241 悔しい思い
冬の休暇が始まり、私の誕生日パーティーが開かれた。
昨年は昼に行われたが、今年は夕方から夜にかけての開催だ。
学園が休暇にはいり、成人した令息令嬢が参加するので前回よりも人数が多い。
そもそも前回はお父様、お母様の懇意にしている貴族のみの参加だったから規模が違うのだけどね。
だからか今日はお兄様がずっと私の隣にいてお互い煩わしい事を避けている。
この間の夜会には来ていなかったホレヴァ卿がフェルセン卿に引っ張られる形で私の元へ挨拶に来たのだけれど、その様子が面白くてお兄様と共についつい笑ってしまった。
二人はとても仲が良いみたい。
二人が去ってからお兄様が他の者と話しをしているのは側で聞いていると、見知った者がこちらに向かってきていた。
「あら、セイデリア辺境伯、ベティ様」
その後にやってきたのはセイデリア辺境伯夫妻だった。
「王女殿下、改めてお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
「少しお時間よろしいですか?」
「えぇ。ですが珍しいですね。どうなさったの?」
「愚息がご迷惑をお掛けしていないでしょうか」
――成程。あの件でいらっしゃったのね。
お二人から好きにしたらいいと言われたとは言っていたけれど、レグリスが私に騎士の忠誠を誓った事、その事に対して心配なさっているのかも。
「彼には助けられていますわ。それより、本当によろしかったのですか?」
「あれが自分で決めた事ですので私達が否を言う事ではありません。軟に育てていませんので役には立つでしょう。ただ、少々口が悪いので、そこだけが心配です」
――心配ってそこなんだ⋯⋯。
「普段は、そうですわね。ですが心配ないかと思いますわ」
「あまりあの子を甘やかさない様にお願いしますわ。もし、何か失態を犯したら遠慮なく罰をお与えになって下さいませ」
「殿下、我々はあの子が自分で決めた事を誇りに思っております。先程も言いましたが、あの態度だけ、殿下の迷惑にならないかが心配なだけですので」
「何処で教育を間違えたのか⋯⋯」
「あれの口の悪さは冒険者達の口調が移ったのでしょう」
「遊び相手が彼等でしたから。まぁ一応公的な場ではきちんと出来ているようではありますが。学園ではざっくばらんでしょう?」
――当たりよ。
流石親ね。よく分かっていらっしゃる。
それにしても遊び相手が冒険者っていうのも凄いわね。
同年代の子達がいなかったのかな。
「話しは変わりますが、明日、ルイス嬢とフェルトランド卿のお二人をお預かりしますが、ヴィクセル嬢はシベリウスへ向かうのですね」
「彼女はベティ様を慕っているようですけれど、逆にあまり接点のないシベリウスで訓練を積む方が良いかと思いましたの。知らない者達に囲まれてあの雪深い地での訓練はかなり厳しいと思います」
「確かに。セイデリアにはこの間いらっしゃって全く知らないと地ではありませんからね。それがよろしいかと」
「先程フェストランド侯爵から声を掛けられましたわ」
「あぁ、心配そうにしていましたが、彼本人が決めた事です」
「辺境伯、ベティ様。二人の事をよろしくお願いしますわ」
「はい。お任せください」
二人が去った後、そのフェストランド侯爵が私の元へ挨拶に来たけれど、私が見た限りではそれ程気にされてはなさそう。
ベティ様達が何か言ったのかな。
侯爵の話しからは、息子が成長するならばいい機会だと、他領に行く機会はそんなにないので逆に賛成しているように思う。
その後にヴィクセル伯爵が伯父様を伴っていらっしゃった。
誕生日のお祝いの言葉を受けた後、侯爵と同じく明日から話しを切りだした。
「殿下、娘に対しまたとない機会をお与えて下さりお礼申し上げます」
「私は何もしておりません。今回の提案は両辺境伯からですので、お礼なら彼等に。私はディオにどうするか確認しただけですわ」
「そうかもしれませんが、それらは王女殿下の人徳あっての事でしょう」
人徳と言えるかどうか。
確かに伯父様は私に甘いけれど、だからと言ってこのような忙しい時期に他所の子を預かるなんて中々出来ないでしょう。
ただ見兼ねただけだと思う。
「相変わらず謙虚でいらっしゃる。ヴィクセル伯爵の言は正しいですよ」
「伯父様は私に甘いだけですわ」
「恐れながら王女殿下を甘やかせるのは数少ない人の特権ですからね」
その言葉を聞いて苦笑するヴィクセル伯爵。
こんなところでお父様に張り合わないで欲しい。
伯爵にも陛下と喧嘩なさいませんようにと言われている。
「殿下にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。今回シベリウス辺境伯に娘を預かっていただきますが、戻ってきても変わっていなければ容赦なく切り捨てて下さい」
伯爵は本気のようだ。
も前のままだと、私が切らなければ伯爵自ら動くかもしれない。
それ程厳しい眼差しをしている。
「彼女が成長していなければそうしましょう」
「私は娘の為ではなく、殿下の御身を想っての事です。その辺りをお間違えなきよう」
「えぇ、分かっています」
流石にあの厳しい瞳を見て娘を心配しての事ではないと分かる。
あれは護るべき対象がいらぬ傷を負わないかを案じての事だ。
騎士団、魔法師団と軍部を預かる者に相応しい方だ。
「伯爵、今日はステラの祝いの場だ。その表情は良くないな」
お兄様があちらのお話しが終わり戻って来た途端に伯爵にちくりと一言。
申し訳ございませんと直ぐに謝罪するが、話の内容があれだったので、私は気にしていないのだけれど、お兄様は知らないので仕方ない。
遠目に見ればあまり感じは良くないだろう。
「伯爵、気になさらなくても良いわ。この後も楽しんでくださいね」
「はい。失礼いたします」
伯爵は去って行った。
「それで、何を話していたんだい?」
事情を知らないお兄様に聞かれたので先程のやり取りをお話しすると納得して下さった。
「それであの表情だったのか。まぁあの伯爵がステラに無礼を働くとは思っていないが。伯父上も側にいたわけだし」
確かに伯父様なら表情と正反対の冷めた声であしらっているかも。
想像が出来てしまいふふっと笑う。
「私が伯爵を連れてきたとはいえ、折角のお誕生日ですからステラ様にはそうして笑っていただきたいですね」
「伯父上の仰る事は最もだけど、私としてはその笑顔を見せるのは身内だけにしておいて欲しいな。害虫に見せなくてもいい」
「害虫って?」
「ステラ様はお気になさらなくても宜しいのですよ」
伯父様から詮索不要とばかりの笑顔で言われてしまっては突っ込めない。
まぁいいけど。
「伯父様、明日からディオの事、お願いしますね」
「お任せください。今回ステラ様の側近三名がお側を暫く離れますので、マティアスは今回王都に置いて行きますので、遠慮なく使って下さい」
「ありがとうございます」
そうは言っても執務自体年明け三日間は完全に休みとなるので私も宮廷から出る事が無いので、その三日間は三人共ゆっくりと休んでもらうが、マティお従兄様は王都に残るようだ。
誕生日パーティーが終われば本格的に年終わりの忙しさ、教育部と来年に行う会議の日程調整に最終調整があり、私もそれなりに忙しい毎日をすごした。
そうしてあっという間に今年も最終日。
無事に終わり三人には四日から執務が始まるので、ゆっくり休むように伝え其々帰途に着いた。
お兄様と共に王宮に戻れば、フレッドが私達を待っていて少し驚いた。
「お帰りなさい! 兄上、姉上」
「ただいま。こんなところで待っていなくても部屋で待っていれば良かっただろう?」
「早くお会いしたかったのです」
「可愛いわ! 私も早く会いたかったわ」
「姉上、お身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。フレッドは心配性ね」
私が倒れた時、フレッドは毎日私の所に来て私が起きるまで側にいると言い張っていたようだけれど、流石にお父様から止められて、毎日私の部屋に様子を見てきていた。
そこから毎日大丈夫かと聞かれ、今に至る。
もう平気だと言ってもフレッドにとっては衝撃的だったみたいで、今もこうして心配されている。
「夕食まで時間があるから久しぶりに三人でお話ししようか」
「そうしましょう!」
「嬉しいです!」
お兄様のお部屋に行き、兄妹水入らずで話に花を咲かせた。
新年三日間は家族揃って過ごすので、またこうして三人でお茶をする約束をし、夕食の席に向かった。
流石にお父様も今日は早く仕事を切り上げて戻ってきていたので久しぶりに皆で夕食を頂き、明日の確認と今年の出来事を振り返った。
その中で、やはり私の行動が心配だと言われてしまった。
これ、何時まで言われるのだろう。
「そういえば、ステラよ」
ふと何か思い出したように呼ばれたので心の中で少しばかり沈んでいた意識をお父様に戻す。
「ユリウスのとこの三男が忠誠を誓ったそうだな?」
「⋯⋯何故ご存じなのです?」
どこから情報を仕入れているのか。
辺境伯が話したのかな。
別に後ろめたい事じゃないけどちょっと、何となく、居心地が悪い。
「ステラがそれを受け入れた事に驚いてな」
「彼のあの揺るぎない強い瞳を見れば、否とは言えなかったのです」
「マティはさぞ悔しがっていただろう」
「マティお従兄様が?」
お父様はなぜか楽しそうに話をするけれど、その意味が良く分からず聞き返してしまった。
「ステラは気付いてないだろうが、シベリウスの後継でなければ真っ先にステラに対しそうしていただろうな。まぁマティは自身の立場を分かっているからステラに気取られる様な事はしないだろうが」
全然知らなかった。
というよりも、今それを言ったら私が知ってしまうので、お従兄様のその気遣いが無駄になるのでは?
あっさり暴露したお父様にジト目で見てしまうのは許してほしい。
「父上、マティが折角隠している事をあっさりと話してしまってはダメでしょう」
――全面的にお兄様の言葉に同意するわ!
そのお父様はそうか、と何とも思ってなさそうな様子。
「理由は聞いたのか?」
「まだそこまで話しを出来ていませんわ」
「そうか。この間の件でステラの側近も心を入れ替えたようだな。良い事だ。ステラを褒めているわけじゃないからな」
「分かっておりますわ」
きっちりと釘を差してくるお父様。
もう何度も聞いてるのでそろそろやめて欲しい。
「後はヴィクセル嬢か」
伯父様がどのような訓練を課すのかは分からないけれど、厳しいだろうし、彼女が泊まるのはシベリウス騎士団の宿舎だ。
騎士団の厳しい訓練と座学も行うと聞いている。
彼女がどこまで耐えて成長するか⋯⋯。
頑張ってほしいが、全ては彼女次第。
「それはさておき、年内にひとつ問題が片付いたな」
「えぇ。ようやく六年前の問題が、全てではないとはいえ解決して安堵しましたわ。あの時、あらゆる視点から探りを入れても分からず、本当に⋯⋯犯人を見つけた後どのようにすれば苦しむのか、そればかり考えていましたもの」
お母様の言葉でこの場の温度が5度は下がった気がする⋯⋯。
「ま、まぁあの時はリュスも身重だったからな。無理は出来なかったろう?」
「そうですが⋯⋯それは言い訳にはなりませんわ。私の可愛いステラが傷つけられたというのに何も出来なかったなんて⋯⋯本当に⋯⋯」
――本当に、何!? 雰囲気が怖い!
「お、お母様、もう過ぎたことですわ。犯人も捕まった事ですし、お母様が仰ったように最後は苦しみながら迎えたと報告を受けましたもの」
「そうね。そうだけれど、心情的にはそれだけでは手緩いわ」
――お母様を怒らせてはいけない⋯⋯。
ちらりとお父様を見ると、お父様も頷いている。
お兄様は⋯⋯、一緒なのね。
流石親子。
隣のフレッドは、可愛い顔が台無しになっていた。
お母様とよく似たお顔なのに、可愛いのに、目が笑っていない。
お母様が手緩いと仰ったけれど、リドマン元子爵と夫人は服毒刑で既に執行されこの世にはいない。
その毒というのが即死させるのではなく、じわじわと苦しみを与え、苦しみもがき最後はそこから解放されたく殺してくれと譫言を言いながら逝ったのだとか。
その報告を聞いて私の感想としては、あぁそう、の一言。
冷めていると言われればそうかもしれないけれど、姑息な真似をして行った責任を取るのは当たり前の事で、王族に対して手を出したのだから、それだけなのかとお母様が仰る通り手緩いと言われても仕方がない。
リドマン家を解体、子爵領を王家管理下に戻すことも考えられたが、そこは領に軟禁されながらも子爵領を管理運営していた嫡男を評価し、爵位を男爵へ降爵するに留めた。
「ステラは悔しくないの? 私達は五年間、一緒に過ごせなかったことが本当に悔しい。あの愚か者のせいで大事な時間を奪われたんだよ。ステラを二度も苦しめた彼奴を許せるわけないんだよ」
お兄様達が珍しく顔を歪ませて悔しそうに話した。
お兄様には申し訳ないけど、その気持ちが嬉しい。
お父様、お母様、そしてフレッドが私の事を想って悔しそうにしてくれることが嬉しくて⋯⋯。
「お兄様、私も同じ気持ちですわ。けれど、私の代わりにお父様達が怒って下さるからいいのです。それにあのような者達の為にこうして家族の時間を奪われるのは嫌ですわ。あのような者、どうでもいいのです」
「は、はは! ステラの言う通りだな。確か過ぎた事だ。今この時の方が何より大切だな」
殺伐とした空気から一変ふっと空気が和らいだ。
やっぱりこっちの方が良い。
「さて、新年の公務があるので皆早く休みなさい。すまないがフレッドは留守番だ。昼からは家族水入らずで過ごそう」
「はい! 楽しみにしてます」
部屋へ戻り私も早々に就寝の準備をしてモニカ達にも早く休むように伝え寝室に入るもまだ眠くない。
私は去年に続き、影の皆に労いとちゃんと交代で休むように伝える。
この間お誕生日にお祝いの言葉を頂いたばかりだけれど、私はお手紙を認める。
相手はヴァン様。
もう一年以上お会いしていない。
エストレヤから話しを聞いたりはするけれど、それだけだ。
お手紙は一ヵ月に二度ほどのやり取りでお互いの近況報告といった感じだ。
近況報告といっても私の身に起きた事は勿論話さないけれど、些細なやり取りが嬉しくもある。
次はいつ会う事になるか分からないけれど、逆に会わないのはまだそれ程危険な事が無いのだろうと思うと、その方が良いのかもしれない。
いつもの様にお手紙を送り、ぐーっと伸びをする。
窓の外を見ると雪が降っているので明日止んでいるといいけれど、こればかりは分からない。
明日に響いてはいけないしあまり眠くはないけれど、大人しくベッドに入り目を閉じた。
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