224 遭遇
交流会の準備が着々と進み、親睦会から次の週末。
いつも通り集まった皆に一年前の出来事を伝えた。
話しを聴き終えた皆は驚き言葉を失っていたがレグリスだけは冷静だった。
思った通りの反応でティナとマティお従兄様も皆の様子を観察している。
「今のお話しでは、あの時休んでいたのは何処かお怪我をされていたのですか?」
「怪我はかすり傷程度で済んだわ。ただ、事後処理を手伝っていたので、少し長くお休みをしていたのよ」
「ですが、そのような事ならもう少し大事になっていそうですが、そのような話しを聞いた事がありません」
「あの時はシベリウスに身を寄せていましたので、当時の保護者であるシベリウス辺境伯を中心に内々に処理したので知る由も無いでしょう」
あの時の出来事に宮廷は一切関わっていない。
全て伯父様と離宮のお祖父様の力で終わらせた。
「何故一年前の出来事を今になって話しをしたのか、それは皆に不足の事態が起こる可能性があるという事を知っておいて欲しいの」
「それは、現状で誰かに狙われているのですか?」
「そうね。小さい頃からそうだから当たり前になっていてそれ程突飛すべき事でもないのですけど、ディオ達からすれば驚くべきことかもしれないわね」
私にとっては小さい頃からそうだから今更驚く事ではないのよね。
彼女の様子を見ると、伯爵から話しを聞いているが現実味がない、といった感じかな。
一度遭遇すれば考えを改めるだろうけれどそれでは遅い。
絶対とは言わないけれど、私は皆に護られるでしょうけど、私と側近と比べた時、優先されるのが私なのは言うまでもない。
そうなった時、動けないと本当に危険だから無理にでも飲み込んんで自覚して欲しいと思うけれど、こればかりはディオがどう受け止めるかよね。
ルイスはこの間ティナから簡潔に話しがあったからか落ち着いて見える。
ロベルトは、ベティ様に言われた事を真摯に受け止めて日々体力づくりを行っているようだ。
学園でもレグリスから教わってるのだとか。
真面目な所がロベルトらしいと安心する。
安心はするけど心からは安心できない。
だけど、私の話を聞いて驚いた顔をしたけれど直ぐに表情を引き締めたところを見ると、レグリスと何か話しをしたのかもしれない。
話しを終えた後は執務に戻り、この日は黙々と仕事をし、気付けば終わり時間となった。
他の三人は帰って行ったけれど、ティナとマティお従兄様、そしてレクリスがこの場に残っている。
何故残っているか何となく予想がつく。
この場を仕切るのはどうやらお従兄樣のようだ。
「今後ディオと二人にならないでください。側に置くなら私かクリスティナ嬢、若しくはレグリスでお願いします」
予想は的中した。
やっぱり二人はそこが気になってたのね。
けどその言い方だとディオに問題がある様に聞こえる。
「お従兄樣達の言いたい事は分かりますけれど、その言い方はどうかと思うわ」
「分かっていただけるという事はステラ様も同じお考えなのでしょう? 護衛という立場だと彼女では不安です」
「此処にいる三人と違って経験が足りないのは事実ね。どちらかというとディオが心配だわ」
「ステラ様⋯⋯」
「言いたい事は理解しているわ。心配しているという事は信用していないのと同じ事」
私が一番そう公言しているのは分かっているけれど、心配な気持ちに嘘はない。
私のそんな気持ちはマティお従兄様にはお見通しみたいだけど、視線だけで何も言われなかった。
「今その話をするという事は、何か感じていらっしゃるのですか?」
「そういうわけではないわ。だけど、今後は分からないから注意しておくに越したことは無いでしょう」
「それで、俺を残したのは?」
レグリスは何故自分をこの場に残したのかが気になるらしい。
「レグリス君は対人でも問題ないと判断したからよ」
そう返事をしたのはティナだ。
レグリスは対魔物、魔獣には慣れている。
そして一年前の交流会の事を踏まえての判断だという。
今後、私を護る上では対魔物より対人間が主になるだろうから躊躇わずに対応できる人でないと任せられないとティナはきっぱりと伝える。
レグリスはそれを聞いて表情を変えずに頷いている。
私が言うのもおかしいけど、レグリスって年齢の割に経験豊富だよね。
「納得。対人だとディオ様はまだ無理だと思う。母上もきっぱり言っていたし、経験が足りないのは見ていて分かる。実際さっきの表情を見てもステラ様を護るには力量不足だと言ってるようなもん」
「レグリス、言葉遣い」
「あっ、あーすみません。気を付けます」
「気にしていないわ。レグリスも公では気を付けるでしょう?」
「それは勿論!」
ティナは笑い、マティお従兄様は溜息をついた。
レグリスの態度に呆れているようだ。
私はレグリスらしくて良いと思うんだけどね。
「話しを戻すけど、ディオ様よりステラ様の方が強い。別にそれは良いけど、対応するのがステラ様より遅れるのは護衛としては失格。経験は大事だけど、側近を受けたからにはそれは通用しない。ディオ様、多分人間相手だと躊躇する。まぁ俺の予想だけど、訓練と実践は別物だからなぁ。多分頭を切り替えられないと思う」
予想という割には自信があるような表情をしている。
偶にレグリスが別人に思えてならない。
「私もレグリス君に同意見ですわ」
ティナとマティお従兄様はレグリスの言葉に頷いている。
私も同意見だけど、経験しなくて良いのならその方が良い。
だけどそうも言ってられない。
騎士を目指すならいずれ経験すること。
私の側近となったからには早い段階で遭遇することになるだろう。
「学園ではレグリス君が同じクラスだからそこは安心かな」
「授業で別行動をされる場合は妹がいますので、何かあればシャロンをお使いください」
「ティナ、貴女の妹は側近ではないのだけれど」
「勿論です。そこは譲りません。ですが何かと役に立つでしょう。妹も喜びますよ」
本人の意志関係なく言い切る彼女はやはりベリセリウス家の者だと感心する。
――というより、喜ぶって何故?
そこを聞きたいけれど、我慢する。
私の心中をよそに、話したいことが話せたと二人は満足そうだ。
その後ヴィンスお兄様が迎えに来てくださったので、それぞれ帰途についた。
暫く交流会の事で忙しくはあったけれど、何事もない日々が続いた。
今回私が参加するのは乗馬だ。
何となく、今回は魔法技と剣技を避けた。
別に不安要素があるわけではないのだけれど、今回は避けた方が良いような気がした。
ただ単に別の種目に参加してみたいというのもあるけれど、あまり自分から危険要素のある種目へ参加するのは止めておく。
それはお兄様も同じお考えのようで今回お兄様は討論会に参加されるみたい。
私が乗馬を選んだことには驚かれたけれど、そこまで驚かなくてもいいと思う。
驚いた事と言えば、シャロンが同じ乗馬を選んだこと。
まさかとは思うけど私が乗馬を選んだからじゃないかと、ティナに何か言われたのかと疑ってしまう。
直接聞いても私と一緒が良かったからと答えが返ってきたが、本当だろうか。
前回一緒に出場したエリーカは同じ魔法技に出るようだ。
あれから益々やる気に満ちている。
前回同様に学園が交流会に向けて浮足立っている。
一年の間で大きな催事ともいえる。
勿論成績にも反映されるのでただ楽しいばかりではないのだけれどね。
七学年の学生にとっては将来に響くので熱が入り、学生達は其々準備をしたり訓練をしたり忙しくしている。
私も学園の乗馬場に足を運んだ。
此処の管理者と先生に挨拶をしてからシャロンと共に練習を始める。
乗馬はただ障害物をよけ馬を走らせることだけではなく、どれだけ馬を上手く乗りこなせるか、後は優雅さも必要になる。
貴族の嗜みのひとつでもある為、そこは評価の対象になる。
前から思っていたけど、シャロンの乗りこなしは見習う所が沢山ある。
どうやったらあの様に軽快に走らせることが出来るのだろう。
私がじっとシャロンを観察するが、見ただけでは分からない。
「如何されましたか?」
「シャロンが馬を走らせる技術が凄いので観察していたの」
「領地で小さい頃より訓練していますから。ステラ様もお出来になるでしょう?」
「シャロンに比べたら全然よ。馬に乗る事は出来るけれど、優雅さ、捌き方が全然違いますもの」
「慣れですわ」
一言で済ませたシャロンは本当にそれ以上の事は思っていない様。
前にティナがシャロンは人に教える事が不慣れ、ティナはきっぱりと下手だと言っていたけれど、確かに質問しても要領を得ない。
本人しか分からないように思う。
彼女の乗る姿を見て勉強するしかなさそうね。
乗馬も奥が深いわ。
私が最近乗馬の訓練に顔を出すからか、お兄様も併せて帰宅を遅らせてくれている。
生徒会の事もあるので執務はエドフェルト卿が中心となって行っているようだ。
「最近何か問題はない?」
「特にありませんわ。充実した毎日を送っております」
「それを聞いて安心したよ」
お兄様の様子はいつもと一緒の様に思うけれど、何故かちょっとだけ引っ掛かりを覚える。
少しの違和感。
「何かありましたか?」
「いや?」
「嘘を仰らないでください」
「⋯⋯⋯⋯」
お兄様をじーっと見つめる。
何か隠していらっしゃる!
お兄様は視線を逸らさずいるけれど、それを横で見ていたベリセリウス卿が笑いを噛み殺していた。
「何故笑っているのです?」
「いえ、微笑ましいなと思いまして」
「お兄様、何かあったのでしょう?」
「ステラに害がないならいいんだよ」
「と仰るからには誰かお兄様に接触してきたのですか?」
「そうだね。面倒で面倒で鬱陶しくて下品で下品な子供がね」
――面倒と下品を二回言った!
よっぽどの事なのかお兄様の笑顔が冷たい。
それより、年齢的に言えばお兄様もまだ子供。
指摘はしないけど。
「相手はノルドヴァル嬢ですか?」
「よく分かったね」
「今のヴィンス様の評価で分かるなんて流石妹君」
そこは褒める所ではないと思うのだけど、面倒なので指摘のは止めておく。
「何を言われたのですか?」
「話の中身はないが、如何に自分は優れているかを売り込んできたよ。目障りでうんざりした」
「今迄接触が無かったのにまたそれが始まったのは、やはり何か関係があるのでしょうか?」
「まだ分からないね。言動と行動がいつもと同じだったからな。ステラも気を付けるんだよ」
まだ何の接触も無いので気にしてはいないのだけれど、お兄様に近づいたとなったら私の所にも来る可能性があるのだけれど、令嬢若しくは令息か。
そういえば、まだ令息とは会ったことがない。
確か、掴み所がないってノルヴィニオが言ってたような⋯⋯。
会って見ない事にはどんな人かも分からないし、今は気にしても仕方ないかな。
そして翌日。
――この現状は一体⋯⋯。
昨日お兄様とお話しを聞き、気を付ける様にと言われたばかりだというのに、何故この場にこの二人が揃っているのか理解に苦しむ。
アリシアの時と違ってそれなりに礼儀は守っているけれど、それでも私を見下すような視線は変わらない。
シャロンがいつも以上に表情がないのも気になる。
「お時間よろしいかしら?」
「行き成りですわね。殿下に対して挨拶が抜けておりますわ。それにその態度は不敬でしてよ」
シャロンがバッサリとノルドヴァル嬢の言葉を切って捨てる。
その言葉にイラっとした様子を見せるがぐっと我慢をしているところを見ると、少しは弁えているのかな。
「初めましてご挨拶致します。アルデレス・ノルドヴァルと申します。以後お見知りおきを」
「リースベット・ノルドヴァルですわ」
彼女の片割れの方がしっかりした挨拶が出来るのね。
「それだけですか?」
「それだけ、とは何です? 挨拶はしましたわ」
「今のが? ノルドヴァル嬢は挨拶の仕方も知らないようですね」
「なっ!? 私は公爵家の者よ! たか⋯⋯」
「それが何でしょう? 公爵家では礼儀を学ばないのですか? 学園でも学ぶはずですけれど、殿下に対してあまりに不遜ですわ。公爵家の教育を疑います」
シャロンってば絶好調で喧嘩腰ね。
しかも彼女の言葉を遮った。
シャロン独自のテンポに令嬢はついていけていない。
わなわなとしている様子を見ると大分怒っているわね。
「はぁ。お前、何で付いてきたんだ?」
「煩いですわ! 用事があるからに決まっていますわ」
「煩いのはお前だろ? 迷惑だから帰れ」
「それは此方の台詞ですわ!」
一体何を見せられているのか。
目の前で兄妹喧嘩が始まった。
私からしたら二人共帰っていただきたい。
「ステラ様、相手にする事ありません。時間が勿体無いです」
「そうですわね」
シャロンに促され練習へと向かう。
後ろでまだ何か言い争っている様子だけど気にしない。
昨日同様に乗馬場で練習をするのだけれど⋯⋯。
「殿下、先程はお見苦しい所をお見せして申し訳ありません」
何故彼が此処にいるんだろう。
そう思ったが、彼も乗馬に出るそうなので此処にいても不思議ではない。
不思議ではないけれど、何故私に構うのだろうか。
そして令嬢よりも礼儀正しい。
猫を被っているのか元来なのかは今はまだ分からないので関わるのも最低限に。
「兄妹仲がよろしいですわね」
「⋯⋯殿下にはあれが仲いいと思われるのですか?」
物凄く不愉快とでも言いたそうな表情で嫌がっている。
「本当に嫌いならば言葉や態度に反応すらしないでしょう」
「それは、そうかもしれません」
その言葉に思い当る節でもあるのか一瞬目を伏せたがそれも一瞬の事で表情が変わった。
「殿下は俺を警戒してますよね」
「何故そう思うのかしら」
「隠さなくてもいいですよ。あの単純な妹が殿下の大切な兄君に付き纏っているのですから」
アルデレスの言い方はそれだけでないと分かっていて話しているように思う。
背後に公爵がいるからだと。
何を考えているかよく分からない。
「分かっているなら何故止めないのかしら」
「言っても無駄だからです。面倒ですので王子殿下に王族に対する不敬罪で罰して頂けたら俺としては楽ですけどね」
本心なのかそうでないのか、表情や話し方だけでは全然掴めない。
――一体何を考えているのかしら。
「ステラ様」
声をした方を向くとシャロンが警戒心露わに⋯⋯しているか分からないけど私とアルデレスの間に割って入ってきた。
「ベリセリウス嬢、そんなに睨まなくとも殿下に不敬を働いたりしない」
「どうかしら」
「全く信用無いな。まぁあれだから仕方ないか」
やはり自身がノルドヴァル公爵家の者だからと分かっているようだ。
「俺も交流会は乗馬に出場しますのでまた練習でご一緒する事もあるでしょう。学生同士として話しをして下さると嬉しいですね」
「学生同士の交流は学園の理念のひとつです。その交流を拒む理由はありませんわ」
「ベリセリウス嬢は不満そうだけど」
「ステラ様の仰っている事は尤もです」
表情はちょっと、いやかなり不満そうだ。
大分シャロンの表情にも慣れて感情が分かるようになったなと一人自分に感心する。
彼は軽く挨拶をして訓練場を後にした。
「ステラ様、あまりノルドヴァル家の者に気安く接するのは良くないかと」
「シャロン、此処はどこかしら」
「学園です。分かっていますが、やはり心配です」
「心配って、何を心配するの?」
「王家とノルドヴァル家の仲がよろしくないのは周知の事実です。それを王女殿下と公爵の孫であるアルデレス卿が仲良くお話しをしている姿は噂の対象になってしまいますわ」
「私の側には常に誰か一緒にいるのだから大丈夫でしょう」
「甘いですわ。例え側近の誰かが一緒にいたとしても噂に尾鰭や都合のいい解釈で広まります」
シャロンの言い分は正しい。
最初は見たまま話されたとしても、人から人へ伝わる時は大抵歪んで広まる。
話す人の匙加減だ。
だが、学園の理念を理解していたらそんな事にはならない筈なんだけどね。
「ステラ様はアルデレス卿が何の思惑も無く近づいてきたと思っていらっしゃるのですか?」
「今日少し言葉をかわしただけでは分からないわ。シャロン、心配しなくても気を付けるわ」
どことなく心配そうな表情のシャロンだけど、お兄様にも再三注意するように言われているし、学生同士の会話をする事はあっても、それ以外の、公爵絡みや政治が絡むような話しならするつもりはない。
あくまで学園の理念通り学生としての交流のみ。
けれど、私がそう思っていても周囲はそう思ってはくれないかもしれないから、気を付けよう。
特に、一人にならない様にかな。
後でお兄様にも報告しないと。
また心配されそうだ。
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よろしくお願い致します。





