248 良き成長
ティナの話を聞き終わり、ルイスに対して嫌がらせを行ったのがカルネという者だと知った。
「それで、ヒュランデル公爵から面会希望があるのね」
「はい」
「公爵も大変ね」
「今回は下の者の仕業だとはいえ、気の毒になりますわ」
「内容次第だけど、公爵に非はないわ。直属の上司たるそのシグルド卿の責任でしょう」
今回のような件だと、直属の上司の監督責任だろう。
多分⋯⋯だけど、ティナは公爵を巻き込んだんじゃないのかなと、ちょっと思ったりする。
真相はわからないけれどね。
「日程は如何されますか?」
「そうね。二日後、学園から戻ってきたら会いましょう」
「もうすぐ訂正した書類を持参するでしょうから、その時に伝えましょう」
それから少しして、そのシグルド卿が訂正した書類を届けにやってきた。
「王女殿下にご挨拶いたします。財務省のシグルドと申します。この度は部下が多大なご迷惑をお掛けした事、お詫び申し上げます」
「謝罪は私にではなく、私の側近である、ルイス嬢へ。彼から直接悪意ある対応をされたのは彼女です」
「はい」
彼はルイスの前まで行き、深々と頭を下げた。
まさか自分に対してそのような事をされるとは思っていなかったのか、ルイスは驚いている。
「ルイス嬢。部下が行った無礼な振る舞いを謝罪いたします。未だ本人から話を確認できていませんが、先程ベリセリウス嬢の話とカルムの様子を見る限り、間違いないであろうと。詳細が分かり次第、改めて報告と謝罪をさせて頂きたく。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
まさかここまで丁寧な謝罪をされるとは思っていなかったのか、ルイスは驚いていた。
私はあちらからの報告でルイス自身に対応を任せているので見守る。
「シグルド様の謝罪は受け取ります。ですが本人から理由を聞かない事には納得できませんし、今その事に関して話す事もありません」
「分かりました」
ルイスはきっぱりと言い切った。
シグルドはそれ以上何も言わず、二人が会話している間に確認し終えた書類を彼に渡す。
ヒュランデル公爵には二日後に時間を取る事を伝え、彼は執務室を後にした。
「シグルド卿の様子を見る限り、彼もあの者に苦労させられているようですわね」
「働いているにも関わらず、階級を気にするのは何故なのか分からないわ」
「働く働かない関係なく、平民より自分が上だと、自分が偉いのだと思いたいだけなのよ」
「大半が真面目に働いているけれど、ごく一部の人達には困るわ」
「そうですわね。それにその者達を簡単に解雇は出来ませんものね」
機密を漏らしたり、誰かを物理的に傷つけるような事があるならば別だけど、そう簡単に解雇することは無い。
といえど、度を越せばその限りではないだろう。
「大体予想は付きますけど、二日後に分かるでしょう」
それから二日後の学園が終わり、この日私は生徒会に寄らず宮廷へと戻ってきた。
今日は特に変わった事もなく、穏やかに仕事が出来たみたい。
そして時間通りに公爵とシグルド卿の二人が執務室を訪れた。
「お待ちしておりましたわ」
「殿下、お時間を頂き恐縮です。先ずはお詫びを」
一言私に失礼します、とルイスに向き直った。
「この度は財務局の者がルイス嬢に対し、不快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
そう言い、公爵とシグルド卿が揃ってルイスに謝罪した。
流石に公爵に謝罪されルイスが慌てたが、直ぐに表情を引き締めた。
「顔を上げてください。先ずは理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
理由は、やはり予想した通りだった。
ルイスが平民なのに王女の側近として仕えている事に苛立ったそうだ。
そして態と間違いルイスの無能振りを公にして噂を流そうと、幼稚な事を考えていたようだが、全てはそのルイスの手によって無駄に終わったわけだ。
もう少しシグルド卿の話を聞くと、彼は上司が平民であるという事も気に食わないらしい。
自身も最初の頃は悩まされたらしいが、そこは長年働き経験豊富な事から実力で黙らせたそうだ。
だが、自分よりも下の者を狙う事を止めていなかったようで、狙いをルイスに定めて結局やり返されて終わった。
「予想はしておりましたが、予想通りとても残念な思考の持ち主ですわね」
「確かに。どのように育てばあのような行動をとれるのか、その頭の中を覗いてみたいですね」
「試験に受かり宮廷で働ける頭脳はあるのに、使い道を誤れば宝の持ち腐れですわね」
私と公爵が言葉を交わしていると、シグルド卿が呆気にとられていた。
「あら、どうなさったの?」
「⋯⋯え? あ、申し訳ございません」
「彼は殿下の言動に驚いているのです」
「何か驚くようなことを言ったかしら?」
不思議に思い彼に視線を向けると、ハッとなって頭を下げた。
「いえ! お気になさらないで下さい」
慌てて何でもないと言う彼に対し、公爵はふっと口元を緩めたがそれも一瞬の事だった。
「ルイス嬢、あの者に対し、どのような処罰を下すか、望みがあれば教えて欲しい」
「処罰ですか?」
ルイスは公爵の言葉に戸惑った。
まさかどのような処分を下すのか、望みを聞かれるとは思わなかったのだろう。
私はルイスが望む通りでいいと思うが、公爵からの問いかけといえど、罰を与えられる相手は貴族だ。
ルイスはきっと今後の事を考えているのだろう。
「ルイス、遠慮しなくてもいいわ」
「ですが⋯⋯」
「直接被害を受けたのは貴女です。相手が貴族だからといって関係ないわ。私達が行っている事に関係があるのだから、ここで甘い顔をしてはいけません」
「殿下の仰る通り。殿下主導で学園の改革を行っていることは皆存じている事。今回の件は学園で起こるような事を、学園が職場に変わっただけで、やっている事は学生と変わらない。これを放置すれば殿下の行っている事に対し、批判されるでしょう。そして、殿下の足を引っ張りたい者達に良いネタを与えるだけだ」
公爵の言葉を聞いてどうするべきかを考える。
少し悩んだ後、ルイスは顔を上げた。
「今カルム卿はどうされているのですか?」
「処罰が決まるまでは謹慎を命じています」
シグルド卿が答える。
「では、カルム卿の処罰ですが、雑務からのやり直しと再教育を要求します」
「再教育はどのような内容をお望みか?」
「人としての在り方、仕事をする上で大切な事等の一般常識です」
「それだけでいいのか?」
「はい。それがいかに難しいか、今後同じ様な事を繰り返さない為にお願いします」
「分かった」
公爵はあっさり肯定した。
それはシグルド卿も同様だった。
「学園を卒業し一年と少しの方に教育を施すのは思う事も多々あるでしょう。シグルド卿には仕事を増やしてしまうけれど、しっかりと対応をお願いしますね」
「畏まりました」
通常の仕事に更に教育を行う事になったシグルド卿とその部署は大変だろうが、今後の為にも教育は必須だ。
今更なのだけれど。
公爵達は話し終えると辞去の挨拶後戻って行った。
「ルイス、先程の答えは良かったわ。もしかしたら何も要求しないのかと少し心配だったの」
「私もステラ様の、王女殿下の側近として言うべき事を言わないと、そう侯爵様に教えられましたから。伝える相手が公爵様でとても緊張しましたけれど」
先程表情に出さなかったけれど、今になって緊張がどっと押し寄せてきて手が震えていると気持ちを整える様に息を吐いた。
ルイスが大きな成長をしているのを見ると嬉しく思う。
「今日は急ぎの用事はなかったわね」
「はい」
「では、頑張ったルイスにお茶を淹れてあげるわ」
「え? いえ! 自分でやりますから」
「遠慮する事ないわ。生徒会でも私、淹れていたでしょう」
「そ、それは学生の時の話で、今はそういうわけには⋯⋯」
私はルイスの制止を聞かずにアルネが準備した茶器を使ってルイスにお茶を振舞う。
勿論自分の分とアルネの分も用意し席に着く。
アルネの淹れるお茶には到底及ばないけれど、それなりに美味しく淹れられたと思う。
ルイスは諦めてお茶を飲み、糖分を補給している。
その様子を見ると大分気を使っていたのだと窺える。
休憩後、私達は仕事に戻ったが、お兄様が戻られたのを聞き、私はお兄様の執務室へと向かった。
「ステラ、いらっしゃい」
「お兄様、お帰りなさいませ」
「ただいま。それで、どうだった?」
お兄様から早速詳細を聞かれたので報告すると、此処にいる全員が呆れた表情をしていた。
「学園を卒業したというのに、残念な思考の持ち主が同じこの宮廷で働いているなんてね」
「まぁ、色んな思考の持ち主がいるのは仕方がないよ。それを見過ごすか再教育を施すか、どうにもならずに切り捨てるかは上司の判断だからね」
「ルイス嬢は再教育をするように要望を出したんだね」
「はい、お兄様」
「彼女は大きく成長したようだね。相手が財務省の長で公爵だ。気後れするんじゃないかと思ったが、良かったね」
お兄様は私の側近がちゃんと成長している事に安心したようだ。
私もお兄様と同様にルイスの成長が嬉しく思っている。
今日は報告をする為に訪れただけなので、自身の執務室へと戻り、今日の仕事を終わらせた。
それから特に大きな出来事も無く平和な日々が続いている。
私は休息日、久しぶりに離宮を訪れた。
お祖父様とお祖母様へ挨拶と、少しだけ厨房を借りるためだ。
そう、久々に自分でお菓子を作りたくなったのだけど、流石に王宮の厨房は無理だった。
離宮では何度かお菓子を作った事があり、料理人達も知っているので快諾してくれる。
今度は何を作るのかと興味津々の彼等に手伝って貰い、作ったのはパンケーキサンド。
中に挟んだのはチーズクリームと果物や、爽やかな口当たりのレモンクリーム、自然な甘みを生かしたシンプルな蜂蜜パンケーキ等、数種類を作った。
今日はあまり時間がないから簡単なものだ。
中央を借りたので、ここの料理人達の分と、お祖父様達の分、そして今日の目的はエドフェルト卿とベリセリウス卿へのお礼の分だ。
昼から久々に側近達を交えて軽いお茶会を開く事になったので、そこで出す分を作りに来たのが本来の目的で、私がただ作りたかっただけという事ではない。
まぁ、久し振りに作ったので楽しかったけれどね。
慌ただしいけれど、お祖父様達にお礼を言い、王宮へと帰ってきた。
そして準備をして宮廷の庭園へと向かうと、既に皆集まっていて私が最後だった。
「お待たせしました」
「ステラ! 待っていたよ。そんなに慌てなくてもいいのに」
「私が企画したのですもの、時間に遅れるわけにはいきませんわ」
テーブル上には先程私が作ったパンケーキに果物を添え、他にもいくつかの焼き菓子等が綺麗に彩っていた。
こうしてお兄様と私の側近が集まり、とても豪華だと改めて思う。
「今日の開催はステラ主催だから挨拶はステラに行って貰おうかな」
「お兄様が何か仰らなくても宜しいのですか?」
「まぁ、集まったのが側近だからね、別にいいよ」
確かに。
ここには私達の側近しかいないのだから改めて言葉は必要ないだろう。
「久しぶりのこうして皆さんと茶会を開けた事、嬉しく思います。今回は久しぶりの交流が目的でもありますが、エドフェルト卿とベリセリウス卿に改めてお礼言いたくて開きました。時間があまりなかったので、簡単なものしか作れなかったのですけれど、テーブルに並べられているパンケーキは私が作りましたの。お口に合うか分からないけれど、良かったら召し上がって下さいね」
「待って! ステラ、態々作ってきたの!?」
「はい、お伝えしていませんでしたか?」
「聞いてない!」
お兄様は何故か怒っていらして、二人に食べるなと言っている。
また始まったと側近の皆は知った様子で呆れ顔だ。
「お兄様、何故怒っていらっしゃるのです?」
「ステラの手作りを奴等に食べさせる必要なんてないよ。ステラの手作りを食べていいのは私達家族だけだよ」
「あの、私が直接作ったのはほんの一部ですわ。殆どは料理人達が手伝って下さいましたし、最初から最後まで作ったのはお祖父様とお祖母様にと離宮に置いてきましたよ」
「それでも、全く手を出していないわけはないだろう?」
「そうですわね」
お兄様の不満そうな顔が全然収まらない。
そしてお茶会が全然進まない。
「お兄様、今度お兄様だけに特別にお菓子を作りますから機嫌を直して下さいませ」
「本当に!?」
「あ、けど、厨房は離宮を借りますので、お祖父様とお祖母様にはお出ししますよ」
「それは仕方ないね。けど、絶対だよ! そして、今後、奴らに手料理を振舞う必要ないからね! これも約束して」
「分かりましたわ」
此処で約束しないと収まらないので約束をした。
そうして始まったお茶会は和やかだけど、長年仕えているエドフェルト卿達はお兄様を揶揄う事を止めなかった。
「殿下の手料理を味わえるなんて、光栄ですね」
「本当に。これが最初で最後では、味わって食べないといけませんね」
「本当に食べてもいいのでしょうか」
「食べないと勿体ないよ」
カルネウス卿は食べるのを迷っているが、レオンお従兄様の言うように食べないと勿体ない。
「どうせレオンはシベリウスで殿下の手料理を食べていたんだろう?」
「うーん、そんなに食べていないよ」
「その間が嘘だと言ってる!」
「あのね、エミール。シベリウスにいても、料理をする機会なんて殆どなかったし、ステラ様は図書館に籠って勉強したり訓練をする時間が殆どだったからね」
確かに、シベリウスではあまり料理はしていない。
それこそ皆のお誕生日以外はしていないかも。
「ステラ様は多才ですわ」
「ティナ、それは言い過ぎよ。細かい所は本職の方に任せていますもの」
作り方を知っているだけで、やはり細かい所は分からないし、本職の方に伝えると直ぐに作って下さるから、私は作り方を伝えるだけだ。
「そういえば、マティ様は学園を卒業したらシベリウスへ戻られるのですよね?」
「そうだよ」
「本当なんですか?」
「嘘をついても仕方ないだろう?」
「それはそうなんですけど。マティ様がステラ様の側を離れるなんてなんか信じられなくて」
――レグリスったらどうしてその話を今するの!
考えない様にしているのにまさかの話題が出て私は内心動揺する。
お従兄様は何でもない様に振舞っているのも気になる。
何とも思ってないのかな。
私だけが寂しいと思っていたら⋯⋯。
怖くて聞けない。
「マティお従兄様はシベリウスの後継だもの。私より自領を優先させる事は当たり前だわ。逆に私の側近として側にいる事で、伯父様の側で学ぶ時間を奪ってしまって申し訳ないと思っているの」
これはただの強がりだ。
けど、そうしないとお従兄様を困らせる。
そんな私をじっと見つめるお従兄様に気付かず、レグリスを見据える。
視線には気付いているが、今お従兄様の顔を見ると平静を装ているのが崩れてしまいそうになる。
お従兄様にはお見通しかもしれない。
けれど、他の人達に悟られるわけにはいかない。
私が言った事は本心でもある。
お従兄様離れをしないといけないけれど、やはり寂しい気持ちが大きい。
卒業までの残り時間で、この気持ちと向き合わないといけないが、自分から言ったものの、その事が大きく心に圧し掛かった。
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