253 準備
昼食後、お父様の執務室を訪れると中にはお兄様もいらっしゃってソファに掛けていた。
「ステラ、新しい側近が来たんだね」
「お兄様はご存知でしたの?」
「いや。けどマティが卒業までたから、そろそろとは思っていたよ」
お兄様は本当に知らなかったようだ。
「待たせたな」
お父様が向かい側へ座り早速話を聞く。
「エリオットが伝えた通り、来週にヴァレニウスのとゼフィールから王太子がやってくる。二人は彼等の滞在中、交流も兼ねて対応しなさい」
「畏まりました」
お二人が我が国に滞在中、恙無く過ごせるように、私達二人で対応することになった。
「お二方の今回の来訪の目的はどのようなことなのですか?」
「あぁ、直に情報共有をする為だ。それと、ゼフィールからは王太子であるジェラルド殿と第二王子のエクレール殿がいらっしゃる。第二王子は自国を出るのは初めてだというから、特に気にかけるようにな。と言っても年齢だけで言えばお前達より上だから対応の仕方を間違えるなよ」
レイ様以外のゼフィールの方に会うのは初めてだ。
あちらの方は外見の成長が遅いというので私達より年齢は上だけど、見た目がまだ幼いのかもしれない。
今回はご兄弟で来られるという事だけど、レイ様が来られないのが意外に感じるが、レイ様は一国の王なので本来はあのように簡単に出歩く事は出来ないだろう。
「ヴィンスは公的に他国の者と交流はすでにしているが、ステラは初めての事だからな。ヴィンスと共に学びなさい」
「はい」
今回はお父様の仰ったように、情報共有とグランフェルトの視察も兼ねているのだとか。
視察場所は宰相が抜粋し、私達に知らせてくれることになっている。
そうして私にとっては公で初めての他国の方との交流だから少しばかり緊張する。
思い掛けず、この長期休暇は忙しくなりそうだ。
執務室に戻り、ほっと一息つく。
「レグリスはゼフィールの王太子殿下とお会いした事はあるのかしら?」
「え⋯⋯と、もしかして、ジェリー従兄上が来る、とか?」
「えぇ。王太子殿下と第二王子殿下がいらっしゃるそうよ」
「マジで⋯⋯」
レグリスは物凄く嫌な顔をしているが、仲が悪いのかな。
「あの、両殿下がいらっしゃる時、側近が側に控える事ないですよね?」
「レグリス、残念だけれど、私の近くに控えて貰うわ。もう一人はティナにお願いするわね」
「畏まりました」
「えぇ!? ステラ様、他の者では⋯⋯」
「諦めてね。お兄様には因みにマルクス卿が付くわ。ゼフィールからの指名だから⋯⋯」
「⋯⋯いやだ」
「往生際が悪いな」
思わずと言った具合にフィリップが突っ込んでいた。
此処にいるのは学園の生徒会の者達だからとても気安い。
それにしてもレグリスはどうして嫌がるんだろう。
知りたいと思うけど、きっとレグリスは嫌がるだろうから当日までそっとしておこう。
それよりもヴァレニウスのヴァレンティーン殿下の方が私としてはどうしたらいいのか分からない。
公的に合うのは初めてだ。
手紙のやり取りは今も続いている。
最近精霊界には行っていないので会うこともなかった。
エストレヤがふらふらと来ては他愛ない話をして帰っていくぐらいで、会うのは久しぶりだ。
どうするも何も、公には初めてお会いするので、やはり初めましての挨拶からだろう。
アリシアの時に会っていると知っているのは王宮ではお父様だけ。
ベリセリウス侯爵も知っているのかな。
今夜お父様に聞いてみよう⋯⋯いや、やっぱり聞かないほうがいいかな。
また怒らせそうな気がする。
「ステラ、ヴァレニウスの王太子と会っても初めて会う体にしなさい。何があっても表に出すなよ。向こうにもステラと会っても周囲に悟らせないよう注意しろと伝えてある。後、その件を知っているのはエリオットだけだ」
聞かないでおこうと思ったのにお父様が全部話して下さった。
けどやっぱりご機嫌斜めだ。
お母様は苦笑していて、お兄様とフレッドは目が笑ってない。
どうしてフレッドまで!?
「分かったのか?」
「はい、お父様。気を付けますわ」
「来なくていいのに」
「お姉様は渡しません!」
「フレッドまで何を言っているのかしら。今回の訪問はステラが目的ではないのよ? ゼフィールからもいらっしゃるのだから。二人共、ヴァレニウスの方にそのように不躾な態度をしてはなりませんよ」
「そんな幼稚なことはしませんよ」
「そもそも僕は会わないですよね?」
フレッドはまだ公にお披露目が済んでいないので会うことはないが、他国の方が来るということで興味津々だ。
「それで、本当の所は何をしにいらっしゃるのですか?」
「情報共有だ」
昼間に聞いた言葉と同じ。
私達が聞けない事なのかと思ったらお父様は口を開いた。
「以前にラヴィラがきな臭い、と話したのを覚えているか?」
「はい。覚えております」
「あれから特段大きな動きはなかったが、また活動を再開したようでな。この国にまだ被害報告は入ってきていない。だが、他国では少々被害が出ているようでな。ゼフィールの商人が丁度居合わせて事なきを得た様なのだが、手紙で詳しく伝えてこず、直接見た方が良いとゼフィール国王が仰るものだから次代の交流目的でヴァレニウスとゼフィールの中間地点であるこの国に来る、と言った感じだ。だから詳しくは未だ分からん。分かっているのはラヴィラが何かしら仕出かした、と言う事くらいか」
またラヴィラなのね。
今度は一体何をしでかしたのか。
誰の思惑なのか。
「さて、きな臭い話はここまでだ。来週には詳細が分かるだろう。お前達は今回の交流を第一に。⋯⋯後、ステラは程々にな」
「はい、お父様」
最後の最後でまた釘を差された。
多分前日まで続くだろう。
いや、滞在中も言われるかもしれない。
――あ、忘れない内に聞いておかないと!
「お父様、お願いがあるのですが⋯⋯」
「珍しいな。どうした?」
忘れない内に、と思ったけれど、許して下さるかどうかは分からない。
何故か期待に満ちた目で見られているが、お父様が期待するような事ではないので、なんだか気が引ける。
だけど、私も引きたくない。
「お父様、今度マティお従兄様とお忍びで街へ行きたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
「ステラ、それは⋯⋯。他に願いは無いのか?」
お父様のお顔を見ると、やはり駄目なのか、他の願いを聞かれてしまった。
けれど、引きたくない。
「ヴィンスお兄様と行くわけではありません。いけませんか?」
「そこをちゃんと理解しているのはいいが。心配なんだ。マティと行くにしても二人でか?」
「はい」
「何故急に街へ行きたいと思ったんだ?」
「それは、お父様も共犯ですわ」
私はちょっと怒っていますといった風にお父様を見ると、何かしたかと焦ったように私を見返す。
「どういう事だ?」
「 私に何も言わずに新しい側近だなんて。何故一言も仰ってくださらなかったのですか? 私、少し怒っています」
「その件に関しは相談と最終報告をマティから受けたが後は知らんぞ?」
「え?」
どういう事なのか。
お父様と一緒に選んだわけではないの?
「私達もマティの代わりの側近を探さねばと思っている所に、当の本人から相談を受けてな。任せて欲しいと言われたので逐一報告するよう伝えたが、後はマティアスの判断だ」
昼間も言われたのでお従兄様の考えは聞いている。
私がもう少し堂々としていたら相談して下さったのかな。
「ステラ、マティはお前を心配していた。だけど、ステラの事が頼りないとかそういった事ではない。マティもマティでステラの事が心配で今後の事を考えて自分で選びたかったんだろう」
けど、それでもやっぱり言ってほしかった。
それが出来ないと思われたのは自分のせいだからお従兄様を責める事は出来ないのは分かっている。
「それで、他に願いはないのか?」
「街へ行く事は難しいですか? マティ従兄様と二人だけで難しいなら、ベリセリウス嬢も一緒で構いません」
目を逸らさずにじっとお父様を見つめる。
そんな私にお父様も同じように私を見返すと、はぁと息を付いた。
「⋯⋯行くにしても他にも影から護衛を付ける。目に見える方のな。だが、どうして王都なんだ?」
「まだ王都の街を直に見た事がありません。いつも馬車から同じ景色を見るだけでしたから。それもまだ三度だけです。王都の人々がどのように生活をしているのか見てみたいですし、シベリウスとはきっと全然違うと思います。活気ある街の中を歩いてみたいのです」
ただ単に遊びに行きたい、と言うわけではない。
シベリウスは長閑な所だけれど、それなりに活気はあったが、もっと多くの人が生活をしている王都ではその規模も段違いだろう。
その王都を歩いてその空気に触れたい、見てみたい、肌で感じたいと思ったのだ。
勿論全く買い物に興味がないわけではない。
やはり街に溶け込んで自分で見て選んで買い物がしたい言うのもあるけれど、それは次いでいい。
「そうだな。民の生活を知らないのも問題だ。といえど、ステラは既にシベリウスで生活をし、逆に王都とは違う街並みに体験をしているだろうから全く知らないというのも違うがな。マティと二人はお前が変装するにしても許可できないからベリセリウス嬢を誘いなさい。先程も言ったが他の護衛を付ける」
「ありがとうございます!」
私が喜ぶと、お父様も漸く表情を緩めた。
だけど、直ぐに引き締めて注意事項をつらつらと話すお父様に対して、お母様は呆れ顔だ。
フレッドはずるいと言いたげで、ヴィンスお兄様は自分が一番じゃくて残念だ、と呟いている。
お兄様とは視察で外に出ることもあるだろうと言っていたので、それを楽しみにしておこうと思う。
あくまでその時は視察だけど。
思ったよりもあっさり許可がおりて安心し、自身の宮へと戻ってきた。
私は早速ヴァン様へお手紙を認め送ると、少しして直ぐに返事が返ってきた。
中を開けて手紙を読み始める。
内容は私と久しぶりに会えることを楽しみにしている、今回はヴァン様の番だと言う事を悟られないようにと煩いほどお父様に言われているので、不自然にならない程しか接することが出来ないのが残念だと。
私の不利な事にならないよう、そしてヴァン様自身がお父様に印象悪くならないよう心掛けるとも書かれていた。
「そういえば、仕事の時だとヴァン様ってどんな感じなんだろう」
ゼフィールのレイ様の御子息方も会うのが楽しみだ。
レグリスの反応が気になるところではあるが、レグリスはベティ様にもあんな感じなので、レグリスが苦手意識あるだけなのかもしれない。
実際に会ってみればわかることだけれど、気になる。
「エステル!」
「⋯⋯⋯⋯」
一瞬時が止まる。
私を呼んだ相手と私、見合う形だ。
「あ、あれ? 驚かないね」
「何となく、来るかもって思っていたの」
「なーんだ」
最近になってようやくエストレヤの現れ方が分かってきて気がするのは、私も成長したってことかな。
「今日はどうしたの?」
「⋯⋯最近エステルが冷たい。ここの精霊の子達には優しいのにさ」
「ここにいる皆はずっとここにいるもの。エストレヤは違うでしょう?」
「それはねー。けど、エステルが呼んだら別だよ」
「呼んだらすぐに来てくれるの?」
「うん、すぐ行くよ。僕とアウローラ様が加護を与えたのだからね。エステルが呼べば直ぐに来るよ」
いつも好きな時に来て好きなように帰るので呼んだら来てくれる事を初めて知った。
あっ、けど会いたいって思ったときは来てくれてたっけ。
「エストレヤって自由よね?」
「それはねー。精霊だもん。僕達を縛ることなんてできないよ」
そうだよね。
いつも自由に好きな事をしてる小さな精霊達が可愛くてついつい魅入ってしまう。
そう話すエストレヤは今までに見たことの無い顔をしていた。
飄々として楽しげに話す時とは違い、真剣で少し冷たい表情のエストレヤはちょっと怖く感じる。
「エストレヤは大丈夫なの?」
「僕? 大丈夫だよー。僕はこう見えて結構強いんだよー」
先程の冷たい表情から一転、いつもの様子でえっへんと言った感じでどや顔をするけれど、見た目が子供で可愛らしくどや顔する姿は頼りがいがある、というよりもただただ可愛いという言葉が似あう。
いつも頼ってくれないと文句を言われるからその言葉は飲み込む。
「エステル、絶対一人になっちゃだめだよ! まぁ今もずーっと見張ってるみたいだけど、絶対一人にならないでね」
「エストレヤ、彼等は護衛だから見張ってるとは違うわ。一人にならないから大丈夫よ」
「だーめ! エステルの大丈夫は信用できないよ」
酷いいわれようだ。
だけど反論できない。
影の皆もうんうんと頷いているんだろうなとエストレヤには気を付けると約束する。
「⋯⋯けどエストレヤも気を付けてね。精霊が狙われているんでしょう?」
「僕は大丈夫だけど、気を付けるよ。あ、そろそろ寝た方が良いね」
時間を確認すると深夜前だ。
確かにそろそろ寝ないと怒られる。
私はベッドに入り、エストレヤはずっと私の側にいる。
「どうしたの?」
「眠るまで側にいるね!」
「そこまで子供じゃないわ」
「ほら、ちゃんと布団被らなきゃね!」
子供の姿のエストレヤに子供扱いされる私って⋯⋯。
見た目は子供だけど、きっとすごく長い時を生きてるのよね。
子供をあやすようにぽんぽんっと優しくさなんだかちぐはぐのようだけど、何故かとても安心してしまう。
「おやすみ、エステル」
その言葉を聞きながらすうっと眠りに落ちた。
翌日。
「お従兄様! お父様の許可を取りましたわ!」
執務執へ行くと丁度ティナとマティお従兄様の二人がいたので思わず挨拶をすっ飛ばしてお従兄様に伝えると驚いていた。
「え? もう許可が下りたのですか?」
「はい。けれど、ひとつ条件があります」
「どのような条件ですか?」
条件と聞いてお従兄様は首を傾げるのを横目にティナへ視線を向ける。
「ティナ」
「はい、ステラ様」
「まだ日程は決めていませんが、今度お従兄様と王都へ散策に行くので、ティナも一緒に来てくれないかしら?」
「もしかして、クリスティナ嬢が一緒に行く事が条件ですか?」
「そうなの。だからね、ティナ。お願いできるかしら」
「勿論ですわ」
「ありがとう!」
あっさりティナが頷いてくれたので嬉しくて舞い上がっていたらお従兄様に注意されてしまった。
日程は長期休暇明けになるだろう。
その前にゼフィールとヴァレニウスのお三方がいらっしゃるのでそちらが優先だ。
後の予定は、会議は明日なので問題ない。
他の予定も変える必要はなさそうだ。
翌日の会議は前期が終わり、生徒達の様子と授業内容、そして和み部屋のその後の利用率の報告会が行われた。
授業を開始し、三ヵ月と少し。
そう簡単に変る筈もなく、ただ、恐る恐るといった感じではあるが、専門学園と騎士魔法学園での生徒の利用率は上がってきているようだ。
といっても、利用率だけを見れば上がったが、訪れる者は冷やかしに来るもの、精神医療を学びたいという生徒達、進路相談等様々ある中、ごく一部に人間関係で悩んでいる者が訪れるという。
利用時間も最初は一日の授業終了後から一時間までと様子見をしていたが、更に一時間延長すると放課後に悩んでいる者達の利用が増えたそうだ。
授業を開始し直ぐに効果の出るものではないが、今は意見交換をし、改善していく事が更にいい方向へと向かうだろう。
「教師方の様子は如何ですか?」
後気になるところは教育を行っている教師達だ。
彼等の待遇を変えたのは良いが、それで休まっているのか、それとも負担が大きいのか、現状彼等本人に話を聞かなければ分からない。
だが、それについてカルネウス学園長から報告がされた。
「情操教育を担当している教師達は此方から指示したわけではありませんが、各自集まって意見交換を行っています。彼等の待遇を考慮した事で、今のところ思った程負担にはなっていません。これは各教師達に直接聞きましたので間違いないでしょう」
他の二学園からの報告も聞くと、生徒同士の距離感が近づいた事、教師達もより生徒達の思っている事や考えていることが授業を通して生徒達に伝わった部分もあり、良かった点はいくつもあると。
だけど、良い部分もあれば改善点も出てくる。
少しずつではあるがこうして浸透していくと一年後には今よりももっと授業から始まり生徒同士の交流、和み部屋の利用法も良くなるだろう。
貴族間の派閥があるのでそう簡単ではないだろうが、学生時代にその考えが変われば将来も明るくなる。
先はまだまだ長いけれど、少しずつ良くなっているという、まだ良い結果を得られてわけではないけれど、各学園で工夫し教師達も休めているのならば安心だ。
「殿下も少し肩の力が抜けたようですな」
会議が終わり執務室へ戻って来たのだけれど、ブルーノ医師が一緒にいらっしゃったので一息つきながら医師の言葉を聞く。
「え?」
「ほほ。気づいていませんでしたかな?」
「多少、今日の会議で安心したのは事実ですけれど、そんなに力が入っていましたかしら」
「殿下にとっては初めての大掛かりな件ですからな」
そう言ってのどを潤す。
「殿下の力が抜けたのは、教師達のお陰じゃな」
「本当にそうですわ。これ程自発的に動いて下さって嬉しく思います。ブルーノ医師から見て学園の様子は如何ですか?」
「そうですなぁ。まだまだですが、ほんの少しずつ、良い方向へ向かっておりますな。教師達も自ら考え話し合いの場を設けているようですし。そこは殿下を見て触発されたのでしょう」
「私にですか?」
「左様ですじゃ。まだ社交界デビューをしていない殿下が学園の生徒として学ぶ傍ら、執務を行い、学園の為にと学科を新設する程に頑張っておいでなのだから」
医師に もっと胸を張っても良いのですぞと褒められお礼を伝えるものの、内心では皆に手伝って貰ってこそなのだから私が原因ではないだろうと思った。
その後、少し雑談に花を咲かせた。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価、そして誤字報告をありがとうございます(ꈍᴗꈍ)
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





