246 報告会
学園生活の新たな一年が始まり、早一カ月が経とうとしていた。
卒業したルイスは宮廷で私が学園から戻るまでアルネと共に執務を行ってくれている。
最高学年のマティお従兄様とティナは学園終わり、一日置きに交代で宮廷へ出仕するようになり、寮生活ではなく王都の邸から通う為、既に寮を引き払ったようだ。
やる事が早いというか何と言うか。
寮に部屋を残しておいても良かったような気もするのだけれど。
本人達が寮の部屋を要らないというなら私がとやかく言う事ではないけれどね。
今年も生徒会に新しい二人が加入する。
一人はお父様の側近であるリンディ伯爵家の長女でユーリア・リンディとアルセン子爵家嫡男のエミリオ・アルセン。
後輩が出来た事でハルネとソニヤの二人は少し心に余裕を見せるかと思ったが、二人は少し緊張した面持ちだ。
その様子を見てリアムさんも最初はそうだったなとケヴィン先輩が話す。
けれど、暴露されたリアムさんは恥ずかしそうに慌ててケヴィン先輩を止めようとするが彼は更に何か話そうとちょっと意地悪な顔をしているところを見ると、二人はとても仲が良いようだ。
あまり見ないその様子を呆気に取られて見ていたのはハネルとソニヤの二人だ。
平民であるリアムさんが貴族であるケヴィン先輩にあまりに気安い態度である為、驚いたようだ。
「二人共、仲が良いのは分かったからその辺にしておきなさい」
「ハネル君達が驚いているわ」
「あ、すみません」
即座に謝り居住まいを正す二人は周囲を和ませた。
新一年生の二人は何だか似た雰囲気でほのぼのとしている。
「リンディ嬢、そしてアルセン君。ここ生徒会では皆気安く居心地の良い関係性を築いているので、二人も気負う事なく分からない事があれば気軽に質問してくれていい」
マティお兄様がそう伝えると、二人は素直にはい、と答える。
「それで、先ずは皆の呼び方だけど、此処では交流の一環として名前で呼び合っている。強制ではないので嫌ならそう言ってくれて構わないがどうかな?」
「はい、大丈夫です」
「僕も大丈夫です」
二人共名前で呼ばれる事に忌避はないようだ。
「では、二人の事も名前で呼んでいいかな?」
「勿論です」
「是非お願いします」
「改めて、ユーリア嬢、エミリオ君。歓迎するよ」
「よろしくお願い致します」
二人はふわっと嬉しそうに微笑む。
「あぁ、そうだ。最近生徒会で流行っていることがあってね」
流行っていること?
そんなのあったかなと疑問に思う。
他の皆は分かっているようだったが、私だけ分かってない感じ?
「これはステラ様が発祥なのだけどね」
――え? 私何もしてないと思うんだけど⋯⋯。
「あぁ、因みにここには王子殿下と王女殿下がいらっしゃるので、皆お二人をお名前で呼んでいらっしゃるので、生徒会内ではそのように」
ちゃんとそこの説明も入れたが、肝心の流行ってるって何か気になって仕方がない。
「話を戻すけれど、流行ってることは、後輩達が上級生を先輩と呼び掛けることなんだ。それが皆気に入ったらしく、密かに後輩から先輩と呼ばれることを楽しみにしているんだよ」
「私は初耳ですわ」
「知らないのはステラ様だけですよ」
「卒業したフェストランド卿が密かに呼ばれたがっていたのに気付いて無かった時の様子に笑いを堪えるのが大変でしたよ」
それも知らない。
「卒業パーティーで学園最後の思い出と、ステラ様にお願いをしていた時は皆心の中でお祝いをしました」
「学園、それもこの場以外では無理ですものね」
確かに卒業したら私が誰かを先輩だと呼ぶことは決してない。
というか、フェストランド卿がそこまで呼ばれたがっていたなんて知らなかった。
けれど、私もちょっとそう呼ばれてみたいかも⋯⋯。
「呼び方や呼ばれ方は人によって違うから、本人に聞くといいよ」
結局何故私が発祥なのかという事は全然分からなかった。
楽しくお話した後はいつも通り学園内の見回りに、それが終われば和気藹々と歓迎会の続きを皆で楽しんだ。
「ティナ、さっきの生徒会で話していた事なのだけれど、私が発祥だと何故なのか分からなかったの。どういう事かしら?」
帰りの馬車の中、今日宮廷へ行くのはティナで、私とお兄様と共に馬車に同乗している。
「あら。生徒会内で上級生を先輩と呼び始めたのはステラ様が初めてなのですわ」
「そうなの?」
「はい。そもそもあまり貴族はそのように呼びません」
「それはそうね。私も騎士団や魔法師団内でしか聞いた事がないわ」
私があまり他の部署に足を運ぶことが無いので聞かないだけかもしれないけれど、騎士団内では結構耳にする呼称だ。
平民の間ではよく呼ぶようで、それが段々と広まっていったのだろうと思われる。
私としては記憶の中では当たり前というか、学生時代よく使っていた呼称だから馴染みがあり忌避感はない。
だからそれを口にしただけなのだけれど、まさかそれが気に入られるとは思わなかった。
「平民の間では珍しくもありませんが、ステラ様が口にされましたので、それが新鮮だったのでしょう」
「それは関係あるのかしら」
「大いにありますわ。王女殿下が生徒会内だけと言えど、上級生に対して先輩と呼ぶのは卒業したら絶対にあり得ない事ですから。だから一度は呼ばれたいと思うのでしょう。得に異性にとっては、ですわね」
「何故?」
「私はステラ様と同じ女ですから何とも言えませんが、そうですわね⋯⋯一種の憧れ、なのでしょう」
分かったような分からないような⋯⋯。
「ティナはそう呼ばれたい?」
「いえ。私は何時も通りが良いですわ」
ティナはあまり興味がなさそう。
というか、女性陣は確かに何時も通りが良いと話していたので、男性陣だけが興味津々といった感じなのかな。
「フェストランド卿が呼ばれたがっていたなんて意外だったわ」
「ステラ様ったら、全くお気付きにならないから笑いを堪えるのが大変でしたわ」
「分からないわ。彼はいつも落ち着いていて、まさかそう思っていただなんて想像つかなかったもの」
「そうですか? 結構分かりやすかったですよ。ステラ様が鈍感だと言われても仕方ありません」
「ティナが鋭いだけじゃないかしら」
「いいえ。他の者達も気付いておりました」
分からないよ。
普段から冷静沈着であまり感情が動かないような人だったし。
たまり嬉しそうにする所もあったけれど、別にそういった素振りはなかったと思うんだよね。
けど他の皆が分かっていたと言うなら、それこそまたお従兄様達に鈍感だと言われてしまうかも⋯⋯。
「まぁ鈍感なステラ様もステラ様らしいから良いと思いますわ」
「⋯⋯ティナ、それは褒めていないでしょう?」
「あら、鈍感なステラ様はお可愛らしいですわ」
絶対褒めてないし誂ってる素振りがある!
「ティナ⋯⋯」
「そのお顔もお可愛らしいですわ」
「私で遊ばないで」
「ステラ様で遊ぶなんて、そのような不敬な事はしませんわ」
目が笑っている。
絶対楽しんでいるわ!
「クリスティナ嬢は侯爵そっくりだな。ヴィルは此処まで私で遊んだりしない」
今まで黙って私達の話を聞いて楽しんでいたお兄様が会話に加わった。
「ヴィンセント殿下、そのお言葉は嬉しくありませんわ。兄はまだ本性を隠しているのです」
「へぇ。ヴィルの本性か。それは是非知りたいな」
「その内出てくるでしょう。⋯⋯以前は控えておりましたから」
ティナはお兄様に対して意味ありげな視線を送ったが、お兄様は平然としている。
以前に何かあったのかな。
お兄様の様子だと、今私が聞いても答えてくれなさそう。
ティナを見ると⋯⋯やはりこっちも答えてはくれないだろう。
話しをしていると宮廷に着いたようだ。
途中までお兄様と一緒に戻り、また後で、と其々の執務室へ向かった。
執務室に入るとルイスとアルネが笑顔で出迎えてくれる。
ルイスが学園を卒業し、私が学園からこちらに帰って来た時の事。
私が執務室に入るとルイスから「おかえりなさい」と言われた時は少し変な感じもしたけれど、それ以上に嬉しかった。
それも慣れたけれど、今日も彼女の笑顔と言葉に迎えられ、早速一日の報告を聞き書類に目を通す。
今月から人数が増えたので余裕を持って出来るかと思ったが、実は徐々に仕事が増えている。
それだけ私と私の側近が仕事に慣れたと、その実務を少しは認められたという事で大変だが嬉しくもある。
もうひとつの理由はルイスが学園を卒業し、今迄夕方のみだったのが側近として朝から務める事が出来るようになり、私が学園から帰ってからの仕事もしやすく、増えても問題ないとされた。
「ルイス、日中問題は無かったかしら?」
「はい。問題ありません。一ヵ月程経ちますが、たまにエドフェルト卿とベリセリウス卿のどちらかが様子を見に来て下さってるのです」
「ふふっ。エドフェルト卿は生徒会の後輩が気になるのね」
「ティナ。それはちょっと違うかも⋯⋯」
何か思うところがあるのか、それとも何かを言われたのか、効果音を付けるならズーンって感じだ。
「何かあったの?」
「いえ、私が悪いのです。少し指摘されただけですので、大丈夫です」
勉強になるとそう言って何事も無かったかのように仕事に戻った。
本人がそういうのならいいのかな。
まぁエドフェルト卿が何もなく指摘する事はしないだろう。
もし、仮にルイスで遊んでいたとしたら私は本気で怒るけれどね。
「ルイス、もし理不尽な事があれば遠慮なく言ってね」
「はい、その時はお話しますね」
それ以外は特に気にする事も無さそうだし、彼等が様子を見に来てくれているのは安心だけれど、あちらも忙しいだろうに、今度何かお礼をしよう。
「ルイス、週末の会議で使う資料は整っているかしら?」
「はい、それならこちらに纏めてあります」
「ありがとう」
学園長達とブルーノ医師を交えての会議が行われる。
情操教育が開始され、早一ヵ月。
最初の報告会だ。
各学園、どのような意見や感想が出てくるのか。
最初から良い意見ばかりがあるなんて思っていないけれど、私が行った大きな施策なのでやはり緊張や不安を覚える。
そして会議の日を迎えた。
本日、私と共に会議に出席するのはルイスとロベルトだ。
文官を目指している二人がこうして会議に付き添う事が板についてきた。
「先ずはこの一ヵ月、各学園の様子から話して下さい。先ずはハーヴェ王立学園からお願いします」
教育部長官のアルセン卿が進行を行う。
指名されたカルネウス学園長が発言する。
「先ずは講義を行った教師から見た生徒達の様子は、フリーデン卿のご提案通りに行った結果、最初の講義で生徒達は内容に興味を持ち真剣に受講する者が殆どだと話しておりました。中には真面目に受講しない者もいるようですが、想像以上に生徒達は真剣に取り組み、積極的に質問をしているようです」
これは私達も授業後に話しをしているので身近に感じている。
最初の授業が肝心なのだと、初めての授業でどれだけ学生達の関心を引け興味を持って貰えるかで今後の授業にも影響があるだろうと、美的情操教育も行う事となった。
本当は道徳的、情緒的情操教育を重点的に行いたかったが、それだと生徒達の意欲を逆に低下させてしまうだろうとブルーノ医師は話していた。
授業だけではないが、何事においても興味のない事への学びは楽しいと思えないだろう。
その気持ちは分かる。
つまらない事程頭には入ってこないもの。
それもあり、生徒達に楽しいと思わせるような教育方法をブルーノ医師は考えて下さったのだ。
最初の授業で、この授業を行う理由、授業内容、一年間の予定まで話しをし、座学だけ一クラスだけでの交流ではなく、他のクラスと交流を図るというものがある。
三年ともなると選択授業が主になるので他のクラスとの交流も自然と増えるが、一、二年は中々他のクラスとの交流を図る事も無い。
その為、この授業は必然的に沢山の同年代の生徒同士の交流が増え、偏った考えだけでなく、色んな考えの生徒と交流が持てるのは良い事だ。
「⋯⋯後、学園に設けた“和み部屋”ですが、これが思ったより利用する生徒が多くみられます。その内の一人、フリュデン嬢が一役買っているようです」
それは初耳だ。
話しを聞けば、彼女は困っている人がいると率先して声を掛けているらしい。
その話しを聞いて私は驚いた。
大分回復したとはいえ、困っている人に声を掛けるなど、かなり勇気のいる事だ。
彼女はこう話したそうだ。
『少し勇気をもって声を掛け、その人が少しでも心が軽くなるなら、まだ怖いけど、私と同じような目にあって欲しくない』
不安そうに話しをしていたがその目は真剣そのもので、以前の彼女ではなかったという。
彼女のその行いが、水面下で広がっているのだろうと推測する。
それにより学園に設けた部屋がちゃんと機能している事に安堵した。
他の二学園も授業に関しては王立学園と似たような感じみたい。
だが、二学園に設けた“和み部屋”に関しては、今の所敬遠されているようだ。
オルカ騎士魔法学園の気質からか、そこを利用するのは負けたと思うらしい。
そう生徒達が話していたのを教師が聞いたようだ。
自尊心の高い生徒が多いのだろう。
だが、ブルーノ医師は授業が進めばそれも解消するだろうとあまり心配していないようだ。
騎士魔法学園の授業では、何も実技だけに重きを置いているわけではない。
王立学園同様、一般教養にマナーは必須でその他騎士や魔法士に関する座学もある。
その座学の中に弱きを助け強きを挫く、まぁこれは“記憶”の諺だが、この世界では騎士道精神を徹底的に教えられる。
それを学んでいても困った者達が少数いるのは問題なのだが、これは何処の世界でも同じなのだろう。
“和み部屋”を利用するのに語弊があるかも知れないが少し敷居が高いと思われているのかもしれない。
もう少し利用しやすい環境を作った方が良いのかも。
もうひとつのアルスカー専門学園も中々利用する生徒は少ないようだ。
全くいないという事はないそうだけど、やはり部屋に行きにくい、周囲の目が気になる、という事が理由に話していたという。
やはり、部屋を利用するにあたってもう少し入りやすいよう改良すべきかな。
専門学園に関して特殊な例として挙げるなら、あそこは医術専門科があるので、それを専攻している生徒は何もなくても部屋を利用していると話すが、それはもう“和み部屋”の本当の意味を成していない。
それはそれで問題だ。
クルーム学園長もそこに頭を悩ませているようだった。
医療を学ぶものとして、実際従事する医師の話しを聞く事は、彼等にとっていい勉強になる事は間違いがないので止めろとは言えない。
だが、本来の意味でそこを利用したいと思っている生徒からしたら余計に行きにくくなるわけだ。
これは専門学園特有の悩みだと言える、言えるが⋯⋯。
「それは医学を教えている講師から注意すればよろしいのではないかしら」
私は思わず呟いた。
医学部の者達が“和み部屋”に行き学ぶならば、医学部の講師から注意し、学ぶ意欲は分かるが、利用したい思う生徒の妨げる事は医学を学ぶものとして如何なものかと。
「クルーム学園長。学園の医学部では精神医療に関しての講義は無いのかしら?」
「殿下もご存じの通り、まだまだ精神医療に関して世論に浸透しておらず、そういう分野があるという事は教えても専門的に教えてはおりません。中には留学し、学んでくるものもおりますが、それもまだまだ少数なのが現実です」
「精神医療に関しての医者が年々少しずつですが増えてはおるものの、まだ少なく、実際、医療に従事しながら学ぶものが殆どですな。そこで専門的に学びたい者が留学する、という流れになります」
成程。
学園長とブルーノ医師の話しで学園の現状がより分かった。
「実際学びたい者がいるならば、改善したいところでしょうけれど、現実、直ぐには難しいでしょう。精神医療に関しての書籍を多く取り入れてみてはいかがでしょう?」
「そうですね。それならば直ぐにでも改善できるでしょう」
この件はアルスカー学園内で改善する事となり、和み部屋の利用しやすいよう改善するのは、各学園の特性もあるだろうということで、もう少し様子を見ることとなった。
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ありがとうございます(ꈍᴗꈍ)
次話もよろしくお願い致します。





