ずかしいです」




 絶対に顔が真っ赤だ。

 こんな顔は誰にも見せられない。

 やってしまった。

 恥ずかしくて涙がでそうになる。



「エスターの本音が聞けて嬉しい。そろそろ可愛い顔を見せて欲しいんだが」



 ヴァン様に声を掛けられて更にぎゅっと心臓が鳴る。

 恥ずかしいけどそろそろと顔を上げると目の前にはとても優しい表情のヴァン様と目が合う。



 ――かっこいい⋯⋯。



「エスター?」

「あ、は、はい!」



 変に元気の良い返事をした事、うっかりと見惚れてしまったことが恥ずかしくて俯く。



 ――うぅ⋯⋯この状況、どうしたらいいの!



 自分がうっかり過ぎて、ヴァン様の前でやらかしてしまい情けなくて、それに増さる羞恥心でいっぱいいっぱいだ。



「ステラ、お茶でも飲んで少し落ち着きなさいな」

「⋯⋯はい」



 伯母様に窘められて私はお茶を飲んでほぉっと息を付く。

 まだ心臓がバクバクしているが私が落ち着くようにと皆静かに待ってくれる。

 そこは流石にいい年齢の大人の方々ばかりなので大人げない事はしてこない。



「皆様、お見苦しい所をお見せし、失礼しました」



 私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 流石に王女としてあるまじき失態で、子供だからと、公の場ではないからというのは言い訳にならない。

 冷静になると流石に先程のやらかしはダメだと反省をする。



「何処が見苦しいのか分からないな。可愛らしいだけだったぞ」

「姫君、この場は非公式です。姫君の可愛らしい言動やその仕草を見る事が出来て安堵しております」



 何故侯爵が安堵するのか分からずにいると、答えを教えてくださった。



「姫君はいずれヴァレンと共に我らの主となられる尊い御方。今回の会議やお茶会でのご様子でとても聡明な方と知り、聡明なだけでなく、今のように可愛らしい一面も垣間見えた事で、ヴァレンを支え我が国にとっても得難い方だと嬉しく思っております。姫君がいらっしゃる日が待ち遠しいですね」

「ラインハルト殿、流石に早計に過ぎますよ。まだ殿下のお相手は決まっておりません」



 冷ややかな声で伯父様はきっぱりと言い切った。

 というか、侯爵が話している最中から既に機嫌は最悪で、私も彼が言ったことは流石に先走り過ぎると思った。

 伯父様が言ったようにまだ何も決まっては無いのだから。



「ふふふ。ステラは人気者ね。もう侯爵の心を掴んでしまったのね」



 ――言い方! その言い方は誤解を招くから!


 

 心の中で叫ぶもこの場で誤解をするような人はいないが、それでもその言い方はどうかと思う。



「エスターは可愛いから心配になる」

「あら。殿下はご自分に自信がない様子。確かにステラは人気よ。虎視眈々とステラと良き関係になろうと狙ってる男性はいるわ。それに、年上の方々からも人気ですもの」

「ステラ様は全くお気づきでないですが」



 ――いるかな、そんな人⋯⋯あ、一人いたわ。



 あれから特に何もないけれど、というかお兄様の側にいらっしゃるから挨拶はよくするのだけど、それ以外は特に何もない。

 伯父様の言い方だと、それ以外にもいるのかな?

 うーん。考えても分からない。

 いないと思うけど⋯⋯。

 一人で周囲の様子を思い浮かべていると、視線が気になりふと考えるのをやめると、四人がこちらを見ていた。



「どうされましたか?」

「いえ、そのご様子だと分かっていらっしゃるのですか?」

「一人だけ、かしら?」

「分かってらっしゃらないようですね」



 ――と言うことはやっぱり他にもいるの⋯⋯?



 また鈍いとか言われそうだけど、知らなくて良いと思う。

 知ってほしかったらエドフェルト卿のように言ってくれれば気付くけれど⋯⋯。

 いや、やっぱり言わなくて良い。

 応えられないのに言われても困る。

 ちらりとヴァン様を見れば優しく見守るような視線を私に向けている。



「エスターは可愛いから人気があるだろうな」

「そんな事ありませんわ。(わたくし)等よりヴァン様は女性に人気でしょう?」

「そんな事ない」

「そんな事あるでしょう。いつも人を射殺さんばかりに女性を寄せ付けず、遠巻きにされつつもひっきりなしに釣書が届いていますよ」

「あぁ、あのよく燃える紙屑か」



 紙屑って、釣書を全て燃やしているって事?

 ヴァン様に縁談がひっきりなしに舞い込むと聞いてもやもやするけれど、流石に燃やすのどうかと思う。

 けどよく燃える紙屑、と聞いてすっともやもや晴れたのも事実で⋯⋯。

 私、こんな事を思うなんて性格が良くないかも。



「姫君、安心してくださいね。ヴァレンは今言ったように釣書は中身を見ずに直ぐに塵にしてしまうから。何処から届いたのかも把握しておりません。彼には姫君のみですので、無用な心配は不要ですよ」



 見透かされている。

 私がもやもやとしていた事。

 確かに彼等は一途な種族で番以外に見向きもしないだろう。

 けれど、私は普通の人間で彼等の種族的な事柄は理解をしても心は違う。

 やはり気になってしまう。



「エスター、ハルトの言った事は正しい。その通りだから心配するな。それよりも私はエスターが心配でならない。アンセルム殿からまだ許可を貰っていないからな」

「ほぼ許可貰ったと思っ差支えないかと思いますわ」

「どういう事だ?」

「あら。こうしてステラと会う許可が下りた、という事は少なからず前向きに考えているわ。でなければこの様な場を設けないでしょう」

「大分渋々な様子だったけど、オリーの言う通りだろうね。だからと言って安心するのは早いだろう。この先、ステラ様は国内の有力候補達と茶会の機会を設け国内外に対して国内の者と婚姻させる、と周知させるでしょう」

「伯父様、今のお話はどういうことですか?」



 そんな話は聞いていない。

 それはヴァン様との事を認めないという事?

 体から血の気が引が引く。

 全身で今の話が嘘であって欲しいと訴えている。

 けれど私はこの国の王女で、国王である父の意向に国の為に尽くすべきだと、父の考えを窺ってそうした方が良いと考える時間はあるだろうが、従うべきだろうとも思う。

 いや、本来ならそうすべきだが、心は嫌だと言っている。



「ステラ様にも他国から縁談が来ている事はご存じの事。ただの牽制の為ですよ」

「牽制?」



 その言葉を聞き、少しばかり安心すると共にふと冷静に考える。



「それは、先程の伯父様の言葉に繋がるのでしょうか?」

「はい」



 本当に言葉通りなのかそうでないのかは定かではないが、ただ単にヴァン様との事が否定されたわけではないと、少しばかり安心した。



「ただの牽制だとして、(わたくし)とのお茶会に呼ばれた方達には申し訳ないわ」

「大体誰が選ばれるか予想できますが、心配ないでしょう」



 ――まぁ、その中の一人はステラ様に懸想している彼だが、そこは彼次第。ステラ様の心を奪うのは至難だろうが、それこそ彼次第だ。



 伯父様はさらっというけれど、どう心配ないのか私には分からなかったが、伯父様がこうして話すという事はお父様がそれを私に話すのを許しているという事だから、戻ったらお父様からも何かしら話があるかも知れない。



「という事で、会議の時話に出たステラ様の件は問題ないでしょう。それに、ステラ様はただの深窓の姫ではありませんからね」

「伯父様、それは態々言う必要がありますか?」



 確かに深窓の姫ではないけれど、態々ヴァン様の前で言う必要はないと思う!

 態とだという事は伯父さまの顔を見れば分かる。

 面白がっているのだから、伯父様もたまに人が悪くなる。



「ふふっ、ステラはどちらかというと自ら突っ込んでいってしまうものね。殿下に嫁いだら手綱を握るのが大変ではないかしら」

「問題ない。どんなエスターでも歓迎だ」

「深窓の姫君よりも活発でいらっしゃった方がヴァレニウスでは楽しんで頂けるかと」



 四人で私を揶揄うのは止めてほしい⋯⋯。

 ちょっぴりむっとしながらお茶を飲む。

 うん、美味しい。



「さて、我々は少しばかり席を外します」

「殿下、気持ちは分かりますが節度は守って下さいね」

「分かっている」

「ほんの五分だけです」

「そう睨むな。話をするだけだ」



 私以外は何か示し合わせたように言葉を交わしているが、一体何があるのか。

 私とヴァン様以外、席を立つ。



「伯父様?」

「ステラ様、我々は少しばかり席を外しますが、もし、万が一、殿下に何かされそうになりましたら全力で叩き潰して下さい」



 ――叩き潰すって⋯⋯?



「あの、伯父様。そ⋯⋯」

「少しばかり殿下とお二人の時間を過ごしていいのよ。けれど、ほんの少しだけよ」

「伯母様? ですが、(わたくし)はまだ⋯⋯」

「これは陛下には内密ですよ」



 伯父様ったらお茶目な言い方をするけれど本来は許されない事。

 モニカもそっと部屋を出た。

 本当にヴァン様と二人っきりにされてしまった。

 この状況に困惑するも、どきどきと心臓が高鳴る。

 久しぶりで、嬉しい。



「エスター」



 恥ずかしさと急に二人にされた事で俯いていると、直ぐ近くで声が聞こえた。

 顔を上げると直ぐ近くにヴァン様がいらしていて、そっと私の顔に触れた。



「会いたかった。更に綺麗になったな。⋯⋯ほんとうに、愛らしい」



 その何とも甘い言葉と先程までと違う表情にぶわっと悦び更に心臓が高鳴る。

 触れられたことが嬉しくて、先程までの不安が嘘のように鳴りを潜め、ヴァン様の事で頭がいっぱいになった。



「⋯⋯ヴァン様は」

「私は変わらんだろう」

「ですが、その⋯⋯とても麗しくて、今回の会議ではお仕事をなさっている一面を見る事が出来て⋯⋯更に、素敵だと」



 恥ずかしい!

 要領を得ない言葉にどう表して良いか分からずに言い淀む。



「エスターに褒められるのはこの上ない喜びだな」



 ヴァン様の男らしい手がそっと私の頬から頤に手を滑らせる。

 それだけえもどきどきとどうしていいか分からない位感情が高ぶる。

 そうして添えられたまま、ヴァン様は親指で私の下唇をなぞる。



「あ⋯⋯ヴァ、ンさま、だめ⋯⋯です」

「何もしない。まだ許して貰ってないからな。流石に手は出さない。だが、これ位は許してくれ」



 そう言ったと同時にそっと頬に柔らかい感触がした。

 全てがゆっくりと動いているように感じる。

 そっと顔が離れていくヴァン様を見て、漸く頬にキスされたのだと理解した。



「ヴァン様⋯⋯」

「頬ならいいだろう? ただの親愛のキスだ。此処はまだお預けだな」



 そう言ってそっと手を放す。



「エスター?」


 

 ヴァン様に呼ばれ、彼の視線を追えば、私はそっと彼の服を掴んでいた。



「あっ、申し訳ありません!」



 慌てて掴んだ手を放すと、逆にヴァン様に腕を引かれ、その反動でぽすっと自然に彼の腕の中へと吸い込まれた。



 ――は、恥ずかしい!!!



 けど、嬉しくてぎゅっと目を瞑る。

 ヴァン様からはとても良い香りがする。



 ――あっ! 違う! これでは変態だわ!



 あまりのこう安心するような、とてもいい匂いに堪能している自分にはっとしてヴァン様から離れようとするも、その力強い腕に抱きこまれて離れられない。

 というか、伯父様に言われた事、これでは無理だよね?

 しないけど。

 そもそも成長したと言っても私とヴァン様では身長差があり過ぎてどうにもできない。

 何も出来ないが冷静にこの状況から脱しようとする。



「ヴァン様、離して下さいませ」

「これぐらいは良いだろう?」

「私の心臓が持ちません⋯⋯」

「それは嬉しいな。それだけ私を意識しているという事だ」



 更に力が入るが何処までも優しく包み込まれる。

 そっと耳に髪を掛ける。



「エスター。愛おしい、私の唯一」

「っ!!」



 耳元でそっと呟くヴァン様の声は色気が凄くてゾクゾクと体に力が入る。

 吐息がかかり思わず変な声が出そうになるも、ぐっと口に力を入れ防いだ。

 私の想いは筒抜けのようで、耳元でくすくすと笑うが、そこで笑うのは止めて欲しい!

 体がおかしくなる!

 ほんと駄目だとこの状況をは体にも心にも悪い!

 私はまだ子供だと変な暗示をかける。

 だってね、本当にこの状況は駄目だと思う。

 伯父様の言うように叩き潰すべき状況だ。

 そんなことしないけど!

 でも本当に駄目だ。

 お父様に知られたら殺される!!



「ヴァン様、そろそろ⋯⋯」

「あぁ、そうだな」



 あっさりとその腕を緩めて体が離れるが、ほっとしたのと寂しさを覚える。

 相反する想いにヴァン様を見上げると、彼は私を見て優しく微笑んでいた。

 またその表情にドキッとする。



「エスターは私といると全て顔に出るな。嬉しいよ」

「す、すみません⋯⋯」

「謝る必要はない。嬉しいんだ。それだけ心を許してくれているという事だろう。⋯⋯さて、時間は後もう少しあるが、そろそろ帰る時間だ」



 そう言って、私をさらっとエスコートし扉へ向かう。



「ヴァン様は、この後もうお帰りになられるのですか?」

「あぁ。少しアルと話し合う事があるから、それが終われば直ぐに帰国する予定だ」

「道中、お気を付けください。それと⋯⋯」



 私は一度言葉を切り、ヴァン様を見上げた。



「こうしてお会い出来て嬉しかったです」

「あぁ。私もだ。アルとオリーヴィアには感謝しかない」



 独断でこの場を設けた二人には改めてお礼を言わなくては。

 本来であればお父様の意に反する事だろう。

 ここだけの秘密だ。

 扉を出ると、伯母様とモニカが待っていて固まってしまった。

 そこまで悪い事はしていないけれど、やはりどきどきと別の意味で心臓が煩い。



「あら。もう少し時間がありますのに、もう宜しいのですか?」

「これ以上一緒にいると離れ難くなるからな。二人には感謝している」

「ふふっ。お二人の幸せそうな顔が見る事が出来て良かったですわ。アルは拗ねているから見送りは(わたくし)だけです。さ、ステラはそろそろ彼方に戻らないと。殿下はアルの元まで彼が送りますわ」



 そう言ってすっと出てきたのはアルヴァーだ。



「ご案内いたします」

「頼む。エスター、体に気を付けてな。また会おう」

「はい。ヴァン様もお気をつけて」



 ふっと笑ってヴァン様は私に背を向けて歩き出した。



「さぁ、ステラ。行きましょう」

「はい、伯母様」



 転移陣の部屋へ着き、中へ入る。



「伯母様、ありがとうございます。伯父様にもお礼を伝えてください」

「分かったわ。ステラ、分かっていると思うけれど、アンセには内緒よ」

「勿論ですわ」



 言えるわけないので力強く頷く。

 ふふっと笑い合って私はシベリウスを後にした。

 


ご覧いただきありがとうございます。


ブクマ、いいね、評価をありがとうございます(ꈍᴗꈍ)

とても嬉しく励みになります!


次回も楽しんでいただけると嬉しいです。

よろしくお願い致します。



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