235 行き過ぎた行動
慰労会が始まり、先ずはソニヤとハネルの二人の事、リドマン嬢の事を話された。
二人は口を引き結び神妙な面持ちでマティお従兄様の話しを聞いていた。
私が襲われた事、不審者が入り込んだことは一部の者しか知らないのでここでは伏せる。
此処にいる皆は二人を労い、一人で抱えこまない様、何かあれば直ぐに知らせるようにと心強い言葉を掛けていた。
その後はいつも通りに交流会の話しやこの後の試験の話しと楽しい時間はあっとい間に終わった。
慰労会が終わった後、私はそのままシベリウス邸で伯父様とセイデリア辺境伯とお会いした。
「先週にご提案頂きました件ですけれど、伯父様にはヴィクセル嬢を、セイデリア辺境伯にはルイス嬢とクロムヘイム卿の二人をお願いしますわ。三人にはあちらに滞在中、貴族としての対応はしないと伝えております」
「宜しいのですか?」
「えぇ。勿論三人の体調や精神面を慮っていただきたいですが、厳しく指導して下さって構いませんわ。どちらにしても訓練に耐えられなければ、私の側近は難しいでしょうし皆も納得しません」
私が遠慮はいらないと告げるとお二人は笑顔で了承して下さった。
これは本当に厳しい訓練になる予感がする。
三人には頑張って耐えて強くなって欲しい。
それから二日後、学園終わりにお兄様のに呼ばれて執務室を訪れた。
「ラックス・リドマンの件だけどね、やはり騎士学園でも中々目立っているようだよ。別の意味でね」
別の意味って、どのような悪目立ちをしているのかはその後を引継いだエドフェルト卿の言葉に絶句した。
「リドマン令息は騎士学園で王立学園の悪口を話しているようですね。自分が落とされたからなのか、見る目がない、あの学園は出来の悪い者が行く場所だ、お金で入学できるところ等々。周囲は面倒臭そうにというよりかなりうんざりしているようです。今お話しした部分はまだましですが、それ以上に過激な発言をしています」
「例えば?」
「王立学園は王族が関与しているので気に入らない者達を排除している、とかですね」
「それは、本当にリドマン令息の発言か?」
「はい。それを聞いた者達が幾人もおります」
大胆な発言を公衆の面前で行えるのか違和感を覚える。
子爵家の令息がどうしてそのような事を言えるだろうか。
それは此処にいる全員が疑問に思う事。
「リドマン令息を徹底的に調べる必要があるな」
「お兄様、令嬢も調べた方が良いのではないでしょうか」
「そうだな。あぁ、そうだ。一旦彼女を解放しようか」
「令嬢を野放し、その行動を見張りましょう」
お兄様の言葉にベリセリウス卿はお兄様の考えすぐさま理解しそう答えた。
「面倒ごとの予感しかないな」
「お二人共、行動にはくれぐれもお気を付けください」
「いくら私達が気を付けていたとしても向こうから近寄ってきたらどうしようもないね」
「お一人で行動しないでくださいと言いたいのですよ。お二人共行動が似ていますから」
お兄様と同じだと言われて嬉しいが、今ベリセリウス卿はいい意味で言った訳ではない。
どのような思惑理由だろうと一人で行動するなと釘を差す。
私は不可抗力と言えど心当たりがあるので大人しく聞くが、それはお兄様も同じようだ。
「過保護だな」
「過保護にもなりますよ。お二人共ご自分のお立場を理解していらっしゃいますか?」
何故かお説教全開のベリセリウス卿。
お兄様の側近だからお兄様が叱られるのは仕方ないと思うけれど、私は関係ないと思う。
捕まる前に退散しよう!
「お兄様、ルイスを待たせているのでそろそろ戻りますわ」
強引に執務室に戻ろうと席を立つも、お兄様に腕を掴まれ、ベリセリウス卿にも止められた。
――何故!?
「ステラ、危ないから送るよ」
「お兄様、外には近衛がおりますもの。ご安心ください」
「ステラはお兄様が嫌いかい?」
「そんな事あるはずありませんわ。お兄様のお邪魔をしたくないだけです」
普段は嬉々として受け入れるが、今は離してほしい!
「お二人共、じゃれていないでお座りください。話は終わっておりません」
ベリセリウス卿の言葉の変な圧に私とお兄様は大人しく座ると彼は満足そうに頷く。
「影がついているとはいえ、現状、お一人の行動はお控え下さい。学園内といえど王女殿下の件でも分かるように必ずしも安全とは言えません。学園側も安全策を講じるでしょうがそれも限度がありますので、それこそ暗殺者等なら入ってきてしまうでしょう。お二人はそこをきちんと理解し、側近達を困らせないように。もし側近と共に行動できない場合は、ご学友と行動して下さいね」
「それだと、何かあった場合はその学友が危険になる。それだけでなく足手まといになるだろう」
「それはあちらにとっても同じ事。どのような動きをするか分からない者がいれば、一瞬でも隙ができるでしょう」
ベリセリウス卿の言い方では学友が危険な目にあったとしても身を守れという風に聞こえるが、結局の所は出来るだけで側近と行動しなさいということだ。
さすれば他の人達が巻き込まれずに済む。
ただ、今回の私みたいに不可抗力もあるのでそこは何も言わないで欲しい、と口には出さないが心の中で呟くが何故か彼に見つめられる。
――考えている事が読まれている気がする⋯⋯。
何故かドキドキしながら押し黙る。
「お気を付け下されば何も言いませんよ」
「あぁ、分かっている。気を付けるよ」
「私も十分に気を付けますわ」
リドマン嬢は進級取り消しに加え、来期まで謹慎処分が決定したので会うことは無いだろう。
この間みたいに学園に侵入してくる可能性もゼロではない。
一応謹慎はリドマン邸で外に出る事も不可なのだが、如何せんリドマン家だ。
これは私を襲ったという事でお父様の指示で見張りを付けるという事をお兄様から教えて頂いた。
「ステラ、令息の件は引き続きこちらで調べるから影を使う必要ないよ」
「お兄様に負担ばかりかかりませんか?」
「いや、そこに学園から解放されて暇人が二人いるから大丈夫だよ」
――絶対に暇人じゃないでしょう。
私より執務の量が多いのに最側近の二人が暇なはずはない。
それなのに暇人ではないと言いながらもお任せ下さいと答える二人は頼もしいので、結局お任せする事にした。
少し長居してしまい急ぎつつも優雅さを欠く事なく執務室に帰ると、ルイスはアルネと一緒にお茶を楽しんでいた。
「戻るのが遅くなってごめんなさい」
「いえ、お帰りなさいませ」
二人共さっと席を立とうとしたので私は押し止める。
「私も少し休憩するわ。三人でお茶にしましょう」
アルネにお茶を淹れて貰い私もほっと一息つく。
「まだ解決しそうにありませんか?」
「そうね。直ぐは難しいわ。ルイスも周囲に気を付けてね」
「私よりステラ様がお気を付けください」
とうとうルイスにも気を付けるようにと言われてしまった。
「私には護衛が沢山いるわ。けれどね、今回みたいにルイスが私を脅す材料として狙われないとも限らないでしょう。私を直接狙うよりその方が簡単ですから」
私よりも周囲が狙われる可能性を考慮しなければならない。
まだあの暗殺者との繫がりがはっきりと分かっているわけではないので周囲により注意を向ける必要がある。
「ルイス、無理はしていないかしら」
「無理はしていませんよ?」
ルイスは私の質問の意図が分かっていないようでその質問に対して不思議そうにしている。
「ルイス嬢、殿下は今の状況を心配しておられるのですよ。今迄危険な事とは無縁だったでしょう?」
「そうですね。無縁でしたが、先日のような事は初めて⋯⋯いえ、二度目の体験でしたよ」
ルイスは思ったよりも何でもない事の様に話す。
ルイスの心が心配だったが、あまり怖いと思っていないような気もする。
思いがけない返答で私が驚く。
「ステラ様、今回の様な事は以前にも体験した事がありますから」
「以前にも?」
「はい。学園に入学する一年程前、父の仕事に着いて行ったことがあり、その時に巻き込まれて連れ去られた事がありました」
それは、確かに二度目の経験ね。
ルイスが思ったよりも肝が据わっているのはそれがあったからなのかな。
「それから勉強は勿論、魔法を学び、今に至りますが、また同じ事になり少し悔しく思います」
「ルイスって意外に負けず嫌いだったりするの?」
「どちらかと言うと、そうですね」
見た目とは裏腹に負けず嫌いなのね。
「殿下、ルイス嬢は側近方の中で一番優秀ですよ」
「そうなの?」
「はい。書類仕事ではルイス嬢、ベルセリウス嬢とシベリウス卿が優秀ですが、その中でもルイス嬢は此方に回ってきた書類の仕分けがとても早く、仕分けながら間違って届けられた書類、不備等を見分ける事は経験で培わないと中々出来ない事です。それを彼女は半年も経たずに行っているので、それだけでなく、何処に不備があるかなどを態々記載し返却する為、他の部署からの評価も高いですよ」
褒められたルイスは照れ臭そうにしているがとても嬉しそうだ。
侯爵がお父様の元に戻ってからというもの、アルネが分からない事を教えていたので成長した姿を見るのが嬉しいのだろう。
「他の皆はどうかしら?」
「ヴィクセル嬢はそつなくこなしております。セイデリア卿とクロムヘイム卿は教えた事の吸収は早くてこれからの成長が楽しみですね」
レグリスとロベルトの二人は側近となってから書類仕事を始めたでしょうからまだまだこれからだというアルネの言葉に応援したい。
アルネから皆の評価を聞けていい時間を過ごせた。
さて、今日の分を終わらせてしまおうと机に向かう。
翌日、お兄様が話していた通り、リドマン嬢は解放されて邸での謹慎処分の始まった。
それから数日が過ぎ、入学試験が目前と迫り、私達は準備に追われていた。
入学試験中は生徒会、風紀部が手伝いに入り、他の生徒達は休みとなる。
去年は当日受付にて先生方のお手伝いを行ったが、今回は試験を受けに来た者達の誘導に試験中の見回りをフィリップ先輩と行う事になった。
そして試験日初日、私達は生徒達を誘導し、試験が始まると見回りを行った。
今の所問題はないようで学園内も静かだ。
「今年の受験者達は去年より多いみたいですね」
「そうなのですか?」
「はい。まぁその目的は少々不純ですけどね」
「どうしてご存じなのですか?」
「知っていると言いますか、半分は知っていて半分は予想です。ですが、ヴィンセント殿下の笑みが深いので、当たっているのでしょう」
ますます意味が分からない。
お兄様の笑みが深くなることで何が当たっているのか⋯⋯。
「もしかして、私が理由ですか?」
「ご本人を前にして言うのもなんですが、そうですね。王女殿下とお近づきになりたいと各貴族家の者達がこぞって王立学園を受験しているのです」
「でしたらお兄様がお受けになった年も多かったのでしょうか?」
「仰る通りです。あの年は本当に大変でした」
遠い目をしてフィリップ先輩は溜息をついた。
同じ年に同じように試験を受けるのだからその熱量はきっと凄かったのでしょう。
けれど、私は学年が上で今年の受験数が多くなるというのが理解できない。
同じ生徒会になる首席と次席なら交流はあるけれど、それ以外の人達とは中々交流する事が無いので、こぞって受験するという理由が私には分からない。
「学年が違っても王女殿下と同じ空間で学び、何かの拍子でお近づきになりたいと思う者達は多いのですよ」
「確かに何かの拍子で接する事はあるでしょうけれど、先輩が言った通り、学年が違えばそれも難しいですわ」
それを聞いた先輩は苦笑していた。
そろそろ午前の筆記試が終わる時間だ。
この後昼食へ移るため、受験者達は移動するのでその誘導に向かう。
誘導後は私達も昼食を頂く。
そして午後の魔力操作の試験へと移る。
今の所は順調だ。
たまに受験者達から羨望の眼差しを受けるも試験に受からなければどちらにしても学園に来るのは最後となるのでちゃんと試験に向き合っている。
「今年の受験生は行儀がいいですね」
「去年は一部の受験者達が騒がしかったですものね」
「そう言う者達はその時点で減点されているので、学園に入学する為にはそれ相応の学力が必要ですから」
そして今年から二日目に行う面接は今までよりも厳しくなると聞いている。
それも来年から始まる新しい科目に向けての事だった。
遠くから受験者達の声が聞こえる。
『姫様、お気をつけください。リドマン嬢が近づいてきます』
『え? 邸で謹慎しているはずでしょう?』
その時、がさっという音でそちらを振り返り、フィリップ先輩は私を庇うようさっと前へ出る。
「誰だ! 隠れているのは分かっている。大人しく出てこい」
「此処にいたのですね」
アステールが警告してくれたように出てきたのはリドマン嬢だ。
少し痩せたように見えるけれど、その目は憎々し気に私を見ている。
それにこの感じは⋯⋯。
「リドマン嬢か。学園から謹慎処分が下されているはずだが、何故ここに?」
いつものにこやかな雰囲気から一変、フィリップ先輩は警戒心を顕に私を背に庇う。
「謹慎といっても見張りがいるわけじゃありませんもの。出てきても問題ないでしょう? それに、今が王女殿下とお話しする絶好の機会ですから」
「それ以上近づくな」
「フェルセン様は王女殿下の側近ではないでしょう? 何故殿下を護ろうとするのですか?」
「この国の貴族の一人として王女殿下をお護りするのは当たり前で誉だ」
フィリップ先輩が頼もしい。
いつもの優し気な表情は鳴りを潜め相手を見据えている。
リドマン嬢は怯むことなく堂々としているのが気になる。
『彼女の周囲に隠れていたりするかしら』
『三人、潜んでおります。前回よりこちらを警戒しているようです』
『お兄様の影がいるでしょう? 報告しに行ったの?』
『はい』
という事は誰か此方に駆けつけるわね。
学園であまり騒ぎを起こしたくはないのだけれど、そうも言っていられない。
令嬢の目は私を嫌い敵意に満ちている。
だが、先週会った時は大人しくしていたというのに、なぜこうも変わったのか。
私は感覚を研ぎ澄ます。
先程から感じる不快な気配。
「フィリップ先輩、あまり前に出すぎませんように」
「何かあるのですか?」
「はい。リドマン嬢はあまり良くない者達と一緒のようです。もし攻撃され、対処が難しいと判断したら即引いて下さい」
「分かりました」
彼に小声で注意を促す。
先輩は学園の先輩であり私の側近でも護衛でもないが、先輩は何かを悟ったのか素直に頷く。
「それで、私に一体とのような用件かしら? この間お話ししたばかりでしてよ」
「あれは話したとは言えないわ! ぱっと出の不浄の王女が偉そうに!」
「殿下に対して何という侮辱を!」
アステール達の静かな怒りを感じるのは分かるが、まさか目の前にいるフィリップ先輩があのように声を荒げるのは驚きだ。
「先輩、落ち着いて下さい。相手の思う壺ですわ」
「はっ、リドマン家はやはり警戒の対象ですね」
フェルセン家はリドマン家と同じく子爵家だ。
だが、同じ子爵家でも信ずるものは違う。
「令嬢の目的はブラート令息に私が近づかない事ではなかったかしら?」
「そうです! だけど、何故彼からの手紙に王女の事しか書かれていないのですか⁉」
――そんなの知らないわ。
うっかり口に出して言いそうになったけれど、何とか抑えたが先輩は唖然としている。
「それって直接本人に聞けばいい話じゃないか。殿下は全くの無関係⋯⋯」
「聞いたわ! だけど直接王女と話しをしたならどんな方だったのかとしつこく聞かれて⋯⋯」
――馬鹿馬鹿しい。ブラート令息も最低な男ね。だけど令嬢に同情はしない。
『アステール、今から彼女を刺激するから動きがあったらお願いね』
『畏まりました』
さて、本当の目的は何なのか確かめよう。
「それで、私に会って一体どうしたいのかしら? はっきり言いますけれど、私にとっては迷惑でしかありません。それに令息に対し全く関心がありませんわ。今回もあまり品の良くない者達を連れてきたようですけれど、そろそろ本当の目的を話なさい」
「貴女さえいなくなれば彼は戻って来るわ」
その言葉で先輩は私を護るように臨戦態勢を取る。
長官が病的だと話していたけれど、確かに、邪魔者がいなくなればと暗殺者を雇うまでになるなど正気の沙汰じゃない。
前回よりもそれが進行している。
そして今の言葉に反応するように嫌な気配が濃くなった。
これは少し厄介かもしれない。
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次話もよろしくお願い致します。





