233 執着心
案内されたのは令嬢が過ごしている部屋だ。
彼女はまだ未成年という事で場所も配慮されているそうだ。
案内されたのは罪人が捕えられている一角、地下の牢獄は大罪人を収監し、一階は尋問する部屋が、二階にも捕えた者を収監する部屋があり、そこは未成年者や貴族でも比較的に罪の軽い者を捕えておく場所だ。
そしてその場所に令嬢がいるという。
二階に上がるまでにも鍵付きの扉があり、一度入れば必ず鍵を掛ける。
そうして案内され部屋へ入ると、そこには窓はあるが鉄格子が嵌められ窓を開けたとしても逃げられない仕組みだ。
令嬢は不安が隠せていなく、私が目に入るとこの間とは打って変わって怯えている。
「リドマン嬢、王女殿下がいらっしゃったのに何故挨拶をしない?」
別に挨拶は必要ないので長官に下がる様目配せする。
「時間が勿体無いので挨拶は構いませんわ。貴女に確認したい事があるの。正直に答えるだけで構いません」
相手の答えを待たずに昨日気になった事を問いかけた。
「先日、貴女は私に“両殿下の評判を落としたい”と話していたわ。けれど、昨日受けた報告ではブラート令息が私の事を知りたいと言い、貴女は彼の要望に応えるべく、そして嫉妬してあのような行動に出たと話したそうですね。どちらが本当の理由かしら」
私がそう話すと長官が何か反応するかと思ったけれど、特に何の反応も示さなかった。
逆に目の前のリドマン嬢を観察するも、明らかに何かを隠している様子が見て取れる。
「何も話さないという事はどちらの理由も本当の事なのね。でしたら、ブラート令息にも直接話しを聞く必要がありますね」
「ま、待ってください!」
私が踵を返して部屋を出ようとすると私に駆け寄ろうとするリドマン嬢をティナとレグリスがさっと私との間に割ってはいる。
「何かしら」
「レ、レキス様は関係ありません! 私が、勝手にやった事です。彼に近づかないで!」
――近づかないでって、彼女が言った言葉は違う意味よね⋯⋯?
思わず表情に出してしまいそうだったけれど、心の中でだけ盛大に顰める。
段々嫌になってきたけれど、そうも言ってはいられない。
「貴女の発言に矛盾があります。その言葉は信じられませんもの。令息に話しを聞く必要はあるでしょう」
勤めて冷静に話すが、本当に嫌で仕方がない。
もうこれは嫌悪だ。
「お願い、レキス様に近づかないで!」
「先程から聞いていれば殿下に対して無礼にも程がある」
レグリスは彼女の態度がお気に召さないみたいでとうとう口にした。
「殿下を気持ち悪い男に私達が近づけさせるわけないだろう」
「レグリス、本音が駄々洩れよ。事実だとしてもはっきりと言ってはいけないわ」
ティナも容赦がなかった。
全く、二人共相手を挑発するような事を言ってどうするの。
令嬢は慕っているブラート令息が気持ち悪いと言われてわなわなと震えている。
「二人共止めなさい」
困った二人だけど、態と怒らせるように仕向けている。
まぁそれは私も同じなのだけどね。
「レキス様は気持ち悪くなんてないわ! 何も知らないくせに好き勝手言わないで!」
「好き勝手言われたくなければ、貴女が事実を話せばいいだけの事。何も難しくありませんわ。それに、貴女が嘘偽りなく話せば、ブラート令息に近づく事も無いでしょう」
私の言葉にはっとして、私が令息に近づかない、という言葉に安心したのか落ち着いた。
それだけで安心するなんて余程好きなのね。
思う事はそれだけだ。
今回の事は許される事ではない。
「話したら絶対に近づかないですか?」
「事実のみ話すならば、ですけれどね」
私が真っすぐ彼女を見返すと、何かを考えた後に話し始めた。
情報局に話しをした嫉妬に駆られての行動は彼女の意志、王家の評判を落としたいと言い放った言葉はブラート令息の言葉だという。
気持ち悪いが、私を知りたいという言葉と王家の評判を落としたいという言葉、どちらも本当の事だと彼女は話す。
死んだ者達から手伝いを申し出たのは本当の事だけど、その場所は学園ではなく城下町だ。
とても怪しく初めは警戒をしていたが、レキス・ブラート令息と知り合いだと聞き警戒を解き、交流会の時に彼等の協力で事を起こした。
となると、ブラート令息を調べる必要があるけれど、お兄様が動いて下さっているからそちらは私が動く必要もない。
「私は全部話したわ。絶対、彼に近づかないで」
目が血走りその形相はあまりにも年齢にそぐわない。
――異様だわ。
私は彼女に一瞥をして部屋を後にした。
最初に案内された応接室へ戻り肩の力を抜いた。
「ティナ、先程のあれはよくある事なの?」
「滅多にあのような執着するような人はいないのではないでしょうか。私の周囲にはいませんわ」
「シルヴェル長官はどうですか? 仕事柄色んな人をみるでしょう」
「仰る通り、色んな者達を見てきましたが、あの年であのような執着心は異常というよりも病的に思えます」
「確かにそうね」
特に令嬢からは嫌な気配はなかった。
という事はただの執着心だけなのかな。
「殿下、今回の件で令嬢の処遇は如何されますか?」
「陛下にご報告はなさらないの?」
「勿論報告は致しますが、処遇に関しては殿下に一任されるそうです」
そんな話は聞いていない。
絶対態とだ。
リンディ伯爵は知っていたはずなのに言わなかったのはきっとお父様に言われての事ね。
「勾留期間はあるのかしら?」
「未成年である事からそう長くは難しいですね。設けても一週間、長くても十三日間です」
「リドマン子爵からは何かありましたか?」
「それが学園からも連絡はしているでしょうが、念の為こちらから子爵に令嬢を勾留する旨を手紙で送りましたが、これといって反応はありません」
「令嬢が拘束されたというのにですか?」
「はい。リドマン子爵は子供にあまり関心がないようです。令嬢は前妻の子で、継母と折り合いが悪いようです。令嬢に実兄がおりますが、殆どを学園の寮で過ごしております。そして継母との間に出来た子ですが、今期王立学園の受験に落ち、彼は二次試験で騎士学園へ入りましたが、素行が悪く、その評判は最悪ですね」
それって、試験日当日に態度の悪かった彼ね。
騎士学園に行ったのは驚きだ。
リドマン子爵家は問題だらけのようね。
「長官に聞きたい事があるのだけれどよろしいかしら?」
「何でしょう」
「何も聞かないのですね」
「はい? ⋯⋯あぁ、先程の事ですか。我々に現場の情報を伝えなかった事ですね」
「えぇ」
「それに関しては、殿下の先程のお話しで理解できましたので何も言う事はありません」
彼女の言動をあえて情報局に伝えなかったのでその件で苦言を言われても仕方ないと思っていたのだけれど、その事に関して長官は別に何も思っていなさそうに見える。
これで言毎に支障をきたしたら多分、怒られていたかも。
それは長官の目を見れば何となくわかる。
彼は仕事に対して誇りを持っているのだろう、きっと軽んじたら多分相当怖い目に合うと思う。
「それで、令嬢の処遇は如何いたしますか?」
「それはお兄様次第ですわ」
「それはどういう⋯⋯、もしかしてブラート令息を調べていらっしゃるのですか?」
「えぇ。その結果次第です。それまでは彼女を留め置いて下さい」
「畏まりました」
長官に時間を頂いたお礼を伝え私達は執務室に戻った。
アルネは何も言わずに直ぐにお茶を淹れてくれたので私はほっと一息つく。
「レグリス、ロベルト」
「はい」
「ん?」
二人は何だろうと私を見る。
私も二人を見返す。
「二人共、あれみたいにはならないでね」
「あれってなんです?」
「ぜってぇならねぇ! ていうかステラ様は俺達があんな気色悪いやつみたいになると思うか?」
「ならないわね。けど、何が起こるかわからないでしょう?」
「⋯⋯ステラ様、俺があんなみたいになれば、人様に迷惑かける前に父上と母上に物理的に消される」
レグリスは真剣にそう言うけど、流石に物騒すぎるし、お二人もレクリスを縛りつけるかもしれないけどそこまではしないでしょう。
けれどレグリスは絶対消されると確信を持っている。
まぁ普段のお二人を知らないから何も言えないけどね。
「ステラ様」
「どうしたの?」
「私も、そのような人間にはなりませんのでご安心ください」
ティナから話を聞いたのか全面的に嫌悪感が出ている。
「ステラ様、私の心配はしてくださらないのですか?」
マティお従兄様はそう言って私の顔を覗き込む。
「お従兄様は大丈夫ですわ」
「おや、信頼されてるね」
「だって、お従兄様だもの」
お従兄様はきっと伯父様みたいになる気がする。
何となくだけどね。
「もし、そうなったら?」
「んー、そうなったら⋯⋯」
「なったら?」
「伯父様と伯母様に半殺しにされるでしょう」
「それだけで済めば良いけどね」
お従兄様もそれだけでは済まないと言う。
一体どうされると思ってるのか。
今度聞いてみようかな。
「雑談は置いといて、ステラ様はブラート令息に近付いたらいけませんよ。私達が近付けさせませんし、そう会うことは無いと思いますが、お気をつけ下さい」
「えぇ、気を付けますね」
気を付けるようにと言われるけれど、令嬢の話していることが本当ならば、気持ちとしては嫌悪しかない。
会ったことはない。
だけど、私を見かけた事はあるかもしれない。
昨年度の騎士学園の卒業式にお父様と一緒に出席したのでその時かもしれない。
お兄様達があのように冷めた態度も頷ける。
私もそうしたい。
「俺達だけじゃなくて、ステラ様もあんな風にならないでくださいよ」
「あんな風って⋯⋯リドマン嬢みたいにってことかしら?」
「そうです」
「レグリス、それなら大丈夫だ」
「マティ様、どうして言い切れるのですか?」
「ステラ様は鈍感だからだよ」
――お従兄様ったら!
そうかもしれないけど!
否定できないけども!
酷い。
そう叫びたいのを堪えてお従兄様を睨むけれど、間違ってる? とでも言いたい顔で見返される。
「成る程! じゃあ心配ないですね」
「レグリス、口を縫い付けますよ」
笑いながら言うレグリスに向かって冷めた声でそう告げると、ばっと口を隠した。
あまりにもその仕草が可愛くて笑ってしまった。
「ステラ様がそうだと言い切るのは、何かそういった事があったのですか?」
そう質問したのはルイスだ。
そこは掘り下げないで欲しい。
ほら、皆興味津々で私を見ている。
「何もないわ、ね、お従兄様?」
「うん? そうですね。まぁ特にそういった事があった訳ではないね」
お従兄様の答えが怪しすぎるから皆怪しんでる。
「本当ですか?」
「あら、疑うの?」
「まぁそうなったらヴィンセント殿下やマティ様達が許しませんよね」
「許すわけがないね」
ロベルトの言葉に間髪入れず言い切るお従兄様。
まぁ、私としてはお兄様達の壁があるから安心だわ。
「殿下、ヴォルゴート公爵様がいらっしゃいました」
「お通しして」
前々からヴォルゴート公爵と会う約束をしていて、時間通りに来たのは良いけれど、私達が少し話をし過ぎてたみたい。
「楽しそうな所にお邪魔をしてしまいましたか?」
「いえ。お待ちしておりましたわ」
今日公爵が訪れた理由は私が提案し商品化した報告だ。
公爵の表情を見れば結果が分かる。
まだ公爵とは片手くらいしか会ったことは無いけれど、今日一番表情が良い。
「試作品の宣伝効果もあり、王都での売れ行きは上々。領地と王都で商品のデザインを変えるだけでどちらも飛ぶように売れています。ここまで平民の間で広がるとは思いませんでした」
「身分に関係なく、女性はお洒落をしたいものです。ルイスのお母様に前宣伝をお願いして正解でしたわね」
「母は多くの方から質問攻めにあったと申しておりました」
公爵の前だから言葉を選んでいるけれど、私が聞いた話ではもっと凄かったらしい。
騎士団内だけでなく、ご近所の方やルイスのお父様の仕事関係の方から何処で売っているのかとうんざりする程だったという。
少し申し訳ない事をしたけれど、何だかんだお母様は楽しんでいらっしゃったそうだ。
「貴族向けの商品は今年の社交界始まりの宴でお披露目致します」
「あら、貴族向けの装飾品も作りましたの?」
「はい。此方は殿下への献上品です」
公爵の侍従が私の前にそっと置いた箱は綺麗に装飾がされていた。
献上品って大袈裟なと思うけれど、これはきっと先日話していた物の一つよね。
「開けてみてもいいかしら」
「勿論です。是非感想を頂ければ職人達も喜びます」
開けてみると髪留めだった。
透明度の高いガラスの中に一粒の王家の色の宝石、タンザナイトが。
そっと手に取り光に透かして見ると色が紫だ。
周りの装飾品もそれを邪魔しない様にさり気無く、だが地味になり過ぎない様な細工で、所々にダイヤモンドを散りばめている。
「きれいね⋯⋯」
思わずそう呟いた。
ヴォルゴート公爵は何時もの表情だが、その中には喜色が見える。
何よりも自領を誇っている証拠だ。
「気に入って頂けてようございました」
「本当に素晴らしいわ。職人達にも素晴らしい品をありがとうと礼を伝えてくださいね」
「殿下からのお言葉、承ります。職人達もこの上ない喜びとなりましょう」
「職人は勿論ですけれど、公爵にも礼を言いますわ」
私の言葉に公爵は一瞬驚いた顔をしたけれど、今年一番嬉しい言葉だと公爵からもお礼言われた。
前にティナから聞いていた事だけれど、私が宣伝する礼だろうとは分かっているが、それもでこの髪留めは本当にきれいだ。
今年の社交界の始まりの宴で着けよう。
「あれから周囲になにかございませんでしか?」
「何もありませんわ」
学園でひと騒動はあったけれど、それにノルドヴァル公爵が関わっていると決まったわけではないので嘘は言っていない。
「ふむ、珍しいな。挑発しているにも関わらず何もしてこないとは」
公爵はぼそっと呟くが、全部聞こえている。
聞こえる様に言ったのだろうと思う。
彼の言い方では挑発したらいつも何かしらの行動を起こしているという事か。
「挑発に乗る様な短絡的な方なの?」
「あぁ、公爵自らではなく、彼に傾倒する者達ですよ。若いからか血気盛んでしてな。だが今回は表立って動いていないのか驚いております」
という事は学園の出来事は知らないのね。
「公爵は誰が挑発に乗ると思っていらしたの?」
「今回はリドマン子爵がだろうと思っておりました。彼は今気が立っていますからな」
「何故?」
「彼の思惑が上手くいっていないからです。そして彼の子供達の出来の悪さに辟易しているのですよ」
「リドマン子爵はあまり子供に興味がないと聞いた事がありますけれど、実際はそうではないのかしら」
「殿下の仰る通り、興味は無いでしょう。ですが、役に立つかそうでないかは興味がある。何故なら、子供達を使い悪巧みが出来るからです」
――子供を道具のように思うなんて最低だわ!
私は心の中で盛大に嫌悪した。
自身の子供を自身の悪巧みにいい様に使おうとするなど、人として、親としてあり得ない。
「一般的な貴族でも分かりやすく言えば政略結婚等が多いですが、あれはそんな可愛らしいものではありません」
公爵は学園の出来事を知っているのか、此処までくると疑問に思う。
何故ならリドマン家の事だから。
私に忠告しているのかと勘ぐってしまう。
私がじっと公爵を見て何を考えているのか探ろうとするけれど、ふっと笑われた。
私にはまだ早いと言いたいのか何なのか⋯⋯。
「さて、あまり長居してはお邪魔になるでしょうからそろそろお暇します」
「気になるところでお話しを終わらせて帰ってしまうのですか?」
「殿下にはこれぐらいで十分でしょう。さて、次は夜会でお目にかかります」
自由過ぎる。
私には十分って、疑問を抱かせるだけ抱かせておいてさっさと帰ってしまうなんて驚きだ。
公爵というのは勝手な者達が多いのか。
中途半端な会話で終わったけれど、やはりリドマン子爵が絡んでいるのか、公爵の真意はさておき、助言は有難く受け取っておこう。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価を頂きとても嬉しいです。
次回はディオの進退が決まります。
果たして彼女の選んだ道は⋯⋯。
次話も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





