229 護衛
周囲は木々にか囲まれた学園の一角。
目の前でルイスが捕われ私が一人で対峙している状態だ。
『姫様、何故お一人でいらっしゃるのですか?』
『何故かしらね。貴方はお兄様からのお使い?』
『はい。主より決してお一人で行動しないように、とのことでしたが⋯⋯一足遅かったようです』
『そうね。貴方はお兄様の元へ帰りなさい』
『ですが⋯⋯』
『私には皆がいるわ。お兄様が心配なの。何より貴方の主はお兄様よ』
『はい。ですが姫様、決して無理をなさいませんよう』
『えぇ。お兄様には状況だけ伝えて。お兄様こそ無理をなさいませんようにと』
『畏まりました』
――さてどうしようかしら。
何故こんな状況なのか、少し時を遡る。
午前の試合が終わり、結果は均衡していてまだどの社交会が勝つかわからない。
私は皆と共に昼食をいただく為に移動するが、ふと会場を見上げるとヴィンスお兄様とレオンお従兄様がいらっしゃるのが目に入る。
二人共にこやかな顔をしているが、それが作り笑顔というのは妹である私にはお見通しだ。
この大勢の中見つけるのは至難の業。
彼女が何故隠れるのか理解できない。
「考え事しながら歩いていると危ないですよ」
すっと前に出て、止めてくれたのはマティお従兄様だ。
前に目をやるともう少しで人にぶつかってしまうところだった。
「ありがとうございます」
「何をお考えになられていたのかお聞きしても?」
「大した事ではありませんわ。先程お兄様のお姿が見えたのですが、結果は良くないみたいですわね」
「この人集りですからね。容易ではないでしょう」
学園の生徒に加えてその家族もいる状態なのでそこから一人の生徒を探すなど中々見つかるものではない。
だからと言ってアステール達に頼むのも何か違う。
それはお兄様も同じく思っているから影に頼むことはしないだろう。
早く見つかればいいけれど、単にバレて罰を受けるのが嫌なのか、それとも他に理由があるからなのか。
それは本人に聞かなければ分からないのだけれど、来年から施行される前に問題が起こるのは喜ばしくないが、それだけ教育が必要なのだと大々的に言える。
とは言っても誰かを傷付ける行為を肯定する事は出来ないし見て見ぬ振りも出来ない。
それはそうと、先程から少し違和感がある。
今迄にも何度も感じた事のある感覚だ。
――何か起こるかもしれない。
私がそう感じていると、またお従兄様達に引き戻された。
「早く食べないと冷めてしまいますよ」
「あっ、そうですわね」
またやってしまった。
マティお従兄様とルイスは呆れたように私を見る。
試合に出ている生徒会の皆と食事をし、食後の休憩中に体を休め午後に備える。
途中ハセリウス先生が顔を出したけれど、特に捜索に関して触れずに午後からの試合に集中するよう伝えて直ぐに行ってしまった。
その様子から進展がないのだと推測する。
時間より早くに移動しようと私達は会場へ向かう。
会長とマティお従兄様は午後の試合前に他の社交会の部長や先生方と打ち合わせがあるようでそちらに向かった。
マティお従兄様には行動する時は必ずルイスと一緒にと念押しをして控室を後にした。
始まるまではまだ半時間あるので、控室で楽しく話しに興じる。
午前中とは違い、ハネルとソニヤは寛いでいて笑顔で話をしているのを見ると安心する。
「ルイス、化粧室へ付き合ってくれるかしら」
「勿論です」
フィリップ先輩に一言伝え、私はルイスを連れて控室を後にした。
先程からの嫌な予感は相変わらずで、無くなることは無い。
一年前のような事は起きないとは思うけれど、捜索中の彼女と関係があるのかどうか⋯⋯。
「ルイス?」
用事を済ませてルイスの待つ廊下に出るがそこに彼女の姿は無かった。
嫌な予感がする!
『ノルヴィニオ、ルイスを探して!』
『しかし、姫様のお側を離れるわけにはいきません』
『セリニとルアノーヴァがいるから大丈夫。行って』
『御意』
ルイスが私を置いて何処かに行く事なんてない。
中には私以外の人はいなかった。
一体何が起こったのか、大きな音もルイスの声も聞こえなかった。
こんな時に冷静に動かなければならないのたけれど、ルイスが無事なのか不安だ。
そんな時、横手に足音と気配を感じた。
「誰かしら?」
「王女殿下、副会長のルイス先輩をお探しですか?」
声を掛けてきたのは一人の学園の生徒で見知らぬ人。
「私は貴女に誰かと問うたのですけれど。聞こえなかったのかしら」
そのマナーになっていない眼の前の人物へ再度聞くと、不遜な態度で名を名乗る。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私が生徒会の皆様が探していらっしゃるリドマン家の次女、メーベルです」
「それで、生徒会が探しているのを知りながら姿を現さず、貴女は今迄何処にいらっしゃったの?」
「そんな事よりも、殿下の側近でいらっしゃるルイス先輩の事が気になりませんか?」
私の問い掛けに答えず、質問を質問で返す彼女に対してセリニ達が怒っているのが分かる。
流石に私も不快になるが、それより気になる事がある。
「貴女の無礼な態度は今は不問にしましょう。それで、彼女は何処に行ったのかしら?」
「私に付いてきてください。ご案内します」
そう言うと私の返事を待たずに踵を返す。
『姫様、お一人で行動されるのは良くありません』
『セリニ、ティナに現状を伝えてくれる?』
『畏まりました』
さて、何処に連れていかれるのか。
付いて行くと、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた学園の一角だ。
そこには目の前にいるだけでフードを被った二人、一方は気を失っているルイスを人質に取っている。
そしてその人物に近づくリドマン嬢。
怪しげな二人とリドマン嬢に対して私と人質のルイス。
そしてこの状況になってしまった時、冒頭にあるようにヴィンスお兄様の影にどうしてこうなったのかと聞かれたのだ。
取り敢えずお兄様の元に戻る様伝えたけれど、お兄様が此処に飛んできそうな気がする。
「一応聞きますけれど、彼女を解放する気はあるかしら?」
「それは殿下次第です」
「不審者を学園に招き入れ、私に一体何を望むのでしょう」
「難しい事ではありません。両殿下の評判を落としたいだけです」
――評判を落としたい、ね⋯⋯。
彼女が言うように私達の評判を落とす事等簡単だろう。
だが、言葉通りの意味ではない。
その先、王家の失墜を狙った事だろうと考えなくても分かる事。
私達の名誉を落とし、最終的にノルドヴァル公爵家を王家に戻すという魂胆でしょう。
これがリドマン家の独断で行動したのか、彼女がそうしたのか。
ノルドヴァル家が指示した事ではないだろう。
お粗末すぎる。
お粗末だが、彼女の後ろにいる二人の存在が気になる。
彼女だけの計画ならあのような怪しげな者達が従うなど考えられない。
下手に刺激をするとルイスがどうなるか⋯⋯。
「殿下、どうしますか? 私のお願いを聞き届け下さったら彼女を解放します。ですが、無理なら彼等のおもちゃになります」
後ろの二人を観察するが、素人ではなさそうという事は分かる。
素人の破落戸ならば表情に現れるだろうけれど、無表情で読めない。
「貴女の要望は分かりましたけれど、何故私達の評判を落としたいのかしら。貴女にとって特に利となる事はないでしょう?」
「私はどちらでもいいのですが、望んでいる方がいらっしゃるのです」
「その方というのは、まだ子供である貴女に頼まないといけないような弱くて怖がりの臆病のようですね」
「なっ! そのように侮辱しないでください! あの方は臆病ではありませんわ‼」
「では何故ご自分で行動しないのかしら? 成人を迎えていない子供にこのような犯罪を犯させるなんて考えられません。臆病以外の何者なのでしょう」
「彼を侮辱しないで‼」
彼女を刺激するような言葉を述べれば流石に冷静さが剥がれ落ちた。
彼女にとってあの方、彼と言うから男性でしょう。
そして年上で⋯⋯あの表情からしたらあの方とやらを慕っているのか。
まぁ子供にこのような事を冴えるなんて入れ知恵をして甘い言葉で惑わせて失敗したら捨てる気でいるのかもしれない。
ちらりと後ろを見やれば私の軽い挑発に乗せられた彼女を見て忌々しそうにしているところを見ると、その彼とやらに従っているのかもしれない。
まだ憶測の段階に過ぎないけれどね。
「事実を述べただけですわ。臆病者でなければ堂々と自ら行動すべきでしょう。それが出来ないから貴女を利用しているのでしょう?」
「ち、違うわ! 私は利用なんてされてない。彼の役に立ちたいから自分からやると言ったんだもの!」
――あらあら。自ら証言したわね。
「その彼とやらも慕ってくれている貴女に危ない真似をさせるなんて、男性としては情けないく、頼りがいがなさそうだわ。そのような者に献身的になる必要があるかしら」
「彼はそんな人じゃない‼ いい加減にレキス様の悪口はやめて!」
彼女がうっかり名前を漏らした瞬間、後ろにいたフードを被った者が彼女を剣の柄で殴った。
その一撃で気を失ったようで地面に倒れる。
「やはり貴族のお嬢様は馬鹿が多いな」
そう発言するそちらが愚かだと言いたい。
「さて、口の軽いお嬢様には黙ってもらったので、今から俺たちと交渉しようか、王女様」
「貴方達は彼女の要望と同じかしら?」
「まぁ似たようなものだな。月並みな台詞で悪いが、こちらには二人人質が出来たわけだが、さて、二人を助けたければ大人しく従って貰おうか」
ルイスは必ず助けるとして、リドマン嬢をどうするか、見捨てる事は出来ないが、優先順位ではルイスが一番だ。
だからと言って簡単に見捨てるわけにもいかないのだけれど。
『戻りました』
『ティナはこっちに向かってきているのかしら』
『はい、少し離れている為、直ぐにとは言えません。ですが、ヴィクセル嬢が此方に向かっているようで、お嬢様より先に到着されるかと』
気持ち的にはディオよりもティナに来て欲しいんだけれど。
「私が従ったとして二人の安全が保障されているわけではないでしょう? 先ず解放して下さらない?」
「そうしたらさっさと逃げるだろう事は分かっている」
「気を失っている人を私がどうやって抱えて逃げるというのかしら? 私、そこまで力はありませんわ」
心外だと不満を言うと、何が面白いのか声を出して笑った。
そんなに大声を出したら人が此処に集まるかもしれないのに頓着していないのか、気にする素振りも無い。
「あぁ、可笑しい。確かにそうだな。解放してやらん事も無いが、王女様が此方の要求を呑むか怪しいからな、やっぱり開放は出来んな」
「具体的に何が望みなのでしょう?」
「俺達は王女様方王族、現国王の失墜だ。現国王のやり方に不満を持っているお貴族様がいるからな」
「それでしたら私などではなく陛下に直接言えばよろしいのではないかしら」
「はっ! それが出来たら誰も苦労はしないだろうよ。一番弱い王女様を狙うのは常套手段だろう?」
「それもそうですわね」
私がそう返せば、呆れたように変わった王女様だと言われてしまった。
それこそ心外だ。
「話を引き延ばして時間稼ぎをしているんだろうが、そろそろ王女様には俺達の所に来てもらおうか。この嬢ちゃんと交代だ」
手っ取り早く私を人質にお父様達を脅すのね。
それだけでなく、私を人質とする事で、王女としての私を貶め王家派の貴族の信用を落とすつもりだろう。
今この学園にはお父様がいらっしゃる。
大勢の人の中でそうなれば、落とすのは早いだろう。
そう簡単にいかないと思うけどね。
『姫様、まさか奴らの言う通りになさるつもりはありませんよね?』
『そのまさかよ』
『容認できません!』
『落ち着いて、今目の前にいるのは二人だけど、他に隠れていると思う?』
『今分かっているたけでは一人隠れこちらの様子を伺っています。姫様、相手の様子から見ても素人ではありませんよ』
素人ではないけれど、その手のプロというわけではないのかしら。
素人の私には分からないけれど。
『奴らがルイスを解放した瞬間、ルイスを保護し、奴らを捕えます。皆にはそのお手伝いをお願いしたいの』
『姫様を危険な目に合わせるのは⋯⋯』
『三人を信じているからお願いするのよ』
『⋯⋯畏まりました』
セリニ達にこの先をお願いして改めて目の前の二人に視線を向ける。
私を警戒しているのか王女だという身分で軽く思われているのか。
「そろそろ我慢の限界なんだがな。あぁ怖がることは無いぞ。別に直ぐに傷つけるつもりはないから安心しろ」
そんな言葉で安心できるわけないでしょう。
相手の言葉にあきれ果てるが、言ってることは事実のようで、若干苛立ちが見える。
それは話している彼ではなくて、もう一方のルイスを捕えている者だ。
私は彼等の方へと歩みを進める。
『出来るだけ相手を生捕りにして』
『御意』
奴ら迄後一メートルに迫る。
「ステラ様‼」
その時後方から私を呼ぶ切羽詰まった声が聞こえた。
が、此処で事態が動く。
私ははっと後ろを向いてしまい、ディオの姿を捕えるが、やはり奴らの仲間がいたようでディオが狙われる。
彼女は咄嗟の事で対処できずにいた、というよりこういった事が初めての事で恐怖が前面に出ている。
私の後ろでは私を捕えようとルイスを地面に投げ捨て私へと迫りくるが、こちらはセリニが、喋っていた男を捕えようとノルヴィニオが動くも、咄嗟にリドマン嬢を人質にとる。
後ろではディオが捕まっていた。
セリニはルイスを保護したが、人質が二人に増えてしまったのは痛手だ。
「おやおや、王女様は不利になってしまったね。人質が二人。しかも一人は見るからに王女様の護衛かな? その割には恐怖で固まって役立たずのようだ」
「よほど貴方のお仲間の顔が怖かったのではないかしら」
「ははっ! ほんと、王女様は面白いな!」
「誉め言葉として受け取っておきますわ」
全く、呆れた状況だわ。
この際リドマン嬢はおいといてもディオを助けないと。
奴が言うように、ディオは恐怖に駆られている。
首元に両側から剣を突き付けられている状況に、初めて命を奪われるかもしれないという恐怖に震えていた。
「さて、王女様、観念してこちらに来てもらおうか」
「流石にこの状況では従うほかないようですね」
「あぁ、王女様の護衛にも動かない様に命じてくださいよ」
「二人共、動いてはダメよ」
流石にこの状況では従わざるを得ない。
私は改めて奴に歩み寄る。
奴がリドマン嬢を突き飛ばし私を捕えた瞬間、奴は絶叫した。
ルアノーヴァが奴の腕を切り落としたのだ。
その叫びと共に後ろからもどさっと倒れる音が聞こえたが、確認する前に私を抱える様に護るノルヴィニオ。
全てが一瞬で片が付いた。
「ティナ、良い所で来てくれて助かったわ」
「間に合って良かったです。お怪我はございませんか?」
「えぇ、皆が護ってくれたおかげで大丈夫よ。そこの二人は殺したの?」
「いえ、一応生かしてありますわ。何か情報を掴めるかも知れませんので」
「そう」
流石だわ。
二人を一瞬にして制圧した所を見る事が出来なかったのは残念だけれど、ディオも無事のようだし良かった。
「ぐっ、くそ! まだ護衛が潜んでやがったとは⋯⋯」
苦痛に歪むその顔は忌々しそうに歪んでいる。
ルアノーヴァが捕えているので逃げられない。
「自害しない様に気を付けて、生きている者は早々に連れて行きなさい」
「はっ!」
私がそう命じたと共に、三人は捕えた三人と絶命した一人を連れてその場から姿を消す。
私はルイスに歩み寄りそっと呼びかける。
外傷はなさそうだけど、目を覚ます気配がない。
「ティナ、ルイスは大丈夫かしら」
「薬を嗅がされたのでしょう。少し薬品の匂いが残っています」
「それは大丈夫なの?」
「この種類は相手を眠らせるだけのものですから、毒ではありませんのでご安心ください」
「何事も無くてよかったわ。二人を移動させるのに人手が必要ね」
流石に二人を抱えるには男性が必要だ。
「ステラ!」
そう呼ぶ声と走ってくる足音に振り返れば焦ったお兄様が目の前に迫り、そのまま抱きしめられた。
「怪我はないか!? 何もされてないか? 報告を受けて気が気じゃなかった⋯⋯」
「お兄様、落ち着いて下さいませ。私は怪我も無く無事ですわ」
「あぁ、本当に何もなくて良かった⋯⋯」
私の体をあちこち確認して何事もないと分かったのかはぁと長い息を付いた。
後ろにはレオンお従兄様がいて、同じく安堵の表情をしている。
「何があったかは後で詳しく聞く。その前にこの場から移動しないとな。レオン、お前はあそこに倒れている女を連れてこい。クリスティナ嬢はルイス嬢を頼めるか?」
「勿論ですわ」
「で、ディオーナ嬢は何故座り込んでいるんだ?」
――忘れてたわ!
彼女を見やると恐怖もあるのだろうが、それだけではない色んな感情が入り混じった顔をしている。
「ディオ、大丈夫かしら?」
「えっ、あ、はい⋯⋯あの! 申し訳ございませんでした‼」
ディオは護衛として私を護る為に全く動けなかったことに対して謝罪する。
護衛としては由々しき問題なのだけれど、今その話をする時ではない。
「貴女とお話しをするのは後にしましょう。取り敢えず学園の、生徒会室に戻りましょう。あっ、試合はどうなったかしら」
「既に始まっているね。まぁ彼方は気にしなくてもいいよ」
「私とルイスがいなくなったことで騒ぎになっていないのでしょうか?」
「それなら私からマティに伝えたから心配しなくても大丈夫だ」
「よくマティお従兄様がこちらに来なかったですわね」
「マティまで来たら騒ぎどころの話しじゃないだろう? そこで待機するよう言っておいたよ」
「後でお従兄様に叱られそうですわ」
「叱られるというより心配されるだろうね」
叱られるのはステラじゃないとお兄様は言う。
まぁ、確かに⋯⋯。
考えなければいけない事が多いが、今はこの場を後にして生徒会室へ向かった。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価をいただき、とても嬉しいです。
ありがとうございますm(__)m
次回はディオのお話となります。
次話も読んでいただけると幸いです。
よろしくお願い致します。





