223 備え
淡々と話しを終え、言葉では言い合わらせない程の気持ちを、落ち着かない心を無理に落ち着かせようとお兄様は息をはく。
私もまた心がざわざわとしていてとても嫌な気持ちだ。
「成程。これらの出来事が公にできない理由、ノルドヴァル公爵を警戒、排除しようとしている本当の理由が分かりましたので今後の対処の参考になります」
「陛下方がお二人を公爵から遠ざけていましたが、先日のエドフェルト公爵様方のお話しでは今後更に注意する必要がありますね」
「そうだ。特にステラはね」
「お兄様はそうやって私に気を付けるように仰いますけれど、気を付けるのはお兄様もですわ」
いつも私に気を付ける様に仰るけど、お兄様も十分に気を付けて欲しいとお願いしているのに聞いて下さっているのか怪しい。
「王女殿下、ご安心ください。ヴィンス様には我々がお側についております」
ベリセリウス卿が言う我々というのは彼とお兄様の影の事だろう。
「ステラ様の側には私が付いておりますわ」
「ありがとう。そうだわ。少し気になっていた事があったの」
「どうしたの?」
「いえ、大したことではないのだけれど⋯⋯」
前からちょっと気になってたことがあって聞く機会が無かったし、ティナと二人きりの時か⋯⋯あっ、皆に聞いても良かったんだわ。
今思いついても三人共何かなと私に注目している。
ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
「ステラ、どうしたの?」
「本当に大した事ではないのです」
「珍しいね、言い淀むなんて。気になる事があるなら何でも聞いていいんだよ」
「⋯⋯本当に些細な事なのですけど、ティナに聞きたい事があって」
「何でもお聞きください」
何か期待したような目を向けられるけれど、そんな期待される様な質問じゃないの! って声を大にして言いたい。
「ただ、ティナは私に仕えてくれている影の皆と面識があるのかなって」
「はい。存じてますわ。私がステラ様の側近をお引き受けした後、直ぐに確認いたしました」
「そうなのね」
「私が側近くにいない時、ステラ様に何かあった場合には直ぐ私に報告が来るようになっておりますのでご安心ください」
そうなんだ。
けど皆とティナが連携取れると聞いて少し安心した。
「ステラ様はあの者達と仲が良いとお聞きしましたが、普段は彼等とどのように接していらっしゃるのでしょう?」
「そうね、眠れない時はよく話し相手になって貰っているわ」
それだけではないのだけれど。
全部話すと呆れらえてしまうかもしれないから黙っておこうかな。
「ステラ、彼等はステラの護衛なんだけどね」
「けど、お兄様も彼等とお話しなさるでしょう?」
「それはね。けど多分ステラ程じゃないよ」
「確かに。王女殿下は人気があります。一昨年、増員するに辺り、争奪戦が激しく少々面倒でした」
「あら、ヴィルアム卿も関わっていらっしゃったの?」
「はい。侯爵家の後継として父の元で学んでおります」
そっか。
ヴィルアム卿も既に成人しているし、既に跡取りとして学んでいても不思議じゃない。
マティお従兄様だって学んでいるのだから。
「私からも殿下にお伺いしたい事がございます」
「私に?」
「はい。他意はなく、ただの素朴な疑問としてお聞き下さればと思うのですが」
「何かしら?」
「何故、隻腕となった影を側近くに置くのです?」
ヴィルアム卿はテオドールが私の影としてこの先も仕えたいと望んだとしても、本来あのように腕を失えば後方に回るものだと話した。
はっきり言えば護衛としては不十分だからと。
「彼は私がシベリウスに滞在している時から一緒にいるので、私の事をよく分かっているので安心なのです。ヴィルアム卿の言いたい事も理解できますが、彼は私にとって護衛であると同時に大事な一人でもあるの」
「殿下は彼等をただの護衛ではなく、家族の様に思っておられるのですね」
「常に側にいる存在ですもの。ですが意外ですわ」
「意外、とは?」
「私がそのように思っている事に対して諌められるかと思いました」
普通なら護衛をそのように思うなどと情が足枷になり私が更に危険に合うであろうと忠告されても仕方ない事。
だけど彼は何事も無いように答えたのが以外だった。
「私の考えとしましては、彼等を一人の人間として認め慮って下さる事に感謝しております」
「お兄様、ステラ様が彼等をぞんざいに扱うなんてあり得ませんわ」
「分かっているよ。殿下だけではなく、ヴィンス様や陛下も同様です。そのように思って下さる事は彼等にとって良き主であり、また救いなのです」
影達が王族、国の為に命をとして全うするのは役割であり責務。
私達が危険に陥るとその身を賭して護るのが役目。
それなのに主が独裁者で人を人とも思わないような主君ならば救われないという。
だからと言って私達が甘い決断をする事のないよう、時には切り捨てる事も必要だと話す。
優しいだけが主ではないと、必ず自身の命を一番に考える様に念を押す言葉に繋げる。
「さて、ステラの疑問も解けた事だし、今後の対策だ。クリスティナ嬢から見てステラの側近で直ぐに動ける者は誰だ?」
「私を除けばマティアス卿とレグリス卿の二人です」
「そうか。レグリスはステラと同クラスだからそこは安心だな」
「レグリス卿だけでなく、同クラスには妹がおります。妹は側近ではありませんが、ステラ様のお役に立つでしょう」
「ならば安心かな。ヴィクセル嬢は?」
「ディオ、いえ。ディオーナ嬢はあまり期待出来ないかと」
「⋯⋯経験か」
「はい。彼女は実戦経験がありません。魔獣相手なら動けるかもしれませんが、対人となると難しいでしょう」
確かに、今後は魔獣、魔物相手は少ない人間相手が多くなる。
その場合、経験がないと咄嗟には動けない。
ヴィクセル伯爵の令嬢と言えど実戦経験など無いだろう。
それはベティ様にも言われている。
だからと言って実践と言ってもね。
訓練とは違うし誰しも初めて通ることでこればかりは彼女次第。
「ステラ様には私達がおりますので、彼女が動けずともそう問題はないかと。何かあったとしてもいい経験になるでしょう。ただ体を張ってステラ様を護る事が出来ないならば、側近を退いて貰うだけです」
「クリスティナ嬢はヴィクセル嬢の友人なのに辛辣だな」
「それとこれとは別です。いくら対人未経験であっても主を護る事が出来なければ護衛失格です。私の中では何よりステラ様が第一優先ですのでステラ様以外は二の次です」
――それはそれでどうなの⋯⋯。
心の中で呟くだけに留める。
ティナの隣にいるヴィルアム卿も頷いている。
彼は彼でお兄様第一優先だと表情が物語っている。
ちらりとお兄様を見ると私と同じ心情のようだ。
そのお兄様も私を見て同じ気持ちなのだと仲良く溜息をついた。
翌日、長期休暇が明け学園が始まり、交流会に向けての準備が進められる。
上級生から話しを聞いているからか一学年の生徒達はとても浮足立っていた。
その様子を見て昨年の私達もそうだったのを思い出す。
そして中期からはマティお従兄様とティナが中心となって生徒会の運営を行う。
「交流会に向け本格的に準備が始まります。まずは風紀部と広報部との連携をとり進めて行くので例年通り親睦会を兼ねたお茶会を開催します。開催日は来週末、シベリウス邸で行うので手元にあるのが招待状です。各自時間の確認をお願いします」
「あの、それは私達も参加するのでしょうか?」
「生徒会、風紀、広報に所属する者全員参加だ。どうしても家の用事で来られない場合を除いては其の限りではない」
答えたのは会長だった。
「その、私達が行ってもいいのでしょうか?」
「一学年の二人にとっては貴族の邸に行く事は緊張するだろうが、これは生徒会の行事で通常の貴族のお茶会とは違う。まぁ全く違うというわけでもないか」
会長の最後の一言で更に緊張した面持ちの一学年の二人。
どうしようかと顔を見合わせている。
「会長、二人は私とリアム君で一緒に連れて行きます。それなら二人共安心でしょう?」
「そうだな。では二人ににお願いしよう」
「はい。お任せください」
ウィルマさんが自主的にそう会長に提案した。
二人はウィルマさんとリアムさんの二人が一緒だという事で安心したようだ。
初々しい二人が可愛いのだろう、ウィルマさんは優しく見守っている。
交流会の準備は昨年と同様に進められるので、私は二回目というのもあり、内容が分かっている為に一学年の二人に分からない事を教える。
昨年教えて貰った事を今度は私が教える番。
学生らしく過ごす。
宮廷ではこうはいかないからね。
交流会の準備は順調で、今日はシベリウス邸で親睦会が行われる。
私はお兄様と共に向かうが私にとっては馴染みのある場所。
一昨年末半ばまで過ごしていた邸なのだけれど、それも懐かしく思う。
「あれから一年か」
お兄様はぽつりと呟いた。
あれから、とは、一年前私が闇の者に捕まった件だ。
「ステラ、問題はない?」
「えっ?」
「嫌な予感とか、何かあるなら隠さず直ぐに話してね」
「分かりましたわ」
それでも心配なのか、じっと私を見詰めるお兄様。
そんなに心配しなくても流石に同じような事は起きないでしょう。
けれど一年前の出来事が大きな始まりだった。
あれらの事が無かったら私は未だにシベリウス家の令嬢として過ごし、お兄様とも今の様に話す事、触れ合う事もまだ先の話しだったでしょう。
「お兄様は心配性です。今は以前とは違いますわ」
「そうだね。だけど、ステラは直ぐに無茶をするから私は心配なんだよ」
心配性なお兄様は一挙一動を見逃さまいとじっと見つめてくるけれど、本当に何もないんだけどね。
何だかお兄様が可愛く感じる。
言葉にしたら怒られそうだから言わないけど。
「流石に同じ事は起きないでしょう。起きたとしても今度は上手く対処致します」
「ステラってばどうして好戦的になったんだろうね」
「それはお父様とお母様の子供だからでしょう。そしてお兄様の妹だからですわ」
「確かにそうだね」
「両殿下、辺境伯邸が見えてきましたよ」
邸に着くと、マティお従兄様とレオンお従兄様が迎えて下さった。
何だか変な感じがする。
今迄はお従兄様達と共に帰ってきた場所で、今は帰る場所ではなく訪れる場所だ。
懐かしさで邸を見ていると、お従兄様に促され庭園へと向かうがまだ全員揃っていなかった。
少し早くついてしまったようだ。
程なくして緊張気味のハネルとソニヤの二人がウィルマさん達に連れられてやってきた。
緊張はしているものの、その瞳は中々来ることの出来ない貴族の邸に興味津々といった感じにも見える。
きょろきょろとしたいけれどそれを我慢している様子が微笑ましい。
程なくして全員揃ったところでマティお従兄様の挨拶後、風紀部、広報部の次期部長が挨拶を行いお茶会の始まりだ。
普段交流のない風紀と広報の人達。
上級生は流石に落ち着いているけれど、下級生は私が気になるのかちらちらと視線を感じる。
私がそちらを向くとはっとした様にぱっと視線を逸らされる。
――この反応は久しぶりね。
くすくすと笑っているとロベルトとイデオン卿の二人が側に来ていた。
「楽しそうですね」
「久しぶりに学園に復学した時の事を思い出していたの」
「あぁー。殿下の信者ですね」
「信者って⋯⋯私そのような宗教を作った覚えはありませんわ」
「俺、同じクラスなので結構しつこく殿下の事を聞かれるんですよ」
イデオン卿は面倒臭そうに大きなため息をついた。
今日は私に話しかけるって部内で意気込んでいたのに結局話しかけないのかよとぼやいている。
大変そうだと他人事の様に労えば恨めしそうに見られてしまった。
「殿下、本日体調は如何ですか?」
「えぇ、大丈夫だけれど何故?」
「一年前、この時期に風邪を引いていらっしゃったからですよ」
「確かにそうだったわね。今日は大丈夫だから安心して」
「少しでも不調があるなら直ぐに仰ってくださいね」
ロベルトは昨年の事があるからか心配そうにしている。
あのことはごく一握りしか知らないからね。
まだ皆にも伝えていない。
知っているのはマティお従兄様とティナだけ。
けどそろそろ他の皆には話しておいた方が良いかもしれない。
「お話ししてもよろしいですか?」
そう声を掛けられてそちらに視線を向けると、一昨年マティお兄様に絡んでいた次期広報部の部長、ハンネス卿だ。
「勿論ですわ」
「私を覚えていらっしゃいますか?」
「えぇ。マティお従兄様に絡んで素気無くあしらわれていたハンネス卿ですね」
「覚えていてくださって光栄ですが⋯⋯、そのような覚え方をされているとは思いませんでした」
少し情けなさそうにする彼に私はクスクスと笑う。
「お従兄様のあのような姿を中々見ませんでしたもの。とても新鮮でしたわ」
「改めて、あの時の失礼な振舞いをお許しください」
「あら、そのような事あったかしら」
私は惚ける。
あの時は辺境伯令嬢として過ごしていたし、学園内の学生の戯れに過ぎないので特に気にしていない。
「ありがとうございます」
彼は気が済んだのかほっとした表情をしていた。
細かい事を気にするようには見えなかったけれど、商売をする上では信頼信用が大事だものね。
親睦会は和気藹々とし、最後は交流会に向け、昨年のような問題が起こる事なく無事に開催から閉幕まで終えられるように気を引き締めて団結して行くよう締めくくり終了した。
私は帰りの馬車の中、少し緊張していた。
少し、一年前の事が思い起こされ私の意志とは関係なしに強張っている気がする。
外の景色を見ながら意識を別に逸らしているといつの間に隣に座ったのか、ヴィンスお兄様にそっと抱きしめられた。
「お兄様?」
「大丈夫だよ。私が側にいる」
「私は大丈夫ですわ」
「そうだね。けど一年前の事が気になっているんだろう?」
「気になるというか⋯⋯」
「襲われるのはいつも急に身に降りかかる。ステラが弱くない事は分かっているよ。けれど奥底ではやはり気にしているだろう」
お兄様は慰める様に寄り添うと、私がはすうっと体の力が抜けた。
「お兄様、ありがとうございます」
「うん。今年は普通に交流会を楽しみたいね」
「流石に毎年あのような事が起こるとは思えませんけれど、油断は出来ませんものね」
「奴らも馬鹿ではないだろうが、交流会は色んな人が学園を行き来できるから。警戒するに越したことは無い」
昨年の事があるからこちらが警戒するだろうと他の手を使うかもしれいない。
お兄様の言う通り、交流会の開催中は色んな人間が入り乱れる。
心から楽しみたいと思うけれど、警戒しなければ他の人達にも迷惑が掛かるものね。
「お兄様、相談があるのですけれどよろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「昨年の出来事を知る側近はマティお従兄様とティナだけで、他の四人は知りません。私の身に降りかかる危険を話しておいた方が良いかしら」
「そうだね。平和な世なら気にする必要ないけど、平和であって平和でない現実。国内でも不穏な者達がいるのも確かで、特に私達が狙われているのは事実だからね。まだ彼等は体験していないから実感が無いだろう。危機感を持たせる意味でも話した方がいい」
「ありがとうございます。皆にお話ししますわ」
今度集まった時にでも話そう。
あのような事があった場合、一番動けるのはティナとマティお従兄様、そしてレグリスだけだろう。
それはティナも話していたことで私も同意見だ。
ルイスが何処まで動けるか分からないが、こういった事が起こると事前に知っているのと全く知らないのとでは少しは違うと思う。
あのような事は起こって欲しくないけれど、備えておかなくに越したことはない。
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